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作者: 八本指





今日は、同学年の同僚2人と初めてご飯を食べに行く。いや、食べに行く頃にはすでに「同僚」ではなくなっているか。そう思いながら俺は、真っ直ぐ職場にいる店長の元へと向かった。





「何かオススメのアルバイトはありますか?」

1人上京し大学に通い始めた俺は、右も左も分からなかったので、とりあえず新入生を対象とした、先輩による相談会に参加していた。パンを食いながら大雑把に質問に答える清潔感のない先輩でも、心細かった当時の俺には輝いて見えた。

「アルバイトかー。じゃあ、俺のバイト先紹介しようか?今なら紹介キャンペーンやってて、お互いに2万円貰えるんだぜ?しかも賄い付きで食費も浮くぞ?」

「なるほど!賄い付きですか!ぜひとも働いてみたいです!」

先輩曰く、駅の弁当屋で働くだけの簡単な仕事らしい。時給も悪くなかった。なにより、賄い付きというのが魅力的だ。俺は話を聞くだけで、自分でよく調べもせず、そのバイトを始めることにした。





「よろしくお願いします!」

俺は制服に着替えて、初めての出勤をした。職場は人1人がやっと通れるくらいの狭いところだった。店にはお弁当が並べてあり、客の注文を受け付けた後、袋に入れ包装し会計をするという感じだった。

「初めてのアルバイトですが、精一杯頑張ります!」

俺はやる気十分で初日を望んだ。一つ上の先輩が本日の俺の教育係担当らしい。軽く挨拶を済ませ、俺は仕事を教わった。








「とても大変ですね…」

あー、すごく疲れた…

営業時間が終了し、後片付けをしていた俺は、先輩に今日はどうだったかと聞かれ、こう答えた。正直、舐めてた。営業時間が終わりに近づくにつれ、徐々に値下げをしていった。そしてそれを狙う大勢の客が押し寄せ、俺は軽くパニックになってしまった。

「まあ、次第に慣れていくよ。今日はお疲れ様。」







1ヶ月が経った。教育係はもうついておらず、俺は1人で販売をできるようになった。

「竹内くんおはようございます!」

元気な挨拶で職場に来たのは、大学は違えど、俺と同学年で俺より少し先にここでバイトをしている加藤さんという女子だ。店長からの信頼も厚く、仕事ができる人だった。大学のレベルは俺より低いのに。

「おはようございます」

俺は軽く挨拶を済ませ仕事に戻った。



仕事は大変で帰りは遅くなるが、それでも辞めようと考えたことはなかった。なぜなら

「この弁当美味しいですね!」

売れ残った弁当を、味を客に伝えセールストークをするための試食という名目で食べることができた。食費は浮くし、何より学生で買うことは厳しい、1つ1500円する弁当を食べることもあった。こんなうまい飯が食えるなら、多少仕事がキツくで頑張れた。







「竹内くん!これどういうこと!?」

アルバイトを始めてから半年が経ったある日、俺は初めて本気で副店長からの怒られた。どうやら仕事で重大なミスをしていたようだ。今までずっと。

「すみません。」

「自分が今まで大変なミスをしてきたか、わかってる?」

「はい、すみません。」

俺はひたすら謝った。そんなこと教わってません、と言い訳することもできたが、それは逆効果だと悟った。

「教わってないんですよ…。そんなもん知りませんて…。」

俺は帰り道、先輩にひたすら愚痴を聞いてもらうことで鬱憤を晴らした。



アルバイトを始めて10ヶ月、ここで2つの出来事が起きた。1つ目は、副店長の異動が決まったことだ。どうやら異動先で店長として働くことになるらしい。あの日以降、俺は副店長に対してぎこちない態度になってしまった。正直、異動してくれてラッキーだと思った。2つ目は、

「今日から働くことになりました、田川です!よろしくお願いします!」

元気よく挨拶するこの人は、今日から新しく入って来た、俺と同学年の女子だ。今までにも何人か新しく入ってきた人はいたが、同学年での後輩は初めてだ。

「じゃあ横山さん、田川さんの教育係を…」

こうして俺には、2人の同学年の女子の仕事仲間ができた。





「竹内くん、君もこの試食持ってお客様を呼び込んできて」

店長に呼ばれ、俺は応じた。この前に、俺より半年程後に入って来た、一つ上の人がこれをやっていた。

「試されているのかよ…」

お前が手本を見せてやれ、ではなく、明らかに同じレベルとして見られている。半年先に入り、培ってきた経験を否定された気がした。俺はいつも通り取り組んだ。

「ほうほう、竹内くん上手だね。」

当然だ。俺の方が長く仕事をやってる。だが、優越感はなく、単に虚しさでいっぱいになった。1ヶ月先に入った加藤さんは既に先輩たちに混じって販売以外にもどんどん仕事を任されているのに、俺は変わらず販売のみだ。この差はぜだ?俺は販売に関してはもう一人前だというのに。





新しい女副店長が来た。何回か一緒に働いてみたが、俺はどうやらこの人は苦手なようだ。30過ぎているにも関わらず、学生のノリで話をしてくる。絡まれるのがだるい。イジリってなんだよ。こんなのされて得するのは芸人だけで、俺にとっては単に不快なだけだ。しかも、

「私が出勤する日は、賄いは最小限に。」

俺がここで働く最も大きな理由である、賄いに制限をつけたのだ。ふざけるなとは思ったが、最低限はあるし、単なる学生アルバイトが口出しできるものではなかった。何より本来であれば賄いは会社からあまり好まれていなかったらしい。

俺がここで働く理由はなんだ?





1年が経ち、俺は2年生になった。店長が体調不良で長期の休暇の後、異動することなったので、新しい店長が来た。

「みんなよろしくね」

気さくな感じで話しかけてくるその人は、最初は好印象だったが

「賄い?なんでそんなの出してるの?これからは禁止ね。」

…え?

ふざけんなよ。俺は賄い付きってことに魅力を感じてここで働き始めたんだ。


仕事は大変で時給は普通、副店長は苦手、しかも賄い付きだったのが禁止された。



俺がここで働く理由はなんだ?







2年の夏休みのある日、田川さんと同じ時間帯に出勤した。

「…ん?田川さん、もうその仕事任されてるの?」

「え?あ、うん!最近教えてもらったんだー!この作業大変だよねー。」

「そ、そうかい。うん、そうだね…」

ただ、俺より10ヶ月後に入ってきた同級生が俺が任されたことがない仕事を任されており、あっさりと追い抜かれたことに、俺はすごくショックを受けた。確かに、俺は1度仕事で大きなミスをしてしまった。だが、それは昔の話で、それ以降大きなミスはしていない。販売の仕事は我ながら完璧だと思っていた。なのに、自分より1ヶ月先に入った同級生にはどんどん差をつけられ、後輩の同級生にもついに追い抜かれた。なんで俺の実力を評価してくれないの?どうして?俺はこんなに頑張ってこの店に貢献してるのに。なんでなんでなんで、なんでだよ。







俺がここで働く理由はなんだ?












…理由なんてあるのか?











今日は加藤さんと田川さんと3人で、初めてご飯を食べに行く。そして、職場に居づらくなるので、言うなら今日この日しかないと思っていた。俺は3人の集合場所に行く前に、真っ直ぐ職場にいる店長の元へと向かった。最近ではシフトはろくに入っておらず、入れたものの面倒になり変更してもらうこともあり、その都度怒られた。そして今回のシフトは白紙で提出し、店長から詰められたものの、何とか言い訳をつけてやり過ごした。

あのショックを受けてから、俺は迷うことなく決心することができた。仮に1年半働いた職場に、なんの未練もない。歪に歪んだ俺のプライドが、これ以上この職場で働くことを許さない。いや、歪に歪んでいるのはこの社会ではないのか?俺は至極真っ当なんだ。

「シフトを急に変更してもらってありがとうございました。迷惑かけてすみません。今回のは出れなくて申し訳ないです。」

「うーん、次からは気をつけてね。」

「はい。ところで話は変わるのですが、今日をもってアルバイトを辞めさせていただきます。急な話ですみません。」

「…はい?」

そこからは、何でやめるんだ、せめて繁忙期まではやってくれ、など色々と言われたが、全て断り、

「…じゃあもういいです。」

と言い、店長は仕事に戻った。今は忙しい時間帯だったな。





集合場所に向かう途中、俺はラインを開いた。退職する旨を職場のグループラインで伝えるためだ。

「…あれ?」

既に俺はそのグループのメンバーではなかった。俺が店を出てすぐ、店長は仕事中に俺をライングループから追放したのだ。最後の挨拶もさせてもらえず。だが、俺の心には何も響かないし。

「挨拶せずに済むんだな。じゃあ俺も。」

俺は店長副店長のラインをブロ削し、集合場所に向かった。既に集合時間が少し過ぎていることに気づいていない俺は、無性に酒が飲みたくなっていたので早足で向かった。同級生2人と会うのも今日で最後だ。2人とも俺を良い人と認識して仲良くしてくれた。見た目も悪くないし。酒をたくさん飲んで今日まで俺が不遇扱いされてきた職場の不満をぶちまけよう。この2人との関係も今日で最後。そうだな、今日で最後なんだ。


















どーせならこの後…




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