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029 十六番目の奇蹟

 目が覚めたクロムがまず見たのは、血だらけになった周りの光景。

 そしてレイアーヌが消えているのを知覚した。

 

「れい、あ……レイアッ!?」


 ボンヤリとしていた思考は、急かされたように跳ね起きる。

 周囲を見ると、血痕が外洋側のテラスへ続いている。それを見たクロムは、言いようのない不安に襲われた。

 

「あ、起きたわよアイツ」


「そうか、まあ興味ないな。どうせ何も出来ないだろうし」


 そんなクロムを見て、空中より響く声。

 声の方を見上げれば、そこには狼の怪物が翼を広げ、空に浮いていた。横には意地の悪い顔をした少女もいる。


「お前ら……レイアをどこへやった!」


 クロムの怒りが籠った問いに、狼の怪物は視線を投げてくる。

 

「ほら、話しかけられてるわよ」


「ナァ、ルベド、コイツ殺シテモイイカ?」


「コロスノ? コロスノ?」


「あ~、マジで可愛い、どうにしかして飼えないかしら」


 ふざけた事を抜かす襲撃者達。ルベドなる怪物は、クロムを一瞥して嘆息する。


「手を下さずとも、どうせ死ぬだろ。ほっとけ」


 人を人とも思わぬ、冷徹な視線と共に投げられた言葉。

 相手は完全に――クロムを、道端の石か何かだと思っている。

 脅威足り得ない、有象無象。

 態度から伝わってくる純然たる事実に、クロムは歯噛みする。

 

「答えろッ! レイアは、彼女はどこだ!」


 再度問うが、もうルベドも、供である蛇達も答えない。一瞥すらしない。

 代わりに、隣にいた美少女が答えた。


「知りたい? そりゃ知りたいよね~」


 そういって、ゆっくりと空中から降りてくる。身構えるクロムの顔を無遠慮に覗き込んできた。美しいエメラルドの瞳――だが、宿る光は酷く冷酷で、堕ちた羽虫を甚振って遊ぶ子供のようにも見える。


「教えて、あ・げ・る。この血の跡を辿ってごらん。きっと、愛しい彼女に会えるわよ~」


 クスクスと笑う美少女は、そう言い終えると再び空中へ浮き、ルベドの横に戻る。


「お前って性格悪いな」


「アンタに言われたくないんですけど」


「ニンゲンの生き死にに、興味あったのが驚きだったんだよ」


「言ったでしょ、この虫共が醜く終わるのは、嫌いじゃないって。それにアンタも結構ノリノリだと思ってたけど」


「そりゃまあ、悪役の役目みたいなモンだしな」


「何それ、変なの」


「ルベド、ヘン、ヘン!」


「ルベドガヘンナノハ、今ニハジマッタ事ジャナイゾ!」


 悪魔の楽し気で、悍ましい歓談を背に、クロムは少しずつ血痕を辿る。

 足取りが重い。酷く嫌な予感がする。

 だが進まねば、レイアーヌを見つけなければ。

 なけなしの意志だけを頼りに、クロムは進み――そして見た。

 

「レイ、ア……?」


 迫りくる大津波を前に、手すりにしがみ付いて一歩も引かぬ少女を。

 余りに痛々しく、血に塗れて死に掛けている少女を。

 彼女はゆっくりと振り返り、血に塗れた顔を見せた。

 ――口の端からドス黒い血液を零し、充血した瞳から赤い涙を流す、変わり果てた姿。

 彼女は何も言わず、ただ微笑み、そしてまた津波を見据える。

 

「―――」


 そして何事かを呟いた。余りに小さい言の葉。津波の轟音が響く場においては、聞き取ることなど不可能なほど、小さい言葉。

 そして、毎年聞いていた、愛しい少女の歌声が響き始める。

 慰海の歌――迫る災厄を退ける為の、歌姫が持つ奇跡の歌。

 

「……ッ」


 彼女はあんなにもなって、自分の使命を全うしようとしていた。

 強大な怪物を前に怯むことなく、啖呵を切ったあの姿は、虚勢でもなんでもないのだろう。

 迷う。

 彼女の隣に立って、守るべきか。

 或いは、ボロボロになった少女を抱きしめるべきか。

 または――こうして多くを虐殺した、怪物と戦うべきか。

 

 迷う。

 刹那にて逡巡――クロムはやがて答えを出す。

 レイアーヌは自らの役目をこなそうとしている。

 ならば自分も、自らの使命に殉ずるべきだ。

 騎士として、一人の男として、クロムは欲張った選択を取った。

 あのルベドなる怪物を退ければ、この街を守れるしレイアーヌも守れる。

 

「ッ……!」


 玲瓏なる歌声を響かせる少女から目を背け、クロムは走り出す。

 王都側のテラスに戻ったクロムは、空中で優雅に終わりを見届けようとする怪物達を見上げた。


「お前達かッ!? レイアをあんな風にしたのはッ!」


 クロムの声に、ルベドは鬱陶しそうに見下してくる。


「知るか、アレは成るべくして起こった結果に過ぎない。そこの責任を取らせたいなら、俺達じゃなくて、この国に迫るべきだろうに」


「何をワケの分からない事をッ! 言い逃れるつもりか!」


「お前、知らないのか」


 意外そうに目を見開いたルベドの横で、美少女が可笑しそうにクスクス笑う。


「なぁんだ、知らないんだ。可哀そ~、信用されてないのかな? それとも、心配かけたくなかったとか? 何れにせよ、それって――あ・わ・れ」


 神経を逆撫でるような、わざとらしい声音で少女が嘲笑う。

 彼女の言葉が何を意味するのか、クロムには理解できなかった。

 だが、それが何か良くないことを暗示しているくらいなら、クロムも分かっていた。

 それ故に怒りが湧いてくる。全てを知っているであろうこの襲撃者達へのどうしようもない怒りが。

 

「このッ……クズ共め! ヒトを踏みにじって楽しいのか!? 降りてこいッ! オレがここで殺してやる!!」

 

「アッハッハ! バカね! アンタって、ホントバカ! そこで死んでるヤツよりも雑魚の癖に、アタシ達を殺す? もしかして、寝起きで脳みそ働いてない? まともな思考をしてたら敵わない事くらい、理解できると思うのだけど?」


「貴様ッ……!」


「こわ~い、そんな睨まないでよ~。どうせ何も出来ないんだから、頑張って逃げるか、死ぬまでの僅かな時間ってヤツを、噛みしめてれば?」


「ッ……! 殺すッ! お前達は、オレがここで殺すッ!」


 クロムは腰に差した予備の短剣を抜き放ち、空中に浮く化け物達に向けて投擲する。

 投擲用に調整されたワケでもない、ただの短剣だ。勿論、クロムには投げナイフを御する技術はない。それはレンジャーやシーフの仕事だ、典型的前衛であるクロムに、その技術を要求するのは酷だろう。

 だが、怒りによって増加した身体能力と、天運が重なり、それなりの勢いを維持したまま短剣は少女目掛け飛んでいく。

 

「バカくさ~」


 それでも少女は余裕そうな態度を崩すことはない。

 短剣が当たる――寸前で、少女は人差し指と中指で華麗にキャッチして、すぐさま反転、凄まじい勢いで投擲する。

 

「――ッ!?」

 

 陽光を反射する鈍い銀の煌めき――知覚した瞬間、クロムは左胸を短剣で貫かれていた。

 

「ガァ……グゥ」


 痛みに呻き、クロムは仰向けに倒れる。血がゆっくりと広がる。熱が左胸から広がり、寒気が襲ってくる。

 

「ハァ、ハァ……クソ」


 確実に致命傷だ。

 自分でも理解できる。

 ここで――死ぬ。


「本当に、愚かね」


 少女の嘲笑が、薄くなりかけた思考の中響いた。


「愛しの女の子が助けてくれたのに――自滅で終わるなんて。まあ、これもニンゲンらしくて味があるわね」


 少女の嘲笑に返す気力もない。クロムは脱力していく身体に抗えなくなっていく。首も横へ倒れてしまう。

 

「……」


 ――視線の先には、死んだ騎士団長、バガテル・ランズベンドの遺体。

 彼の手には、彼の魔槍が握られていた。

 まるで、自分に突き出しているように。

 丁度、手を伸ばせば――届く位置にあった。

 

「……」


 レイアーヌは、選ばれしモノだった。

 そんな彼女に追い付きたい――それでクロムは騎士になった。

 追い付いたら、遠くにいった彼女の傍にいられると思ったから。

 だが、クロムは選ばれしモノではなかった。

 少なくとも、凡庸な才能しかなかった。

 魔力の量が特別多いワケでもない、魔法の才能があるワケでもない。

 かといって、天才的な戦いの才能があるワケでもなかった。

 

「……」


 もしかして、もしかするかもしれない――。

 この国のモノならば知っている伝説。魔槍リヴァイアサンは、使い手を選定する。

 今日、この日、クロムはかつてないほど選ばれるのを望んでいた。

 弱っていく肉体、視界が色を失っていく。

 もう時間はない。

 クロムは――その槍を、手に取った。



 

 ――対象の保有魔力が規定値を満たさないと判断。

 ――適合予想率測定。

 ――対象の適合予想率、89%――前契約者を上回る数値。

 ――提案、魔力回路の増設、及び対象保有魔力の増設。

 ――予見されるダメージを考慮……問題無し。

 ――承認。

 ――対象とのリンクを確立、契約を実行する。








 ◇◇◇








「嘘……嘘でしょ、マジィ? ヤバ!」


 横で完全に語彙力を失ったヘルメスが、鬱陶しく騒ぐ。

 気持ちは分かるが、ちょっとウザイ。

 何故ヘルメスがこんなに騒いでいるか、それは俺達の視線の先に答えがある。

 

「ぐああぁあぁぁぁぁ!!」


 光輝く魔力の奔流が、少年の持つ槍より放たれて彼の身体に入り込んでいく。

 空間が揺らぐほどの膨大な魔力。

 ニンゲンの肉体では到底受け切れないほどの量だ。

 事実、少年は痛みに堪えられないのか、喉が裂けそうなほど絶叫している。

 

「これはもしかして、聖遺物の契約――その瞬間に出くわしてるのか?」


 マジかよ。

 凄まじい偶然――いや、僥倖か?

 この少年がいれば、間違えて殺しちゃった前任者の代わりになるのでは?

 もしかして、怒られずに済むのか?


「そうよ! アンタが殺しちゃった契約者の代わりになるのよ! アインにねちっこく怒られずに済むわ! しかももう第一まで『覚醒』してる……ウハハ! 助かったわぁ!」


 ヘルメスの欲が詰まった発言の中にあった、気になる情報。

 聞きたいが、今はこの状況をよく観察する方が先だ。

 

「アレは……肉体が変質している? いや、そもそもどこから魔力を持って来ている?」


 アーティファクト――強大な力を持つ遺物――というからには、やはり特別な能力があるのだろう。

 しかしながら、この膨大な魔力は何処から捻出しているのか。明らかにあの槍の魔力を超えている。


 ……アーティファクトには、出力できる魔力の限界が存在する。これは普遍的な法則である。

 その法則を超えている現象。いや――少年に送られている魔力の波長が、槍の波長と一致しない。


 魔力波長――つまり、どんな魔力にも、血液型のようなものが存在する。

 そして、同一の魔力波長は存在しない。

 つまり、あの魔力は「槍」が出力しているワケではない。

 一見不気味だが、俺には似た現象に心当たりがある。

 

「魔力錬成……」


 そう、俺の魔力源。

 賢者の石という究極物質を用いて設計された、魔力錬成機構――エリクシル・ドライヴ。

 他の物質を魔力に錬成し、その魔力を以てさらに魔力を増幅錬成する、魔導仕掛けの永久機関。


 あの槍は、魔力を錬成している。

 錬成した魔力で、更に錬成をしている。

 そして生み出した魔力で、「契約」を行っているのか。

 

 俺の機構と似ているが、同一の能力ではないな。錬成の速度が徐々に遅くなっているし、一度に出力出来る魔力量も減衰している。


 魔力錬成は最高位錬金術――つまり、錬金術の真理とやらに該当する。

 他の物質を魔力に替えるだけならばどうにか出来るが、それを増幅するのが異常に難しい。

 理由は簡単――法則に反しているからだ。

 

 例えば、錬金術の奥義とされる、卑金属を貴金属へ変換する――鉛を金に替えるとかいうアレ――術式を成立させるには、相応の魔力、そして卑金属が必要になる。

 鉛を金に替えるには、間にある様々な工程――核変換とかいうアレ――を省略する為の、変性促進の術式を行使し、必要なコストを払う。

 一見この行為は、世界の法則に反しているように見える。だがこれは地球の知識がある俺だからそう見えるだけで、この世界では反していない事象だ。


 この世界には、魔力――そして異能があるからだ。


 魔力は、意志に呼応するエネルギーであり、あらゆる物質、存在を構築する最小単位である。つまり、この世界にあるモノは、元を辿れば必ず魔力に行きつく。

 だからこそ、魔法という異能で、色んなものを生み出せるのだ。――この辺には小難しい理論や推論があるのだが、省略する。


 つまり、レンチンに似ている。

 普通に料理を作ろうとすれば、材料を切ったり、炒めたりする必要があり、非常に手間だ。

 だから、冷凍食品をレンチンするだけで食事を用意する。

 間にある調理の手間は、後者の場合存在しない。

 だが実際には、電力を消費しているし、冷凍食品を買うという別の手間を支払っている。

 

 この事象に、錬金術は近いだろう。鉛を金に変換するのに必要な途轍もない手間を、魔力で支払っている。

 であれば何故、魔力錬成が法則に反しているか。

 詰まる所、支払うコスト以上のリターンを得ているからだ。

 

 例えば、10ある魔力を増やしたい時。

 10ある魔力を倍、つまり20にしたい時、別の物質を魔力に錬成する場合なら、手間賃として5程度の魔力と、15分の材料が必要になる。

 この5の魔力で、15の材料を魔力に替えているのだ。これで合計20だ。


 だが、15の材料も必要とせず、純粋に魔力のみで錬成する場合。

 変換という方法は使えないので、先の理論は無意味だ。

 10の魔力を20には出来ないのだ。増幅を行う場合、然るべきコストがいる。5の魔力を10にして地道に稼ごうとしても、必ず増幅元の「材料」として同量の魔力が必要になる。

 魔力と魔法だけでは、どうあがいても無理なのだ。

 

 だから俺の場合は「賢者の石」が存在する。

 賢者の石は、究極の触媒とも言える物質。これを用いて、増幅のコストとリターンを弄ったのだ。

 増幅に必要な5の魔力を1に、得られる魔力を10に。

 間に賢者の石を嚙ませることで、これを成している。そう、賢者の石ってすごいのだ。

 ぶっちゃけ、この石さえあれば世界すら思いのままに出来るだろう。イルシアは贅沢にも、俺という存在を創造する為に使ったが。

 

 つまり、今聖遺物によって起こっている魔力錬成も、間に槍自身が噛んでいる。

 だから出力が落ちてきているのだ。触媒として槍が疲弊しているのだろう。

 賢者の石は不壊の物質。触媒として使っても疲弊しない。

 だが聖遺物は違うようだ。途轍もないほど頑丈なようだが、それだけなのだろう。

 

「なるほどな……」


 だが脅威だ。劣化版とはいえ、膨大な魔力を出力できるというのは、それだけで危険極まりない。

 それに、出力した魔力で契約者の肉体を変質させている――アレも面倒だな。

 魔力を放出できる量には、個人差がある。

 生物が魔力を出力する場合、魂より肉体にある魔力の神経――魔力回路を通じて外部へ放出する。

 回路の量や質というのも、才能の一つだ。あの少年は正直魔力関連がカスなので、強化の為に「槍」が工夫しているのだろう。

 そして、十分な魔力を持つに至った少年が、正式に契約者となる。察するに、そう言う事なのだろう。


「にしても、前の主人が死んでからもう新しい主を選ぶなんて、とんだ尻軽だな」


「……尻軽って、アンタ口悪いわね。まあ、同感だけど」


 若干落ち着いてきたヘルメスが、微妙な顔をしながら頷いた。


「にしても、哀れなモンだ」


「何が?」


「アレの契約――改造されているようなモンだろ。ヒトを超越した勇者になるための儀式――ふん、聖遺物とは皮肉な呼称だ」


 ――実際の所、悪魔の契約に近いだろう。

 アレだけ弄られて、肉体に悪影響が出ないハズがない。

 寿命とか、大切なモノとかを引き換える、文字通りの契約。

 まあ、神話とかでも悪魔より神の方が理不尽な事が多いし、あながち間違ってないのかもな。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」


 息を切らせた少年が、槍を支えに立ち上がる。


「これが、オレの力――」


 悪魔の囁きにも似た力に身も魂も売り渡した勇者は、ぎらついた視線を投げてくる。

 

「――覚悟しろ、化け物共」

魔力の錬成があーだこーだは、自分でも?????って感じで書いてました。

理系じゃないので分かんないよ……

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