タケゾー「不穏な気配を感じずにはいられない」
星皇社長の狙いが、隼やタケゾーにも見え始める。
「タ、タケゾー……。なんだか、ありがとね。アタシもちょっと怖気づいちゃってさ……」
「気にするな。それより、さっきの星皇社長の様子はどうにも引っかかるな」
「やっぱり気になる? 星皇社長、パンドラの箱のことを知ってるみたいだし、狙ってるようにも見えたような……」
星皇社長が立ち去った後、俺達はグラウンドの中央に戻りながらさっきまでの話を振り返っていた。
隼も星皇社長が腹に一物抱えていたのには気付いており、そのことでかなり不安な表情を見せている。
――隼からしてみれば、星皇社長は尊敬する人間だ。
そんな人間が自らの守っているものを狙う気配を見せたとなると、恐怖に駆られてもおかしくはない。
「……ねえ、タケゾー。アタシと星皇社長、これからどうなっちゃうのかな?」
「さあな……。ただ、俺は何があっても隼の味方だ。それだけは覚えていてくれ」
「……さっきの調子が抜けてないのか、どうにも臭いセリフを言うもんだ。それに、そいつはお互い様って話さ。アタシだって、タケゾーの味方だからね」
それでも隼は不安を抱えながらも、笑顔で俺の言葉に答えてくれる。
心の中にしこりのようなものは残ってしまったが、隼にこうしてからかわれながらも答えてもらえると、俺も気持ちが楽になる。
「……でも、こうなるとパンドラの箱のことが気になっちゃうよね」
「今は工場で厳重に保管してるんだよな? 要塞システムで簡単に盗まれることがないとはいえ、どうしても気になってくるか」
「うん……。ごめん、タケゾー。アタシ、やっぱり先に帰ってるよ。何かあってからじゃ遅いからさ」
とはいえ、さっきの星皇社長の様子を見てしまうと、どうにも不安が勝ってしまう。
隼もその不安の大きさからか、先に帰ってパンドラの箱を確認したいらしい。
「隼さん帰るなら、ボクも帰る。ボクが隼さんを守る」
「お? 男前なことを言うもんだねぇ。アタシもショーちゃんが一緒なら心強いや」
「それじゃあ、隼のことはショーちゃんに任せようかな。俺はまだ仕事があるから、先に二人で帰っていてくれ」
せっかくの交流会がもったいない気もするが、これは致し方ない面もあるだろう。
隼とショーちゃんは一緒に手を繋ぎながら、自宅である工場へと帰っていった。
その背中を見守る俺にできるのは、自分の仕事をこなすことと大事に至らないことを願うだけか。
「あら、赤原先生? ご家族の方はお帰りかしら?」
「園長先生。ええ。少し急用が入ったもので」
俺が手を振りながら二人を見送っていると、保育園の園長が声をかけてきた。
せっかく隼達が参加できるように便宜を図ってもらえたのに、俺も申し訳なくは思う。
園長もどこか残念そうにしているが、迂闊に事情も話せないし、ここはどうにか適当に流しておこう。
「それより、赤原先生のお客さんがお見えなのよ」
「お客さん? 園児の保護者か何かで?」
「いえ……違うでしょうね。こう言ってはなんだけど、見るからに怪しい人だったけど……」
そう思って頭の中でセリフを考えていたのだが、どうやら園長は俺に別件で用事があるようだ。
俺に客人らしいが、見るからに怪しい客人なんてどういうことだろうか?
さっきの星皇社長との話からゼノアークさん辺りかと思ったが、あの人も星皇社長と一緒に姿を消している。
――あの人もあの人で、俺の中で思うところがある。
ただ、普段からこの保育園の近くに星皇社長の付き添いで現れるのだから、園長の言う怪しい人とは違いそうだ。
「そのお客さんってのは、今どちらで?」
「一応は面会室にお通してるけど……。よかったら追い払おうかしら?」
「いえ、行きます。俺はしばらく離れますが、後のことはお願いします」
いずれにせよ、このタイミングで俺を尋ねてくる人間なんて、それだけでも十分に怪しい。
俺は建物の中へと入り、目的の人物が待つ面会室の扉を開けるが――
「よお、武蔵。急で悪いんだが、どうしても直接話をしたくて邪魔させてもらったぞ」
「……って、怪しい来客って、玉杉さんのことでしたか……」
――その中で待っていた人物を見て、俺も拍子抜けしてしまう。
そこにいたのはパイプ椅子に座る玉杉さんだった。確かに見た目的な怪しさで言えば、そのコワモテルックのせいでかなりのレベルだ。
――本当に紛らわしい人だ。
「一応の客人に対し、開口一番『怪しい来客』ってのはなんだ~? ちょいと失礼じゃねえか~?」
「すいません。俺も少し、気が立っていたところで拍子抜けしちゃって……。それで、どうして急に俺のもとへ?」
「お前この間、俺に調べ物を頼んでただろ? そのことで少し分かったことがあるんだが、直接話した方がいいと思ってな」
そんな園長にまで『怪しい人』と言われた玉杉さんだが、どうにも話の内容は俺も気になるものだ。
空色の魔女をつけ狙い、牙島とも結託している謎の女――ラルカ。
俺が頼んでいたその人物の情報を、玉杉さんも調べてくれたようだ。
「ラルカのことで、何か分かったんですね?」
「まあ、分かったと言っていいのかね~……。どうにも、お目当ての人物は裏社会でも相当深くに潜っているらしい。俺の情報網じゃ、噂レベルの話しか聞けねえや」
「それでも分かったことがあるならば、教えていただけませんか? どんな些細なことでも構いません。隼の身にも関わってくることなので」
「大体予想はできてたが、やっぱり空色の魔女絡みってことか。それじゃあ、順を追って教えてやるよ。ただ、俺の情報も噂を繋ぎ合わせたようなもんだからな。そこだけは了承してくれ」
玉杉さんがわざわざ急に俺のもとを訪ね、直接話をしに来たのにも意味がある。
噂レベルと言っているが、それでもあまり口外できない話が混ざっているのだろう。
ちょうど今は俺と玉杉さん以外は誰もいない。真偽は別としても、ラルカのことは俺も知っておく必要がある。
玉杉さんと向かい合ったパイプ椅子に座り、机を挟んでその話を聞いてみるのだが、はたして――
「まず最初に質問だ。武蔵はウォリアールって国のことは知ってるか?」
そして、ついに裏に潜む影の正体へと迫る。