3話 きな臭い内緒話
一人きりの部屋は、いつもより暗く、どんよりとしていた。
まるで、わたくしの気持ちを反映するかのように。
「……」
わたくしは、考えた。
今まで、人間に戻りたいと願っていた。
けれど、人間に戻っても、わたくしに待っているのは、わたくしを愛してくれない人たちだけだ。
血の繋がった親は、わたくしに冷たく厳しい。
義理の両親は、わたくしを道具としか思っていない。
女友達たちは、わたくしを陰であざけっている。
ピジン副隊長は、
……わたくしを、嫌っている。
けれど、ピジン副隊長は、今のわたくしを愛してくれている。
無償の愛をくれる。
「だったら、」
だったら、
……このまま、鳩として、いきていこう。
そうしたら、彼は愛してくれるから。
○○○
わたくしが鳩になってから、一ヶ月がたった。
まだ警備隊の人たちはわたくしを探しているが、上層部すらも諦めモードのようだ。バスさんは、「そろそろ、貧民層から見も知らずの遺体を持ち出して、彼女の亡骸とごまかすだろう」と言っていた。
それでも、わたくしは構わない。
だって、今のわたくしは幸せなのだから。
「ハートフルレンジャー、ただいま!」
ピジン副隊長が大きな袋片手に帰ってきた。
わたくしはピジン副隊長のもとへと飛んでいく。
「おかえりなさい!あら、その紙袋のロゴは雑誌で取り上げられていたお菓子屋さんではありませんか」
彼の持つ紙袋は、最近トッハ国に出店したお菓子屋さんのものだった。カヌレが有名で、わたくしも人間だったときに、使用人に命じて買いに行かせていた。
あのときのわたくしは、流行に乗り遅れないように、早く食べなくてはいけないと使命感に燃えていた。
ほんの一か月前のことだが、妙に懐かしい。
紙袋を眺めていると、ピジン副隊長は申し訳なさそうに取り上げる。
「ごめんね。これは人間用だから、あげられないんだ」
「別にいいわよ。分かっているわ」
ピジン副隊長は堅物にみえて、意外と甘いもの好きだ。
仕事終わりに甘いものを買ってきては、紅茶片手に一人で楽しんでいる。
最初は分けてもらえるかと期待していたが、そこはしっかりしているピジン副隊長。「動物には害のある材料が入っているかもしれない」といって、ひとかけらもくれないのだ。
「けど、心配しないで。プレゼントを買ってきているから」
ピジン副隊長はニッコリと微笑み、カバンの中からプレゼントを取り出す。
「今日はな、じゃーん!ハートフルレンジャーの好きなドライフルーツだよ!」
「やった、ドライフルーツ!」
あの素朴な味に目覚めたのは、ピジン副隊長のおかげだった。
無我夢中で食べ終えると、彼は嬉しそうに微笑む。
「嬉しそうだね。よかったよかった」
ピジン副隊長はわたくしを抱きしめてくれた。わたくしは彼の分厚い胸板に摺り寄せる。
彼との生活は楽しくて楽しくて仕方なかった。
彼は、わたくしを精一杯愛してくれた。
お留守番するときは、退屈しないようにおもちゃを用意してくれる。出来るだけ早く帰ってくれて、いっぱい遊んでくれる。ご飯だってくれる。おやつもくれる。
最高に、幸せだった。
「あ、……忘れていた」
ピジン副隊長は頭を抱える。
「この手紙、バスに届けなくちゃいけなかった。けどあいつ、遠くの基地にいるんだよな。すぐに届けなくてはいけないが、今日は陛下と謁見があるからな……」
彼は手紙を持って呻いている。困っているようだ。
悲しい顔をしている彼を見ていると、こちらも悲しくなってくる。どうにかして、笑顔を取り戻してほしい。
わたくしは恐る恐るピジン副隊長の服をつまむ。
「どうした?」
「えっと、その手紙、わたくしが運んであげてもいいわよ」
手紙を摘まんで、軽く飛んでみせる。
いつものように、ピジン副隊長はわたくしの気持ちを察してくれた。
「ハートフルレンジャーが手紙を運んでくれるの?」
ピジン副隊長の表情は浮かない。
「気持ちはすごく嬉しい。だけど、バスがいる場所はハトエイの端の端だ。迷子になってしまう」
「ハトエイの端ですか? どちらですの?」
首都トハエイの警備隊副隊長なだけあって、彼の家にはトハエイの地図が貼ってある。わたくしは羽根で叩くと、ピジン副隊長は渋々といった様子で指をさす。
「バスがいる場所は、ここだ」
「あら。この地域は、トッキャ大臣の商店がある場所ね」
わたくしは大臣と関係が深いため、ここの商店によく招かれていた。
「わたくし、行けるわ!任せなさい!」
バタバタと羽を動かして、わたくしはできる!わたくしはやる!と主張する。
「うっ……」
ピジン副隊長は目を泳がせる。
わたくしはピジン副隊長の前に回り込み、できるできると訴える。
「……はあ。わかったよ」
ピジン副隊長は諦めてくれた。
「お願いできるか」
「もちろん!」
「絶対に、迷子になっちゃ駄目だからな。少しでも無理だと思ったら、うちに戻っておいで。それか、警備隊の駐屯所に駆け込むんだぞ」
「もう、心配性ですわね」
わかっていると伝えようと、ちょこまかと動き回る。
「……なら、頼んだよ」
ピジン副隊長は手紙をわたくしの足にくくりつけ、窓を開ける。
わたくしは窓枠に飛び乗った。
空は青く、雲ひとつない。
無意識に、あの日の空と比べる。
わたくしの運命の日、見知らぬ魔法使いに鳩に変えられた日。
あの日の空には、重い雲がかかっていて、カラスが飛んでいた。
そんなことを思っていたからだろうか。
どこかで、かあかあと、カラスの鳴く声が聞こえた。
「っ!」
思わず体が固まる。
カラスたちは、どこかでわたくしを狙っているかもしれない。
鋭い爪でわたくしを捕らえようと、ギラギラと光る瞳でこちらを見つめているカラス。
その嘴は、柔らかい鳩の肉を欲している。
「外、怖いか?」
ピジン副隊長の言葉に、はっと正気に戻る。
「やっぱやめておこう」
不安そうに揺れる彼の声に、わたくしは過去のおそろしい記憶を頭から追い出す。
「大丈夫よ。慎重にいくわ。カラスに追われたら、人がたくさんいるところに行くわ」
カラスは人を嫌う。ハトも同じだが、わたくしは普通のハトではない。人混みにまぎれる勇気は持っている。
窓を閉めさせないよう、窓を伝ってふるふると首を横に振る。
「……ハートフルレンジャーがそこまでいうなら……」
ピジン副隊長は窓にかけていた手を離す。
「……気をつけてな」
「ええ!」
わたくしは翼を広げる。
まだ鳩になりたてで、空を飛ぶのはちょっと怖い。
わたくしは下をみないように翼を広げる。
「よし、いくわよ。えいっ!」
窓枠から、わたくしは飛び出した。
緊張したのは、一瞬だけ。
ハトの体は、久しぶりの空を喜んでいるかのように、風をとらえ、宙を浮く。
ハトになったときは、飛ぶことさえも必死だった。
いまは、違う。
なにも制限されず、空を飛ぶのは心地よい。
あまりに気分がよくて、道を間違えていた。
「おっと。こちらでしたわ」
空からだと遠くまで見渡せるため、ピジン副隊長が心配していたような迷子にならず、あっという間に目的地にたどり着いた。
「なによ、これくらいなら余裕だわ」
何て言いつつ、内心ほっとする。
「さて、バスさんのとこにいきましょうか」
バスさんはすぐ見つかった。
警備隊基地のあたりを低空飛行していると、二階の窓に、彼の姿がみえた。
窓を小突き、手紙と彼の名が彫ってあるリングを見せると、彼は「よく来れたな」と驚いていた。
手紙も渡せ、仕事は完了だ。
わたくしは晴れやかな気持ちで体を伸ばす。
「ふふっ、一仕事完了、ね」
手紙を届けるだけだが、味わったことのない達成感で胸が一杯になる。
「さてさてっ!帰りましょうか」
わたくしにとって、あの家は帰る場所になっていた。
いい風が来るまで少し待ち、さあ飛び立とうとわたくしは羽を広げる。
不穏な会話が聞こえてきたのは、地面から足を離してからだった。
「ピジン失墜に使えそうな材料は揃いそうか?」
「いえ。尽力しましが、厳しいようで……」
わたくしはすぐに地面に降り、辺りを見渡す。
薄暗い路地裏で、二人の男性が声を潜めて話していた。
一人は、高級な衣を身にまとう、小太りの男、トッキャ大臣。
もう一人は、メガネをかけた細身の男性、警備隊隊長だった。
トッキャ大臣はつまらなそうに鼻をならす。
「やはり、殺すしかないな」
わたくしは息をのんだ。隊長は汗をかいてはいたが、動揺せず、こくりと頷く。
「早めに処理しないと、トッキャ大臣や我ら警備隊だけでなく、トッハ国の不利益になるでしょう」
「ああ。あの男は、商会が国にとってなくてはならないものなのか、理解していない。それも仕方ないだろうな。奴はこの国の人間ではないのだからな」
「ええ、移民ですからね。トッハ国にとって何が相応しい行いか、理解できないのでしょう」
「さて、どう処理するか。考えはあるか?」
「謀反の恐れありと陛下に報告しましょう。証拠は揃えておきます」
「こちらも陛下に根回ししよう。頼んだぞ」
「お任せください」
隊長は胸をはる。
「あの男を、ピジン・コルンバを処理しましょう」




