敵の網はすでに張られていた。
隼、タケゾー、ショーちゃんの魔女一家
VS
陣頭指揮兼工作担当:ラルカ・ゼノアーク
映像の中でラルカさんは右手でウィッチキャットの首根っこを掴みながら、左手にはトランシーバーを握っていた。
そのトランシーバーに何やら命令を送っているが、まさか――
「タケゾー! ショーちゃん! 身構え――」
バシュゥンッ!
「あぐぅ!?」
「じゅ、隼!? い、一体何が!?」
――気付いて声をかけた時にはもう遅かった。
アタシの肩に何かが突き刺さり、痛みで思わず怯んでしまう。
タケゾーもアタシの悲鳴を聞き、慌ててVRゴーグルを外してこちらに振り向くが――
バシュゥンッ!
「あがぁ!?」
「タ、タケゾー!?」
――そのタケゾーまでもが、アタシと同じように背中を何かで打ち抜かれてしまう。
抜き取って確認したその正体はボウガンの矢。かつてアタシが大凍亜連合に苦しめられたものと同じ矢だ。
「隼さん!? 武蔵さ――むぐぅ!?」
「ショ、ショーちゃん!?」
さらにはショーちゃんまでもが、突如何者に押さえつけられたようにもがき始める。
だが、その姿は見えない。ショーちゃんはまるで、透明人間にでも捕らえられたように、宙で足をバタつかせて苦しんでいる。
――このおかしな光景はどういうことだろうか?
そう思っていると、ショーちゃんの背後から、その透明人間の正体が現れ始める。
いや、本当に透明人間なのではない。徐々に姿を見せた敵の姿だが、まるで背後の光景をそのまま表面に映したいたような――
「こ、これは……光学迷彩!?」
――まさかとは思ったが、敵は光学迷彩で姿を消していたということか。
全身を軍の戦闘服のような衣装で覆った人間が、ショーちゃんを完全に押さえつけて捕えている。
しかも、人数は一人だけではない。
窓の外を見ると、工場の要塞システムの範囲よりも外から同じ戦闘服が一人、ボウガンをこちらに構えている。
「そちらにいるのは、自分の優秀かつ忠実な部下です。あなた方相手には真っ向勝負よりも、こちらの方が適切かと思い、このような作戦をとらせていただきました」
「ぐうぅ……! 牙島とはお仲間のくせに、あんたは随分とずる賢い手を使うもんだ……!」
「ミスター牙島と自分を一括りにしないでください。自分は任務優先です。戦いに喜びなど感じません」
パソコンの映像の中では、今もラルカさんがこちらへ話を振ってくる。
こちらの状況は見えていないはずなのに、何が起こっているかは完全に理解している。
要塞システムの範囲外に光学迷彩を着用した部下を待機させ、合図と同時に一気に急襲してなだれ込む作戦。
アタシの力量を考慮し、もうすでにこちらの想定を上回る準備は整えられていた。
――その戦闘服も合わさって、本当に特殊部隊張りの瞬間制圧。
これまでのヴィランとの真っ向勝負とは明らかに違う。あくまで作戦遂行を目的とし、計算しつくされた連携。
ラルカさんの言葉そのままに、こいつらにとって戦うことは完全に手段の域を出ない。
目的のためならば、どこまでも冷酷になりそうな覚悟を感じる。
――本物の軍隊を相手にしている気分だ。
「ラ、ラルカさん! あんたの目的はパンドラの箱のはずだろ!? ショーちゃんを放せ!」
「生憎ですが、その人造人間には人質になってもらいます。今は自分もその場にいませんので、パンドラの箱が本物かの確認もできませんからね。交換材料になってもらいます」
「こ、交換材料って……!?」
そしてラルカさんが部下を使ってショーちゃんを捕らえた理由だが、アタシが持つパンドラの箱との取引に使うつもりだ。
だが、そんなことはアタシが許さない。アタシはショーちゃんの母親だ。ショーちゃんはアタシの家族だ。
こんな状況を現実に目の前にして、アタシも心の底から母性本能が湧き上がるのを感じる。
「お願い! ショーちゃんを返して! ア、アタシのことはどうなってもいいから……!」
「だ、だったら、俺が身代わりになる! 俺の代わりに、ショーちゃんのことを――」
「美しい家族愛……と言いたいところですが、ここで計画変更する意味は自分達にありません。総員、退避願います」
「むぐ! むぐぅ!!」
アタシだけでなく、タケゾーも必死にラルカさんへと願い出るが、その言葉が届くことはない。
ショーちゃんはラルカさんの部下に連れられ、あっという間に夜闇へと消えて行ってしまった。
――またしてもショーちゃんをこうもあっさり攫われるなんて、アタシは本当に何をやっているのだ?
こんなのはヒーローである以前に、母親でも何でもないじゃないか。
「気を落とされているのかもしれませんが、あの人造人間はこちらにとっても取引材料です。危害を加えるつもりはありません」
「あんた……! い、いい加減にしなよ……! 子供のことを何だと思ってんだい……!?」
「随分とあの人造人間に情が沸いているようですね。養子とはいえ、そこは我が子というものでしょうか」
ラルカさんは画面の向こうから淡々と語りかけてくるが、アタシも頭に血が上ってしまう。
矢で貫かれた肩の痛みも忘れ、思わず画面に映るその澄ました顔を殴り飛ばしたくなってくる。
――人造人間だとか養子だとかは関係ない。
ショーちゃんという家族を奪われる苦しみが、アタシの思考を怒りで染め上げていく。
「まあ、あなた方も我が子を助けたいと思うならば、自分の話に従ってください」
「くっ……!? わ、分かった。今はあんたに従ってやんよ……!」
「それはこちらとしても助かります。以前、ミス空鳥がデザイアガルダと戦った山はご存じですよね? その麓にある森林地帯で、自分はあなた方をお待ちしています。パンドラの箱と鍵を持ってお越しください」
「ほ、本当にパンドラの箱と鍵を渡せば、ショーちゃんは助けてくれるんだよね……!?」
「それはもちろんお約束します。ですが、偽物を用意したりなんて真似は無駄です。以前に自分がハッキングしたシステムを使えば、その場で本物かどうかはすぐに判断できますので」
それでも、今この場ではラルカさんの話に従うしかない。ショーちゃんの身にもしものことがあれば、アタシは自分自身を殺したくなる。
交渉場所も交渉条件も提示された以上、こちらもそれ以外の行動はとれそうにない。
「刻限は今晩中です。また後程お会いできることを、自分も楽しみしています。それではこれにて……」
交渉の話を終えると、ラルカさんは手に持っていたウィッチキャットの電源を落としてしまった。
一応はこちらから再起動を試みてみるも、一向に反応することはない。おそらく、電源回路ごと切断されている。
――もう向こうとも話ができなくなった以上、こちらにできることは一つしかない。
「……タケゾー。アタシは今から、パンドラの箱と鍵を持って交渉場所に向かう。ショーちゃんのことだけは、なんとしても助け出して――」
「待て、隼。本当にパンドラの箱を渡すつもりか? 仮に連中が約束を守ってショーちゃんが戻って来ても、パンドラの箱が奪われたんじゃ――」
「アタシだってそんなことは分かってるよ! だけど、ショーちゃんの身には代えられないじゃんか! タケゾーはショーちゃんがどうなってもいいの!?」
アタシは突き刺さった矢を抜き、回復細胞で治療しながら金庫にしまっておいたパンドラの箱と鍵を取り出す。
空色の魔女にも変身して覚悟を決めるが、タケゾーがそんなアタシを止めるように言葉で遮ってくる。
タケゾー自身も背中に矢が刺さってはいたが、こちらはそこまで深くはなかったようだ。でも、アタシはそんなタケゾーにもキツく当たってしまう。
――タケゾーの言いたいことは分からなくもない。
パンドラの箱が星皇社長の手に渡る危険性は、アタシだって理解してる。
それでも、今のアタシにとってはショーちゃんのことが――
「落ち着け、隼。俺も一緒に取引場所に向かう。……ショーちゃんもパンドラの箱も守れる作戦がある」
「え……? ほ、本当に……?」
「ああ。だから落ち着いて現場に向かうぞ。内容については、俺が向かいながら説明する」
単純な力ではない、策略を司るヴィラン。
それに対抗するべきさらなる策略。