パンドラの奥底を覗き見てしまった。
隼の両親から託されたパンドラの箱。
まだ完全には見えぬその深淵。
「俺も身に着けてた、ジェットアーマーの制御回路の完成版? それがパンドラの箱に? でも、それっておかしくないか?」
アタシがパンドラの箱から見つけた技術について口にすると、タケゾーも興味を持って反応してくる。
それもそうだろう。タケゾーはかつてこの技術による精神汚染で、空色の魔女と戦ったこともある。
――あの時はアタシもボコボコにやられちゃったけど、そんな人が今は旦那様だなんて、人の縁とは奇妙なものだ。
それはさておき話題に上がった脊椎直結制御回路なんだけど、これはタケゾーが以前に装備していたジェットアーマーに搭載していたものと種類的には同じだ。
だが、性能面は全くと言っていいほど違う。
プログラムされたAIが人体への悪影響を及ぼすことはなく、課題であった神経インターフェースによる精神汚染も解消されている。
この脊椎直結制御回路ならば、タケゾーが装着した時のような暴走も起こらないだろう。
まさに完成版。パーフェクトエディションと言うものだ。
――だからこそ、アタシもタケゾーと同じように不可解なものを感じてしまう。
「こんな完成版があったのなら、ジェットアーマーにも搭載すればよかったのに……」
「やっぱり、隼もそこが気になるか。事前に完成版があったのなら、とっくに搭載してないとおかしかったよな」
「もしかすると、実稼働時の問題点はまだ何か存在するのかもね。それにこの脊椎直結制御回路だけど、これ自体はジェットアーマーに搭載することが最終目的ではなかったと見える」
「それこそがケースコーピオンに繋がってくる話ってことか」
思うところは多々あれど、今の本題は別にある。
この脊椎直結制御回路なのだが『脊椎に直結させることで動作精度と制御速度を向上させる』ことを目的としているが、回路自体はもっと汎用的な用途を持っている。
言うなれば、人間が持つ神経の代用。この回路を利用すれば神経麻痺の医療手術や、人間が持つ手足と同等の動きを持つ義肢だって作れる。
さっき見た人工骨格技術と併用すれば、人間に新たな腕だって生やせそうだ。
――それこそ、アタシが戦ったケースコーピオンの尻尾と同じように。
「ただここまで高度な回路があっても、それを迅速かつ応用的に判断できるメインAIがないと、実際にケースコーピオンみたいな動きはできないね」
「だとすると、そいつも中に人が入ってたってことか?」
「いやー……そうは見えなかったと言うべきか、そうも見えたと言うべきか……」
そうしてケースコーピオンの正体に迫れそうな技術を繋いでいくが、どうにも全部を結び付けられない。
アタシが戦った時に見たケースコーピオンの動きは機械的に命令に従いながらも、どこか人間のように応用する判断力があった。
近くにあったものを即座に投擲可能な武器と判断した場面なんか、アタシ的にはただのAIの動作には見えないんだよね。
AIなんてものは所詮プログラム。空想の世界のように、そんなに都合よく判断できるAIなんてそうそうあるものではない。
ああいいった動きは、人間レベルの思考能力があってこそできるものだ。
――でももしかすると、このパンドラの箱にはそういう『人間と同レベルの思考能力を持つ人工知能AI』が眠っていてもおかしくはない。
「ここまで来ると、ケースコーピオンのことを徹底的に調べたくなるよね」
「まだ一回しか会ってないけど、あの大凍亜連合も絡んでるんだ。そこは空色の魔女様としても気になるか」
「まあね~。敵さんもかなりのスペックを秘めてるし、こっちも先に打てる対策があれば、打ってはおきたいからね」
アタシは再びパソコンを操作し、パンドラの箱の中身を覗いていく。
ケースコーピオンの裏に大凍亜連合が潜んでいるのは確かだ。大凍亜連合ともデザイアガルダや牙島といった因縁がある。
何よりアタシも空色の魔女という正義のヒーローとして、反社組織を野放しにはしたくないのよね。
敵を知るためにも、何か有益な情報は掴んでおきたいものだ。
「お? 『精神のAI転移』だって? これとかそれっぽいかな?」
そんな中でアタシが見つけた一つの研究データ。『AI』とタイトルに書いてるだけでも、どこか匂ってくる。
その項目にカーソルを合わせると、思うがままにクリックして中のデータを閲覧してみる――
「ハァ!? な、何よこれ!?」
「ど、どうしたんだ!? 急に血相を変えて!?」
――そうして覗いてみたデータなのだが、その概要を目にしてアタシは目玉が飛び出るかと思った。
技術や理論については難しくてすぐには読み解けないが、それでもこのデータが指し示す目的は見えてくる。
「それって、どういう研究なんだ?」
「ひ、人の脳信号をそのまま記録媒体に移植して、AIとして機能させる技術とでも言うべきか……」
「つまり、人の脳をベースにしたAIの作成か?」
「いや……これはそんな簡単な話じゃないかもね」
ヒトゲノムまで解析していた両親ならば、脳信号までプログラムのように解析していてもおかしくはない。
それをベースにAIを組み立てれば、アタシがケースコーピオンに感じた『人のようで人ではない』感覚を帯びたAIだって実現できそうな話ではある。
――ただ、これは単純に『人の脳をベースとしたAIを生み出す』という枠組みにも収まらない。
「この技術で完成したAIは、もうAIなんてレベルじゃない。これで作られるのは『ベースとなった人間と同じ人間の誕生』と言っても過言じゃない。言うなれば『魂のトレース』とでも言うべきか。もしもこの技術と人工骨格や神経伝達回路を併用すれば――」
「それは『人間の複製』にもなりえる……!?」
アタシはタケゾーにも分かるように、おおまかな表現で説明してみる。
それを聞いたタケゾーもだが、説明したアタシ自身も思わず寒気を感じてしまう。
この技術を使えば人の脳をベースにAIを組み立てるだけに収まらず、人の脳そのものをプログラムとして扱うこともできる。
パンドラの箱にあった他の技術と併用すれば、それは人間のクローンを生み出すことだって不可能じゃない。
――そうなればまさしくもって『新人類の誕生』と言ってもいいレベルの話だ。
GT細胞と同じように、この技術も創造主たる神への挑戦状だ。
「……タケゾー。この研究はアタシが口で説明するより、よっぽどヤバいものだってことは事実だよ。下手をすれば、人類の歴史さえ塗り替えかねない」
「隼の言いたいことは、俺にも何となくだが分かる。パンドラの箱の技術はすでに世界に出回ってるものもあるらしいが、まさかこれもその一つだったりするのか……?」
「正直、考えたくない話だね。……だけど、これもまた父さんや母さんがアタシに託したかったものの一つだってのは確かさ」
一度パンドラの箱をパソコンから取り外し、アタシは少し考えこむ。
最初はケースコーピオンという新たなヴィランを調べる目的だったけど、どうにも簡単な話で終わりそうにはない。
ケースコーピオンは本当にこれらの技術を使って生まれたのか? 大凍亜連合は何が目的であんなバケモノを生み出したのか?
疑問は膨らむばかりだが、一つだけ確実に言えることがある。
――アタシ達の敵は、想像よりはるかに強大だ。
パンドラの箱の解明もまた、空色の魔女の使命。