タケゾー「裏で糸を引く人間を突き詰めた」
これまで何度も陰から暗躍していた、謎の女工作員ラルカ。
フルネームを『ラルカ・ゼノアーク』
「ラルカ・ゼノアーク……!? やっぱり、あんたが……!?」
「自分もまさか一般人でしかないミスター赤原に、ここまで探られるとは思いませんでした。空色の魔女に――ミス空鳥に気をとられ、灯台下暗しになっていたというところですか」
『ゼノアーク』はファミリーネームで、そのフルネームは『ラルカ・ゼノアーク』
俺が探していた謎の暗躍女ラルカの正体が、今こうして目の前にいる。
――星皇カンパニー社長秘書のゼノアークさんこそが、そのラルカ本人だった。
「日本語は不慣れとか言ってたわりに『灯台下暗し』なんて言葉、よく淡々と使えるな……!」
「ウォリアールには日系民族も多いため、日本語もたびたび使われています。これぐらいのことわざなら、自分でも問題なく使えますね」
ゼノアークさん――いや、ラルカは自らの正体がバレても、まるで意に介さないように淡々と言葉を紡いでくる。
これまではただ業務的に冷静さを装っていたと思われるその態度も、今はどこか冷酷で不気味に見えてしまう。
――この感覚は牙島と会った時に近い。俺のような一般人ではとても触れることのない、何人も殺してきた人間が住まう世界。
それが素人感覚でも感じ取れてしまう。
『ルナアサシン』という二つ名も、とても嘘とは思えない。
「……あんたの目的は何だ? ウォリアールなんて軍事国家が協力して、星皇社長に何をさせようとしている? あの社長だって、隼の持つ研究データを狙っているだろ……!?」
「やはり空鳥夫妻が遺した研究データは、彼女の手にあるようですね。ウォリアールも星皇社長から依頼という形で協力しているにすぎません。こちらとしては星皇社長というクライアントの意志を汲み、その計画を成立させることが優先事項です。そのためにも、自分としては空色の魔女に早急な退場を願いたかったのですがね」
俺が問い詰めていくと、隼が持つパンドラの箱を狙っていることも語ってくる。
もう正体がバレてしまった以上、余計な隠し立ても無用といったところか。パンドラの箱を星皇社長が狙っていることも、すんなりと話してくる。
――パンドラの箱がとんでもない技術の塊なのは、俺も専門外なりに理解しているつもりだった。
だが、それを一国家の部隊までもが動いて狙っているということか? もうスケールが大きすぎてついて行けない。
「……いずれにせよ、星皇社長が隼の技術を狙い、空色の魔女のことを内心疎ましく思っていたのは事実のようだな。大凍亜連合についても、そもそもが星皇カンパニーの手足だったってことか……!」
「自分の正体を知ってなお、よくもそこまで考察を続けられるものです。ですがまあ、ミスター赤原のご想像の通りですよ。ミスター牙島が潜り込んでいた大凍亜連合など、数が多いだけの烏合の衆です」
「そんな烏合の衆を使い、表向きには星皇カンパニーに巣食い、牙島といったウォリアールの仲間を使ってまで、あんた達は何を考えてるんだ……!?」
「そう一気に質問を重ねないでください。自分も今は『星皇社長の依頼を受けたウォリアールの部隊長』という立ち位置でしかありません。狙いを定めるならば、星皇カンパニーに絞るのがよろしいかと」
そのスケールの大きさから、俺も思わず気になることをどんどんと口にしてしまう。
逆にラルカはどこか俺を制するような態度を見せ、むしろアドバイスするような言葉さえも呟いてくる。
――それは余裕というよりも、あくまで『星皇社長には雇われて従ってるだけ』というドライな関係を強調させてくる。
こいつや牙島の裏にはウォリアールという国家も控えているが、確かに今は星皇カンパニーだけに狙いを絞るべきなのは事実か。
「だったら、どうして星皇社長はあんた達を雇い入れた? 大凍亜連合を使ったワームホール実験についても――いや、もしかするとそれ以外の実験についても、全ては星皇社長が糸を引いてたんじゃないのか?」
「そこまで勘付かれてしまっては、自分も肯定するしかありませんね。ですが、その最終目的については伏せておきましょう。……ただ一つ、自分には本作戦における最大の実行権限があります。どうせそろそろ動く頃合いだったので、ここまでバレても支障はないでしょう」
「ッ!? な、何をする気だ……!?」
これまでどこか姿勢を崩していたラルカだったが、後ろ手に両手を組み直してこちらのことを睨みつけ始める。
その目つきはこれまでの機械的にも見えるクールビューティーなんてものじゃない。
――完全に何人か殺してる人間の目つきだ。
「一般人でありながら裏に巡らされた糸を手繰り寄せ、自分にまで辿り着いたミスター赤原の執念は賞賛に値します。その報奨として、こちらの戦力についても少しだけお教えしましょう」
「そっちの戦力……!? 牙島のことか? まさか、フェリアさんまで利用して――」
「ミスター牙島は空色の魔女のおかげで、すぐに戦線復帰はできません。フェリア様については自分達の作戦とは無関係です。……一応は」
「……? なんでフェリアさんのことは微妙に言い淀んだ?」
「いえ、こちらの話です。自分達にも事情があるのです」
それでも最初に俺と約束した通りなのか、こちらに攻撃を仕掛けてくる様子はない。
それどころか、ラルカは自身が従えている戦力について、端的にも俺へと話してくれる。
――これもどこまで信じていいか分からないし、何故ウォリアール人の中でもフェリアさんだけ外すような言葉を付け加えるのかも気にもなる。
ただ、その時のラルカはどこか呆れたような表情を一瞬だけ見せた。どうにも、俺が気にしても仕方なさそうではある。
「ということは、今まともに戦えるのはあんただけってことか? 大凍亜連合も総帥を失った今、ある意味あんたが最後の一人とでも言えるのか?」
「確かに現状では自分が最後の一人といったところでしょう。ですが、自分が一人で空色の魔女とその仲間を相手取るのは少々骨が折れます。……よって、すでに増援の手配は済ませてあります」
「増援……!? まさかウォリアールの……!?」
「戦闘工作において、ウォリアール以上の人材を有する国もないでしょう。そのウォリアールの中でも、自分が知る限り五本の指に入る戦力を追加で二人用意しました。これについては、空色の魔女の実力に対する一種の敬意とでも捉えてください」
「何が『敬意』だ……! どうせだったら、今ここであんただけでも――」
気を取り直すように俺が話を続けると、ラルカはどこか自信を持ちながら、さらなる戦力の存在をチラつかせてくる。
それだけ空色の魔女の存在を危惧しているということだが、そんなことは俺には関係ない。
これ以上の危機が隼に迫っているのならば、黙って指を咥えて見ていることなどできない。
無謀なのは承知の上だ。それでもここでラルカだけでも捕らえて、少しでも危険性を減らして――
「そこまでにしていただきましょうか。こちらも何の手立てもなく、あなたの前に姿を現してはいません」
「ス、スイッチ……? 一体何の……?」
――そうして飛び掛かろうとする俺を制するように、ラルカは後ろに回していた右手に何かのスイッチを持ちながら見せつけてきた。
何のスイッチかは分からないが、こちらにとってはとてもいい予感がするものではない。
「自分もすでに先んじて手を打ってあります。ミスター牙島のようにあまり大事は起こしたくないのですが、ここまで迫られてしまった以上、これを使わざるを得ませんか」
「そ、それは本当に何のスイッチなんだ……!?」
「爆弾のスイッチです。ああ、ご安心ください。この保育園を爆破するわけではありません」
「ば、爆弾……!?」
その予感が的中したように、ラルカが用意したのは爆弾のスイッチであることを述べてきた。
俺も思わずこの保育園ごと巻き込むつもりかと青ざめたが、そうではないとも語ってくる。
でもだったら、一体何を爆破させるつもりで――
「以前あなた方に結婚祝いとしてお送りした青い宝石の原石……。あれは自分が用意した爆弾で、これはその起爆スイッチになります」
もうすでにラルカの工作は始まっている。