時間と空間が壊れる危険だってある!
大凍亜連合が作り出したのは、時空間さえ捻じ曲げるワームホール。
「か、会場の皆様! 落ち着いてください! 係員の指示に従い、どうか落ち着いて脱出を――」
ベストメイディストショーの会場中央に突如出現したワームホール。あんなものはアタシも理論でしか聞いたことがない。
時空間を繋ぎ合わせるトンネル。そんなものが突然現れて、会場はパニック状態だ。
――あれは普通の人間が見ても、ただ事ではないことぐらいは瞬時に理解できる。
どんな人間であっても第六感で感じ取れる脅威。あのワームホールはそれ以外の何物でもない。
「タケゾー! ショーちゃん! みんなは無事!?」
「隼! ああ、今のところは無事だ! ショーちゃんだけが戻ってきて、イベントの運営の人が慌ただしくなったと思ったら――」
「凄い地震がして、あの穴、出てきた! あれ、何!? 怖い!」
逃げ惑う人々をかき分け、アタシもまずは家族の元へと戻る。
格好は空色の魔女のままだが、イベント参加者も係員もそんなアタシを気にかけている暇もない。
それぐらいの一大事。何が起こったのか問われても、アタシだって返答に困ってしまう。
「とにかく、早くここから逃げて! これから何が起こるのかは、アタシにだって分からない! だけど、今は脱出することしか――」
「そ、空鳥さん! ご無事でしたか! そ、それより、フェリアさんを見ませんでしたか!?」
「洗居さん!? ……って、フェリアさんがいないの!?」
アタシも気が動転してしまうが、あのワームホールが少なくともいい影響を及ぼすとは思えない。
時間、空間、物質、概念。それらの理屈を越えた力。
あれが本当に理論通りのワームホールなら、それこそ世界が壊れる可能性だってある。
そんな脅威からみんなを逃がすことだけ考えるが、こちらに駆け寄って来た洗居さんは顔を青ざめながら、フェリアさんの行方が知れずに戸惑っている。
「フェ、フェリアさんの身にもしものことがあったら、私は……私は……!」
「大丈夫だよ、洗居さん! フェリアさんはアタシが助け出す! だから、今は先に脱出して! お願い!」
洗居さんは涙を流しながらフェリアさんの身を案じているが、ここで立ち止まっていても埒が明かない。
もう破れかぶれな状況だが、アタシも今は一人でも多くの人をここから脱出させることだけ考えるしかない。
とにかくアタシがみんなを誘導して、フェリアさんのことも探して――
「この会場に集まっとる連中どもぉ! 悪いんやが、帰るんはまだ後にしてもらうでぇ。ちぃとばっかし、儂らの実験に付きおうてもらいたいからなぁ!」
「ひょ、氷山地!?」
――そんな混迷極まる状況の中、さらにその混迷を深めようとする人物が姿を現す。
その口ぶりからしても分かる。今こうしてこの場にワームホールを出現させた元凶。大凍亜連合総帥の氷山地だ。
ワームホームの出現したステージに上がり、この場にいる全員に対して声を張り上げてくる。
「オラ! 総帥の命令だ! お前ら全員、この場を動くんじゃねえ!」
「な、何を言ってるんだ!? 僕達を早くここから出してくれ!」
「そうよ! あんな危なそうなものなんか出されて、これから何が起こるって言うの!?」
「静かにしやがれ! 逆らうようなら、この場で撃ち殺すぞ!」
さらには氷山地の言葉を聞いて、ライフルを構えた大凍亜連合の構成員が球場の出入口を封鎖し始める。
逃げようとしていた人々も反発するが、大凍亜連合は人数も武器も揃えており、とてもではないが脱出できる状況にない。
――ドーム内にワームホールが発生し、中にいた人も逃げ出せないというこの状況。
全ては大凍亜連合が招いた結果だが、まさかここまで大規模かつ異常なことが起こるとは想定できなかった。
さらには逃げられない人々とワームホールを使い、大凍亜連合はさらなる実験を行おうとしている。
――ここから何が起こってもおかしくない。
もしかすると、ここにいる全員が大凍亜連合の犠牲にされてしまう可能性だってある。
「氷山地ぃい!! あんた、一体ここで何をするつもりさ!? そのワームホールを使って、何を企んでるのさぁあ!?」
「ほぉう? 空色の魔女やないか? おどれまで紛れ込んどったとはなぁ。まあ、別に構うこともあらへんか。このワームホール実験が成功すりゃ、忌々しいおどれの存在ごと抹消できるからのぉ……!」
「存在を……抹消……!?」
アタシは思わずこの場を仕切る氷山地に声を上げる。
氷山地もこちらに気付いて語り掛けてくるが、言っている言葉の意味は理解できない。
アタシの存在を抹消する? あのワームホールを使って?
これまでの事象から考えるに、ワームホールには時間を加速させることで、以前に調査した民家のようなポストアポカリプス現象を起こす機能はあるのだろう。
だが、それとアタシの存在の抹消が、どう繋がるというのだろうか?
いや、今はそんな理論面を考えている場合じゃない。
「とにかく、そのワームホールをすぐに止めな! それはあんた達の手に負える技術じゃないよ!」
「アホ抜かせ! 儂ぁ、こいつを完成させるために、今までずっと裏で画策しとったんや! 正義のヒーロー気取りか知らんが、ガキが余計な口を挟むんやないわぁ!!」
「だったら、ここにいる人達を解放しな! 甘っちょろい正義のヒーロー気取りでも、無関係な人を身勝手な実験に巻き込ませなんかしないよ!」
「ほぉう? そこまで儂に啖呵を切るっちゅうんなら、姉ちゃんが一人だけ犠牲になってもらおかいのぅ?」
「アタシ一人を……!?」
どうにかしてこの窮地を乗り切るために、アタシは思う限りの言葉を氷山地へと投げかける。
そこで出てきたのは、アタシ一人を実験の犠牲に使うという提案。そうすれば、他の人々は助けてくれるとのこと。
「……その言葉、嘘も偽りもないね?」
「ああ、約束したるわ。おい、お前ら。空色の魔女を包囲しろ」
その話を聞いて、アタシも思わず了承してしまう。
だってさ、アタシ一人の犠牲で他の人が全員助かるなら、本当に安い話じゃないか。
別に美談とするつもりはない。アタシは今のこの状況の恐ろしさに、みんなを巻き込みたくない。ただそれだけの話だ。
「隼!? 馬鹿なことを考えるな!」
「隼さん、ダメ! 隼さん一人なんて、絶対にダメ!」
「……ありがとうね、タケゾー、ショーちゃん。だけど、アタシもただ犠牲になるつもりなんてないさ。それに、アタシならあのワームホールを止められるかもしれない」
アタシの話を聞いて案の定のごとく、タケゾーとショーちゃんは止めに入ってくる。
それでも、アタシは構わずに包囲してきた大凍亜連合の前へと歩みを進める。何より、これはこれでチャンスだとも思う。
アタシがあのワームホールに近づくことができれば、その原理を解明して停止させることだってできるかもしれない。
――いや、口では言ってみたけど、実際には難しい話かな?
あれはもう宇宙科学規模の技術だ。流石にアタシでもどうにかできるとは思えない。
「ダ、ダメです……空鳥さん! ここは私も上司として、あなたを止めさせていただきます……!」
「あ、洗居さん……!?」
そんな迷いながらも一人で前へ進むアタシのさらに前方で、洗居さんが両腕を広げて大の字になりながら背を向けて道を塞いできた。
アタシを包囲する大凍亜連合に対し、絶対に譲らないという覚悟。その背中からは、そんな思いがヒシヒシと伝わってくる。
「お願い、洗居さん! アタシなんか構わずに、自分のことを――」
「そのお言葉は、そっくりそのままお返しいたします。あなたの方こそ、ご自分の身を考えてください。私はそうして欲しいから、あなたの休職を認めたのです……!」
「ううぅ……!?」
アタシがどれだけ声をかけても、洗居さんはその場を動こうとはしない。それどころか、アタシの方がその熱意に押し負けてしまう。
本当に洗居さんのような上司を持てたことは誇りに思う。こんな緊張した場面でもなければ、また泣き崩れていただろう。
「グダグダ面倒な奴らやのぉ! おい! もう構わへんから、その眼鏡の姉ちゃんを撃ち殺して、空色の魔女をこっちに連れてこいやぁ!」
「そ、そんな!? 待って――」
だが、そんなことは大凍亜連合にとっては茶番にしかならない。
包囲していた大凍亜連合は氷山地の指示に従い、ライフルの銃口をアタシの前方にいる洗居さんへと向け始める。
――洗居さんを失うわけにはいかない。そう思って慌ててアタシは盾になろうと前へ出る。
だが、無情にもその引き金は引かれ――
ズパパァン! ズパパァァンッ!!
「……え!? ラ、ライフルが!?」
「ど、どういうこっちゃ!? まだ誰かおるんか!?」
――洗居さんに銃弾が飛んでいこうとしたところで、大凍亜連合の構えていたライフルがどんどんと切断されていく。
そのせいで発射は中止。銃弾は飛んでこずに済んだ。
氷山地も驚き戸惑い、アタシも誰がやったのかを目で追おうとする。
ショーちゃんかとも思ったが、アタシの後ろでまだ動いていないまま。だが、こんな状況は昨日にもあった。
――洗居さんを守る、自称ダークヒーロー様の存在だ。
「おいこら、大凍亜連合。そこの眼鏡女に危害を加えることだけは、俺も指を咥えて見てらんねえな……!」
「フェ、フェイクフォックス!?」
敵は多数で強大だが、今回は味方だっている。