タケゾー「嫁の魔女が地上波デビューした」
空色の魔女、ついに地上波デビュー。
【い、いや……魔女装束はまだしも、その空色の髪までコスプレなんですか?】
【ソ、ソウダヨー。コスプレノタメダヨー】
【仮にそうだとしても、コスプレのまま店の列に並びますか? 私にはご本人にしか見えないのですが……?】
テレビの向こう側では、女性リポーターに自称『空色の魔女のコスプレ』女がキョドりながらインタビューされている。
無論、俺からしてみればそこにいる空色の魔女がただのコスプレではないことなどお見通しだ。
――その姿を見てもキョドり方を見ても、間違いなく空色の魔女本人である。
つうか、なんで空色の魔女の格好のままで店の列に並んでるんだよ?
【そういえば、ついさっき近くで空色の魔女が迷子の子供を迷子センターに届けたという話が……】
【あーあー! 知らない! アタシ、何も知らない! 迷子の男の子なんて知らない!】
【……すみません。迷子の子供が男の子だとは一言も言ってないのですが?】
【あっ……】
どうやら、近場でヒーロー活動をした後、変身を解除せずにそのまま店に飛び込んでしまったようだ。
隼のことだから、店の方が気になり過ぎて変身のことが頭から抜けていたのだろう。
物の見事に墓穴を掘る隼の姿を見ながら、俺も状況を理解できてしまう。
「隼さん、正体バラしたくないの?」
「バラしたくはない……らしい。とは言っても、本人が抜けてるせいで結構バレる場面も多いんだが……」
一緒にその様子を見ていたショーちゃんも、不思議そうに隼の行動を眺めている。
あいつ、本当に身元を隠す気はあるのだろうか? どうしてこうも素っ頓狂で行き当たりばったりな行動ばかりするのだろうか?
――頭はメチャクチャいいのに、色々と残念な奴だ。俺の奥さんだけど。
【と、とにかく! アタシも会計が終わったから失礼するね! アディオス!】
【あっ! 今『アディオス』って言いましたよね!? それ、空色の魔女の決め台詞ですよね!?】
【知らないったら知らない! アディオスったらアディオース!】
それこそ完全に逃げる形となり、隼は会計を素早く終えると、そのまま猛スピードでカメラの外へと走り去ってしまった。
本当に何をやってるんだか。これって、また後でSNSでも話題になるだろうな。
「隼さん、テレビ出てる。人気者」
「確かに人気者なんだが、どうしてこうも迂闊に身バレしに行ってるんだか……。夫として、微妙に悲しくなってくる」
「でも、隼さんはこのお店のキーホルダーは持ってる。なのに、どうしてまた並んでたの?」
「あー……。それについては、おおよそ見当がつく」
ショーちゃんは機嫌よくテレビの内容を見ていたが、一つだけ疑問があるようだ。
隼がわざわざもう一度、この店で空色のキーホルダーを購入していた理由。それについては隼の性格を考えれば簡単だ。
――おそらく、俺の時と同じ理由だろう。
「ヒィ! ヒィ! た、ただいま~……!」
「おお、おかえり。地上波デビュー、おめでとう」
「隼さん、おかえり。テレビ見た。人気者だった」
「んげぇ!? タ、タケゾーとショーちゃんも見てたのか……」
そんなことを考えていると、隼が空色の魔女の姿のまま、息を切らして工場へと帰って来た。
テレビから消えた時間から察するに、相当恥ずかしくなって慌てて帰って来たのは一目瞭然だ。
「お前、買い物をするにしても、せめて変身ぐらい先に解除しておけよ」
「いやー……ちょいと仕事後に空色の魔女としての活動を終えて空中で下を見ると、初デート時のショッピングモールに人だかりができててさ。何事かと様子を伺ってみたら、あの空色のキーホルダーが人気殺到で売れまくってたわけよ」
「それを見て『売り切れる前に並ばなきゃ!』と思い、そのまま変身も解除せずに行列に並んでしまったと」
「タケゾーの推察がドンピシャすぎる……。まあ、その通りにアタシはキーホルダーを持って列に並んじゃってね。そうして並んだタイミングで変身を解除してなかったことを思い出すも、時すでに遅し。周囲からは変な目で見られるわ、テレビの中継まで来るわで、メチャクチャ恥ずかしかった……」
「隼はもう少し考えてから行動しろ」
「面目ない……」
そして空色の魔女の姿のまま買い物をしていた理由なのだが、こちらも俺の予想通り。
まあ、隼としてもあの空色のキーホルダーはどうしてもゲットしたかったのだろうし、焦る気持ち自体は分からなくもない。
「隼さん、どうしてそんなに慌ててたの? 同じキーホルダー、もう持ってるよね? コレクション?」
「いいや、こいつはアタシ用じゃないよ。はい、ショーちゃんにあげるね」
「え? ボクに?」
そんな苦労をしてまで隼が空色のキーホルダーを手に入れた理由も、当然のごとく俺の思った通りだった。
変身を解除しながら、購入したキーホルダーをショーちゃんへと手渡している。
このキーホルダーは俺と隼が正式に交際を始めた証のようなものであり、家族となった今でもその繋がりを示すものだ。
だからこそ、新たに家族となったショーちゃんにも持っていてもらいたい。そこは俺も隼と同じ気持ちだ。
「……ありがとう。ボク、とても嬉しい」
「そうかいそうかい。そいつは良かった。ショーちゃんもアタシ達の家族になったわけだし、同じものは持っておきたいよね」
「うん。キーホルダー、同じ、家族。ボクも隼さんと一緒に、同じヒーローもしたい。人助けしたい」
「そいつはちょいと我慢願いたいね。日常的なヒーロー活動の中にも、危険はいっぱいなのさ」
「その危険から、隼さん守りたい……」
「ニシシ~。健気ないい子なもんだ。ショーちゃんの力は、また必要な時に頼らせてもらうさ」
隼はショーちゃんの頭を撫でながら、優しく笑顔で諭すように言葉を交わしている。
ショーちゃんが空色の魔女のようになりたいと言っても、無理に突き放すことなく理解を促すような落ち着いた声と笑顔。
その姿は本当に母親のように見える。
――隼自身はその特異体質故、子供を産むことを怖がってはいるが、母親としての素質は垣間見える。
ショーちゃんが俺達の養子としてやって来たのも、隼にはいい傾向かもしれない。
「それにしても、隼はやっぱりこれからも一人で戦うつもりか?」
「まあ、そうなるねぇ。また大凍亜連合が何か企んでくるだろうし、牙島とも戦うことになる。あんな危険な連中に、他の人を巻き込みたくないのよ」
「ジェットアーマーの技術自体が揃ってるなら、それをもう一度作って俺が装着して戦ったりは?」
「それは単純に予算の問題で無理」
「だよなー……」
ただ、隼が一人でヒーローとしての責務を背負いすぎてしまうのは心配だ。
今だってこうして明るく振る舞ってはいるが、その心の内にはきっとショーちゃんへの罪悪感が渦巻いているに違いない。
――隼は空色の魔女というヒーローとしてだけでなく、一人の人間としての心も強い。強いからこそ、一人で全部を背負い込もうとしてしまう。
そんな隼に対して俺ができることは、せめて帰って来るべき日常を用意することだ。
「お? 玉杉さんからメッセージだ」
「へ? 玉杉さんからタケゾーに? なんで?」
そんな隼のためでもあり、今後の日常のために必要な要素。それはショーちゃんの今後の処遇について。
人造人間であることを周囲にバラして大事にするわけにもいかず、かといって戸籍がなければ不都合や嫌な目線も生じてしまう。
だからこそ、俺の方で一つ手を打っておいた。
――丁度玉杉さんから来たメッセージは、その件についてだった。
どうやら、俺が頼んでおいた件での結果を直接伝えたいらしい。
「二人とも。悪いんだが、ちょっと今から玉杉さんの店に行くぞ」
こういう裏方はタケゾーの出番です。