元凶が待ち構える部屋へと辿り着いた。
艦首将の猛攻を突破し、その先を目指す。
ズギャァァアアンッ!!
激しい雷鳴を轟かせ、雷を纏う衝撃波となった電撃魔術玉が、非常階段の突き抜けの下へと放たれる。
アタシがデバイスロッドのバッティングで眼下に集めたベーゴマドローンも、その一撃で見事に一掃された。
結局、これらを操っていた張本人の姿は見えなかったが、こちらも時間をかけてはいられない。
「つうぅ……! 地味に細かいのを何発も食らっちゃったか……。だけど、社長室はもうすぐだ……!」
アタシの目的はベーゴマドローンの使い手である艦首将を倒すことではない。この先にある社長室へと辿り着き、星皇社長ともう一度面と向かって話し合うこと。
星皇社長が我が子を蘇らせたい気持ちは分かるが、それでもアタシにはそれを止める責任がある。
――またいつベーゴマドローンが襲って来るかも分からないし、ここはとにかく先を急ごう。
今だって想像以上に消耗しちゃったのに、これ以上は数の暴力を相手になんかしてられない。
■
「星皇社長!! ……って、あれ? ラルカさんだけ?」
「本当に艦首将の攻撃を振り切り、ここまでやって来られましたか。これは自分も算段が少し甘かったでしょうか?」
そうして勢いよく社長室の扉を開けて中へと乗り込んだのだが、そこに星皇社長の姿はなかった。
ただ一人、ラルカさんだけが後ろ手に組みながらこちらに背を向け、窓の外の景色を眺めながらアタシへと語り掛けてくる。
口では『算段が甘かった』などと言ってるけど、その態度も口調も余裕そのもの。この人は本当に戦いというものを熟知している。
――どうにも、またしても手の平で踊らされてる気分だ。
「まさか、星皇社長がここにいるって話自体、嘘だったってこと?」
「申し訳ございませんが、そうなります。自分も社長に命じられ、あなたの相手を任されていたものでして」
「本当にアタシのことを、どこまでも弄んでくれるもんだ……」
ラルカさんはこちらに振り向きながら語ってくれるが、これもまたラルカさんや星皇社長の策略だったということか。
ここまでの技術と戦力を有する組織――将軍艦隊。星皇社長からしてみれば、そんな組織の力を使ってでも我が子を蘇らせたい想いがあったのだろう。
――だからと言って、それで周囲に害を振りまくことなど許されない。
「気分を害したことについては申し訳なく思いますが、こちらもこれが仕事ですので。……ああそれと、こちらについても返却するように命じられていました。お受け取りください」
「返却するもの? ……って、これって……!?」
「ミス空鳥がパンドラの箱と称するものです。星皇社長より、あなたへ返すように命じられていましたので」
こちらに振り向いたラルカさんだが、上っ面の謝罪を述べながら、アタシに何かを投げ渡してきた。
それは一度は奪われたパンドラの箱と鍵。奪ったものをわざわざアタシに返す意図は読めないが、一つだけ理解できることがある。
「……星皇社長の方で、全ての準備が整ったってことか」
「その通りです。もうパンドラの箱は必要ないので処分しても良かったのですが、星皇社長からは返却を命じられていたものでして」
星皇社長はもうすでにパンドラの箱を読み解き、全てのパーツをその手元に揃え終えた後だった。
わざわざアタシにパンドラの箱を返す意味は分からないけど、もう星皇社長が我が子の復活のためにいつ動き出してもおかしくはない。
「その星皇社長本人はどこにいるのさ? アタシもそれを知った以上、すぐにでも止めに向かいたいんだけど?」
星皇社長の目的で何よりも危険なのは、ワームホールを使った時間逆行だ。
前回はドーム球場内で大凍亜連合が発生させた規模で済んだが、あれもまた実験の一つに過ぎない。
我が子を蘇らせるため、我が子の魂が存在した時間を求めるため、星皇社長は前回以上のワームホールを展開することが予想できる。
そうなってしまえば、アタシなんかではとても止めようがない。前回以上に巨大な時空の歪みが生じれば、そこからダムが決壊するようにこの世界そのものに影響を与え、装置を壊す程度では止まらない可能性だってある。
――乱れた時空が濁流となり、この世界そのものを飲み込む驚異の誕生だ。
「生憎ですが、自分も社長の居場所は分かりません。……正直に言いますと、パンドラの箱を渡されて今回の命令を受けたのを最後に、こちらも連絡が取れない状況です」
「え……? ラ、ラルカさんは社長秘書で、星皇社長の計画を先導してたんだよね? なのに、そのラルカさん自身も状況が分かんないってこと?」
「どうやら、悲願成就がそこまで迫ったということで、星皇社長はわき目も降らずに猪突猛進といったところでしょうか。彼女にはもう、自分の言葉さえも届きません」
「そ、それがどんだけヤバいことか分かってるの!? このままだとアタシやラルカさんだけじゃなくて、この世界そのものが壊れちゃうかもしれないんだよ!? は、早く止めないと!」
そんな世界崩壊の危機を前にして、さらに最悪なのが星皇社長の行方が分からないということ。
全てを巻き込む可能性を持った張本人の居場所は、一番身近な人間であるラルカさんにさえも不明とのこと。
もう星皇社長を言葉で止めることはできない。ならば、いっそのことラルカさんにも協力してもらうしかない。
事態の危険性を話せば、一緒に星皇社長を探して――
「『世界が壊れる』とおっしゃりますが、壊れるのはこの街や広くてこの国といったところでしょう? 自分も将軍艦隊から報告を受け、規模については想定しています。自分はウォリアールの人間で、この国がどうなるかなんてことは計画の範囲外の話です。自分はただ、雇われた人間として星皇社長に従い続けるまでです」
「なっ……!?」
――そう考えたアタシが愚かだった。
ラルカさんはアタシの言葉を跳ねのけ、あくまで星皇社長の目的を優先してくる。
この人からしてみれば、この街や国がどうなろうとも知ったことではない。
あくまでウォリアールという外国の人間として、目的のために雇われた将軍艦隊の一員として、ただただ与えられた任務を優先してくる。
――完全に自らの立場を明かした時から、ラルカさんは完全にアタシの敵でしかなかった。
「……さて。問答はここまでとしましょう。自分もこれより、星皇社長から与えられた最後の任務を完遂いたします」
「……それはつまり、アタシの足止めってことかい?」
「そういうことです。『生かさず殺さず』という前提はありますが、艦首将の攻撃であなたもかなり消耗したことでしょう。ここからは再び、将軍艦隊右舷将であるこのラルカ・ゼノアークがお相手いたします」
ラルカさんは敵として、ルナアサシンというヴィランとして、懐からあるものを取り出しながら身構えてくる。
アタシの消耗具合を計算に入れ、素手では厳しいとでも判断したのだろうか。その両手に二丁拳銃を握り、銃口をこちらにギラつかせてくる。
「アタシもこんな短時間の間に、同じヴィランと二度も真っ向勝負をすることになるのは初めてだね。だけど、アタシも今度は負けないよ……!」
「その気持ちは立派ですが、気持ちだけで自分は倒せません。もう一度ここで、このルナアサシンたる自分の手によって、泥を着けてもらいますよ。……空色の魔女、サイエンスウィッチのミス空鳥」
少し前に一度負けたばかりだが、だからといって退くことはできない。
ラルカさんにとってはなんの思い入れもないこの街でも、アタシにとってはずっと生まれ育った大切な日常だ。
――今度こそラルカさんを倒してここを突破し、星皇社長を力づくで止めてみせる。
将軍艦隊右舷将、ルナアサシン、ラルカ・ゼノアーク。
再び空色の魔女の敵として立ちはだかる。