タケゾー「恋人が汚れてしまった」
白いベタベタしたナニかが、隼の身を襲う。
「うへ~……。ベトベトだ~……」
「本当に何をやってんだよ!? ああ、もう! とにかく拭き取るから、少しジッとしてろ!」
隼が思わず眼前のハードクリームに拳を突っ込んだせいで、ものの見事に崩壊したハードクリームの山。
俺には幸いかからなかったが、隼の方はおふくろにもらったワンピースごとクリームまみれだ。
とりあえずは俺も布巾を手に取り、隼の手や足に付着したクリームを急いで拭き取っていく。
「ねえ、タケゾー。胸元が一番クリームついちゃってるんだけど?」
「そこは自分で拭き取れ! お、俺だって、いくらなんでもそこは無理だ! 手のクリームもなくなったんだから、この布巾でやってくれ! ほれ!」
「えー……ケチな男だね。別に付き合ってるんだから、そんなに気にすることでも――あれ?」
隼は俺に胸元のクリーム拭き取りをねだるが、流石にそこは俺としても避けなければいけない一線だ。
自覚があるのか危うくなるが、隼の立派な胸は男相手にはとんでもない凶器。その凶器に触れてしまえば、幼馴染兼彼氏の俺でも狂気に駆られてしまう。
そんなわけで、そこは隼自身に任せていたのだが――
「胸ポケットに入れてたキーホルダー……ない」
「……え?」
――胸ポケットを漁っていた隼の顔色が、急に青ざめ始めた。
「え? あ、あれ? アタシ、確かにここに入れてたんだけど?」
「もしかして、さっき暴漢と戦ってた時に落としたとか?」
「え? ええ? そ、そんな……そんな……!?」
どうやら、俺がプレゼントした空色のキーホルダーを、空色の魔女として戦っている時に落としてしまったようだ。
いくら変身はしていても、そういうことはあるものなのか。俺では原理は理解できないが、落としてしまったものは仕方ない。
そもそもは隼が人のために身を挺していた時の出来事だ。残念ではあるが、あれぐらいならまた買ってやろう。
「うわぁぁああん!! タケゾー! ごめぇぇええん!! アタシ、もらったキーホルダー、失くしちゃったぁあああ!!」
「お、おい!? そこまで泣くほどのことか!?」
ただ、この事実を認識した隼なのだが、盛大に大声を出しながら泣き始めてしまった。
ちょっと待って欲しい。確かに俺も残念ではあるが、そこまで泣いて謝られるほどのことだろうか?
隼も普段からここまで泣く奴ではないが、これは裏を返せば俺のプレゼントをそこまで喜んでくれていたということなのだろう。
――しかし、ここまで泣かれてしまうと、俺の方が反応に困る。
「大丈夫だから! な!? 俺がまた、同じ奴を買ってやるから!」
「で、でも……あれはタケゾーが帽子と一緒にアタシに初めて彼女として買ってくれた、特別な一品だよ? そんな大事なものを失くして、おまけにこんな白いベトベトで汚れた女なんて……うわぁぁああ……!」
「その言い方はやめろ! 変な誤解を生むだろ!?」
隼にとっては余程ショックだったのか、泣き止まずに錯乱を続けてしまう。
しかも周囲にとんでもない誤解をされそうなことまで言い始める始末。クリームの白いベトベトが、いかがわしい違うものに見えてしまう。
ただ店の中にいる他の客も、俺と隼の一部始終については理解しているのか、見て見ぬフリを貫いてくれている。
これで客の中に知り合いがいた日には、本当にたまったものでは――
「あ、あれ? もしかして、武蔵と隼ちゃんか~!? 隼ちゃんの様子が一変してるし、こいつはどういう状況だ~!?」
「何でいるんですか!? 玉杉さん!?」
――そう考えている時に限って、本当にそういうことが起こって困る。
丁度喫茶店の扉を開けて入店してきたのは、俺が行きつけのバーのマスターだったり、以前に副業で隼の借金を取り立てていた玉杉さんだ。
しかも最悪なことに、玉杉さんは今さっき店に入って来たばかり。どうして隼がクリームまみれで泣いているのかなんて知らない。
「た、玉杉さ~ん……! ヒック! アタシ……タケゾーの……汚れちゃって……こんな汚れても彼女になって……!」
「ど、どういうことだ~!? 『武蔵が隼ちゃんを傷ものにして、無理矢理自分の彼女にした』ってことか~!? いくら隼ちゃんが好きだからって、無茶苦茶しやがったな~!?」
「全然違いますって! 隼! 少しは落ち着いて説明してくれ!」
しかも錯乱状態の隼は玉杉さんに対し、とんでもなく中途半端な説明をしてしまう。
それを聞いた玉杉さんは案の定、俺のことを完全に誤解し、ゴミでも見るかのように睨みつけてくる。
――俺が一体、何をしたというのだ?
「と、とにかく、まずは隼の服を拭いて――」
「これって、武蔵のアレなんだろ!? そんなものをこんな公衆の面前で――」
「ちょっと黙っててください! 店員さん! すみませんが、清掃をお願いします!」
とはいえ、こんな状況でもまずは隼の服についたクリームをどうにかしないといけない。
もう俺も何が何だか分からないが、今は店員さんにも手伝ってもらって――
「清掃業務の気配を感じました。これより、清掃魂の誓いのもとにお掃除いたします」
「どうしてあなたまで出て来ちゃうんですかねぇえ!? 洗居さぁぁん!?」
――そう思って店員さんに助けを求めたはずが、何故か裏口の方から洗居さんが現れた。
確かに清掃面において、超一流の清掃用務員である洗居さんほど心強い人物はいない。
だが、何故このタイミングでまたしても知り合いが現れるのか? しかも、何故かバーと同じくメイド服を着てるし。
「私が近くのメイド喫茶の清掃業務をしていて好都合でした。ご安心くださいませ。どんな汚れであろうとも、この超一流の清掃用務員である私が――」
「あ、洗居さぁぁん……! タケゾー……付き合って……汚れて……!」
「ッ!? そ、空鳥さん!? そ、それにタケゾーさん!? つまり、この白いベタベタはまさか!? ……私も状況を理解しました。タケゾーさん、自首しましょう。心の汚れは私にも洗い落せません……」
「だから! みんな揃って凄い誤解をしてるんですってぇぇええ!!」
メイド喫茶での清掃業務だからって、わざわざ洗居さんもメイド服を着る必要があったのかは別として、洗居さんまで俺が不貞を働いたものと勘違いしてしまった。
そんな洗居さんが俺を見る目は、例えようがないほど物悲しい。
――本当に一体、俺が何をしたというのだ?
「タケゾー……ごめんね……ごめんね……! うあぁああ……!」
「隼ちゃんが謝る必要なんかねえさ。さあ、武蔵。洗居も言ってた通り、早く自首するんだ。俺も警察には人相のせいでよく職務質問を受けてたし、最後ぐらい一緒に付き添ってやるよ」
「警部だったお父様の顔にこれ以上泥を塗らないためにも、どうか自ら出頭してください……」
「隼も含めて、みんな一回落ち着いてくれないかなぁぁあ!? 話がどんどんおかしな方向に進んでるからさぁああ!?」
もうここまで知り合いが揃ってしまうと、場所がショッピングモール内の喫茶店だとか、俺と隼が交際を始めたことを報告してないこととか関係ない。
とにかく収拾がつかなくなったこの騒動の中で、俺はもう余計なことを考えたくないが、一つだけとりあえず優先してやるべきことがある。
――早く隼の服にべたついたクリームを綺麗にしてやらないと可哀そうだ。
ややこしいことになっちゃったな。




