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034 興亡、二つ目の萌芽

一章終了です。

PVや評価、ブクマが伸びてきて嬉しい限りです。

今後ともよろしくお願いいたします。

「――君、海から帰ってきたばっかで、ベタベタだろう? 綺麗好きな君のことだ、今、モーレツに風呂に入りたいんじゃないかい?」


「それは、まあ、そうだが」


「私はいつも君に風呂に入れて貰っている。まるで犬を洗う様にだけどね!」


「……」


「だから、偶には、その……は、裸の付き合いってのを、してみたいなぁって……」


「自分で言って照れてんじゃねえよボケ」


「うう……」


 突然一緒に入浴したいなどと言い出したイルシア。自分で言った事の癖に、顔を真っ赤にして俯いている。


「オフロ? オフロ?」


「イイナ! オイラ、風呂スキダゾ!」


 蛇共は単純なので、すぐに入りたいと言い出す。

 イルシアを風呂にいれるならば簡単だが、一緒に入るとなると――

 ………恥ずいな。

 

「ほ、ほら! オルやトロスも入りたいって言っているし、どうだいルベド?」


「……まあ、お前がそうしたいというなら、従うのが責務だ」


「すごく嫌そうだね。でも拒否権はないよ。何故なら私がしたいと決めた事だからね!!」


 もう振り切れてしまったのか、イルシアは素っ頓狂な声で叫び、大袈裟に胸を張る。

 ……仕方ない、付き合うか。

 またしても俺は、外道錬金術師のよく分からんムチャブリに付き合わされる事になったのだ。




 

 我らが邸宅の浴室は、大浴場とでも言うべき広さと豪華さを誇っている。

 大理石の床、魔導式のシャワーに、大きな浴槽。湯口は美麗な獣の彫刻になっている。所謂、マーライオンみたいなヤツだ。サウナと冷水風呂まで完備している。まさに、完璧である。

 浴槽は使用した湯を循環させ再利用できる仕組みになっており、各種術式により浄水、おまけに薬効効果の付与まで行う。

 効能は疲労回復、治癒効果などなど――ファンタジーな人工温泉らしく、入るだけで傷が治る優れものである。

 流石、学術都市セフィロトの謎技術。彼らの手にかかれば、ワケの分からん温泉も造れるのだ。

 

「……その、ええっと、どうすればいいんだい?」


 いつもの眼鏡を外し、全裸になった身体を隠すようにモジモジとしているイルシアが、そういった。

 ぶっちゃけ、俺達は互いの裸など見飽きている。俺は研究で時間を忘れ、不潔になったイルシアを洗う時に、イルシアは俺の再調整や、そもそも設計の段階で。

 だが――互いに曝け出し、一緒の浴室にいるというのは初めて……かもしれない。

 

「決まってるだろ、身体を流して、よく浸かり、また洗う」


 俺には性別がない――つまりアレがないので、恥じ入るモノ一切なしに、腕を組んで堂々とイルシアに答えた。

 

「そんなに胸を張るのはどうかと思うよルベド」


「知るか」


「ハヤクオフロ入ロウヨ! 入ロウヨ!」


「入ロウゼ!!」


 お子様な蛇共に急かされた俺達は、まずシャワーを浴びる。軽く身体を流してから、湯船に浸かるのだ。


「あ、アレ? ルベドよ、これはどっちに捻ったら水が出てくるんだい?」


「イルシア……こういう魔導具はお前の領分じゃないのか?」


「うぅ……だって、いつもルベドがやってくれるから……」


 シャワーの出し方も分からないダメ人間め。

 

「ハァ……いいか、こっちに倒すと湯が出てくる。ほら、やってみろ」


「こ、こうかい? ……のわぁ!?」


 俺が教えた通りにイルシアはシャワーを出す。が、勢いよくレバーを倒し過ぎて、強烈な水圧のお湯が彼女の顔面を貫いた。


「あぶ、あぶ、あぶ」


 地上なのに、何故か溺れそうになっている我が主人。

 俺は溜息をついた。



 どうにか湯船に浸かる所まで漕ぎ着けた。セフィロト式最新魔導シャワーで酷い目にあったイルシアは、若干泣きそうな顔で湯に浸かる。


「お、おぉ~。中々心地よいものだね」


 湯船に浸かったイルシアは、心地良さそうに声を上げる。

 精神的な疲労を感じた俺は、さっさと癒すべくイルシアの隣で湯に浸かる。

 ……少し熱いくらいの、いい温度だ。大量殺戮帰りで疲労した精神を心地よく解してくれる。

 

「フニャアー……キモチイイゾー!」


「アッタカイ! アッタカイ!」


 蛇達は湯船から顔を出して、目を細めて気持ち良さそうにしている。蕩けた顔だ。可愛らしいものだ。

 

「ふぅ……偶にはゆっくりと入浴も悪くないね」


「まあ、お前いつも風呂入らんしな。不潔だぞ」


「くっ……で、でも、重要な実験の前にはちゃんと洗浄魔法を掛けているよ。僅かな汚れなどが、狂いを齎すからね」


「それを気を付けられるなら、普段からやってくれ」


「ぐっ……」


 論破――こんなんで論破とか低次元過ぎる――されたイルシアは、奇妙な呻き声を上げて顔を逸らす。

 

「そ、そういえば」


 露骨な声音でイルシアは話題を逸らす。

 もうちょいまともな逸らし方は無かったのかと思わないでもないが、一々突いてもどうしようもないので無視して話を聞く。


「帰還してから検査や再調整はしていないが、身体におかしな所はないかい?」


「ああ、問題無い。すこぶる好調だ」


「そうかい、それはいい。聖遺物での攻撃を受けている様子だったからね。何かあったら言いたまえよ」


 そう言い終えると、イルシアは黙りこくり、俺をジロジロと眺め始める。


「何と素晴らしい造形美だ……」


 イルシアはボソリと呟き、熱い溜息を吐く。


「キモい……」


「何て酷い事を、私はただ君の容姿への感想を述べただけだよ」


「設計したのはお前だろう」


 そういって、俺はイルシアを見据えた。

 外に出ないせいか、病的――とまではいかないものの、かなり白い肌。黄金比の如く整った身体。長めの銀髪は濡れてしっとりと輝き、たわわに盛り上がった胸に掛かって――

 ……などとぐだぐだしい描写をしてみたものの、いたって見慣れた姿である。

 

 ……まあ、美人なのは認めるが。


「な、何だい?」


 俺の視線に気が付いたイルシアは、少し照れた様子で問いかける。


「……お前、ガワはいいんだから、もう少し気を遣ったらどうだ?」


 俺が思わずそういうと、イルシアは目を丸くして硬直し、やがて俯いた。

 表情が窺えない。……流石に、デリカシー無い発言だったか?

 

「あー、その……悪い」


 流石にばつが悪くなって、俺は謝罪する。


「……」


 イルシアは沈黙の後、顔を上げる。何かを諦めたような苦い微笑みを浮かべていた。


「……ふふ、そうかい、そうだね。気を付けようとは、思わないでもないのだけれどね」


 イルシアは僅かに頬を赤くしながら、横目で俺を見る。

 

「……君から見て、私は、その、どう見えるんだい?」


「どうって……?」


「印象さ。君から見た、私という存在の印象」


 印象、と言われてもな。

 普段から思っている事をバカ正直に言ってもいいのだろうか。

 ……。

 僅かに考えた後、俺は口を開く。


「……美人の癖に、残念なイカレ錬金術師」


 俺の返答を聞いたイルシアは、目を見開いた後、僅かに肩を震わせ、そして吹き出した。


「くっくっく……! そうか、そうなのだろうね。うん、ありがとう」


 何故か吹っ切れたような、清々しい表情のイルシア。天を仰ぐと、実に心地よさげに微笑む。


「ふふ、そうだ、そうだよね。うん、もう取り返せない事を考えても仕方ない。私には君がいるんだ、きっと、どこまでだって行ける」


 イルシアは、俺を見て真摯に言う。


「これからもよろしく頼むよ、我が最高傑作」


「……おう」


 彼女の中で、如何なる問題が解決したのか、俺には察せられない。

 だが、主の望む答えを出せたのであれば、道具冥利に尽きる。

 抱いていた不安、不要と切り捨てられる恐怖。

 不思議と、今はもう感じていなかった。








 ◇◇◇








 諸君らは、海洋都市国家マーレスダ王国へ赴いたことがあるだろうか。

 荒々しい海にある、美しくも逞しい国だ。

 観光の目玉である、豊富な海の幸や美麗な渚の光景――取り分け、一年に一度の慰海祭は良い。

 慰海祭の目玉である、歌姫による美しい慰海の歌は心を鎮めてくれる。


 ――だが、それはもう、過去の話だ。


 記念すべき慰海祭の日、恐るべき災厄が降り落ち、跡形も残さずに消滅した。

 所用などで離れていた住民を除き、生き残ったのは、私が知る限りたった一人だ。

 この恐るべき事実は、偶然滞在していた取材先の村人が保護した、生き残りより聞くことが出来た。


 ――破滅を齎したのは、かの錬金術師だという。

 信じ難いほどの魔法によって、魔の大波を召喚し王国を滅したという。

 そのような真似が出来るのは、やはり人類の永久の敵対者たる、災厄の錬金術師しかいない。

 彼女の悪行に、また一つ負の歴史が刻まれた。

 人類は、いつか彼女に勝てるのだろうか。

 今はまだ、混迷の中である。

 

 ――フェイリス・アーデルハイト著、偉大なる錬金術師の悪行、十二巻より。



 

 

 

 


 

 風呂から上がった俺達は、食事をしながらこれからについて話し合っていた。


「――タウミエルとしての目的は重視すべきだが、我々に出来ることはあまりない。聖遺物の契約者を殺さないようにするくらいだ」


「……俺もう何人か殺してる疑惑あるんだが。お前が教えてくれなかったせいだぞ」


「それについては先ほどからずっと謝罪しているだろう。今後、このような事が無いようにするから、許してくれたまえ」


 俺はイルシアが零したりしたモンを拭いたり、水を注いだりして世話をしながら話していた。


「何にせよ、聖遺物覚醒に関しては時間が必要だ。アインが覚醒を促す策を準備しているから、それを待つしかないね」


 イルシアはスープを一啜りした後、そう語った。

 へえ、策ね。どんなモンなんだろうな。どうせロクでもない作戦ってくらいしか予想がつかんな。


「ほう、そうなのか。なら俺達は、適当に因子集めしていていいんだな」


「うむ、新たな因子の目星はつけておくよ。それまでは、暫しこの街で、私の世話をしていてもらおうかな」


「いつも通りか」


「イルシア、ルベドガ居ナイトダメダモンナ!!」


「ダメダメ! ダメダメ!」


「口に物入れたまま喋るなバカ蛇共」


 口から食ったモンを飛ばしながらイルシアを煽る蛇共を叱るが、全然気にしない様子でムカつく――が、努めて無視する。

 よく見たらイルシアもだいぶ滅茶苦茶に食っている。

 もしかして俺がおかしいのか?

 あらぬ疑問を感じたが、そんな俺を気にすることも無く――夜は更けていった。



 





 ◇◇◇








 ――思い出す。

 あの怪物、ルベド・アルス=マグナの姿を。

 聖遺物、〈先史者の咆哮(リヴァイアサン)〉の異能、〈先史の超越スペリアル・リヴァイア〉――自身を時間軸より逸脱させ、停止した世界へ干渉できる能力――その強大な力を以ても敗れた。

 死を覚悟し、故にこそ最期まで強い意志を通し続けた。


 ――その意志すら、あの瞳の前に凍り付いた。

 身震いするほどの絶対零度。恐ろしき殺意の奔流。

 確実に死んだ。クロム・ウェインドは確信した。

 

 だが、クロムは死ななかった。

 何故か分からないが、あの怪物達はクロムを生かし、魔法の牢獄に留め置いたのだ。

 分からない。朦朧とした意識の中、彼らが何かを会話していたのは覚えている。

 強者故の気まぐれだろうか。ならば、絶対に後悔させる。

 彼らは、奪ったのだ。

 クロムから、文字通り全てを。

 

 ――その喪失を実感したのは、かの怪物が施した魔力の牢獄より解き放たれた時だった。

 

「――!?」


 白い空間が消失し、内部に囚われていたクロムは空中に投げ出された。

 長い浮遊感の後、クロムは海に落下した。

 

「ぐっ……ぶはぁ!」


 どうにか泳いで海面より顔を出す。周りは一面海だ。何かの残骸が浮かんでいる、海。あったハズの街は全て消え去っていた。

 クロムは泳いで、どうにか陸まで辿り着く。そして振り返り、あったハズの街を探す。

 クロムの生まれ故郷、マーレスダ王国を。

 

「……ない」


 そう、無いのだ。

 何もない。何ひとつない。いっそ虚無というべきほど、何もない海が広がっていた。

 だが時折流れ着く残骸――建物と思われるゴミや、悍ましき水死体が告げる。

 

 ――この何もない海こそが、かつて国が、王国があった場所であると。


「………嘘だ」


 自然と口から出た言葉。それはクロム自身の抱いた願望。

 だが、否定すればするほど生々しいまでの現実が押し寄せてくる。

 やがて、理解してしまった。

 もう、国はない。

 

「あ、ぁぁぁあああ……」


 もう、誰もいない。

 全員死んだ。

 皆、死んだ。

 男も、女も、老人も、子供も。

 全員、死んだ。

 

「ああああああああああああああ!!!」


 慟哭。

 張り裂けんばかりの慟哭。

 思い浮かんだのは少女。大好きで、守りたかった少女。

 彼女もまた、死んだ。

 もう、いないのだ。


「ああああああああああぁぁぁぁ!!!」


 暫くの間、クロムの絶叫が響いた。

 どこへも届かない、無意味な叫び。

 少年が勇者になる為に、必要な儀式。

 悪鬼を伏せる為の助走――きっといつか、手にした槍があの怪物を殺すようにと。

 

 

 怪物はまたしても多くを殺した。

 ただ一人の、自らの主の為に。

 その絶望が生み出した、復讐者。

 絡み合う因果が、如何なる結末を齎すのか。

 今はまだ、誰も知らない。

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