マジで死んだかと思った!
タイトルの通り、まだ生きてはいます。
「……あれ? ここは……?」
大凍亜連合の猛攻に遭い、アタシはボロボロの姿のまま、路地裏で意識を失ったところまでは覚えている。
そこで意識を手離して、完全に死んだとまで思った。
だが、次に目を覚ましたのはどこかの部屋のベッドの上。目を開けてみれば、見知らぬ天井が目に映る。
まだ体の自由は効かないけど、魔女装束の下に包帯で手当てをされている感触もある。
――よく分かんないけど、助かったってこと? でも、なんで?
「よかったわ……。無事に目を覚ましてくれたみたいね……」
「あ、あなたは……?」
そういえば、アタシは気を失う直前、誰か女性の声を聞いたんだっけ?
アタシが目を覚ますと、その時と同じ声が聞こえてきた。
少し顔を横に向けて、声のした方向に振り向いてみると――
「星皇社長……?」
「ひとまずは大丈夫そうね、空鳥さん。……いえ、空色の魔女とお呼びした方がいいかしら?」
「あっ……」
――そこには心配そうにしながらも、安心した声で語る星皇社長の姿があった。
どうやら、星皇社長が路地裏で死にかけていたアタシを助けてくれたらしい。
技術者として尊敬する人に命を助けてもらえるなんて、申し訳なくも特別感を抱いてしまう。
――いや、問題はそこじゃないよね。
アタシって、空色の魔女の姿のまま倒れてたわけよ。今は完全に力尽きていたせいで、案の定髪や顔の変身は元に戻っている。
――言うまでもなく、モロ身バレしてしまった。
「い、いや……。これは……その……」
「気にしなくていいわよ。空鳥さんが空色の魔女だってことは、私も胸の内に留めておくわ」
「あ、ありがとうございます……」
思わずアタシも口ごもってしまうが、星皇社長はアタシの意を汲んでくれたのか、過度の言及は控えてくれた。
なんだかんだで結構な知り合いに身バレしちゃってるけど、やっぱり空色の魔女には今回みたいな危険がつきものだからね。周囲の人を巻き込むなんて、アタシのヒーロー像としてナンセンスだ。
「それにしても、ここはどこで?」
「フェリアさんのことはご存じよね? 彼女の教会の一室よ」
「フェリアさんの……教会……?」
「ええ。彼女とは母国の支援で、色々と関りがあるものでね」
そしてアタシが今こうして横になっている場所だが、どうやらフェリアさんの教会のようだ。
そういえば、以前にゼノアークさんも同じようなことを言ってたっけ。星皇カンパニーはフェリアさんとゼノアークさんの母国であるウォリアールという国を支援してるとかなんとか。
その縁があったからこそ、星皇社長はアタシをここに運び込んで手当てしてくれたということか。
「空色の魔女を迂闊に病院へ搬送するのもどうかと思った上での判断よ。安心しなさい。フェリアさんはシスターとして、医療知識も身に着けているわ」
「てことは、フェリアさんにもアタシの正体はバレてるってことで?」
「そういうことになるけど、そこは仕方ないと割り切りなさい。病院で大勢の人間に正体を晒すよりはマシでしょう?」
星皇社長も急なことだったのに、よくここまでアタシを気遣ってくれたものだ。確かにアタシとしても、これ以上の身バレは勘弁願いたい。
フェリアさんにまで正体はバレてしまったが、あの人も洗居さんの親友だ。アタシの正体を知って、悪いようにはしないだろう。
――なんだかんだで、アタシって結構な身バレをしちゃってるね。
どうにも感覚が麻痺してるけど、今後はもっと注意しよう。
「……って、そうだ! タケゾーとショーちゃんに連絡しなきゃ! きっと今頃、アタシのことを心配して――」
「それについても安心しなさい。私の方から連絡を入れて、今は別室でフェリアさんと一緒にいるわ」
「へ? そうなの? だったらさ、アタシもすぐに会いたい――」
「そこはちょっと待って欲しいわね。私も空鳥さんと二人きりで話したいことがあって、今はこうして二人だけにしてもらってるのよ」
「え? アタシと星皇社長の二人で……話?」
アタシも自らの無事で安心すると、今度は他のことが気になってくる。
思えば、アタシは先に逃がしたショーちゃんを追ってるところだった。今はタケゾーと一緒になって、アタシのことを心配してるのは容易に想像できる。
二人に会いたい想いが強くなってくると、そこに星皇社長が言葉を被せて事情を説明してくれる。
わざわざアタシの家族に連絡までしてくれたのはありがたい。だけど、星皇社長はそんなアタシの気持ちにまでさらに話を被せてくる。
二人がここにいるのなら、まずはアタシも直接無事を知らせたいのだけど――
「空鳥さんは空色の魔女として、大凍亜連合と戦っているのよね? 悪いことは言わないわ。早々に手を引きなさい」
「え……? そ、それはどうして……?」
――星皇社長が真剣な表情でアタシに忠告を述べて来て、思わずそちらに気をとられてしまう。
「空色の魔女としての活動は立派だし、私もこれまでは小耳に明るいニュースだと思って聞いていたわ。だけど、相手が大凍亜連合だと話が別よ。あの組織は空色の魔女でも手に負えないレベルと見ていいわ」
「だ、だけどさ。アタシもあの組織とは色々と因縁があって……」
「その因縁の元があるのなら、私に託してみたらどうかしら? 一個人が巨大組織に立ち向かうなんて、どれだけ超人的な力をもってしても無謀な話よ? だったら私も星皇カンパニーの力を使い、どうにか大凍亜連合を抑え込めるように動いてあげるわ」
星皇社長も空色の魔女が大凍亜連合と揉めていることは承知のようだ。まあ、その辺りの話はネットを見れば分かる話だろう。
ただ、星皇社長は国内最大手企業の代表ということもあり、大凍亜連合のような裏社会の組織にも覚えがあるように見える。
そんな覚えがあるからこそ、アタシに大凍亜連合と因縁があったとしても、むしろ星皇社長が役目を買って出るようにアタシがこれ以上戦うことを拒んでくる。
――大凍亜連合との因縁は色々あるが、その全ての引き金となっているのは両親から受け継いだパンドラの箱だろう。
その中に眠る禁断の技術があるからこそ、アタシは大凍亜連合と繋がってしまっている。
「今のあなたは空色の魔女というヒーローである以前に、一家の母親なのでしょう? 養子とはいえ、子供まで迎え入れたのよね?」
「そこまでご存じでしたか……」
「これはかつて母親だった人間からの忠告よ。あなたは今からでも、普通の生活に戻った方がいいわ。家庭に仕事にヒーロー活動……。その全てをやり遂げるなんて、どんな超人でも無茶な話よ。空鳥さんはまだ若いし、もっと自分の未来を夢見るべきね」
「アタシ自身の……未来……」
遠回しではあるが、星皇社長はアタシが空色の魔女を続けることをよく思っていないように見えてくる。
だが、それは決してアタシを咎めるものではない。むしろ、アタシ個人のことを何よりも考えた言葉に聞こえてくる。
――星皇社長も言う通り、今のアタシは最初に空色の魔女を始めた時よりも背負うものが増えた。
その中で個人として優先したいのは、タケゾーやショーちゃんという家族との暮らし。
仕事と並行しながらのヒーロー活動も、いささか限界に来ているのかもしれない。
そう思うと、空色の魔女はもう辞めた方がいい気さえしてくる。
――両親から託されたパンドラの箱についても、星皇社長のように尊敬できる人ならば託せるかもしれない。
「……すみません。アタシもちょっと時間が欲しいかな。今はまず、タケゾーとショーちゃんにも会いたいし……」
「……そうね。私も急な話をし過ぎたかしら。ただ、空鳥さん自身のこともしっかり考えて、これからのことを選んで欲しいわ」
アタシは迷いながらも、その提案を保留するしかなかった。
星皇社長の言い分は理解できる。理解はできても、すぐさま納得はできない。
急にこれまでやっていたことをやめた方がいいと言われても、アタシは判断に迷ってしまう。
――ただ、もしかすると空色の魔女としての役目も、もう本当に潮時なのかもしれない。
そう考えながら、今のアタシには部屋を出ていく星皇社長の背中を見送ることしかできなかった。
ヒーローはいつだって選択を迫られるものだ。