新婚生活を謳歌しよう!
隼とタケゾーの幸せ新婚生活。
タケゾーと結婚して早数日。アタシ達の新婚生活は滞りなく続いている。
洗居さんとフェリアさんのように甘々な日々とは言えないが、それでも満足な毎日だ。
「タケゾー! たっだいまー!」
「おかえり、隼。飯の支度もできてるから、まずは一緒に食べようか」
仕事やヒーロー活動から帰ってくると、愛しい旦那様が夕飯を用意して待ってくれている。
これまではインスタントやテイクアウトのジャンクフードばかりだったけど、やはりタケゾーの手作りご飯が一番だ。
それに舌鼓を打ちつつ、ビールを一杯。まさに至福のひと時って奴だ。
「明日は隼もこっちの保育園で仕事だったっけ?」
「うん。そういえば、夫婦になってからは初めてだね。園児達にも発表しちゃう?」
「正直、勘弁してほしいかな……。園長とかにも説明したけど、当然のごとく色々言われたしさ……」
タケゾーと一緒に食事をしながら、明日や今後の予定について語り合う夕飯時。
互いに忙しくはあるけれど、それでも毎日が充実している。
「そいじゃ、おやすみね~。タケゾー」
「ああ、おやすみ。明日も頑張ろうな」
食事が終われば、それぞれお風呂に入って、それぞれの部屋で就寝。
住み慣れていたこの工場もリフォームし、アタシの研究室を除いても、一世帯どころか二世帯ぐらいなら問題なく住める。
お互いのプライバシーもきちんと守れる。夫婦とはいえ、そこはしっかりわきまえないとね。
そんなこんなで、決して裕福とは言えずとも満足な日々に幸福を覚えつつ、自分の部屋の布団の中で眠りにつこうとしていたのだが――
「……あれ? 色々とおかしくないかな?」
――ある日の就寝前、そんな新婚生活に違和感を感じてしまう。
いや、よく考えたらおかしいところがいっぱいあるよね? アタシも自然と流しちゃってたけどさ。
まず一つ。なんで寝室が別々なのよ?
新婚夫婦って、普通は一緒の寝室で寝起きするんじゃないのかな? プライバシーも確かに大事だろうけどさ。
そして時としてその夜に、夫婦の営みを――って、ここの辺りはやめておこう。
この話をさらに続けると、アタシ一人で子供云々についてまた思い悩んでしまう。
ただもう一つ、これについては物申したい。
なんで旦那のタケゾーが家で夕飯作って、嫁のアタシの帰りを待ってるのよ?
普通は逆じゃない? まあ、確かにタケゾーの方が料理はうまいけど。
タケゾーだって仕事があるのに、これではアタシが押し付けてるような気がしてしまう。
だけど、アタシだって旦那様を手料理で出迎えたい。『ご飯にする? お風呂にする?』みたいな感じでさ。
「……よし! 一度やってみよう!」
そう考えたらやるが早し。お互いの仕事の日をチェックして、早速計画してみよう。
■
「ああ、隼。おかえり。今日の夕飯は麻婆豆腐だぞ」
「うん……ただいま」
「あれ? 元気がないけど、何かあったのか?」
「なんでもない……」
そして計画決行当日、その日はアタシも仕事が休みだったので、一人で食材の買い出しに出かけていた。
そこまでは良かったのだが、その先でアクシデント発生。立ち寄ったスーパーの店先で、子供が買い物カートに乗せられたまま下り坂を滑って行ってしまったのだ。
アタシは慌てて空色の魔女に変身し、カートに追いついて食い止めることで事なきを得る。
ただ、その後も建築用の鉄骨が落下して来たり、リストラされた中年サラリーマンが飛び降り自殺をしようとしてたりで、そのたびに変身して止めに入る始末。
買っておいた食材もいつの間にかどこかに行ってしまい、結果として料理以前の問題となってしまった。
「麻婆豆腐、嫌いなのか?」
「ううん。麻婆豆腐は好き……」
「じゃあ、空色の魔女で忙しかったとか?」
「うん。そんなところ……」
「俺にはそっちの手伝いはできないけど、今は麻婆豆腐を食べて元気を出しなって」
アタシが裏でそんな失態をしていても、タケゾーの優しさは変わらない。
だというのに、買った食材をどこかにやるとか、アタシは奥さんとして最悪じゃん。
――そんな気持ちも混ざってか、その日の麻婆豆腐はどこかしょっぱかった。
■
「ただいまー。今日は隼の方が早かった――って!? 何があったんだ!?」
「ぐすん……。おかえり、タケゾー。そしてごめん、タケゾー」
ただ、アタシもその一日だけで諦めるつもりはない。
同じように都合のいい日を見つけ出し、さらに今度は事前に食材をこっそり調達しておくことで、すぐに料理できるように準備しておいた。
準備さえ整っていれば、後は空色の魔女として動く必要が生じたとしても、帰って来れば即行で料理に取り掛かれる。
――そう考えていたのだが、アタシは現在自宅の台所にて、卵まみれになりながら床で泣き崩れている。
「ちょっとこのレシピにある『上級者向けふわとろシェフオムレツ』を作ろうとしたら、失敗しちゃって……」
「なんでそんな上級者向けレシピを試そうとしたんだよ!? ほら、片付けておいてやるから、先にシャワーを浴びてこいよ」
「うん。本当にごめん、タケゾー……」
そんなわけで、二度目の妻の手料理計画も失敗。むしろタケゾーに余計な手間をかけさせてしまうという始末。
ただこの失敗で、アタシは己の重大な欠点に気がついてしまった。
――アタシ、まともに料理をしたことがない。
■
「お、おい! 隼!? 今度はこんな夜中に何を作ろうとしたんだ!?」
「アハハー……フレンチトースト」
「それがどうして、フライパンが再起不能レベルで黒焦げになるんだよ!?」
その後もアタシは色々と作戦を試みるが、全てが物の見事に失敗。
夜中におやつ感覚で食べれるものを作ろうとしたり、料理の練習自体も始めてはみた。
だが、全くもってどれ一つとしてうまく行かない。今だってフレンチトーストを作るはずが、何故かフライパンがトーストされる惨事。
――どうにも、アタシは料理のレベルが壊滅しているようだ。
「ハァ……なあ、隼。最近、どうにもおかしいぞ? いきなり料理を始めたと思えば、ありえないレベルの失敗ばっかりだし」
「そ、その……こ、これからうまくなるから……」
「もういいって。料理のことは俺に任せてくれればいいんだからさ。な?」
「も……もういい……?」
それでもアタシは諦めきれない。アタシだって、新妻の愛妻手料理というものをやってみたい。
いくらタケゾーみたいにうまくいかなくても、せめて形になるものを作りたい。
――そう思っているアタシにとって、タケゾーの『もういい』発言は胸に突き刺さって来た。
「ううぅ……!」
「お、おい! 隼!? いきなりどこに行く気だ!?」
そんなショックがアタシの体を勝手に突き動かしてしまう。
アタシだって、好きで失敗してるわけじゃない。まだ諦めたくなんかない。
それなのに『もういい』なんて心無い言葉を投げつけられて、思わず感情的になってしまう。
――まさか、もう一度このセリフを言うことになるとは思わなかった。
「実家に帰らせていただきます……!」
だから君の実家はここやろがい。