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038 第五の存在

 数日――およそ一週間と少しくらいだろうか。一行は北方の魔境、インサニティル山脈近くの「ドグレン旧鉱山都市廃墟」が目に見える位置まで進んだ。

 

「見えるか? あれなるが目的地だ」


「うはぁ……ホントに遺跡みたいですねぇ」


 奇妙な声を上げて感心するアイリス。

 窓の外から見える、遺跡めいた亡都の光景。十年前、フレンとレヴィスに連れられて、封印更新の任務に赴いた時と全く同じ景色。

 僅かに懐かしく思うのと同時に、カーラインは気を引き締めた。

 我々が一つ過てば、再びこのような光景が作られることになる。

 

「……気を引き締めよう。あれだけの光景を作り出せる怪物が、封じられているのだ」


 そういって、カーラインは亡都を見据える。よく見れば、都の下には大きな魔力が走っている。これが霊脈――星の血管、大地を往く魔力の流動である。

 この大きな魔力の下にあったからこそ、かの鉱山からは魔鉱石が多く出土したのだろう。今となっては、もはや過去の残影でしかないが。

 物思いに耽っていると、馬車が停止する。ここから先は安全の為、歩いて向かう。魔力に惹かれて、強大な魔物が現れる事もあるからだ。

 

「行こうか、皆」


「はいっ!」


「……ああ」


 元気な返事と、気乗りし無さそうな声を背に、カーラインは馬車から降りて亡都へ歩みを進めた。


 

 


 ドグレン旧鉱山都市廃墟。

 その亡都に立ち入った者は殊の外、形を残している街の遺構に、そして大きな「特徴」に目を奪われるだろう。

 鉱山の麓にあったであろう、家々や建物の残骸。鉱夫が汗を流し、日々の糧を得、そして労働者達に癒しを齎していた酒場――そういった残滓を窺い知れるほどに、残存しているのだ。


 百二十年前の遺構が、今も風化せず残っている理由。

 普通の遺構であれば、この都市が霊脈の上にあるという点に目を付けるだろう。

 魔力に晒され続ける故に、形を残すモノは多い。風化という必定の現象すら、留め置く法則が働いている。

 だが、この遺構に限っては違う。その理由は――


「……スゴイ。ホントに、全部ピカピカなんですね」


 アイリスが感嘆したように、或いは畏怖する様に呟く。

 そうだ、彼女が言った通り――この街は、殆どの存在が黄金と化している。

 

「……錬金術師の作品、錬成竜(アルケム・ワイバーン)が襲った跡か」


 マルスの呟きは、心なしか憎しみが籠っているように聞こえた。

 錬成竜、あの怪物は竜――それも、ワイバーンと呼ばれる魔物と似た姿をしている。違いは、その全てが黄金で出来ている事だ。

 黄金の飛竜、錬金術師が錬成した趣味の悪い怪物は、その様相を裏切らない力を発揮する。


 かの飛竜が放つブレスに晒されたモノは、生物、非生物問わずに黄金と化す。当然、命は奪い去られる。石化の呪いなどとは違い、対象の組成そのものを「錬成」しているので、解呪は不可能だ。

 ニンゲンや、建物を「材料」に「黄金」を錬成しているのだ。不可逆的な事象故、反す事は出来ない。

 

 そんな異能に晒され、滅んだ街の一つがこの「ドグレン旧鉱山都市廃墟」というワケだ。

 また、例の怪物の最期の地でもある。いや、そうせねばならない。


 黄金とは風化に強い物質である。この都市が過日の光景を残しているのは、忌々しくもそういった理由があるからだ。

 

「うう、目がチカチカします……」


「文句を言うな第十三席次。まあ、気持ちは分かるが……」


 太陽に照らされ、眩いばかりの煌めきを放つ黄金の群を前に、アイリスは目を細めて呻く。

 生真面目なマルスが、そんなアイリスを咎める。が、そんな彼も小声で同意してしまうほどには、目に痛い風景だ

 何も知らない者が見れば、心を蕩けさせるような光景だろう。レンガ一つに至るまで、全て黄金になっているのだ。或いは、少しくらいなら持って帰ろうと思う不埒者もいるやもしれない。


 そんな盗掘者紛いでも、否応なく恐怖する光景。

 ヒトすら黄金へ変える魔の異能に曝露し、百二十年前の住人がそのまま黄金の彫像と化している。

 ……恐怖を張り付けた顔や、当惑を滲ませたまま、趣味の悪い芸術と化した姿は、当時が如何に混沌としていたかを容易に察せられる材料となる。

 

「……これだけの力を持つ『作品』ですら、最高傑作には及ばないのか」


 我知らず、冷たく吐き出した息と共に投げる憂鬱。

 そんな自分を振り切るように、カーラインは首を振る。

 目指すのは街の中心、かつて広場があった場所であり、今は錬成竜を封じている領域である。


「行こう、いつだって物事は素早く運ぶべきだ」


 言って、カーラインは二人を連れて歩き出す。後方をついてくる二人は、特に遅疑することも無く追従する。

 余り長居したくないのは、カーラインも、そしてアイリスやマルスも同じだろう。

 とはいえ、そのような愚かな焦燥で任務を失敗するのも情けない。

 故にカーラインは、なるだけ気を落ち着かせて進んでいく。 

 暫く無言で進む一行は、黄金と化した都を眺めている内に広場に辿り着いた。

 

「うわぁ……」


 アイリスが、広場のとある光景を見て、溜息交じりの声を漏らす。

 

「あれこそが、かの怪物を封じる檻――〈積重結界(フィールド・シールズ)〉だ」


 カーラインが指を指した先にあるのは、幾重にも張り巡らされた立体魔法陣――そして、その内側に僅かに見える、怪物。

 無属系統第十一位階魔法〈積重結界〉――錬金術師が手掛けた怪物すら捕らえる、聖国が誇る封印魔法である。

 

「さて、術式の更新をしよう」


 そういって、結界に近づいたカーラインだが――


「……?」


 ――結界の傍に、見慣れない子供が立っていた。

 長い金髪を纏め、穏やかそうな銀色の垂れ目を持つ――少年とも、少女とも判然としない子供。

 中性的に整った美しい目鼻立ちは、将来さぞ美人になるのだろうと予感させる。

 体格は小さく、アイリスほども無い。少年、或いは少女というのが適切な容貌だ。

 着ているのは上質なローブに、膝くらいの丈のズボンと、見習いの魔導師か何かと思える様相だ。

 

「なんで、こんなところに子供が?」


 アイリスがもっともな疑問を口にする。

 そうだ、ここは魔境にほど近い危険な領域。当然、一般人の立ち入りは許されない。

 

「ねぇ、キミ、どうしてここに――」


 疑問を感じたアイリスが、優しい口調で問いかけながら近づく――が、その瞬間、カーラインは得体の知れない危機感に襲われた。

 突き刺すような脅威、そこにいるだけで手が震えるような圧。

 カーラインは、これを知っていた。

 そう、この感覚は――


「……ルベド・アルス=マグナ」


 静かに、だが酷く震えた声音で忌々しい名を口にする。

 唐突なカーラインに横にいたマルスがギョっとするが、構える暇はない。

 

「……っ! アーレント、近づくなっ!」


 悲鳴にも似た声で、アイリスが子供へ接近するのを抑止する。

 

「え? ど、どうしたんですかセンパイ」


 振り向いて目を見開くアイリス。制止出来た事を確認したカーラインは、錫杖を構えて魔力を流す。

 

「私には分かるっ! 貴様の正体! 秘めたる異様の力をっ! 正体を表せ!!」


 裂帛の気合を込めた叫びを飛ばすカーライン。言葉から窺える激情とは裏腹に、カーラインの額から酷い汗が流れていた。

 どうか間違っていてくれ、そんな淡い期待を抱いていた。

 もしも間違っていれば、自分はただの愚か者――というだけで済む。

 だが、この感覚が正しければ――いや、十中八九合っているのだろうが――我々は、全滅しかねない。

 

 カーラインの声を聞いた子供は、ビクリと肩を震わせて恐る恐る振り向いてきた。


「あ、あ……あの、その……」


 子供は、その印象を裏切らず、中性的な高く可愛らしい声で、遠慮がちに呻く。


「カーラインセンパイ……」


 子供の様子を見たアイリスが、僅かに非難するような声音と視線を投げてくる。

 こんな幼気な存在が、カーラインの言うような怪物などとは思えないのだろう。

 確かに、容姿や態度は気の弱い子供そのものだ。

 だが、彼奴がこちらを向いた瞬間から強まった圧と、カーラインの震え。

 やはり、勘違いなどではない。

 アレは、間違いなく――人外の怪物だ。

 

「っつ!」

 

 逡巡はその言葉通り一瞬。カーラインは聖遺物に魔力を通し、魔術触媒としての効力を極限まで引き出す。

 精緻に巡らせた魔力を以て、カーラインは術式を展開、詠唱を始める。


「――茫漠に彷徨え、焼夷に果てよ。巨光に擁かれ、久遠へ至れ――」


 繰り出される詠唱に応じて、魔力が波動と化し術式を紡いでいく。

 

「な、貴様! この至近距離で――!」


 詠唱の内容で、カーラインが如何なる術を行使しようとしているかを察したのだろう、マルスが顔を蒼くして叫ぶ。

 答えている余裕はない。今より放つは、カーラインが行使できる限界、第十位階の極大魔法なのだから。


「あの、その、やめておいたほうが……いいと、思い、ますよ?」


 強大な魔力を発し、詠唱するカーラインに向けて、子供はそのような事を言い放つ。

 遠慮がちで、怯えているような様子だった。だが言葉の内容は、上位者が下位者に向けるそれに似ている。

 カーラインは確信する。やはり、これは化け物だ、と。


「――彼岸へ至りし破戒の宿業。静寂連ねて、訃音を与えん――」


 詠唱を続け、掲げた錫杖を回転させ地面に突く。澄んだ金属音と共に、積層された術式が展開される。

 

「くっ、やるしかないということか! 仕方ない!」

 

 腹を括ったのか、マルスは携えた盾を構え、カーラインの傍に寄る。


「第十三席次、来い!」


 マルスに引っ立てられたアイリスは困惑していたが、構うだけの余裕はやはりない。


「――故在りて、此方に集え滅私滅却の劫火よ――」


 詠唱を結び、錫杖を突きつける。


「――穿て、〈核熱砲(ニュークリア・カノン)〉ッ!」


 魔法名の口上と共に、展開された術式より元素系統第十位階の〈核熱砲〉が放たれる。

 赤熱した赤き熱光線が放たれ、凄まじい勢いで対象に向かって飛翔する。

 

「――っ!」


 マルスが魔力を発現させ、盾に流し込み聖遺物を起動させようとした瞬間――信じがたいほどの魔力が放たれ〈核熱砲〉が掻き消える。


「なっ!?」


 聖遺物の準備をしようとしていたマルスは、その光景を見て驚愕する。横ではアイリスも驚愕していた。

 カーラインに驚きはない。いや、驚いてはいるが、予測の範疇であった。

 あの怪物だって、同じことが出来たのだ。人間が放つ「程度」の魔法では、傷などつけられないだろう――という、絶望的な予言を、無意識の裡に感じ取っていたのだ。

 

「――だからやめて置け、と言ったのだ。無知蒙昧にして愚かなる人の子よ」


 魔力の波動を超え、ゆっくりと歩んできた何者かが、そう言い放つ。

 声は先ほどの子供と同じだ。だが、その口調、態度といった要素が、あまりにも違い過ぎて、同一人物のそれと判じれないのだ。

 先ほどまでを子供というならば、こちらはまるで覇王だ。

 

「っつ!? ほ、ホントに……」


 魔力を超え、現れた者の姿を見て、アイリスが呻く。


「……っ」


 マルスは冷静に、殺意すら滲ませながら「それ」を睨むが、彼の額には汗が滲んでいた。

 

「やはり、人外の者か」


 カーラインの視線の先、敵意を滲ませ睨む果てには、人外がいた。

 纏めていた金髪はほどけ、獣のタテガミのように靡き、頭から後ろに、銀の角が伸びている。

 銀の瞳は、先ほどの穏やかな視線はなく、鋭く、凛々しく変じている。

 よく見れば、瞳孔が縦に割れている――悪魔、或いは竜を思わせる目だ。

 先ほどまで着ていた服は消え失せていて、細身ながら鍛えられた身体を窺える――どうやら少年、だったようだ――代わりに、背中からは銀色の竜翼が生え、腰からは竜の尾が、脚は竜そのものに変じている。

 その異様、言うなれば――竜、或いは半竜。

 

「竜、なのか?」


 マルスが我知らず、という様子で呟くが、当の竜は首を静かに振る。


「心外だな。我が威容を愚昧な下等種族と見紛うか」


 彼は翼をはためかせ、静かに空中へ浮遊する。


「――心得よ。我は竜ではなく龍。芳名なるはリンド――リンド=ヴルム」


 己を龍と名乗った少年は、僅かに口角を上げ牙を剥き出して微笑む。


「――この世を、混沌へ導く為遣わされた、御使いだよ」

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