将軍が並んだ組織の存在に触れてしまった。
超人ヒーロー、空色の魔女。
純粋な人間に完全敗北。
「な……何あれ……? 3mぐらいの巨人で……全身を装甲で覆ったロボット……?」
「こちらは自分と同じ組織に所属し、艦尾将という地位にあられるお方です。言葉を話せないので、失礼ながら自分が代わりにご紹介いたします。このような身なりではありますが、れっきとした人間――所謂、サイボーグです」
「フオォオ」
崖下からラルカさんの救援として現れた、とても同じ人間とは思えないロボットのような巨人。
人の言葉を話さず、蒸気音のような呻き声だけを上げる巨大な影。
背中にジェットパックを装備し、それで浮き上がりながらその全容を露わにしてくる。
――ラルカさんが代弁したけど、サイボーグってことは元々は人間ってこと?
こんな巨大な人間がいるの? それにアタシが見た限り、全身のほとんどを機械化してるようだけど?
――ダメだ。ここでも理解が追い付かない。
「……ラルカさん。あんた達がウォリアールの人間としてグループを作ってることは知ってるけど、本当にどういった組織なのさ?」
「自分達の組織について……ですか。ここまで相対してしまった以上、いずれバレる話ではありますか。ならば、名前ぐらいは名乗ってもいいでしょう」
理解は追いつかないが、それでもアタシは少しでも知っておきたいことがある。
GT細胞を使った怪物、左舷将の牙島。
人間としての力を極めた殺し屋、右舷将のラルカさん。
そして今姿を現した、艦尾将と呼ばれる巨人サイボーグ。
――まるで、船の部位を現すような役職名を与えられた、ウォリアールの傭兵部隊。
今のアタシには、真っ先にその存在が疑問として浮かぶ。
そんなアタシの疑問を聞いて、ラルカさんも言葉を返してくれる。
「ウォリアール国家直属、海外派遣傭兵部隊。名を『将軍艦隊』と申し、自分も含めた最高幹部には『五艦将』という役職名が与えられています」
「将軍艦隊……。五艦将……」
なんだか本当に空想の世界の特殊部隊や悪の秘密結社のように聞こえるが、その実力も技術も本物だ。
ここまでその力に触れてしまうと、名称への軽口も冗談も頭の中には浮かんでこない。
――あるのはただ、将軍艦隊という強大すぎる組織への畏怖だけだ。
「さあ、今度こそお喋りは終わりです。自分はこれにて失礼――」
「……ラルカさん。最後にちょっとだけ待ってくんない? そういえばさ、アタシは個人的に言いたかったことがあるんだ」
「……この期に及んで、まだ話がありますか? 自分はもう、語ることなどないのですが?」
「ああ、それは大丈夫。アタシが個人的に言いたいだけだから」
ただ、将軍艦隊という組織への畏怖とは別に、アタシはどうしてもラルカさんに言っておきたいことがあった。
ラルカさんはやって来た巨人サイボーグの肩に乗って逃亡の準備をするが、これだけはアタシも言っておく必要がある。
――こうやって色々あったけど、一つだけこの人には感謝するべきことがあったや。
「以前にタケゾーが牙島の毒で倒れた時、解毒剤で助けてくれたのはラルカさんだよね? あの時はタケゾーのことを助けてくれてありがとね」
「…………はい?」
タケゾーの命を助けてくれた件に関しては、アタシも妻として感謝の意を述べておきたい。
そりゃ、ついさっきまでこっちはボコボコにやられてたけどさ、それはそれ、これはこれ。
妻として、愛する旦那様を救ってもらったことにはお礼を言っておかないとね。
「……よくさっきまでの状況から、そんな言葉を口にできますね」
「まあ、アタシも場面を考えた方がいいとは思ったよ。でもさ、こうやって敵対してしまった以上、いつ言えるかも分かんないじゃん」
「あの件につきましても、当時はクライアントがあなたの機嫌を損ねたくなかったからに過ぎません。それにあの時の自分の最大の目的は、パンドラの箱のハッキングにありました」
「そうだとしてもさ。タケゾーの命を救ってくれたのは事実だからね」
「……どうにも、自分はあなたが苦手です。ミスター牙島があなたと戦いたがる意味を理解できません。……もういいでしょう。艦尾将、退却願います」
アタシのお礼の言葉を聞いたラルカさんだが、ここに来て初めて顔色を変え、戸惑いの色を見せる。
そんな戸惑いを隠すかのようにそっぽを向くと、そのまま巨大サイボーグに乗って空を飛んで逃げて行ってしまった。
パンドラの箱を奪われたことは悔しい。空色の魔女の力がこうも通用しなかったことも悔しい。
だけど、せめて一つぐらいはアタシも心をスッキリさせたかったんだよね。
――裏にどんな思惑が眠っていても、ラルカさんはタケゾーの命の恩人だ。
その件に関しては、しっかりお礼を言いたかったんだよね。
「隼! 無事か!?」
「隼さん! 助けに来た!」
逃げていくラルカさんと巨大サイボーグの姿を眺めるしかないアタシのもとに、タケゾーとショーちゃんがバイクに乗って駆けつけてくれた。
二人にも心配させて、制止を振り切ってパンドラの箱を追ったのに、結局奪い返せずじまい。こちらについてはアタシも弁解の余地がない。
「ごめんね……二人とも。パンドラの箱、取り返せなかっ――ゲホツ! ケホッ! ハァ、ハァ……」
「お、おい!? 本当に大丈夫か!? まさか、隼がここまで手酷くやられるなんて……!?」
「パンドラの箱、後の方がいい! 今すぐ、隼さんと工場に帰るべき!」
「そうだな! ショーちゃん! サイドカーで隼の体を支えててくれ!」
それでもここであったことを話そうとすると、アタシの体の方が限界に来てしまう。
思わず咳込みながらよろけ、タケゾーの胸元へと崩れ落ちる。
タケゾーはすぐさまアタシの体を抱えると、ショーちゃんと一緒に協力し、バイクへと乗せてくれる。
「ご、ごめんね……。アタシ、一人で突っ走って……」
「今そのことはいい! とにかく、早く工場に戻るぞ!」
今回は完全にアタシの失態だ。ラルカさんのことを甘く見過ぎていた。
そんな謝罪の言葉を述べようにも、ラルカさんとの最後のやりとりで緊張の糸も切れてしまい、体に力も入らなければ口もうまく回らない。
アタシはただただ、タケゾーとショーちゃんに運ばれ、工場へ戻るしかなかった。
――ただ、そうやって少し落ち着いた中で、アタシにはある疑問が浮かび上がってくる。
星皇社長は大凍亜連合に裏で様々な実験をさせると同時に、ラルカさんや牙島を始めとした将軍艦隊という国家直属の組織まで動かしていた。それこそ、本当に『目的のためなら手段は選ばない』といったレベルの覚悟をそこに感じる。
それだというのに、アタシへの危害は拒んでいた。アタシどころか、アタシと縁の深いタケゾーのことまでもラルカさんに命じて救ってくれた。
――そこにアタシは、まだ星皇社長の心のどこかに『踏みとどまりたい精神』があるように思えてしまう。
もしかしたら、アタシがそう思いたいだけなのかもしれない。
それでも、今一度向き合ってみる必要はありそうだ。
――星皇社長が胸に抱く野望が、一体何なのかということを。
ラルカ「やりにくい人ですね。置いてきたバイクを爆破させるのはやめて差し上げましょう」