潜入捜査ができそうだ!
洗居さんはどこであろうとお掃除する。
「え!? 明日アタシも清掃業務で訪れる企業って、大凍亜連合のフロント企業なの!? なんでそんなところの清掃まで請け負ってるの!?」
「清掃用務員としての私は、あくまで清掃業務に私情は持ち込みません。どこであろうとも、等しくお掃除するのが信条です」
洗居さんの思わぬ提案と事実の報告。なんと、アタシの明日の職場は大凍亜連合のフロント企業だった。
そういえば、アタシも洗居さんに最初に会った時『ヤクザの組事務所もお掃除してる』ってことを聞いたっけ。まさか、本当にしていたとは。
本当に洗居さんは色々とおかしなベクトルでぶっ飛んでる。でも、それならば潜入捜査にも好都合だ。
「ただ、私にも清掃用務員としての流儀があります。本来ならば、こちらの企業にもあくまで清掃業務のために訪問するのであり、潜入捜査などという勝手な真似は避けたいのですが……」
「それはアタシも全然構わないよ。潜入捜査はアタシが一人でやるからさ。むしろ、こっちの都合で洗居さんに気遣いまでさせちゃって、ありがたくも申し訳ない限りだよ」
「空鳥さんがそうやって気遣いできるお方で安心しました。これ以上のお力添えはできませんが、相手が相手ですのでどうかお気をつけて」
洗居さんにも立場や清掃魂に基づく信念があるし、これ以上の協力は流石にこちらも頼めない。
それでも、こうやって大凍亜連合の懐に潜り込む算段さえ用意してもらえれば、後はアタシだけでなんとかなる。
「なあ、隼。本当にやるのか? 俺としては、やめておいて欲しいんだが……」
「タケゾーがそうやって心配してくれる気持ちには感謝するよ。でもさ、このまま何もせずに待ってるだけじゃ、後々もっと被害が大きくなるかもよ? アタシはそれで今回みたいに、みんなに危害が及ぶのが嫌なんだ」
「……分かったよ。お前がそう言うなら、俺が無理に止めても無駄だろうな。でも、危なくなったらすぐに逃げてくれ。正義のヒーロー空色の魔女でも、逃げる時には逃げるようにしろよ」
タケゾーは案の定と言うべきか、アタシへの心配を第一にしてくれる。
それでもアタシなりの意見を述べれば、心配は残しつつも笑顔で認めてくれた。
今回も逃げる時は逃げないと、洗居さんにも迷惑がかかっちゃうからね。そこは了承済み。
それにしても、タケゾーは中々どうしてできた男だ。これは高校時代もさぞモテていたことだろう。
もうなんか好き。愛してる。いっそ付き合おう。
――あっ、付き合ってるんだった。
■
「さてと。それじゃあ、バイクで家まで送ってやるよ」
洗居さんとも明日のことで軽く打ち合わせをすると、アタシとタケゾーは玉杉さんの店を後にした。
タケゾーのバイクのサイドカーに乗り、帰り支度を始める。
「よーし! タケゾーフェニックス! はっしーん!」
「俺のバイクに勝手な名前を付けるな。酔ってるのか?」
「タケゾーに酔ってるかもよ?」
「そうか。酔ってるんだな」
タケゾーともくだらないやり取りをしつつ、アタシはヘルメットを手に取る。
アタシを家まで送るためにバーで酒を飲まないでいてくれるなんて、本当に彼女想いのお人好しだね。
でもまあ、明日はタケゾーも仕事だし、アタシにも潜入捜査がある。
今日はもう帰ったら、軽くシャワーを浴びてそのままお休みコースとしよう。
「……なあ、隼。ちょっとだけ話をする時間をもらってもいいか?」
「はへ?」
アタシがヘルメットを被ろうとすると、タケゾーがどこか神妙な顔をしながら声をかけてきた。
何の話だろ? まさか『俺、本当は洗居さんの方が好きなんだ……』とか言わないよね?
そんなこと言われたら、アタシはどうしたらいいか分かんないよ?
洗居さんのことはアタシも好きだし、それがタケゾーの本心なら応援したくもあるけど――
「ちなみに、別れ話とかそんなのではない」
「そうか。よかった……」
「星皇社長の時といい、妙な勘違いをしないでくれ」
――と思ってたら、タケゾーがしっかり否定してくれた。
どうにも、表情から思考を読まれた感じがある。タケゾーもなんだかアタシの扱いに慣れて来てるね。
そんな誤解はさておき、タケゾーはバッグの中から一冊の手帳を取り出し、アタシに手渡してきた。
「これって?」
「親父の遺品を整理してたら出てきたものだ。関わってた事件のことが書かれているんだが、最初のページを見てくれないか? 俺も見せるかどうかは迷ったんだが、大凍亜連合が現状で関わっているとなれば、隼も知っておく必要があると思ってな」
タケゾーから受け取った手帳なのだが、どうやら亡くなったタケゾー父警部のものらしい。
事件のことが書かれているらしいけど、何の事件のことだろう? アタシにも関係あること?
それにしても、表紙に書かれた日付にはアタシも覚えが――
「えっ!? こ、これってどういうことさ!?」
――少し思うところを感じながらも、アタシは言われた通りに最初のページを開いてみる。
表紙の日付にしてもそうだったが、これは間違いなくアタシも関わっていた一件だ。
何よりも驚愕し、戦慄すべきことはそこに書かれていた内容――
「父さんと母さんが死んだあの事故が……大凍亜連合の仕組んだことだって……!?」
「俺もにわかには信じがたいし、そこに書いてあるのはあくまで親父の推理だけだ。だが、あれが事件だった可能性も存在するらしい」
――その内容を見て、アタシは思わず声を震わせながら固まってしまう。
表紙に日付はアタシの両親が亡くなった日、アタシの一家が車の事故にあった日だ。
タケゾーも言ってるが、これはあくまで亡くなったタケゾー父の推理に過ぎない。
それでもアタシも何度もお世話になり、警部だった人が遺したものだと考えると、どうにも目を背けられない。
アタシだってあの事故の当事者だ。あの事故が本当は事件かもしれないと聞いて、動揺しないはずがない。
「しかもこの件に関わってるのが、あの大凍亜連合だって……!?」
「親父がそこに記している内容では、隼の家族の車が転落した要因になった対向車のトラックなんだが、あれはそもそも大凍亜連合のものだったらしい……。確証と言える要因はないが、親父もそこに違和感を感じてたみたいだ……」
「そ、そんなことって……!?」
これはタケゾーがアタシに見せるかどうか悩んだのも分かる。それでも、アタシはページをめくってさらなる真相を確かめずにはいられない。
ただ、やはりこれが事件だったと決定づける要因までは書かれていない。
それでも大凍亜連合があの事故に関わっていたものと考えると、アタシの中でやるせない気持ちも湧いてくる。
「……隼。俺もこれをお前に見せるべきかは迷った。あの一件の当事者として知る必要はあると思ったが、これだけは覚えておいて欲しい。このことを意識しても、無茶だけはしないでくれ」
「……分かってるよ、タケゾー。迷いながらもこのことをアタシに教えてくれて、ありがとね」
そんなアタシの気持ちを読んでくれたのか、タケゾーは注意を促してくる。
アタシだって分かってる。この件は明日の大凍亜連合への潜入捜査とは別件だ。
気にはなっちゃうけど、まずは鷹広のおっちゃんの件が優先だよね。今はなんとか頭の片隅程度に置いておこう。
下手に意識して深入りすれば、協力してくれた洗居さんにも迷惑がかかる。
「……あれ? 裏表紙のところだけど、何か挟まってるね?」
いったんはこの手帳も閉じ、話としては区切ろうと思ったら、裏表紙のところに何かが挟まっているのが気になった。
思わずそこにあったものを指で摘まみだし、手に取って確認してみるが――
「これって……マイクロSD?」
さあ、大凍亜連合との因果を始めましょう。




