178 冷たい客席
「ふん、案外不甲斐ないんだな」
レン高原の寒々しい景色には、様々な意味で釣り合わない者が、そう呟いた。
例えばその色。
周りが白であるが故に、その狼人の黒が酷く目立つ。
闇夜の如き漆黒は、晴天と雪原の照り返しを以ても黒く、僅かに艶めいていた。
或いはその体格。
強靭という言葉を極めた如く筋骨隆々な巨躯は、だがしかし不格好ではない。
神の手で削り出されたかの如く、いっそ不自然な程の精緻さを持つ体躯――暴力の具現とでも言うべき肉体美である。
またはその恰好。
厳冬を誇るレン高原は、例え晴天であっても命を容易く奪える。
だがどうだ、この者の恰好は。ゆったりとしたズボンや、文様入りの前垂れがある腰巻などは良い。
だが雪歩きには適さないだろう、獣爪を象ったような金属の足甲や、首と胸板以外を晒す放胆な恰好は、如何に獣人種だろうと堪えるハズだ。
だというのに、当人は何一つとして気にした様子が無い。
鋭い野性美が窺える狼の顔に、敗走する帝国軍を見下す表情を浮かべてさえいる。自然の驚異が無意味であると言わんばかりの態度。それは余裕、或いは慢心の表れである。
そして何よりも……人体では有り得ざる異形の相。
強膜が黒く、血のように紅い虹彩を持つ魔眼。
或いは腰から生える二匹の銀蛇。
何よりも、その身に滾る圧倒にして凶悪な魔力。
抑えていても、周囲には生物や魔物の類が寄り付かない。
知能が無い虫の類でさえ、近づけば死ぬと理解している。
どれもこれも、魔性の証である。
仮にも聖国を謳うアズガルドの大地に、このような姿の者は似付かわしくないだろう。
明らかな邪悪、完全な魔性。それが高原にて戦う両軍を監視出来る丘に立っている。
人の気配がなく、戦場からも遠く離れている事を鑑みても、何かの拍子に見つかっても不思議ではない。
だが当人は何ら気にする事さえなく、黒曜色に煌めく長いタテガミを、つまらなそうに弄ってさえいた。
「デカいロボット出て来た時は見応えあったんだがな……結局鳥脚の勝ちか」
そうならないと困るから、別にいいんだけどさ。
何処か不満げにそう呟く黒狼のキマイラ――ルベド・アルス=マグナは、倦んだように溜息を吐いた。
「……ぁぃょ、ょ……」
暴れられなくて不満です。とでも言いたげなルベドの背後より、もごもごと小さく何者かの声が掛かる。
声の方向へ振り向いたルベドは、あからさまに呆れた表情で溜息を吐く。
「むぐむぐ籠ってて聞こえねーよ。もっとはっきり喋れ」
ルベドの視線の先にはモコモコの分厚い防寒具に身を包んだ、小柄な人物が立っていた。
頭からつま先まで、まるで寝袋をそのまま被っているかのような様であり、「中に人型生物が居る」くらいしかわからない。
「………もう!」
窄まったフードがパカリと開き、中からエメラルドの瞳が露わになる。口も鼻も仕舞ったまま、だが先ほどよりも多少は鮮明になった声で彼女は、
「寒すぎて死ぬ!」
劈くように叫んだ。
キィンと耳に響いたのか、ルベドは厭そうに目を閉じ、ジトっとした視線を少女――ヘルメス・カレイドスコープへ向けた。
「何度も来た事あるんだろ?」
「だから厚着してんじゃん! ほら、こんなにさぁ!」
心底動きにくいのか、跳ねるようにして己の恰好をアピールするヘルメス。跳ぶたびに雪に埋まり、ただでさえ小柄なヘルメスが徐々に小さくなっていく。
「がっさがさ! 見て、がっさがさよ! 肌がさ、ガサなのよ!」
「お前……どうしちゃったんだよ。かなり、その、キモいぞ」
「寒いから! セフィロトあったかいのに、急に寒いから! 無理にでもアゲないと死んじゃうの!」
キャンキャンと叫ぶヘルメスに耐えられなかったのか、ルベドは頭痛を堪えるように天を仰いだ。
セフィロトの暗部ことヘルメスと、パラケルススの作品、ルベド・アルス=マグナ。ガイア大陸の人類種に仇名す彼らとて、やはり物見遊山でレン高原に居るワケではない。
「じゃあ部下に任せりゃよかったろ」
「だからじゃない、アタシの部下がちゃんと仕事を完遂できるか、監督の義務があるってワケ。――へっくち! ……あああっ寒すぎ! それに、アンタの手綱握んなきゃいけないしさぁ!」
ま、あの様子なら心配なかっただろうけど。
そう付け加えて、ヘルメスは鼻をすぴすぴ鳴らす。
つまりはそういうことだ。
お察しの通り、帝国側の敗北は初めからセフィロトに期されていた。
もっとも、ヘルメスの見立てでは妨害工作などせずとも聖国が勝っていたようだが。
聖遺物使いの多い聖国が、万が一にもアズガルド防衛戦、その趨勢を握るレン高原の戦いを敗北させるワケにはいかない。
そして情報統制や工作はセフィロト情報部の役回りである。
今回も例に漏れず、ヘルメスの部下が「第一移送艦」なる帝国の兵器庫に紛れ込み、切り札にちょっとした細工を施していたそうだ。
フレンが出張ってから出撃するのにもたついていたのが、情報部の涙ぐましい成果。
その手の細々とした妨害を重ねて、間諜の存在を悟らせずに帝国を敗着へ誘う。――フレンが強すぎたお陰で、要らぬ心配ではあったものの、確かにセフィロトの介入がこの戦場には存在していた。
「はん、手綱か。お前の狗になったつもりはないんだが」
「引き取れって言われても、アンタみたいにゴツいのは願い下げよ。第一アンタにはご主人様がいるでしょうに」
そして、この場にルベド・アルス=マグナが居るのもそれが理由。
万が一、いや億が一、情報部の妨害も意味無く帝国が勝った場合の保険が、このキマイラだ。
殺戮と破壊以外に取り柄のない狼に、一体何が出来るのかという疑問はごもっともである。
だがそこは問題無い。何もいつものように突っ込ませて暴れさせるのではなく、アイン肝入りの作戦のお陰で得た新たな「変異」が、こういった場で上手く作用するらしい。
――というか、この任務に適正が無ければ、こんなヤツは呼んでいない。いつも情報部として、暴虐の尻拭いをするヘルメスとしてはそう思わざるを得ない。
(にしてたって、趣味わる~い能力よね)
標準的な魔族として、人類種に侮蔑を抱いているヘルメスでさえ、ルベドが新たに得たチカラには渋面を造らざるを得ない。
確認のため、見た感想としては「色々な意味で酷い」だった。
――普段はのほほんとしているイルシアだが、やはりこの怪物の主だけあって中々に悪辣な女である。或いはそれさえ無意識なのだろうか……だとしたら常軌を逸した無神経さだ。
無論、態度や口に出す事は無い。
何のかんの言いつつも、この場に居る黒狼のキマイラが相当な主狂いなのは察している。リンドとは違い、ヘルメスは本物の地雷を踏み抜く蛮勇や、それを愉しむ感性は持ち合わせていなかったのだ。
「ある意味じゃお前にも居るだろ」
「は? もしかしてアインのコト? やめてよね! 資金絞るような馬鹿は上司でも主人なんかじゃないわよ! その癖、自分はセフィロトでずっと引き篭もりだもん!」
「ヘルメスお前、テンション高いな」
「だからさ、寒いの! つーかアンタその恰好で寒くないわけ!? へそ出しノースリーブで、いくらフカフカだからってさ、アホみたいに雪積もってるのにさ! ねえ何でそんな恰好してるワケ?! やっぱり筋肉見せたいんでしょ!? だからそんな恰好してるんだ!!」
「……いや、あの、だからこれはイルシアの趣味だって。大体寒くないし……」
「寒くないの!? ヘソ出してるのに!? やっぱフカフカだから? う、羨ましい、今だけは羨まし――へっくち!」
「うわっ、鼻水! きっっしょいから近寄んな」
寒さに気が変になったヘルメスが、鼻水を垂らしながらルベドへ近づこうとするのを、当の狼が本当に嫌そうに足で遠ざける。
「いいじゃん、いいじゃん! ダメならせめて風除けになりなさいよっ無駄にデカいんだから!」
「ちっ、ボケが」
2メートルを容易く超える体格である。風防にするにはもってこいだ。
風除けにされた当人は、ゴミを見るような目でヘルメスを見下していたが、やがて諦めたように首を振って戦場に視線を戻した。
「で、アレで終わりか?」
そう呟くルベドの視線は、煙を上げながら必死に撤退する巨大な魔導飛空船に合わされている。
「……まぁ、わかるわよ? アンタなら、姿形も残らないくらいボコしたいって思うでしょう。でも、普通は相手皆殺しにするまでやらないのよ戦争って」
「俺に対しての偏見は置いておくとして……なんだっけか、ヴァーチャル……いやヴァーロムとかいう街は消し飛ばしてただろ聖国も。今の戦いだって、あの鳥脚野郎の聖遺物もう一回使えば一掃できるだろうに。中途半端にやりやがって、ムカつくな」
「ヴァーロムはどうにもならない場所だったからでしょ。第一、自分のクニの中であんな派手な魔法使うバカはいないわよ」
「……そういうもんなのか?」
「そりゃそうでしょ。ネズミ駆除が祟って自分ち壊すなんてアホよアホ。第一、戦争ってのは政略の手段よ。相手殺し切っても意味ないもの」
敵を殺した過ぎて頭のおかしいルベドに、ヘルメスは滔々と講釈を垂れる。それは風除けへの返礼であり、喋っていないと寒さが紛れないという実利も兼ねている。
この世界ライデルにおいては、戦争は政治のカードの一つである。
自他を焼き尽くすような苛烈な手段は、予後が悪い。
そもそも人類には、共通の敵である「魔族」が居る。人類の数を大幅に減じさせたり、国一つが完全に滅ぶような戦争はナンセンスなのだ。――彼ら「ヒト」にとっては。
そもそも、政治形態や生活基盤が完全に壊れる程の被害を与えたとて得が無い。壊れ切った国土を貰っても、そこから再生するのに時も資源も必要。そして大抵の場合、戦争とは資源が無いから行うモノだ。
現に帝国と聖国の全面抗争も、魔力不足と食料の欠乏に端を発した問題である。
徹底した攻撃や破壊は確かに戦争を優位にするが、その果てにあるのは遅々とした破滅。人類種共通の大敵たる「魔物」や「魔族」を勢いづかせるだけに終わる。――聖国がヴァーロム攻略に「核熱魔法」を持ち出し、それで蜂の巣をつついたような騒ぎになった理由でもある。
暴力で相手に要求を呑ませる。
それがライデルにおいての、人類種の戦争である。
あくまでも、外交の手段なのだ。
「……いや、そうなんだろうがな」
そう説明してやっても、なおルベドは納得がいっていないように小首を傾げる。
いや、疑問を抱いているからという態度ではない。
「あると思うぞ、俺は。宗教や主義主張、実利を抜いた意地のみを通す……自他を焼き尽くす戦いも」
まるで視て来たかのように呟くルベドに、ヘルメスの目が思わず細まる。
ヘルメスは人類を侮蔑しているが、それと同時に恐れてもいる。
圧倒的な数により生み出される社会性と、突然変異的に現れる突出した才覚。それは生物として単純に上位にあるハズの、魔族たちでさえ呑み込む事がある。
事実、そうして彼女の兄は死んだ。
「それって……人魔大戦のこと?」
「……さあ? 思っただけだからな」
だから怖くなった。ほんの少し、けれど確かに不安を感じた。
もしもヒトがそのような軛を棄て、ただ意地でのみ戦い、自分も他人も厭わずに進むとしたら。
想像は及ばなかった。それは彼女の埒外にある。
だが既に片鱗は見えている。核熱魔法、イーファル共和国での帝国兵の暴虐。それらはヒト同士の潰し合い、その延長線上でしかない。だからヘルメスも嘲笑っていた。
故に問うたのだ、ワケを知っていそうな狼に。結果は適当にはぐらかされるに終わったが。
「そう、ならいいわ」
知らぬというのであれば知らぬのだろう。
杞憂というのであればそれで良い。
視線を戻して息を吐くと、腹立たしいほどに白かった。
「ふーっ……じゃあ帰りますか。っていうか帰ろっ? スッゴい寒いし、もう仕事終わったし」
「そうだな、その前に――」
この手の語らいは暇つぶしに行うモノだ。そしてもう暇を潰す必要もなくなった以上、あとは帰るだけ。
寒いのが苦手なヘルメスは、さっさとセフィロトに戻って温まりたかった。
ルベドも賛成なようだが、彼は己の臀部――そこから生えている二匹の銀の蛇、その根っこを掴む。
「オラっ、もう帰る時間だぞ。だから……さっさと……出てこい!」
そう低く唸りながら、蛇を手繰るように引っ張り出していく。引っ張るにつれ雪の中から蛇の身体が出てくるが、頭が一向に出てこない。まるでまとめたロープのように、長い身体が傍に積まれていく。
2メートルを遥かに超える狼の大男が、自分の尻尾(蛇)と綱引きしている光景は滑稽だ。はっきり言って、バカっぽい。
「っ、ふふふ」
「てめぇ笑うなっ、つーか長っ! アイツら何処まで行ったんだよボケが!」
「この子たち、どんくらい長くなれるんだろ」
「百、メートルは、無理なく伸ばせるハズ……それ以上は痛いって、嫌がるが――おっ?」
暫く引っ張っていた所、急に尻尾が縮まっていく。キュルキュルと音を立てながら、円を描くように積まれていた蛇の身体が戻る。
「わっ、雪、冷た」
「掃除機のコードかよ。まあいい、ほらさっさと……出てこい!」
妙なセリフと共に勢いよく引っ張ると――雪の飛沫と共に二匹の蛇が飛び出てきた。
「ンバッ!」
「ンバッ、ナンダゾ!」
双子の蛇は暫くそのつぶらな瞳で周囲をキョロキョロと見回すが、すぐそばにルベドが居る事を見出すと、
「ルベド、ルベド~!」
「ルベドー!」
満面の笑みを浮かべてルベドの顔に頭を近づけてスリスリと擦りつけた。
とても幸せそうな顔で主人にじゃれつく蛇はオル・トロス。ご存知の通り、キマイラとしてのルベド、そのパーツである。
「コラ、やめっ、毛が濡れるだろっ」
じゃれつくオルとトロスを引きはがしたルベドは、溜息を吐いて濡れた顔の毛を払う。
そんな無邪気な双子を見て、ヘルメスは己の頬が緩むのを感じた。
なんて愛おしい子たちなのだろう。思い切り抱きしめたい程だが、ヘルメスは無粋にあらず。自ずから来てくれるまで待つのだ。
「スッゴインダゾ! 雪ッテ、フワフワシテテ、冷タクテ、スッゴインダゾ!」
「作ッタンダ! 雪ダルマ、雪ダルマ!」
「沢山ツクッタゾ! 100個クライ作ッタンダゾ!」
「そうか、器用だなお前ら」
「グルグル~ッテシテ、コロコロ~ッテシタンダゾ!」
「グルグル~コロコロ~!」
ルベドとヘルメスが監視任務に勤しんでいた間、オルとトロスは退屈を持て余して雪遊びに興じていた。
そしてそれがどれだけ楽しかったかを、ルベドに教えている。大好きなルベドに楽しかった楽しかったと、全身で伝えている。
(んんんんーかわいいッ)
なんと健気な子たちだろうか。
やはり可愛いとは正義であり、正義とは絶対なのだ。
「ヘルメス~!」
ひとしきりルベドに甘えたトロスがヘルメスを見ると、やはり満面の笑みを浮かべ、彼女の前でとぐろを巻いた。
「トロスちゃーん! んんっーアタシ達が話してる間にたっくさん遊んでエラいねー!」
「遊ンデエライ? ヘヘヘ! ヘルメスハ、遊ンデテモ褒メテクレルカラ好キダゾ!」
「好き?! えへへ、アタシのコト好きなんだー」
こーんなに可愛い子に「好き」などと言われた日には天国である。そこが文字通りの紅蓮地獄だったとしても、身を衝く寒気さえ遠ざかり、気分はもはや妖精郷。常春の暖気さえ感じ得るほどだ。
「見テ見テルベド~」
一人でくねくねしているヘルメスを余所に、オルがキャッキャとルベドに絡みつく。
彼はトロスも呼び戻しルベドの前に出ると、一気に地面の雪に潜り込み、位置を変えながら何度も雪原から出たり入ったりを繰り返す。
最後揃って出てくると、頭に小さく雪を乗せたまま、
「モグラ~!」
「モグラナンダゾ!」
朗らかにそう言い切った。
(うっ)
心臓がキュっと締まる錯覚を、ヘルメスは感じた。
「おぉ……」
だがルベドは何とも微妙な顔で二人を見下ろすと、
「土竜ってよりか、フォルム的にはチンアナゴだけどな」
などと、よくわからない反応をしている。
ヘルメスはこの雪原より冷たい狼を怒鳴ってやりたい気分になった。
冷たい反応を返されたにも関わらず、双子の蛇は元気に目をキラめかせている。
「チン……?」
「チンチン!」
どころか、オルの方があらぬことを口走ってさえいた。しかもやけに楽しそうに大声で。
不意の下品にヘルメスの身体が硬直した。
「チンチン!? ……チンチン!」
「チンチンチンチン!」
「馬鹿っ、連呼すんな!」
「そ、そうよっ。はしたないわよ~」
「ナンデー?」
予想通り不機嫌そうに止めるルベドと、優しく言い聞かせるヘルメス。――が、いじましい取り組みにトロスは首を傾げる。
子供なので仕方ない、ヘルメスはそう思った。彼女はオルとトロスにはひどく甘いのだ。これが己の部下であったなら、完全に手が出ていただろう。
「ガキがっ、チンがついてりゃ何でもチンコかよ」
等と苛立たし気に呟くルベド。そこまで言ったらもう言い逃れ出来ないだろうに、気づいた様子はない。
主が何で苛立っているのか全く気が付いた様子もないオルとトロスは、 呑気にもひょろひょろとその辺を動き回り、雪の被った松ぼっくりを加えて戻ってくる。
「沢山遊んだなら満足だろ。さっさと帰るぞ」
「待ッテ待ッテ! 帰ルナラ、コレ!」
オルが慌てたようにそういうと、トロスが加えた松ぼっくりをルベドに差し出した。
「……あ?」
それを受け取ったルベドは暫く手の中で転がした後、首を傾げる。
ヘルメスは何も言わない。成り行きを見守りひたすらに可愛らしい双子を眺めている。
「オミヤゲ、オミヤゲ!」
「オミヤゲ、ナンダゾ!」
「土産……? ああ、持って帰りたいのか。まあいいけど、んなモンどうすんだか」
相変わらずの嫌味を言いながら、ルベドは何もない虚空から――どうやっているのか非常に不思議――クッキー缶(行きつけのカフェ産)を取り出した。カラリと中で何かが転がる、涼し気な音色が聞こえてくる。
「ほら入れろ」
パカリとルベドが缶を開けると、中に入ったモノが露わになる。
「なにこれー」
覗き込んだヘルメスは思わず頬がほころんだ。
白くて形の良い小石、クルミの殻、まるで武器のように捻じれた小枝。そういった品物が所狭しと入っている。
「コイツらがどっか行く度に物拾ってくるんだよ」
眺めるヘルメスにルベドが答えて見せた。冷酷ささえ感じるほどの簡潔な説明では不十分だと思ったのか、松ぼっくりを新たに入れた双子の蛇が、横から入ってくる。
「オモイデ、ナンダゾ!」
「オモイデ、思イ出!」
「ガラクタダッテ言ウ奴モ居ルケド(主にルベド)オイラ達ニハタカラモノナンダゾ!」
外出先のお土産として、その辺からモノを拾ってくるとの事らしい。
見ればクッキー缶の蓋には、後付けされた取っ手があり、彼らが銜えた影響か少しばかり変色している。
「ルベドガ付ケテクレタンダゾ!」
「ダゾ、ダゾ!」
「ガチャガチャ落として鬱陶しかったからな」
そういって腕を組みそっぽを向くルベド。素直ではない奴だ、本当はこの子達が可愛くて仕方ないくせに。
ヘルメスはニヤっと笑みを浮かべてルベドを見るが、当の狼は底冷えする程の視線で彼女を見下ろしてくる。
「んなモン持って帰っても意味ないだろうに。虫とか湧いたらどうすんだ」
「乾燥、サセルンダゾ!」
「綺麗ニスル! 約束約束!」
「わーってるよ。じゃ仕舞うぞ」
そんなやり取りを終え、ルベドはまたしても虚空に缶を仕舞う。
本当にどうやっているのだろう。
どうでもよい疑問を弄びつつ、ヘルメスはオルとトロスを撫でだした。
「そっか~お土産あってよかったねー」
「ルベドトオ外、嬉シイカラ、記念ナンダゾ!」
「オ外楽シイ楽シイ! 中ハツマンナイ、ナイ!」
中、というのはルベドの中だろう。
変異を抑え込めば、この異形のキマイラも一応は獣人種らしく見える。
大抵の外出はあの姿で行う。中がつまらないというのはそういうことなのだろう。
「コイツの中はどんな感じなの?」
「ウーン、静カデ、綺麗ナンダゾ! デモ飽キタゾ!」
「アルデバランモ、ウルサイウルサイ!」
「……アルデバラン? え、アイツ喋れんの?」
オルの発言におもわず素が出てしまうヘルメス。アルデバランといえば五百年前にとんでもない悪名を轟かせた悪魔。そして今やルベドの武器として殺戮と破壊を繰り返している。
ヘルメスもルベドからあの腕が生えている光景は何度も目撃していた。アレが喋るとは到底思えない。
「アルデバランハ、聞イテモ無イノニ色々喋ルンダゾ! ウンチク鬱陶シインダゾ! デモソレ以外ハ普通ダゾ! ズットオ腹一杯デ、タマニ外出テ皆殺シ楽シイッテ言ッテタゾ!」
「そうなの……喋るんだアレ……」
驚愕である。そしていよいよもって不思議極まりない。ルベド・アルス=マグナの内とは一体どうなっているのか。錬金術の所産とはいえ、異様な生物だ。
「翼ノオ姉チャンハネ、ズットボーットシテルゾ! ソレデ偶ニ歌ウケド、聞イテルト悲シクナルカラ、ヤメロッテ言ウト、泣イチャウンダゾ!」
「スリスリ、スリスリ! ソウスルト泣カナイヨ!」
翼のお姉ちゃん――マーレスダ王国のセイレーンの事だろうか。
「なのに出すとあんなテンション高い。意味不明だよな」
「イミフイミフ~!」
「デモデモ、一番イヤナノハミゼーアダゾ! 会ウ度ニグルグル威嚇、ウザインダゾ!」
「ボク達、アイツ嫌イ嫌イ!」
ミゼーア――ダアトについていった先の、大森林での獲物だろう。
随分と大掛かりで、珍しく苦労したとルベドがぼやいていた記憶もある。
「デモデモ、白イオ花一杯咲イテテ、アッタカイカラ、居心地ハイインダゾ!」
「……花?」
「真ッ白デ、小サクテ、綺麗ナオ花! 一杯イッパイ咲イテル!」
……意外である。
主と敵の殺戮以外一切の興味がないこの狼に、花を愛でる趣味があろうとは。それとも彼の主が期した事だろうか――どちらにせよ、似合わぬものだ。
「意外ね? 花なんて。アンタも花見て綺麗とか思ったりするの?」
感じた意外さをそのまま言葉にして問うてみれば、ルベドは雪原の果てをただ眺めたまま、
「…………いや。俺は思えなかった。綺麗なんてな」
と、口にする。
予想通りの反応にヘルメスは鼻を鳴らした。やはり主の趣味なのだろう。
「でしょうね。アンタに花を愛でる感性あるとは思えないし」
「……そうだな」
意外にもヘルメスの反駁をそのまま受け入れるルベド。相変わらず腕を組んだまま遠くを見つめる彼に、オルがシュルリと近づき顔を擦り付けた。
「だから濡れるって。……ほら、帰るぞ」
責務を終えた以上、この荒涼とした地に居座る理由はない。
ルベドの言葉をきっかけに一同はセフィロト近くへの転移魔法を起動してその場を去る。
後に残ったのは真っ白な雪原と、その果てに望む戦場の痕。
散らばる残骸と旗の色は、赤黒く染まり白の上に倒れて消えていく。
国も主義も思いも全て、戦火の中に焚き上げて。
私の執筆速度では年内最後の更新となるのでご挨拶をば。
本当はメリークリスマスと言いたかったのですが、御覧の有様です。
遅筆で申し訳ございません。
来年も当作品を宜しくお願い致します。物凄く寒いので年末年始は自宅でゆっくりとしたいですね。
私もバルダーズゲート3やりながら年越しを迎えたいと思います。
それではよいお年を!




