022 イデアの影
マーレスダ王国国王、リカッダ・ヴィーン・アン・マーレスダは、執務室から見える王都の様子を見て溜息を吐いた。
ああ、今年もやってきたのかと。
慰海祭、猛る海を鎮め一年の安寧を約束する儀式。
約束された安息を享受し続けて来たが故に、その儀式は今や単なる祭に成り下がった。
古の時代、この王国の黎明期――。
……時は新生歴以前、当時のガイア大陸は各地で戦乱や災禍が巻き起こり、正に地獄となっていた。
特に、古の帝国――旧国、「神聖グランルシア大帝国」による各地の併呑戦争は、西方の大地を焼いた。
当時の帝国は魔法技術に優れ、その所産が猛威を振るっていた。
魔導技術を詰め込んだ武装、毒物等によるバイオハザード、そして生体兵器。
特に、当時の帝国で主席開発長の座にあった錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルススが確立した理論による「魔人兵」なる存在。
人造生命体という技法を確立した彼女が、その技術の粋を集めて作成した生体兵器。
三体からなる魔人兵は、当時帝国と敵対する国から悪鬼の如く恐れられていたという。
思えばその頃より、彼女の作品は世界を焼いていたのだろう。
戦乱を巻き起こしながらも、帝国は栄華を極めていった。
しかしそれも終わりを告げる。
主席開発長、イルシア・ヴァン・パラケルススの裏切り。それによる国内の動乱。
結果、彼の国は亡国となった。国の興亡とは呆気ないものだ。
そんな国から逃れた帝国の系譜を継ぐモノ達。
それが、今のマーレスダ王国だ。
かつての帝国が誇った魔導技術の数々は殆ど失われてしまった。主席開発長であったイルシア・ヴァン・パラケルススが、真っ先に研究所や開発部を襲撃した結果らしい。
まあ、これに関しては又聞きレベルの伝承だが。
兎も角、残滓のような技術しかない亡国の住民らが、どう生き残ったのか。
――他国に助けを求めるワケにはいかない。何せ帝国は蹂躙の数々を行ったから、恨みを買い過ぎている。受け入れられても奴隷身分がいいところだろう。
そこで彼らは、西方南部に下って安住の地を見つけることにした。未だ動乱の残滓が渦巻く西方だったからこそ、どうにか南下することが出来たのだ。
特に錬金術師の作品が暴れ出していたのが大きい。それだけではなく、世界が新生する原因となった「怪物」がその時期より現れていたからこそ、各国は帝国の生き残りをどうこうする余裕はなかったのだろう。
帝国の生き残りの大半が南下し、結果見つけたのが現在の沿岸部。潮が引いている間だけ道が繋がる島。
彼らはそこを新たな地とする事にした。
当然うまくいかない。建築の為の資材やら何やらを運ぶのだって大変だ。おまけに荒れ狂う海域が近くにあり、その影響によって津波が押し寄せてくる。
正直、住むのに適してはない。故にこそ、そこは外敵より身を守るのにピッタリだった。
とはいえひ弱なニンゲンが自然に勝てるワケもない。
だからこそ、彼らは「協力者」を得た。
協力者を得てからは、順調に国が発展していった。残滓のように残った魔導技術、それも非常に役立った。
やがて、とある島の村は街となり国となり――マーレスダ王国として成り立った。
しかし、国が成り立った頃には既に世界は新生し、それ故他国の干渉にも悩まされる事になる。
だから、彼らはまたしても「協力者」に縋った。
いいや、それは縋るというには余りにも――
「――陛下」
王として継承し続ける国の秘密、歴史を回想していると声がかかる。
声の主は王の直臣、騎士団長のバガテル・ランズベンドだ。帝国の生き残りが持ち出したアーティファクト――聖国の連中が「聖遺物」と呼ぶ武装、魔槍リヴァイアサンに選定されし存在。
浅黒く日焼けした肌に、よく鍛えられた身体を特注の鎧で包んでいる。傍らには魔槍の代わりに、上質な槍を携えている。精悍な顔立ちも相まって、正に騎士といった様相だ。
マーレスダ王国の至宝たる魔槍リヴァイアサンは王の権威を示すためのモノ。故に選定者であるバガテルが平素より携行するワケにはいかない。だから普段は代わりの武器で済ませている。
勿論、危機となれば使わざるを得ないが。忌々しい事に、聖遺物と呼ばれる類のアーティファクトは、選定者以外触れる事すら敵わない。
それまでは、宝物庫に安置されている。必要となれば、選定者はすぐに聖遺物を呼び出せるらしい。
「……何だ、ランズベンド」
何用かは分かっているが、一応聞き返す。
「慰海の歌を、執り行います」
「……そうか」
予想通りの言葉に、リカッダは天を仰いで溜息を漏らす。
脈々と受け継いできた儀式。行わねば津波によって国が滅ぶとはいえ、気が滅入る。
自分たちが、かの錬金術師と同じくらいの外法に手を染めているのだから。
何せ先人たちが帝国より持ち出せた魔導技術の殆どは、かの錬金術師が生み出したモノなのだ。
だから自分たちは、彼女を笑う事も、恨むこともできない。
彼女の成果なくば、既に滅んでいるのがこの国のニンゲン達だ。
「では、今年の歌姫を」
「はい、陛下」
「そして済んだなら、早急に替えておけ」
「はっ」
ニンゲンという生き物は、自分達の為ならいくらでも堕ちる。
なればこそ、この場においてそれを嘲笑うモノはいなかった。
◇◇◇
薄暗い研究室を照らすのは、魔法仕掛けの頼りない光。
研究をまとめた書類や魔術書の数々。
そして、ヒト一人を収められる大きなフラスコめいた培養槽。浮かんでいるのはお馴染みの魔力液と――少女。
人造生命体。遺伝子より生物を人為的に操作、成長、発現させる錬金術。
極めれば生まれながらにして英雄たる存在を「錬成」することも可能という。
だが、そのホムンクルスは少々趣を異にしていた。
「……なるほど、やっぱり、御同輩ってワケか」
納得して呟く俺の視線の先には、件のホムンクルスの標本――腑分けにされた各部位、その中でも生首があった。
悪趣味だが、こういうのは見慣れている。イルシアも似たような事してたし。
その標本、生首にはヒトにはないハズの特徴があった。
「……セイレーン」
首から生えている、羽飾りのような部位。確かに俺が邂逅したセイレーンも、こんな感じの見た目をしていた。
イルシア曰く、これはセイレーンの声を増幅、調律する為の部位で、呪歌を発現させる為に必要な部位らしい。
手に入れたセイレーンの亡骸を検分したイルシアの言だから、間違いはなかろう。
しげしげと眺めていると、標本の入った瓶にラベルが貼られているのに気が付いた。帝国語で「プロトタイプ」と記されている。
「なるほどね。おいヘルメス」
「あ、何?」
誰かに見られる心配がないからか、既に隠密を解いたヘルメスが俺の横に立つ。
「歴代歌姫の変遷――容姿や纏った衣装が変わっていったって事はあったか? 例えば、最初の頃の歌姫は、人目に触れず、祭事だけ現れていた、とか」
俺が問うと、ヘルメスはニヤリと笑った。
「せいか~い。ご推察の通り、最初の頃、歌姫ってのはお祭りのときにしか拝めない、有り難い存在だったんだって~。しかも容姿が分からないように、衣装も工夫してたとか。理由としては、歌姫の顔を曝すワケにはいかない、ってらしいんだけど――」
「ふん、異形の存在を創り出したと知られれば面倒だからな」
国を守ったセイレーン、そして彼女らの歌を持つ「歌姫」――当然ながら、結末は容易く想像できる。
詰まるところ、単純な話だ。セイレーンによって守って貰っていた国は、その恩義を裏切って、彼女らを捕らえ、殺して因子よりホムンクルスを創った。
そのホムンクルスこそが、歴代の「歌姫」だった。
「自分から魔族に助けを求めた癖に、とっても傲慢で愚かなのね、ニンゲンって」
「……そうだな」
クスクスと嘲笑うヘルメスの言葉に、俺は低い声で頷いた。
忘れかけていたが、俺は元々ニンゲンだった。しかもこことは違う世界で。
故にこそ、ヒトという生き物がどれだけ利己的で悍ましいのか、知っている。かつてそうだったのだから、知らぬ道理はない。
まあもう怪物だから、思う存分嘲笑えるが。しかし時折思い起こしてやるせない気分になる。
もう薄れて忘却しそうになった前世の記憶は、正直気分のいいモノじゃないからだ。
「そういえば」
ふと考えついた俺は、気になっていたことをヘルメスに問う。
「最初の頃こそ素直にセイレーンと共存してたって聞いたが、その辺はどう伝わっているんだ?」
「ああ、それね」
ヘルメスはつまらなそうに口を尖らせて語る。
「それはね――」
ヘルメスが語ったのは思わず鼻白むような昔話だ。
セイレーンとの契約によって安寧を手にしたマーレスダ王国。セイレーンらが魔族であると知っていたのは、当時の上層部だけだった。民は守り神や精霊か何かだと思っていたらしい。
代を重ね、兵器として呪歌を求めたマーレスダ王国は、彼女らを捕らえホムンクルスの因子として使う事を思いついた。当然だか、それは秘密裏に遂行された。
契約によって縛られ、ニンゲンが求めれば逃げる事も抵抗することもできないセイレーン。それなりの数がいたセイレーンは、瞬く間に数を減らした。
そして、守り神と思い込んでいた民達に向けて言ったのだ。
――歌姫が現れた。これなるは、守り神より神命と力を授かった巫女である。
自分達から裏切って弄繰り回した癖によく言う。二枚舌ってヤツか?
役目を果たしたから、神として後を任せられる巫女を残していなくなる。一端の神話を気取っていたのだろうが――真実は大それた事じゃない。
「……下らないな」
俺は部屋にあった資料の一つを手に取り読む。保存魔法のかかった昔の資料だ。
セイレーンという存在を理解する為、利用する為に行われた数々の所業が克明に記されていた。
試しに魔力の質や形式を知るために検査、血の採集。エスカレートしていく実験は、解剖から始まり、薬物や魔法に対しての反応、やがて子供を成せるのか、他種族の遺伝子を受けれたらどうなるのか――凌辱めいた実験にすら至る。
他人の事言えた義理じゃないが、酷いな。
「ホント、ニンゲンてどうしようもないのね」
俺が読んでいた資料には覚えがあるのか、鼻白むヘルメス。
全くの同感だが、かといってセイレーンらに抱くのは精々同情どまりだ。約束は果たすが、それは主たるイルシアの意向があってのこと。この感情は物の序でに過ぎない。
「これだけじゃないわよ、まだまだ下らないモノは沢山あるの」
そういうヘルメスは、まるでマネキンのように簡素な少女型ホムンクルスが並ぶ部屋を進んでいった。
正直あまり気乗りはしないが、最後のセイレーンに復讐を成すと約束した以上、真実を知る必要があるだろう。
俺はヘルメスに倣い、薄暗い部屋を進む。
突き当たりには扉があり、その扉を開いてヘルメスは進んだ。俺も彼女の後を追い――やがて歌姫の真実を見た。
◇◇◇
城の中に消えてしまったヴェドを追うべく、レイアーヌはトタトタと走り出した。
見慣れた城の中を走り回り、近くにいる兵士や騎士などに話しかける。
「ねえねえ、この辺りに紅い毛並みの、逞しい狼の獣人さんが来なかった?」
「これはレイアーヌ様! ええ、確かにそんなヒトを見ましたよ。あちらの方へ向かっていきました」
そう語る騎士は、何故かちょっと虚ろだった。特にヴェドについて語る時に顕著になる。
「……アレ? あんなヒトが来るって言われてたっけ? でもそんなような気が……うーん」
どうも疲れているのか、ヴェドについてが曖昧なようだ。まあいい、普段から仕事をしているならそんな日もあるだろう。
寧ろ平素より警備をしてくれている事を有難く思い、労うべきかもしれない。
「何だか疲れているみたい、大丈夫?」
「はは、レイアーヌ様に心配して頂けるとは光栄です。大丈夫、問題ありませんよ」
取り敢えず騎士は元気になってくれたので、レイアーヌは頷いて示された方向へ向かう。
示された場所は、礼拝堂だった。この国では土着の守り神を崇拝するが故、ユグドラス教は流行っていない。というより珍しいくらいだ。
しかしそんな国にも、最低限の政治的ハイリョ(?)はあるのか、城にも礼拝堂は存在する。
彼は帝国からの使者だと思っていたが……あんな見た目で意外にも信心はあるのだろうか。
我ながら失礼な考えだと思うが、それを振り切ってレイアーヌは礼拝堂へ向かう――前に、
「やーっと追い付きましたよ、レイアーヌ様」
僅かに息を切らしたアデリナが追い付いてきた。
先ほどまでの逃走と違って、別に問題はない。一応、城には帰っているのだから。
「歌姫とあろう方が、はしたなく走らないで下さい!」
――と、思っていたのだが。
どうもアデリナはレイアーヌが「それなり」に振舞わないと不満らしい。
城の中なのだから、別にいいではないか。口には出さず、レイアーヌは胸中で唇を尖らす。
「いいじゃない、あ、そういえばクロムは?」
アデリナの隣にクロムがいない事に気が付いて、レイアーヌは問いかける。
「ああ、彼なら騎士団長に偶々出くわして、ちょっと話してますよ。すぐに追いつきます」
「そうなの、んじゃ行きましょ! ヴェドさんはこの先の礼拝堂に言ったらしいわ!」
「礼拝堂……? どうしてまたそんな所へ」
アデリナが疑問を呈するのももっともだが、考えるより当人に聞く方が早い。
レイアーヌは礼拝堂に走っていった。
「あ、また走って……!」
後ろからアデリナの苦々しい声がするが無視だ。
「ヴェドさーん!」
元気いっぱいに礼拝堂の扉を開いて入るレイアーヌ。しかしそこに彼の姿は無かった。
「アレ?」
「全く……貴方はどうしてすぐに――どうされたのですか?」
「確かにここに入ったって……でもいないの」
「……? それは妙ですね」
二人は疑問を抱きつつも、取り敢えず礼拝堂を探索してみる。お城の中とは思えないくらい地味な場所だ。
暫く検分していると、準備室の扉が半開きになっているのに気が付く。彼はここに入っていったのだろうか。
レイアーヌはアデリナを伴って扉を開く。
「うわぁ~」
思わずそんな声が出てしまうような光景が部屋の中に広がっていた。
準備室の床には発光する魔法陣が描かれていた。薄暗い部屋の中で光る魔法の神秘。レイアーヌは子供心を擽られるのを感じた。
「城の礼拝堂にこんなものが……? これは、確か……」
アデリナがブツブツと横で呟いている。魔導師でもあるアデリナなら、この魔法陣が何か分かるかもしれない。
「ねえねえアデリナ! この魔法は何?」
「……私もよくは知らないのですが……構築から察するに、恐らく時空系統の魔法かと」
「じくう、けいとー?」
「ええと、ほら、絵本の賢者が使う、テレポートの魔法とかですよ」
「すごい! とっても難しい魔法なのよね?」
「ええ……だからこそ、どうして城の礼拝堂にそんなものがあるのか気になって」
「気になるなら使ってみましょ! きっとすごい秘密が隠されてるんだわ!」
「ええ……怒られますよ」
「ヴェドさんもこの先に行ったに違いないわ!」
「そ、それはそれで問題ですよ! 城の設備――かどうかは知りませんが、勝手に使うなんて……」
「なら注意しにいきましょう!」
「もう……ハァ、分かりました」
根負けしたアデリナを連れて、レイアーヌは魔法陣の中に飛び込んだ。
――刹那の浮遊感、白く塗られる視界。目を開けるとそこは――
「な、なに……これ」
――青白く光る魔法灯に照らされた、不気味で薄暗い部屋。
ヒト――なのだろうか、他の生き物を足したような奇妙さを覚える人間の生首などの部位が、薬漬けにされて瓶の中で浮いていた。
横に並ぶのは輝く水の中で浮かぶ、髪を剃られて、人形の素体の如き不気味な裸の少女達。
まるで、出来の悪い絵本の中に迷い込んでしまったようだ。
現実離れした光景。
受け入れがたい事象。
それらが僅かなラグを発生させ、やがて刹那の逡巡を超え、生々しく重いリアリティを帯びてレイアーヌを襲う。
「うっ……」
バラバラにされた人間らしき身体。戦いなどに携わらぬ、普通の少女であったレイアーヌは、それを視界の端で改めて捉えた瞬間、酷い吐き気を催した。
「れ、レイアーヌ様ッ! こ、これは、一体何なの!?」
アデリナは護衛として流石にレイアーヌよりは落ち着いていたが、彼女も顔を青くしてこの光景を見ていた。
アデリナに背中をさすられながら、レイアーヌは考え続ける。
(なに、これ。なにこれなにこれ! 分からない、分からないよ! 意味が分からないよッ!! どうして、こんなのが――こんなのがあるの?)
いくら思考を続けようとも、答えは出ない。
坩堝の様に続く逡巡は、やがて迷宮の如く変じて脳裏を埋める。
ただ、彼女は――記しだされた結末を、眺める事しかできなかった。
「――ここまで来ていたのか。自力で見つけるとは、感心すべきか否か」
ふと、暗い部屋に聞き覚えのある声が響く。
声のする方を見てみると、そこには果たして、探していた紅い狼――ヴェドが冷めた目を投げていた。
隣に、見覚えのない少女を伴って。その少女もまた、ヴェドと同じように冷めた視線を、小悪魔のような微笑みの中に隠していた。




