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075 樹の胎

「ようこそ、学術都市セフィロトのセントラルへ」


 平坦で、感情を窺わせない声を発するのは、エキゾチックな黒髪をポニーテールに纏めた美少女。深く輝く紫の瞳が、冷徹に皇帝らを見据えていた。見事なカーテシーを決めているが、余りに冷厳な態度故に拒絶しか感じ取れない。

 

「私の名はダアト。このセフィロトを管理するクリフォト委員会の長を務めております」


 招き入れたというには余りにも隔絶した光を宿す紫の瞳が、一行を貫いた。

 

「……すげえ」


 小声でそう言ったのは、護衛として帯同しているリンクス・マグナハート。何度も驚かされてきたが、こうして学術都市の中枢に踏み入れると一層驚愕する。

 セフィロト外縁部の一般区域。その街並みは異質であった。全体的に白く、まるで神話を彷彿させる光景だ。清潔を徹底しているのだろう。ここまでこだわっているのは帝都でも見た事は無い。

 

 円状に広がる街並みと、遠くに見える壁。そしてその奥から天を貫くように聳え立つ、セフィロトの塔。月並みな感想だが、物語の中に迷い込んだかのような光景だ。


「ここまで、とはな……」


 女帝ベアトリクスも、いつものポーカーフェイスを崩して瞠目している。予想以上だったのは皆同じ感想のようだ。

 道行く研究者や住人らは、知の都に似合わぬ異質な皇帝一行を見て暫し眺めたりもするが、すぐに興味を失う。研究や学術にしか興味の無いような素振りだ。


「今回の講和会議で、我々セフィロトは一般区域のディベート・ホールを提供します。その他にも、滞在に必要な各種サービスはコチラが受け持たせていただきます。何かご質問はございますか?」


 諸々の通達を済ませたダアトは、沈黙する一行を見渡すと一つ頷く。


「質問は無いとの事であれば、これより目的地のディベート・ホールへご案内します」


 ダアトはそういうと踵を返し、セントラルの街を進んでいった。ついてこいとの事だろう。

 ベアトリクスは護衛として帯同させたリンクスとラグナに警戒させながら、ダアトに続く。永世中立地帯と言えど、いつ予想外の出来事が起こるか分からない。帝国最強の将軍二人を侍らせれば、大抵の事態は乗り切れる。

 

 残りの将軍は王国との国境線で待機している。すぐに攻める為の準備だ。

 兎も角、一行は今まで秘されてきたセフィロトの街並みを物珍しく眺めながら進む。特に、将軍にあるまじき稚気を覗かせるリンクス等は、興味深そうにあちこち視線を向けている。


「なあラグナ、アレ何だと思う?」


「………あのさぁ、大切な仕事中に私語は良くないよ」


 リンクスは小声で隣に立つラグナにそう聞くが、近くにいるベアトリクスには全て筒抜けである。皇帝への無礼を慮っての事ならば、全くの無意味だ。

 だが丁度良かった。隣で秘書官などは、野卑っぽい振舞いをするリンクスらに青筋を立てているが、自然にセフィロト内の情報を収集する機会ともなろう。


「いや、構わんぞレイヴェール将軍。妾も、知の都については良く知りたいと考えていた。ダアトよ、道中の慰みに、妾らの質問に答えてはくれぬか?」


 無論、純粋な知識欲故だ。と最後に付け加え、先頭を往くダアトにベアトリクスは言った。

 セフィロトの行動原理とも言える知識欲を引き合いに出されては断れないと考えたのか、それとも単純に案内役としての責務を果たそうと考えたのか、兎も角ダアトは無表情に頷いた。


「分かりました。私に答えられることならば」


「では手始めに、これから妾らが向かう、ディベート・ホールとはどのような場所なのだ?」


「ディベート・ホールとは、一般区域に建てられた大規模な会議場のようなモノです。一般区域で過ごし、研究に邁進するセフィロトの研究者達が集い、自由に使用することが出来ます。知見を交換し、新たな発見をする為弁論するのです。事前に申請すれば、研究成果や論文の発表の為に貸切ることも可能です」


「……それは興味深い。講和会議を行うには、持って来いの施設というワケか。次に、あの壁の奥について聞きたいのだが」


「あの壁の奥は中央区です。危険度の高い研究を行っていますので、外部の方の立ち入りは固くお断りしております」


「……危険、というのは具体的に、どのような研究をなさっているのですか?」


 今まで沈黙していた秘書官がダアトにもっとも気になる質問をぶつけた。部外者を遮断しているなど、あからさまに後ろめたい事をしていると喧伝するようなモノだからだ。


「機密事項に接触する為、お答えすることは出来ません。ご了承ください」


 果たしてダアトの答えは、酷く予想通りだった。

 

「では、あの塔についてお聞きしても宜しいでしょうか、ダアト殿」


 ついで質問したのはラグナだ。美麗な容姿に、警戒心を解くためか柔和な笑みを浮かべてダアトに問う。


「あの塔は『セフィラの塔』と呼称しています。この都市の政庁として、役員が詰めて事務に当たっている場所です」


 嘘だ。ベアトリクスは直感的にダアトの言葉を脳裏で否定する。

 明らかに、何かの目的を以て建てられたと思しき巨塔が単なる政庁など、絶対にあり得ない事だ。


 だが先方がそうであると主張する以上、返答を答えとして受け取るより他は無い。ベアトリクス個人としてはもっと踏み込んで聞いてみたい所だが、ここはセフィロトの胎の中。正体不明、目的不明瞭――そんな相手に、不用意に嘘だと断じて不興を買えばどうなるか、余り想像したくない。


 そこまで考えた所で、ベアトリクスが自嘲するように微笑む。


(ふふ……妾が、臆しているというのか。全く、得体の知れんモノは、いつだってヒトの足を竦めるのだな)


 その後も幾度が質問を交えつつセフィロトの街を歩いていると、ダアトが足を止めた。どうやら目的地のようだ。

 

「到着いたしました。ここがディベート・ホールでございます」


 ダアトが指したのは目の前に建つ立派な建物。白を基調とした異国の神殿を思わせる造形で、所々に施されたレリーフが神秘的な印象を与える。

 学者共が集って弁論を交わすという場所にしては、些か神聖に過ぎるようにも思える。

 そんな事をベアトリクスがボンヤリ考えていると、ダアトはスタスタと先へ進んでいる。遠慮のないヤツだ。


「行くぞ」


 後ろに控える秘書官と二人の将軍に短く、されど強く告げて、ベアトリクスはダアトの小さな背中を追った。








 ◇◇◇








 セフィラの塔、ケテルの間。最上層の領域にて、タウミエルの内三名が集った。


「……って、少ないわね。どーしたのよ、他のヤツらは」


 講和会議が始まるので、それを覗き見ようというのはタウミエルの意志だったハズ――だいぶ前に話した事を思い返しながら、ヘルメスは薄暗いケテルの間を見回す。

 円卓に座っているのは三人だけだ。アインとルベド、そしてヘルメスのみ。


「ゼロは調査結果を纏め、研究している為欠席。リンドのヤツはその内来るだろう。イルシアは……知らん」


 上座に座ったアインは、頬杖を突きながら興味なさげに言った。

 何て適当な連中なんだ。ヘルメスはそう言いたくなり――馬鹿らしくなってやめた。

 

「はぁ……ねえ、パラケルススのヤツはどこほっつき歩いてるのよ」


 アインも行方を知らないイルシアについて気になったヘルメスは、彼女に最も近い存在であるルベドに問う。

 当のルベドは椅子に馬乗りになって暇そうにしていた。ヘルメスの方を気だるげに向いた。


「植物園にサンプルを取りに行く、すぐに出席するから問題ない……って言ってたぞ。あの様子じゃ、多分来ないだろうな」


「えぇ……」


 いつもの事ながら、死ぬほど自分勝手なヤツだ。そう考えた所でヘルメスはタウミエルの殆どが「そうである」と気が付いた。


 タウミエル――この都市の創設者達(オリジン)らを中心に結成された組織。構成メンバーは世界調律に用いる「神」の修復の為、全力を尽くしている。

 だからこそ、タウミエルのメンバーは互いに協力し、信用している。だが信頼しているかと言われれば別だ。


 アインは自らの大目的、世界調律の為に神を修復しようとしている。それに仕えるダアトも同じだろう。

 一方ゼロは自らの研究の延長で神の復活に協力している。リンドもまた、龍としての使命故に協力している。

 イルシアやルベドもまた、独自の思惑があるだろう。……宙ぶらりんなのは、ヘルメスだけだ。


 ヘルメスは先代にして今は亡き兄の意志を継ぐ形でアインに協力している。つまるところ、他の者のように強い意志や目的があって行動しているワケではない。言い換えれば、それしか道が無かったとも言える。

 勿論、ニンゲンなど嫌いだし、あんな連中にこのライデルをくれてやるつもりもない。

 だが――時折思うのだ。自分だけが、違うと。


「植物園……ゲブラーの間にあるアレか。まあ構わん、ダアトが会議に出席する故、我々が見届ける必要は本来無いのだから」


 そんな風に考えに耽っていると、アインの声で現実に引き戻される。


「む、そろそろ始まるようだな。さて、見せて貰おうか。ニンゲン共が説く、平和とやらの形をな」

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