パンドラの箱は渡さない!
隼とタケゾーの手で、ショーちゃんとパンドラの箱の両方を守る戦いが始まる。
アタシがパンドラの箱を投げ渡した直後、それを合図にアタシとタケゾーは動く。
これがあらかじめタケゾーから聞かされていた作戦。
タケゾーはすぐさまバイクを走らせてショーちゃんの元へ駆け寄り、アタシは左腕のガジェットを宙を舞うパンドラの箱へと構える。
「ショーちゃん! こっちへ!」
「武蔵さん!」
タケゾーの方はうまくいっている。ラルカさんの視線がわずかにでも宙を舞うパンドラの箱に逸れたことで、素早くショーちゃんを片手で担ぎ上げ、バイクのサイドカーへと乗せる。
アタシもそれをわずかに視界で捉えるが、こっちもこっちでやるべきことに集中する。
「悪いんだけど、パンドラの箱も渡せないってもんよぉお!!」
アタシは構えたガジェットから、パンドラの箱目がけてトラクタービームを放つ。
ショーちゃんが解放された直後、パンドラの箱に相手の意識が逸れたほんのわずかな一瞬。
そのタイミングでショーちゃんとパンドラの箱をタケゾーとアタシで同時に確保するのが、あらかじめ話し合っておいた作戦だ。
目論見通り、パンドラの箱にもトラクタービームが接続されて――
バギュン! バギュン! バギュン!
「え!? あ、あれ!? トラクタービームの軌道が!?」
「あなた方が何か企んでいる可能性ぐらい、自分が想定していないと思いましたか?」
――そんな後わずかというところで、アタシの目論見は外れてしまった。
ラルカさんは持っていた拳銃の狙いを即座に変え、空中目がけて三発の銃弾を発射する。
銃弾は金属製。アタシのトラクタービームにも反応してしまう。
――そのせいでトラクタービームはパンドラの箱には届かず、ラルカさんの銃弾によって軌道を逸らされてしまった。
「残念ですが、あなた方の想定程度ならば、自分にはいくらでも予測できます。少々面倒はありましたが、パンドラの箱もこちらの手中に収まりました。これにて、交渉は終了といたしましょう」
「ま、待て!」
そんなアタシにとっては驚愕の事態が起こっても、ラルカさんは『計算の範疇です』とでも言いたげに淡白な言葉を残し、部下と共に用意しておいたバイクへと乗り込み、アタシ達から逃げ出そうとする。
完全にこちらの作戦負けだ。ショーちゃんが無事だったとはいえ、パンドラの箱を奪われてしまうなど、不覚と言わざるを得ない。
「タケゾー! ショーちゃんと避難してて! アタシはあいつらを追う!」
「お、おい!? 隼!?」
「隼さん! 一人、危ない!」
それでも、アタシはまだ諦めきれない。パンドラの箱が星皇社長の手に届いてしまえば、どんな悲劇が起こるのかは想像できない。
すぐさまデバイスロッドを取り出し、腰かけて飛行しながらラルカさん達の後を追う。
――タケゾーやショーちゃんに呼び止められる声も聞こえたが、それに構っている余裕すらない。
森の奥深く、木々が生い茂る隙間を縫いながら、アタシはただひたすらに逃げた敵の後を追う。
「待てぇええ!! パンドラの箱を返せぇええ!!」
「交渉は成立したのに、まだ追ってきますか。仕方ありませんね。……総員、予定通りプランBへと移行します」
なんとか森の奥に見えるラルカさんとその部下二人を視界に捉えるが、こんなに木が多い中での飛行は難しい。
対して、ラルカさん達は慣れたバイクの動きで木々を躱し、あえて複雑な進路をとりながらこちらを撒こうとしてくる。
何やら連携も取り合ってるし、地の利は向こうにあるということか。
――だからって、ここで見逃す理由にはならない。
「フォーメーション、分散願います」
「ッ!? 急に分かれ始めた!?」
これまでは固まって逃げていたラルカさん達三人だが、突如それぞれ別々のルートを走り始める。
一瞬困惑したが、パンドラの箱を持っているのはラルカさんだ。たとえすでに他の二人の手に渡っていたとしても、リーダーであるラルカさんさえ取り押さえれば打つ手はある。
「ラルカさんはこっちか!? なんとか振り切られる前に捕まえないと……!」
木々の間を何とか抜け、アタシはラルカさんだけに狙いを絞る。
別れた際の方角は見えていた。他の二人は別方向だが、ラルカさんが逃げた方角を優先して飛行を続ける。
一度は視界から外れてしまったが、この大木を曲がった先に――
「……え!? い、いない!?」
――いると思われたラルカさんだが、そこに姿は見えなかった。
アタシはラルカさんだけを追っていたはずなのに、そこにいたのは部下の二人が乗ったバイク。
まさか、あんな一瞬の間にさらにルート変更をしたというのか? それも、完全に予定していたかのように?
バギュゥゥウンッ!!
「うぐぅ!? ラ、ライフルの弾……!?」
そんな疑問で少し動きを止めたのがマズかった。アタシの肩にライフルの弾が、突如として背後から突き刺さってくる。
しかもライフル弾は金属製ではない。強化プラスチックを使った、対空色の魔女用の特注品だ。
――こんなに準備よく、しかも正確にアタシを狙える人間なんて一人しかいない。
「こちらとしても目的を達成した以上、交戦は避けたいのですがね。まあ、向かってくるならば仕方ありません。自分も少しばかり、お相手いたしましょう」
「ラ、ラルカさん……!?」
アタシが後ろを振り向くと、やや離れた位置でいったんバイクを止めて、スナイパーライフルを構えるラルカさんの姿があった。
これまでも市街地で超遠距離狙撃をしていたような人だ。
どれだけ森の中で障害物が多くても、アタシに追われている最中であっても、そのデタラメな狙撃の腕前は変わらない。
「くぅ……!? だけど、そっちもバイクを止めたのはマズいんじゃないかい!? アタシだったらこの程度の距離、どうってことないさ!」
肩に一撃もらって怯みはしたが、ラルカさんの姿を捉えられたのはチャンスだ。
今度は逃がさないようにコンタクトレンズの機能を使い、視覚能力を向上させる。
そのうえで、バイクを止めたままのラルカさんへと突進していく――
――プチン ドゴォオン!!
「ガハッ!? こ、今度は何が……!?」
――だがその飛行突進の最中、アタシの全身に突如激しい衝撃が走り、デバイスロッドごと地面へと叩きつけられる。
アタシはまっすぐに前方に見えるラルカさんへと飛んでいたはずだ。木に激突したとかじゃない。
むしろ衝撃は横から襲ってきたし、その直前にアタシの体にも何か糸のようなものを切る感触があった。
そして、アタシを襲った衝撃の正体を見てみると――
「ま、丸太……!? まさかさっきのって、ブービートラップ……!?」
――どうにも、アタシはなんとも古典的な罠にかかってしまったようだ。
おそらくはラルカさんが事前に準備をしておいたのであろう。パンドラの箱が手に入っても、アタシがそれを認めずに追ってくることまで計算済みということか。
「空色の魔女の力については、自分も明確に脅威と判断しています。ですので、こうして事前準備をさせていただきました」
ラルカさんは構えていたスナイパーライフルを降ろし、バイクのハンドルを握り直しながらアタシの予想通りの言葉を口にする。
ただ、予想という意味では向こうの方が何枚も上手だ。完全にアタシへの対策を施している。
――ラルカ・ゼノアーク。ルナアサシンとも呼ばれる殺し屋。
これまでのヴィランとは違い、準備と策略でこちらを翻弄してくる。
――しかも戦いの場となったこの森は、さながらラルカさんが用意した蜘蛛の巣だ。
「さあ、パンドラの箱を奪い返せるものならば、奪い返してみてください。……あなたがこのテリトリーを、突破できたらの話ですが」
狙撃、連携、罠、策略。
人として「人を殺すための手段」に特化したヴィラン、ラルカ・ゼノアーク。
ついにその力が、本格的に牙を剥く。