詳しそうな人に聞いてみよう!
いよいよ、大凍亜連合に接近する必要性が高まってくる。
朝からの思わぬケースコーピオンの襲撃。結果として何もなく無事に済んだが、あいつは居合君のことを狙っていた。
どう考えても、大凍亜連合が裏で糸を引いているとしか思えない。
これまではアタシも日々のパトロールでその尻尾を掴もうとしていたが、居合君のことを守る必要が出てきた以上、悠長なことも言ってられない。
ここは一つ、大凍亜連合に詳しそうな人から話を聞くのが一番か。
「――というわけで、玉杉さんは何か知らない?」
「何が『というわけで』だ~!? 俺が知ってる知ってない以前に、お前達の話の突拍子のなさについていけねえんだが~!?」
そう思ってやって来たのは、アタシとタケゾーの馴染みである玉杉さんのバー。
まだお昼で店自体はやってなかったけど、店長の玉杉さんはいてくれた。お客さんもいないし、込み入った事情を話すのにも丁度いい。
居合君も一緒に連れて、まずはこちらの事情について話してみる。
――ただ、玉杉さんにはアタシとタケゾーが結婚したところから話してなかったのよね。
おかげで、その辺りの事情から説明する羽目に。そこからケースコーピオンや居合君のことと来て、大凍亜連合の話題。
まあ、そうなってくると当然のごとく情報量も多くなるよね。そのせいで玉杉さんは頭を抱え、アタシとタケゾーに驚愕の叫びをあげる。
「おい、武蔵! なんで隼ちゃんとの同棲の話が、いつの間にか結婚の話まで繋がってるんだ~!?」
「その……色々と勘違いやその場の勢いもあって……」
「もうそこからわけ分かんねえんだよな~!? しかも、子供までこしらえてるしよ~!?」
「いや……この子は俺と隼の子供ではないです……」
あまりに情報過多だったこともあり、玉杉さんは軽くパニック状態だ。脳内で整理しきれない情報が絶賛入り乱れ中である。
挙句の果てには居合君がアタシとタケゾーの子供だとまで勘違いする始末。
そこは普通に考えれば分かるでしょ。ニ十歳同士の夫婦に、こんな小学生の子供がいるはずないじゃん。
「ハァ、ハァ……。ま、まあ、おおまかな事情は理解した。その子が大凍亜連合の作った人造人間だって話は、にわかには信じがたいがな……」
「その辺りの事情をさらに詳しく説明することもできるけど……聞く?」
「いや、遠慮しておく。俺が聞いたところで、これ以上は脳に情報が入る気がしねえ」
居合君のことも軽くは説明したが、パンドラの箱にまつわる話については結局玉杉さんにはしなかった。
口外されては困るってのもあったけど、これ以上の話は玉杉さんの脳内回路が焼き切れる恐れがある。
知恵熱で倒れられてもいけないので、要点だけ抑えてもらえたらいいや。玉杉さん自身もそれで良さそうだし。
「それで、お前達が聞きたいのは大凍亜連合の話だよな? 俺もそんな素っ頓狂でSFな話までは知らねえよ」
「大凍亜連合ともやり取りする機会があるのに?」
「あくまで金貸しとしてだけだ。バケモノだヴィランだなんて裏の裏な話、完全に俺の管轄外だっての」
そして肝心の大凍亜連合に関する話なのだが、これについても玉杉さんではノータッチだった。
まあ、そりゃそうだよね。むしろヴィランの話となって来れば、アタシの方が詳しいか。
「おじさん、何か飲み物欲しい」
「話の渦中にいるのにおとなしい坊主だと思ってたら、急にねだり始めやがった。ほれ、ウチの店だとミルクぐらいしか出せねえが、これでも飲んでろ」
「ミルク好き。ありがとう。怖い顔のおじさん」
「遠慮のねえ坊主だな……。こいつが人造人間だってのにも驚きだ」
アタシ達が玉杉さんと問答を重ねていても、話題の当人である居合君は遠慮なく自分の願いを述べてくる。
その姿、まさに遠慮のない小学生。でも、それがかえって人造人間とは思えないのは玉杉さんも同じらしい。
この子のことを守る意味も含めて、アタシも今までとは違って大凍亜連合の調査を急ぎたい。
玉杉さんでダメならば、何か他に手掛かりはないものか。
もっとこう、大凍亜連合の内側に詳しそうな人とか――
「少し外から中が見えたのですが、このような時間から皆さんお揃いでしたか。何やら、見慣れない子もいますが……?」
「うへー。洗居さんまで来ちゃった……」
――と考えている時に、都合がいい人がやって来るのがお約束ではあるが、生憎と現実は非情である。
確かに人がやって来たのだが、それは超一流の清掃用務員である洗居さん。
この人には以前に大凍亜連合のフロント企業への潜入捜査を手伝ってもらったけど、別に大凍亜連合の内部事情に詳しいわけじゃない。
むしろそこは公私を割り切っているため、深入りはしないという流儀を持っている。
そんな人に話を持ち出すこと自体がしのびない。今回は洗居さんを巻き込まないようにしよう。
「……って、あれ? 洗居さん、いつもと格好が違うね? いつもの清掃作業着でもメイド服でもないけど、どこかお出かけ?」
「この服装ですか。実は彼女と一緒に、友人としてショッピングに出かける途中だったのです」
「彼女?」
ただ、それとは別に気になることがある。
本日の洗居さんの服装なのだが、いつも見る洗居さん的制服の類ではない。アタシも前にタケゾーへのサプライズでやった、大人コーデに近い。
確かに似合ってはいるのだが、洗居さんがこんなに着飾る姿なんて初めて見た。
それで、洗居さんがこんなに着飾っているのには、ある女性が理由にあるらしいが――
「あらあら~、以前にお会いした~、新婚夫婦さんですね~。可愛いお子さんまで連れて~、そちらもお出かけですか~?」
「やっぱりフェリアさんだったか……」
――その正体についても予想通り。洗居さんの友人でもあるシスター、フェリアさんだった。
こちらも以前に見た修道服ではなく、洗居さんと同じような大人コーデで着飾っている。こちらもこちらでよく似合っている。
――てか、見た感じだとフェリアさんが洗居さんのコーデを担当した気がする。
洗居さんって、以前のアタシと同じように私服には無関心っぽかったからね。
アタシはお義母さんに色々とコーデしてもらったけど、洗居さんの方はフェリアさんにしてもらった感じか。
洗居さんもいずれはもっとお洒落に目覚めるかもね。なんだか、アタシも変に先輩気分になっちゃう。
「この子~、可愛いですね~。でも~、お二方のお子さんでは~、ないですよね~? ご親戚か何かですか~?」
「ほっぺ、突かないで。ほっぺ、プニプニしないで」
「あ~、ごめんなさいね~。可愛らしかったので~、ついついやってしまいました~」
そうしてやって来たフェリアさんなのだが、カウンターでミルクを口にする居合君に興味津々だ。
その柔らかそうな頬っぺたを指でツンツンし、どこか居合君の反応を楽しんでいる。
それだけ見れば微笑ましくもある光景なのだが、ここである問題が生じてしまう。
――フェリアさんには居合君のこと、どうやって説明しよう?
「おい、武蔵。俺はこの銀髪姉ちゃんとは初めて会うんだが、こいつはどこまで知ってんだ?」
「……隼が空色の魔女だってことから知りません」
「要するに、完全に無関係ってことか。こいつは少し、面倒な話になってきたな……」
玉杉さんとタケゾーもコソコソと話しているが、フェリアさんは大凍亜連合やパンドラの箱どころか、空色の魔女とも接点がない。
よって、迂闊なことも口にできない。フェリアさんが無関係なままならば、下手に何かを教えて巻き込むような真似をしたくはない。
「……でもこの子~、私もちょっと~、気になるんですよね~。この子みたいな子を探している人が~、少し前に教会に来たんですよね~」
そう思っていたのだが、フェリアさんの方から今度はこっちが気になることを口にしてきた。
居合君のことを探している人がいるだって? その人がフェリアさんの元を尋ねたって?
「ねえ、フェリアさん。よかったら、その子供を探してたのがどんな人か、教えてはもらえないかな?」
「うーん~……。これは教会としての依頼なので~、下手に口外はできないのですが~……」
思わずその依頼主の正体を尋ねてみるが、そこは流石にフェリアさんも教えてはくれない。
フェリアさんが依頼を受けたのは、あくまで教会として『迷子を保護する役割』という側面のためでしかない。
そんな仕事のことを、軽々しく口外できるはずなど――
「そこは何とかお願いできませんか? 空鳥さんは決して、悪意のあるお人ではありません。それはこの超一流の清掃用務員である私が補償いたします」
「栗阿さんが言うならば~、仕方ありませんね~!」
――と思っていたが、洗居さんがお願いするとあっさり了承してくれた。
その時のフェリアさんの表情なのだが、まさに洗居さんにベタ惚れといった様子。
洗居さんがどう思ってるかまでは分からないけど、フェリアさんは本気で洗居さんのことを好いているようだ。百合的な恋愛な意味で。
ちょっと気が引けたりもするけど、アタシはフェリアさんに依頼した人物について耳を傾けてみる。
「私に依頼してきたのは~、名前は聞いてないですけど~、全身を迷彩コートとサングラスとマスクで隠した~、奇妙な男の人でした~」
該当者、一名のみ。