タケゾー「親が俺達家族のもとに押しかけてきた」
驚異の親フラ! タケゾーと隼も大慌て!
「隼さん、武蔵さん。そんなに急いでどうしたの? ボク、まだお店のミルク飲んでない」
「ごめん! ミルクはまた今度ね!」
「と、とにかく早く工場に戻るぞ! おふくろのことだ! もう家を出発してるに決まってる!」
ショーちゃんの戸籍の話が終わったら玉杉さんの店でゆくっりしようと思っていたが、そんなことをしている場合ではない緊急事態が発生してしまう。
なんと、俺のおふくろが俺達が住んでいる工場に訪れるという知らせが入ってきたのだ。
送られてきたメッセージには『一度ぐらい二人の生活場所を見たいから、今からお邪魔するね~』とのこと。
なお、反論の余地はなかった。メッセージを送り返しても既読通知すら付かない。スマホの通知にも気がつかず、今頃スキップでもしながら工場に向かっているのは容易に想像できる。
俺はショーちゃんを担いで隼と大慌てしながらも、とにかく急いで帰宅する。
「そういえば、俺と隼が結婚してからおふくろはまだ一度もこっちに来てなかったな! それで思い立って、急に来たくなったってわけか!」
「こんなことなら、もっと早いうちに案内するべきだったよ! あー! 工場の中、まだ全然片付いてないのにー!」
俺と隼は完全にパニック状態。俺達が暮らしている工場なのだが、色々と用事が重なったせいで片付いてない場所も多い。
ショーちゃんの個室を用意するために物の出し入れもしてたし、隼が設置した工場の防衛システム工事の後片付けも終わっていない。
とてもではないが、人を招き入れられる状況とは言えない。
「よ、よし! 工場に戻って来たぞ!」
「タケゾーはお義母さん用にお茶菓子を用意して! 流石に何もなしじゃ、申し訳がたたないよ!」
「隼はどうするんだ!?」
「こうなったら、アタシも洗居さん直伝の技を使うしかないようだね……!」
大急ぎで戻ってきたこともあり、おふくろはまだ工場まで来ていない。だが、許された時間は少ない。
そんな危機的状況の中でも、俺と隼はとにかく最低限の出迎え準備はしようとする。
いくら俺も隼もよく知る相手とはいえ、ここはしっかりやっておきたい一線だ。
そのため、俺が台所で茶菓子を用意していると、隼は何やら妙なことを言いながら空色の魔女用のブローチを手に取り――
カッ!!
「変身! 空色の魔女改め、空色の清掃用務員! ここに見参!」
「なんだそれぇえ!?」
――いつもの魔女装束へと変身した。
いや、どうしてこの場面でその姿に変身する? 『空色の清掃用務員』などと名乗ってるし、隼は一体何をするつもりだ?
「タケゾー。お茶菓子の準備、アタシはあんたを信頼して任せるよ……!」
「隼……」
隼はわずかに俺の方に振り向いて期待の眼差しをすると、そのまま仕事でも使っている清掃道具一式を用意し始める。
隼が専用に改造した電動モップを両手に一本ずつ持ち、口にも電動ハタキのようなものを咥え――って、それは効率が悪くないか?
ともかく、隼が何をしようとしているのかは俺にも理解できた。
「ふんぎゅあぁぁああ!!」
「は、速い!?」
そして、とても俺のような常人では理解できないような大掃除が始まる。
両手の電動モップを巧みに使い分け、その先端で荷物を片付けながら猛スピードで工場のあらゆる場所を掃除していく。
仮にも超一流の清掃用務員である洗居さんの下で働いているだけのことはある。清掃スキルが完全に人知を超えている。
そこに空色の魔女としての超パワーが合わさることで、その清掃スキルは倍率ドン、さらに倍。
かなり粗削りではあるが、広い工場内を瞬く間に清掃していく。
――ただ、やっぱり口に咥えた電動ハタキが役に立ってる様子はない
隼も慌てすぎたせいで、軽くパニくっているようだ。
「武蔵さん。ボク、どうすればいい?」
「と、とりあえず、準備中のショーちゃん部屋で待っててくれ! 俺もかなり忙しい!」
「うん、分かった。ボク、二人の用事が終わるまで待ってる」
とはいえ、俺も隼と同じく落ち着いている場合ではない。
ショーちゃんに構っている余裕もなく、申し訳なくも今は下がっていてもらう。
なんだかんだで、俺と隼はいまだに結婚したての新婚夫婦だ。
親が急に押しかけるという初めての体験を前に、慌てない以外の選択肢がない。
■
「ヒィ、ヒィ……! タ、タケゾー……! 工場の掃除、一通り終わった……!」
「助かった、隼! ……って、着替えまでしたのか?」
「そりゃあ、お義母さんが来るわけよ? 最低限のおめかしはしておかないとね」
俺がリビングでお茶菓子のセッティングを終えると、隼の方も息を切らしながら清掃を終えて戻って来た。
おふくろを招くリビングを始め、本当に工場中を全部掃除して回ったようだ。
さらには自らもおふくろに譲ってもらった清楚お嬢様スタイルに整えなおし、完全に姑を出迎える嫁のスタイル。
――付き合う前まではまるでお洒落に興味もなかったのに、人間って変わるもんだ。
ピンポーン
「ッ!? き、来たぞ!?」
「お、お義母さんだ!?」
そして、とうとうその時が来てしまう。
工場内に鳴り響くインターホンの音。隼もモニターで玄関口を確認するが、おふくろがニコニコしながら待ち構えている。
大丈夫だ。必要最低限の準備はできた。恐れることはない。
――そう信じて、俺達はおふくろを招き入れた。
「突然ごめんね~。やっぱり、二人がどういう生活をしてるのか、私も気にしちゃったからね~」
「気にしないで大丈夫だよ! お義母さん! アタシ達はいつだって大歓迎さ!」
「あらあらら~? 隼ちゃん、おめかししてまで出迎えてくれたのかしら~? そこまで気を遣わなくても大丈夫よ~」
中へと入ってきたおふくろに対し、隼はどこか誤魔化すようなカラ元気で応対する。
とはいえ、おふくろも逆に気遣うように笑顔で応対してくれている。
――俺と隼も急なことに焦っていたが、おふくろはそこまで厳しい人間でもない。
むしろ俺と隼の急な結婚に関しても、割とすんなり受け入れてしまう程おおらかな人間だ。
これは俺達の方がおふくろ襲来という事実だけで、勝手に慌てて変に気を張ってしまっていたか。
でもまあ、おふくろのことは俺達家族の住まいでは手厚く迎えたい。
結果としてだが、色々と準備も整えられたわけだ。結果オーライということにしておこう。
「隼さん、武蔵さん。用事、終わった? ……その女の人、誰?」
「あっ……!?」
「ショ、ショーちゃん……!?」
――俺と隼も揃って、ショーちゃんの存在が頭から抜けていたことを除いてだが。
うん。一番優先すべきはそこだったよね。