この子の正体に迫ってみる。
男性でも女性でもない。
そうなれば、それ以前の話として――
「は……へ? ほ、本当にどういうことよ? 女性器までないとか、いくらなんでもおかしいでしょ?」
「そう思うのは当然だが、結論としてあの通称居合君には、本当に男性器も女性器もなかったんだよ……」
アタシも思わず聞き直してしまうが、タケゾーがアタシにこんな嘘をつくはずもない。
長年の付き合いから、その表情を見ても事実であると認識できる。
――どうやら、本当に居合君は『男でも女でもない存在』ということらしい。
「で、でも、そんなことって本当にあるの? 元々が男か女で、後天的に性器を取り除かれたとかじゃないの?」
「その可能性も疑ってはみたが、そういう手術痕は見当たらなかった。おそらくにはなるが、あの子は本当に最初から性器そのものがないとしか思えない」
タケゾーが深刻な顔をしていた理由にも納得だ。記憶がないだけじゃなく、性別までないなんておかしいというレベルさえも超えている。
そんな人間なんているの? アタシが聞いたことないだけ?
世界は広いし、まだまだアタシの知らない人類がいても――
「……え? ちょ、ちょっと待って? まさかとは思うけど……!?」
「な、何か気付いたのか?」
――タケゾーとも戸惑いながら考えていたが、ここでアタシの頭にある可能性が浮かんでしまう。
本来ならばあり得なくて、完全に盲点とも言える可能性だが、ここまで不可思議な要素が揃うとむしろかえって真実味を帯びてくる。
その仮説を確認するためにも、アタシは居合君がいる部屋へ足を踏み入れる。
「お姉さん。確認、終わった。ご飯、食べたい」
「ごめんね。もうちょっとだけ待って欲しいんだ。今度はお姉さんと一緒に、こっちで検査を受けてみようね」
居合君は子供っぽく首を傾げているが、アタシ背を屈めてその子の頭を撫でながらできる限りの笑顔で応える。
この子もお腹が減って仕方ないらしいが、これはこの子のためにも必要な話だ。もう少しだけ我慢してもらおう。
――幸い、アタシの疑問を調べるための設備は用意してある。
■
「今度こそ確認、終わった。今度こそご飯、食べたい」
アタシが工場の設備で行ったのは、かつて空色の魔女としての能力を一番最初に調べた検査と同じこと。
レントゲンを撮影し、体の細胞を顕微鏡で確認する。
それら一通りの検査を終え、居合君はようやくとばかりに食卓へと急ぎ足で向かう。
――その姿だけ見てると、実に微笑ましいものなんだけどね。
「お? 今日の夕食は唐揚げかい?」
「ああ。そっちの居合君も、こういうものの方が好きなんじゃないか?」
「唐揚げ、おいしそう。いただきます」
アタシ達が食卓へ着くと、タケゾー特製の唐揚げがテーブルに並べられていた。
席に着いた居合君はお行儀良く手を合わせると、お箸を持って早速かぶりつく。
――こういう姿もまた子供っぽくて微笑ましい。
アタシが検査した結果さえなければ、素直に喜んで見ていられるんだけどね。
「なあ、この子のことで検査をしたらしいが、何か分かったことがあるのか?」
「……うん。アタシが予想した通りの結果が出てきたよ」
居合君がタケゾー特製唐揚げに夢中になっているうちに、アタシはタケゾーに耳打ちされながらこっそりと話をする。
アタシもなんとか冷静を装ってるけど、検査結果についてはこれでも驚愕している。居合君のことを考えると、下手に動揺は見せたくない。
こっそりとタケゾーを手招きしながらテーブルを離れると、アタシはその結果をタケゾーにも伝える。
「先に結論から言うよ。あの居合君なんだけど……人間じゃないね」
「ハァ!? に、人間じゃないってどういう――」
「声を抑えて、タケゾー。アタシもあの子については、どう説明すればいいのか分からないんだよ」
そんなアタシの言葉を聞いたタケゾーなのだが、ある意味当然のごとく顔も声も驚愕に染まっていく。
とはいえ、居合君本人にはあまり聞かれたくない。思わずアタシはタケゾーの口を手で塞いでしまう。
タケゾーもアイコンタクトで理解を示したところで、アタシはこっそりと検査結果が表示されたタブレットをタケゾーにも見せてみる。
「まずはこの全身レントゲン画像なんだけど、もうこの時点でおかしいのはタケゾーにも分かるよね?」
「な、なんだよこれ……? 骨格の構造とか、どう見ても人間のものじゃないぞ……?」
アタシが居合君のレントゲン画像を見せると、タケゾーも声を抑えながら思った通りの表情に変わっていく。
タブレットに映し出された骨格画像なのだが、それだけでも人間のものには見えない。
人間に似せてはいるが、人間どころか他の脊椎動物とも大きく異なる骨格構造。
それはどちらかと言えば、ロボットなどのように『人間に似せつつ、人工的に最適化した構造』といったところか。
これならば性器そのものがないのにも納得だ。最初から性器を搭載しない設計にすればいいだけの話となる。
性別という概念を知らなかったことも、いきなりパン泥棒を働いてしまったことも、この子が『人間とはどこか異なる思考回路』を持っていたが故の行動と考えれば、いくらでも理由は探し出せる。
――ただ、それでこの子がロボットなのかというと、また話が違ってくる。
「こっちはあの子の細胞データなんだけど、これを見るとその細胞もまた人間とは異なっている、だけど、単純な人工物とも言い切れない。有機細胞によって作られてて、機能そのものは人間に近い」
「だ、だったら、ロボットではないってことか……?」
「近い表現をするならば、バイオロイドやホムンクルスといった人造人間なんだろうね……」
居合君は一般定義の人間ではないが、機械的なロボットとも言い切れない。
皮膚や筋肉といった細胞どころか、人間と同じような内臓機能まで持っていることはアタシの調べで分かった。
あの驚異的な身体能力についても、それら人工的な骨格や筋肉によってもたらされたものだ。
さらには人間と同じように食事をとり、人間と同じように栄養を補給する。生活水準に関して言えば、完全に人間と同レベル。
内に秘めるパワーや構造を知らなければ、見た目だけで居合君の正体を判断することなどできない。
もしも定義するならば、有機細胞を使った人造人間なのだろう。
だが、アタシ的にはその表現でもまだ足りない。
――『人類の先を行く新人類のプロトタイプ』
それぐらいの言葉じゃないと、居合君の存在を説明できない。
「そして、居合君のような人造人間を作った技術となれば――」
「以前に俺と隼がパンドラの箱から調べた、人工骨格や神経制御に、脳のAI変換といった技術……!」
「そう考えるのが妥当だろうね。ここまででも言葉が苦しくなってくるけど、最後にもう一つだけ考えられることがあるよ」
これらの話は全部仮説の域を出ないけど、アタシ達はそれらを紐づけられる要因を知っている。
大凍亜連合がパンドラの箱をハッキングして得たデータを持っているとすれば、ここまでの仮説はケースコーピオンと同様に可能な話だ。
そして、居合君に関してはケースコーピオンと違い、アタシだからこそ分かることがある。
「もしかすると、あの子の知能はショーちゃんをベースに作られたのかもね……!」
隼の同級生、佐々吹 正司。
傍から離れたはずのその姿は、なおもその影を残す。