タケゾー「恋のライバルが現れた」
タケゾーと隼の仲に割って入る、新たな美少年の存在。
「ショー……ちゃん?」
「うん、ショーちゃん。アタシの高校の同級生さ」
「本名は佐々吹 正司なんだけどね。空鳥さんにはずっと『ショーちゃん』って呼ばれててさ」
俺と隼の目の前に突如現れた、ショーちゃんと呼ばれる小柄な美少年。
どうやら隼の高校時代の同級生らしいが、それにしても親しげな様子だ。
――隼が俺以外に愛称を使ってるところなんて、初めて見た。
「空鳥さん。一緒にいるのって、もしかして高校でもよく話してた『タケゾー』って人かな?」
「おー? 流石はショーちゃん、鋭いねぇ。こいつがアタシの幼馴染で、ただいま絶賛お付き合い中のタケゾーさ」
「お付き合い中……か。あの空鳥さんに彼氏ができたんだね」
「『あの』って何さー! アタシに彼氏がいたらおかしいってかい?」
「アハハハ。ちょっとそんな気はしたけどね。僕も悪気があったわけじゃないよ」
ショーちゃんこと佐々吹は隼に対し、俺と同じように軽い調子で話を進めていく。
隼の方も佐々吹との会話が弾み、さっきまで俺がしようとしていた同棲の話などどこ吹く風だ。
――正直、女々しくも嫉妬を覚えてしまう。
自分でもそれが嫉妬と分かるだけに、余計に俺の心が曇ってしまう。
「ねえねえ、タケゾー。ショーちゃんって凄いんだよ? 『美少年居合名人・巌流島の再現者』とか、話に聞いたことない?」
「……え? あ、ああ。そういえば、俺の高校でもそんな奴の噂を聞いたことがあるような……」
「その当時噂だった高校生こそ、このショーちゃんなんだよね。いやー、アタシも当時から馴れ馴れしく接しちゃったけど、今思えば失礼だったかねぇ?」
「そんなことないよ。僕も空鳥さんとこうやって昔みたいに話すのは楽しかったからね」
さらに隼は嬉々として、佐々吹のことを俺にも話してくる。
俺も思わず反応に困ってしまうが、隼のその様子はかなり楽しそうだ。どこか『高校の同級生を自慢したい』という気持ちが感じられる。
佐々吹の様子を見ても、高校時代からかなりこの二人が親しかったことは手に取るように分かる。
久しぶりに会った同級生。俺とは違い、世間的に名前も知れている美少年。
俺と単純に比較しても、佐々吹の方がハイスペックだ。
――マズい。嫉妬の炎で己が身を焦がしそうになる。
「……空鳥さん。悪いんだけど、こちらの……えーっと……」
「赤原だ。赤原 武蔵だ」
「ああ、ごめんね。赤原さんと二人で話をしたいから、ちょっとだけ彼氏をお借りしてもいいかな?」
「俺と二人で話だと?」
そんなハイスペック佐々吹君なのだが、あろうことか俺と二人で話をしたいと言い出した。
こっちとしては『隼をとられるんじゃないか?』などというみっともない不安を勝手に抱き、あまり二人で話をするのも乗り気ではない。
「タケゾーとショーちゃんだけで話? 別にいいよー。アタシも少しの間、店内のインテリでも眺めてくるねー」
「お、おい。隼……」
だがそんな俺の雑念など知ったことかと、隼はテラスの席を後にし、店内の見物に向かってしまった。
注文したクラフトビールを持ちながらは無作法だと注意しようとも思ったが、生憎と俺の口はそこまで器用に回ってくれない。
――何故だか俺は、隼の同級生である美少年と二人でテーブルを挟む羽目になってしまった。
「空鳥さんって、相変わらず自由奔放だよね。赤原さんも彼氏として苦労してるんじゃない?」
「……余計なお世話だ。そっちこそ、腹に一物抱えて俺と二人だけで話なんて持ち出したんじゃないか?」
「アハハハ。そう警戒しないでよ。僕だって、空鳥さんの幼馴染でもある君とは仲良くしたい」
そうして二人きりとなった俺と佐々吹だが、その空気は非常にぎこちない。
もっとも、原因は俺の嫉妬のせいなのだが。ただ、この佐々吹のどこかあっけからんとした態度も気になる。
俺の勘が告げているが、もしかするとこの佐々吹という隼の同級生は――
「……あんた。隼に惚れてるのか?」
「……随分と鋭いね。ここで下手に否定しても、君の機嫌を損ねるだけかな?」
――思った通り、隼に惚れている。
見た目にしてもそうだったが、同族の匂いというのは嫌でも感じ取れてしまう。
隼の人当たりの良さはいつものことだが、愛称で名前を呼ぶ同世代なんて限られている。これまでは俺しかいなかったはずだ。
俺はそこにどうしても二人の距離の近さを感じてしまう。
佐々吹も俺の質問に肯定の意を返しているし、いよいよもって不安が現実味を帯びてくる。
――佐々吹は俺と隼の仲を引き裂くつもりではないだろうか?
「それで、僕が空鳥さんに惚れてたらどうする?」
「やっぱりこうして俺達に声をかけたのは、隼が狙いってことか?」
「声をかけたのは偶然だよ。それより、僕の質問に答えて欲しいな? なんだったら、僕も今から空鳥さんに告白してみようか?」
佐々吹は俺を煽るように言葉を紡ぎ、こちらに探りを入れてくる。
どうにもいけ好かない人間だが、これは相手が俺だからこういう態度をとっているのだろう。
元々は隼が愛称で呼ぶほど気を許す人間だ。『美少年居合名人・巌流島の再現者』なんて噂も通るあたり、悪い人間ではないのだろう。
――正直嫉妬は抱きつつも、こいつは俺よりも隼に相応しい相手なのかもしれない。
「……あんたが隼に告白しても、その先は隼が決めることだ。隼があんたを選ぶのなら、俺も身を引かざるを得ない」
俺はうつむきながらも、振り絞るようにその言葉を口にした。
もしも隼が佐々吹を選んでも、そこに俺が介入する余地はない。
俺にとって一番辛いのは隼が悩み苦しむこと。ただでさえ空色の魔女としての使命を背負っているのに、俺のワガママで隼を苦しめたくない。
佐々吹の方が隼に相応しい相手なら、俺は素直にそれに従うだけだ。
――涙は俺一人が飲めばいい。
「……成程ね。赤原さんのことは空鳥さんからも話に聞いただけだったけど、やっぱり空鳥さんが選ぶだけのことはあるんだね」
「……え?」
心痛を抱えながらも口にした俺の言葉に対し、佐々吹はどこか納得したように口を開いてきた。
俺も顔を上げてその表情を伺うが、そこにあるのはさっきまでのこちらの様子を伺う不敵な笑みではなく、どこか緊張のほぐれた自然とした佐々吹の笑み。
俺も思わずポカンとしてしまうが、佐々吹はなおも言葉を紡いでくる。
「空鳥さんって、高校時代もかなりモテてたんだよね。だけど、誰とも交際にまでは発展しなかった。そんな空鳥さんが幼馴染とはいえ、どうして赤原さんのような人を選んだのか、僕にも分かる気がするよ」
「どういうことだ?」
「空鳥さんは『ただ愛してくれる相手』が欲しかったんじゃない。『自分のことを考えてくれる相手』が欲しかったんだ。ただの幼馴染の関係の延長かと思ったけど、そうじゃないみたいだね」
「随分と分かったように語って来るな。剣士の勘とでもいう奴か?」
「アハハハ。まあ、そんなところだね」
相変わらず佐々吹の言葉はどこか棘があるが、それでも一つだけ分かることがある。
こいつは俺のことを認めようとしてくれている。なんだか、さっきまで一人で嫉妬を抱いていたのが馬鹿らしくもなってきた。
ただこうなってくると、佐々吹自身の気持ちもハッキリとさせてもらいたい。
「なあ、佐々吹。あんたは隼に告白しないのか? 別に俺はあんたが告白しづらくなるように、こんな話を持ち出したわけじゃないぞ?」
こっちもこのまま佐々吹の手玉にとられるのはいい気がしないし、佐々吹が俺のために隼への気持ちを押し込めておくのも面白くない。
同じく隼を愛する男として、こいつにも隼に告白する権利ぐらいはあるはずだ。
その結果、隼がどちらを選ぶことになっても構わない。俺はただ、佐々吹の気持ちも汲んでやりたくなっただけだ。
さっきまでのみっともない嫉妬も意地も捨て、佐々吹にも提案してみたのだが――
「……それはできないよ。僕はもうすぐ、この国を旅立つことになるから……」
(´・ω・`)<書きづらいな……。