ついに怪物が正体を現した。
ケースコーピオンとの悲しき戦いは終わったが、まだもう一人残っている。
「くそ! どうなってんだ!? どうしてケースコーピオンが勝手に機能停止した!? あいつにはこちらの命令を聞くよう、再度プログラムをしたんじゃなかったのか!?」
「た、確かに我々の方で、ケースコーピオンの脳内に命令系統のプログラミングは行ったのですが、この結果はどうにも……」
「……さあな。人様の脳みそなんて、簡単に他人の手で自在にいじくれるもんやないってこっちゃろ」
望まずしてその身をケースコーピオンというバケモノへと変えられてしまったショーちゃん。
完全に機能停止して横たわる傍でアタシも膝をつき、最後の別れを言い終える。
だが、敵さんからしてみればアタシの行いなど関係ない。
ジャラジャラ男や手下の構成員は驚愕しているが、牙島の方はどこか納得したような声を出している。
本当はもっと感傷に浸りたいのだが、そうも言ってはいられない。
ここはまだ敵陣のど真ん中。ショーちゃんの外身であるケースコーピオンの肉体はアタシで保護したいし、中身である居合君だってまだ助け出せてない。
「……悪いんだけど、今回はアタシも軽口も余裕も見せてはいられない。あんた達をこの場でぶっ飛ばして、ショーちゃんと一緒にここから立ち去らせてもらうよ……!」
「チィ!? ケースコーピオンがこうも役に立たないとは思わなかった! だが、まだこっちにも戦力がいる! 牙島ぁ! 今度はお前が相手してやれぇえ!!」
三角帽をケースコーピオンの胸元に置いたまま、アタシはデバイスロッドを手に取って眼前の敵を睨む。
幹部のジャラジャラ男に手下の構成員が二人。そして次にアタシへと差し向けられた、いまだその全容が謎のベールに包まれた牙島。
こいつらを倒さないことには、脱出も何も叶わない。
「ンク! ンク! ンク! ――プハァ! 牙島でも誰でもいいさ。今回のアタシは本当の意味で本気だよ。あんた達四人を全員ぶっ飛ばして、みんなでここを脱出する!」
「ほぉう? その『みんな』って中には、ケースコーピオンやインサイドブレードも含まれとるんやろうなぁ? まあ、ワイも散々お預けを食ろうて、いい加減にウズウズが止まらんかったんやぁ……!」
アタシは懐の酒瓶の中身を一気に飲み込み、こちらへゆっくりと迫りくる牙島と戦う覚悟を決める。
ハッキリ言って、この中で注意すべきは牙島だけだ。こいつだけは強さの次元が違う。
空色の魔女としての能力を持つアタシでさえも驚愕する身体能力。こいつの正体は分からないが、それでも戦うしかない。
――アタシも覚悟を決めた。
今まずやるべきことは、牙島 竜登という未知なる怪物を打ち倒すことだ。
「ラルカからも色々聞いとるが、魔女の姉ちゃんはワイがこれまで会うた人間の中でも、五本の指に入ってもおかしくない実力者やなぁ」
「……あんたが語るラルカって奴の存在も、アタシに対する格付けも、今は軽く返事してやる気分にはなれないよ」
「そうかいな? そらぁ、気分を害したみたいで悪かったな」
アタシの眼前まで近づいてきた牙島だが、相変わらずどこかおどけた調子で言葉を紡いでくる。
普段のアタシならばここで軽口を交えて色々と話もしてたが、生憎と今はそんな気分じゃない。
――もう純粋に、眼前の敵を打ち倒すことしか頭の中に思い浮かばせたくない。
「……ほんなら、こいつは姉ちゃんの機嫌を損ねてもうたことへの詫びの印や。ワイも本当の姿をあんさんに見せて、全力で相手したるわぁぁああ!!」
アタシが戦うための構えをとると、牙島はその迷彩コートの右肩に左手を当て、決意表明のように大声を上げてくる。
そしてそのまま、左手を引きながら迷彩コートを引き剝がし、顔のサングラスとマスクもろとも、とうとうその下にあった本当の姿を露わにする。
こいつの正体が何であろうと、もうアタシには関係ない。
どんな素顔をしていようとも、ただ倒すことを念頭に入れようとするが――
「え……!? あ、あんた、その姿は……!?」
「キハハハ! 驚いたか? これこそがワイの本当の姿。コードネームを『バーサクリザード』……こないして全身を隠さなあかんかった、最大の理由やぁあ!!」
――露わとなった牙島の本当の姿を見て、アタシも思わず言葉に戸惑ってしまう。
下半身のズボンと靴はそのままで、上半身は完全に生身がさらけ出されている。
だが、そこにあった姿は到底人間のものとは思えない姿。
迷彩コートの下から現れた肌を覆う深緑色の無数の鱗。
手の先から伸びる鋭利な爪。
お尻の辺りから述べたトカゲのような尻尾。
素顔も露わとなったのだが、その顔までもが鱗で覆われている。
――さらに異様とも言える、ニヤついた口から覗く牙と長い舌。
見開かれた両目は赤く光り、もう完全に人間以外のバケモノの姿だ。
いや、もうここまで来ると、人間というよりは爬虫類に近い。
――いつだったかにデザイアガルダと共に知った、もう一人のGT細胞の対象者、バーサクリザードの正体こそが牙島だった。
「バーサクリザード……!? デザイアガルダと同じ、GT細胞の……!?」
「ご名答や。せやけど、ワイに埋め込まれとるんはデザイアガルダみたいにちゃちなGT細胞やない。本来の人間への姿に戻ることさえ不可能なまでに融合し、その代償としてあらゆる爬虫類の特性を宿した力や」
「それもまた、大凍亜連合の仕業ってことか……!」
デザイアガルダとは違う変化を遂げてはいるが、こんなことまでGT細胞は可能とするのか。
まさにヒトゲノムを完全に変異させるウイルスとも言えよう。
そんな技術を持つ大凍亜連合の恐ろしさがより際立ってしまう――
「あー……ワイの姿は大凍亜連合の仕業ってわけやないねん。これ、また別のところで得た力やから」
「え……? べ、別のところ……?」
「むしろ、ワイこそがGT細胞の始祖ってところやな。そもそも、ワイは大凍亜連合に雇われる前から、このバーサクリザードの力で色々と動いとったからなぁ」
――そう感じていたのだが、どうにも事実はアタシの考えとは違うようだ。
そういえば以前に玉杉さんも言っていたが、牙島は大凍亜連合に所属する前から裏社会で鉄砲玉をやっていた人間だ。
だとすれば、牙島のGT細胞が大凍亜連合の仕業でないことも理解できる。むしろ、逆に牙島の方が大凍亜連合にGT細胞を提供したということか。
――つまり、牙島のGT細胞こそがある意味でオリジン。
こいつをこんな怪物に変えた組織も別に存在するのだろうが、それはおそらくお仲間のラルカと同じ組織だろう。
「……あんたのことで、アタシも色々と疑問はある。だけど、今はあんたをぶっ飛ばすことを優先させてもらうよ」
「ほぉう? えらい頭に血ぃが上っとるみたいやな。まあ、それも当然っちゃ当然の話か。せやけど、ワイを簡単にぶっ飛ばせると思ったら大間違いやで? ワイのこの姿を知ってる人間なんて、この世に四人しかおらへんのやからなぁ……!」
ただ、今危惧すべきことはそんな別組織の影じゃない。
玉杉さんも言っていたが、牙島の本当の姿を見て生き残った人間はいない。
それはつまり、牙島が本当の姿を見せた相手は、ことごとく殺されていることを意味する。
――デザイアガルダと違い、本当に人殺しを生業とする怪物。
その事実を前にして、アタシも思わず身がすくむ。
「あ、あれが牙島の本当の姿なのか……!?」
「GT細胞を提供してはくれましたが……」
「ほ、本当に怪物じゃないですか……!?」
アタシと同じように、傍で見ていた大凍亜連合の三人も怯えている。
あいつらも立場上は牙島の雇い主ではあるが、流石に牙島の本当の姿を見たことはなかったということか。
人の形をした爬虫類なんて、それこそホラーに出てくる強化ゾンビとも違わない。
「……え? そういえば、あんたの姿を見た人間って、誰もいないんじゃなかったっけ?」
その時、アタシの中にある疑問が浮かんでくる。
牙島はこれまで、狙った獲物は一人残らず始末することで、その正体がバレることを避けていた。
だが、今のこの状況では獲物であるアタシ以外に、大凍亜連合の三人にもその姿をさらしている。
まさかとは思うが、ここで牙島が正体をさらしたということは――
「そいじゃ、まずは場外の邪魔もんから始末するとすっかぁ……!」
大凍亜連合用心棒、コードネーム『バーサクリザード』牙島 竜登。ついに出撃。