この場所だけがおかしくなってる!?
「民家を覆う植物」がおかしいのではない。
本当におかしいのは――
「風化? それって、おかしなことなの?」
「この民家がしっかり手入れされていたのなら、おかしな話になってくるねぇ……」
アタシも顕微鏡で外壁の破片を観察して確認できたのは、この民家の外壁自体が風化しているということ。
アタシも洗居さんから清掃の話で『しっかり掃除することで、建物を長持ちさせる』と聞いたことがある。
もし本当にこの民家が管理会社の手でしっかり整備されていたのなら、こんな風に風化したりはしないはずだ。
「こいつはどうにも、調べるのは植物の方じゃないのかもね。勝手ながらも、中の様子も調べる必要がありそうだ」
どうにも、アタシがここに来る前に立てていた仮説は総崩れのようだ。
この民家を覆う植物が異常なのではない。この民家そのものが異常と見るべきだ。
それならば、中の様子も何かしらの異常があると思われる。本当に調べる必要があるのは内側か。
ただ、そうしようにも民家の扉には植物のツタが幾重にも重なり、簡単には入れそうにない。
「ちょいと手間はかかるけど、まずはこのツタをどうにかするしかないねぇ……」
「隼さん、ここのツタ、なんとかしたいの?」
「あー……うん。悪いことにはなっちゃうけど、中の様子を見てみたいんだよね」
アタシが扉のある辺りのツタを見て、軽くその面倒臭さに嘆いてしまう。だって、本当に面倒なぐらい生い茂ってるもん。
さらに言うと、ショーちゃんの前で不法侵入なんてしたくないのよね。子供の教育によろしくない。
アタシも一応は母親代わりなわけだし、そこの倫理観はしっかりと教えておきたい。
「ちょっと避けてて。ボク、このツタを払う」
「え? 払うって、どうやって――」
アタシが倫理観的な葛藤をしていると知ってか知らずか、ショーちゃんは扉の前にいたアタシを片手で制しながら、代わりに前へと躍り出る。
そして腰を落とし、腰の刀に手を当てているが、まさか――
シュパパパァァアンッ!!
「……隼さん。ツタ、全部切り落とした」
「うひゃ~……! ほ、本当に綺麗に取り払っちゃったよ……!」
――まさに『そのまさか』という奴で、ショーちゃんは素早い居合で扉にあった大量のツタを切り落としてしまった。
しかも今回は一回の居合ではない。抜刀直後に納刀、そこからさらに抜刀という、まさに神業と言うべき居合。それを何度か繰り返していた。
アタシも剣閃を視認はできなかったが、音で何回も行われたのは理解できた。
――いや、どんな居合術よ?
もう漫画の世界の技術じゃん。空色の魔女が言えた義理じゃないけど。
「威力、調整した。ツタだけ切り落とした」
「そこはきちんと目的を理解してくれてたんだね。何にせよ、ショーちゃんのおかげで助かったや」
こちらの目的も理解してくれており、アタシも思わず頭を撫でながら感謝の意を述べる。
人造人間であるショーちゃんだが、その技術も精神もしっかりと成長しているのを感じる。
技術者として興味と関心も湧いてきそうなものだが、不思議とそれとは違う感情が湧いてくる。
――ただ純粋にショーちゃんの成長が嬉しい。これが親心というものなのかもしれないね。
「さてと、ショーちゃんが文字通り道を切り開いてくれたわけだ。早速、お邪魔させてもらおうか」
「お邪魔させてもらうけど、これは本来悪いこと。勝手に人の家に入るの、ダメ」
「そこは重要だねぇ。今は特例的に入るけど、ショーちゃんも他所の家にお邪魔する時は、きちんとノックして相手の了承を得てから入るようにね」
ショーちゃんへの教育の意味も含め、一応の説明は述べておく。
これからやることはれっきとした不法侵入だが、世の中にはそうも言ってられない事態だってある。
――いやまあ、自分でもクドクド細かいことを言ってるとは思うよ?
でもさ、やっぱそこはきちんと教えておきたいのよ。一応とはいえ、親として。
「うわわっ。この扉もまた、随分と風化してるんじゃないかい……?」
「扉、ボロボロ。なんだか、とっても古い」
行動の善悪はさておき、アタシはドアノブに手をかけるも、こちらもかなり風化している。
アタシが触れて回してみると、それだけで扉ごと崩れるように外れてしまう。鍵なんて意味をなしていない。
――これはもう、植物がどうのこうのじゃない。
この建物自体が、アタシには想像もできないレベルの怪異に見舞われている。
焦る気持ちと恐ろしさを抱きながら、その先へと足を踏み入れるが――
「う、うそ……? これって、あの民家の中だよね……?」
「埃だらけ……。中までボロボロ……」
――ある意味で想像できていた光景が、アタシ達の眼前に広がっていた。
民家の中は荒れたい放題で、埃が舞い、フローリングからは植物の根が見えている。
人類がいなくなって退廃したポストアポカリプスの世界というのは、こういったものなのだろう。
そう思わずにいられないほど、室内の光景は異様そのものだった。
どこをどう見ても、これは建物自体が整備されているとかいないの話じゃない。
仮に整備されていなかったとしても、数十年程度で建物がここまで風化してしまうはずがない。
――それこそ、何百年と時間が経っていないと、こんなことになるはずがない。
この建物が――いや、もしかしたらこの場所だけが何百年と時間が先に進んだということか?
「こ、こんなことってあるの……? どうしてこんなことが……?」
「この場所だけ、ずっと先の未来にタイムワープした?」
「にわかには信じがたいけど、そう考えるしかないのかねぇ……」
唖然として驚愕の言葉を漏らすことしかできないアタシに対し、ショーちゃんは思ったままであろう可能性を口にしてくる。
確かにこんな光景を見れば、ここだけが何百年も先にタイムワープしたとも考えたくなる。
――まさにSFの世界。空色の魔女や人造人間の存在さえも霞んでしまう、あまりに空想科学の領域の話だ。
こんなことができる技術など、パンドラの箱にも載っていなかった。
「なんにしても、ここでアタシには想像もつかないような実験が行われたってことは事実だろうねぇ」
「だったら、誰がこんなことしたの?」
「アタシが思うに、こんな空き民家を使って勝手な真似をするなんて、それこそ後ろめたさ満点な組織の仕業だと思うんだけど……」
この異常な時間の技術も気になるが、もう一つ気になるのはこれが何者の仕業かということ。
ただ、こんな超常的な技術を使うのなんて、超常的な魔女であるアタシが知る限りでも候補は限られてくる。
――てかさ、アタシがこんな超常現象に遭遇した時って、大体あそこの組織の仕業だよね。
「ッ!? 隼さん! 誰かいる!」
「えっ……!?」
そんな時、ショーちゃんが民家の外から人の気配を感じ取った。
アタシもその声を聞いて、思わず窓の外に目を向けてみる。
――確かに何人かの人影が見える。
こちらからハッキリとは見えないが、何かを手に持ってこちらに構えているようにも見えるが――
「ま、まさか!? ショーちゃん! アタシの後ろに隠れて!」
――推測していた組織とその人影から、アタシは次に起こる行動を直感的に理解した。
あの人影は敵だ。そして、アタシ達のことを攻撃しようと狙っている。
そのことを理解し、慌ててショーちゃんを背中の後ろに隠したと同時に――
バキュゥン! バキュゥン! バキュゥン!
――何発もの銃声が鳴り響いてきた。
――その場所の「時間そのもの」だ。