その人が黒幕だと信じたくはなかった。
大凍亜連合、牙島&ラルカ。
それら全てを裏で動かしていた本当の黒幕。
星皇カンパニー代表取締役社長、星皇 時音。
「空鳥さんも家族の皆さんも、もう私の動きは読めているみたいね。……下手に隠し立てしても、意味はないかしら?」
「その口ぶり……。星皇社長自身も、全てを認めるってことだね……!」
ウィッチキャット越しの画面に映し出されたのは、アタシ達が潜入したこの星皇カンパニーのトップ、星皇社長だった。
ラルカさんにウィッチキャットをカメラのように扱わせ、腕組しながらこちらを睨みつけてくる。
その態度を見ても、語る言葉を聞いても、もう間違いない。
「私こそが大凍亜連合を使い、空鳥さんがご両親から譲り受けたデータを狙っていた人間。……その張本人よ」
「……ッ!? なんでさ? なんで星皇社長が……!?」
星皇社長は自らの口で、その事実を全て認めた。
デザイアガルダから始まり、大凍亜連合が暗躍し、パンドラの箱を狙っていた張本人。
両親やお義父さんやショーちゃんをも巻き込んで犠牲にしてきた、忌まわしき元凶。
――それは紛れもなく、アタシが技術者として尊敬していたはずの星皇社長だった。
「なんでこんなことをしたのさ!? あんたのせいで、どれだけの人が巻き込まれたと思ってるのさ!?」
「……それについては、私も弁解の余地がないわね。申し訳ないとは思ってるわ」
「『申し訳ない』とか、そんな簡単な言葉で済ませられる話と思ってるのかい!? これだけの犠牲を出しておいて……! アタシに語った『安全を意識した技術の革新』って話も、全部デマカセだったってことかい!?」
「……それについてはデマカセではないわ。ただ私にも空鳥さんと同じく、別の夢が存在するだけよ」
「べ、別の夢だって……!?」
そんな星皇社長を画面越しでも前にして、アタシは思う限りの言葉を吐き出さずにはいられない。
アタシの身に起こった不幸も、周囲の人々を襲った災難も、全ては星皇社長が元凶だった。
それをハッキリ理解した今、もうアタシの中で抑えていたタガが外れたように怒号が飛び交ってしまう。
そんなアタシの言葉に対しても星皇社長は淡々と冷たく、自らの意志を示すように言葉を返してくる。
「空鳥さんはエンジニアとしての未来よりも、空色の魔女というヒーローとしての道を選んだ。それと同じように、私にもエンジニアとして以上に、個人としてどうしても成しえたい夢があるだけよ」
「……成しえたい夢があるのは構わないさ。だけど、そのためにここまでの犠牲を払う必要なんてあったのかい!? あんた、自分が何をやってるのか理解して――」
「黙りなさい!! あなたは道を選ぶのに迷っていたけど、私は最初からこの道のために全てを捧げてきたのよ!? あなたみたいなまだ若い人に……私の何が分かるっていうの!?」
「せ、星皇社長……!?」
星皇社長にもアタシが空色の魔女をするのと同じように、何か個人として優先すべき目的があるのは見えてくる。
それでもこちらが問い詰めていくと、星皇社長はこれまでとは一転した態度で声を荒げ、アタシの言葉にも言い返してくる。
――こんな星皇社長の姿は見たことがない。
その豹変した態度が、星皇社長が目指す夢の大きさを物語ってくる。
「空鳥さん、もう一度だけこちらから要望するわ! あなたの手元には、ご両親から譲り受けた極秘の研究データがあるはずよ! それを今すぐこちらに渡しなさい!」
「パンドラの箱のことなら、アタシは嫌でも渡さないよ! あのデータは危険だ! 今の星皇社長になんて、死んでも渡せない!」
「……そう。あれをパンドラの箱と呼んでいるのね。確かにあの箱の中身は、禁忌としか言いようがないでしょうね。……空鳥夫妻も赤原警部も、余計な真似をしてくれたものだわ」
「……え? そ、それってどういう……?」
それでもパンドラの箱を渡すわけにはいかないが、話を続けていると星皇社長の口調がまた変わる。
星皇社長はパンドラの箱を狙っているからか、その中身には見当がついているような語り口。
ただこうも態度を急変させられると、アタシには別の意味が見えてくるのだが――
「あなたが言うところのパンドラの箱は、そもそも私があなたのご両親に頼んで作らせたのよ」
「えっ……!?」
――その意味についても、星皇社長はアタシに語ってくれた。
「私の夢のためには、空鳥夫妻の技術が――パンドラの箱がどうしても必要だった。それ以外にもより膨大な実験を陰で行える組織――大凍亜連合の存在も必要だった。だからあなたの叔父さんを介することで、技術開発を依頼した。最初は空鳥夫妻も協力的だったのだけど――」
「鷹広のおっちゃんを間に挟み、星皇社長と大凍亜連合が繋がっていることに気付いてしまい、父さんと母さんは星皇社長を拒むようになった……」
「流石は娘さんだけあって、その辺りは鋭いわね。おまけに万が一の保険として、研究データを『箱と鍵』の二つに分け、それを自分達が本当に信頼できる人間に研究データを託せるようにまでした」
「それがパンドラの箱と鍵……。そして、信頼できる人間ってのは……アタシ」
星皇社長の話を聞く中で、アタシもこれまで見過ごしていた事実に触れていく。
そもそも、両親は何故パンドラの箱のようなものを作ったのか? その鍵を何故お義父さんに託したのか?
それらは全て、星皇社長の危険な思惑から逃れるためにとった秘策。箱となるデータは娘のアタシへ、鍵となるコードは信頼できる赤原家へ。
星皇社長の背後に黒い影が見えてしまったからこそ、両親はこうやって遠回りに娘のアタシへ託す手段を用意した。
「つまり、そのパンドラの箱は本来ならば私が持つべきものでもあるわ。だから、おとなしく譲ってくれないかしら?」
「……今の話を聞いて、アタシがおとなしく渡すとでも?」
「……いいえ、思わないわ。むしろ託された意味を知って、余計に意気地になるんじゃないかしら?」
複雑な事象の糸が紡がれ、アタシもその裏の真実へと辿り着きつつある。
星皇社長の夢は分からない。ただ、とてもいい予感などしない。
パンドラの箱に眠る人造人間さえも生み出す技術と、星皇社長が持つ時空をも捻じ曲げるワームホールの技術。
これらの技術が行きつく先に、何が待っているのかはアタシでも想像がつかない。
――ただ、これだけはハッキリと言える。
「ご想像の通り、アタシは意地でもパンドラの箱は渡さない! 父さんと母さん、それにアタシの義父でもある赤原警部! そんなみんなに託されたものを、そう易々となんか渡せやしないさ!」
どんな高度な技術も、扱う人間によっては毒にも薬にもなる。
だが、星皇社長に渡した先に待つ結末は、どう考えても毒だ。
託されたアタシにできることは、その願い通りにパンドラの箱が毒となるのを防ぐこと。
――そして、星皇社長の野望を止めるための薬とすることだ。
「……そうでしょうね。残念だわ。空鳥さんにはおとなしく引き下がって欲しかったけど、こうなったら私も手段を選べないわね。……ゼノアーク。後は任せたわよ」
「かしこまりました、社長」
星皇社長は諦めた表情をしながら、近くにいたラルカさんに何かを命じると、映像の外へと立ち去って行った。
もうこれで星皇社長とは完全に袂を分かった。だが、後悔はしていない。
今の星皇社長には、アタシが技術者として尊敬していた姿はない。
――むしろ空色の魔女からしてみれば、最後に立ちふさがるヴィランの姿だ。
「星皇社長の本心をお聞きになって、ミス空鳥も納得できましたか?」
「納得……と言っていいのかねぇ。ただ、覚悟は決まったってところだ」
「そうですか。では、自分も星皇社長の命令に従い、あなた方が持つパンドラの箱を奪わせていただきます」
「やってみなよ。なんだったら、今からでもラルカさんがここに乗り込んでみるかい?」
ウィッチキャットから届く映像では、その場に残されたラルカさんがこちらに話を紡いでくる。
もうここまで来たら、行けるところまで行ってやる。
たとえラルカさんだろうと星皇社長だろうと、襲ってくるなら返り討ちにして――
「生憎ですが、すでに自分の作戦は始まっています。……総員、命令通りに行動を開始してください」
星皇社長にとっても切り札となるヴィラン。
ラルカ・ゼノアーク、ついに本格始動。