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018 新たなる因子、秘蹟の思惑

 観光を終え、俺は邸宅に戻っていた。

 

「戻ったぞー」


「戻ッタゾー!」


「タダイマ、タダイマ!」


 帰還の挨拶をしてみるが、返事はない。広い邸宅内に、俺とオル・トロスの声が虚しく響き渡った。

 まだ研究室で議論を交しているのだろうか。俺は研究室の方へ歩いてみる。


「――だからこそ、不可能だ。再現はできないし、もしも君がそれを行うならば、私は許さないだろう」


「……むう」


 丁度研究室から、イルシアとゼロが出てきたようだ。何かを話している。


「――君には無用の代物だ。魂の錬成など、私が行ったモノ――それこそ、最高にして最後の傑作、それで十分だ」


 ――最高にして最後の傑作。魂の錬成。

 その言葉が聞こえてきて、何故か俺は胸騒ぎに襲われた。何故だろう……俺は「魂の錬成」という言葉を、知っている気がする。

 だが、どこで聞いたかは思い出せない。イルシアの長ったらしい講義の最中にでも聞いたのだろうか。

 俺が首を捻っていると、イルシアはコチラに気づいて微笑んでくる。


「やあ、戻ってきたんだね。おかえり」


「あ、ああ……」


 俺が魂の錬成とやらについて聞こうか迷っていると、オルとトロスがイルシアにシュルシュルと近寄り、じゃれつく。


「タダイマ、タダイマ!」


「ケーキ食ベテキタゾ! 美味カッタンダゾ!」


「そうかい、それは良かったね」


 イルシアは微笑んで、母親のような優しい眼差しで蛇達を撫でる。

 その光景――俺はどこかで見たことがあった気がした。まただ、また――デジャヴだ。

 魂の錬成とかいう、明らかに聞いたことない言葉、そしてイルシアの姿。

 どれも、何故か知っていた。

 

「……有意義な、時間だった」


 俺がそんな事を考えている内に、ゼロはイルシアに別れの挨拶をしていた。


「うむ、私としても、実に啓発的な時間だったよ。私の研究も、より高次なる領域に至れる事だろう」


 そういって、研究者二人は別れ、ゼロは邸宅から去っていった。

 コイツら二人で何話してたんだろうな。ちょっと気になる……。


「なあ、どんなこと話してたんだ」


「おや、気になるのかい?」


 俺が思い切って聞いてみると、イルシアは蛇達をじゃらしながら意外そうに答えた。


「ああ、まあ……ちょっと」


「ふふ、聞いてもつまらないと思うよ?」


「そう、なのか?」


 どうにも気になるので、ちょっと食い下がると、彼女は意地悪そうに笑う。


「普段、私の話を長いとかいって、遮るじゃないか」


「あ……」


「まあ、本当に君にとってはつまらない話さ。錬金術における理論だとか、生と死の概念についてだとか」


 概要だけ聞かせてくれたイルシア。まあ、確かに……ちょっと眠くなりそうな話ではあるな。

 

「……分かった。変な事聞いて悪かったよ」


「いいんだよ。おお、そうだ」


 イルシアは何かを思いついたようで、ポンと手を叩く。

 今度はどんな面倒事を押し付けてくる気だろうか。俺はちょっと不安になって言葉の続きを待つ。


「君の因子探索についてだ」


 その言葉に俺も、オル・トロスも反応しイルシアを見る。それは待ち望んだ新たなる力への道、怪物がより怪物へと至るための道標であった。

 

 






 ◇◇◇








 聖国アズガルド、秘蹟機関本部。

 世界を異形の怪物などから守護する英雄の集まり、特務部隊とも言うべき彼らは日夜会議を行う。

 例えば、帝国への対策。かの帝国はその欲望の為、大陸統一を狙っている。

 諸国に属国となることを要求し、従わぬならば戦争を仕掛ける。

 聖国と並ぶほどの国力を持つ彼らに敵う国はない。国々はすぐに属国、或いは帝国の一部として併呑されている。


 戦争による死者は多く、これを聖国は見過ごせない。また放置すれば、均衡していた聖国と帝国の戦力が傾き、帝国が上回る可能性もある。そうなれば、人類を守護する聖国が敗北し、この星が終焉しかねない。

 故に、帝国への対策は急務であった。今はまだ本格的な戦いは起きていないが、すぐに全面戦争に発展するやもしれない。

 しかし、聖国が気を払うべき問題は他にもある。

 

「さて、今回の議題だが――」


 秘蹟機関、第四席次――セブン・ナンバーズと呼ばれる、上位七席次の一人、「忠義」のフレン・スレッド・ヴァシュターの声が響き渡った。

 少し身軽な法衣に身を包む彼は、鷲の獣人種である。

 凛々しく鋭い鷲の姿を持つ獣人。普段は畳んでいる翼を広げれば、大空を縦横無尽にかける戦士となる。空を律する秘蹟機関の翼である。


「――帝国への対策、増加する魔物の捌き方、それに――錬金術師の作品、それと封印済みの作品についてだ」


 最後の議題をフレンが発した瞬間、議場が僅かにざわつく。やはり来たか、とでも言いたげに。

 

「皆、錬金術師について気になるだろう。故、これから始める」


 フレンはそう口にして、手元の資料を捲る。


「一年前、第六席次の予知に従い、錬金術師パラケルススを討伐――が、失敗。第九席次が殉教、アデルニア王国王都が消滅した」


 記憶に新しい残虐な事件。幾人もの命が失われた災厄だ。

 

「しかし、第六席次によれば、これはまだ安い被害であったらしい。あの森に錬金術師を籠らせ続ければ、世界は既に滅んでいたやもしれんという。世界と多くの命、天秤にかけた故の行動であったとは、承知しているハズだ」


 その言葉に議場には気まずい沈黙が漂う。理性では納得しているが、何かを切り捨てる判断というのは難しい。心が追い付かないことだって、ままあるのだ。

 

「あの一件で猛威を振るったかの作品――己を最高傑作と名乗る存在、ルベド・アルス=マグナ。貴殿らも改めて頭に入れておいてほしい」


 今回出席している者に配られた資料には、かの作品の情報が載っていた。

 見た目は黒い毛並みを持つ狼の獣人種。体格が異常に良く、240センチ以上はあるという。

 人型のキマイラであり、瞳が禍々しい赤の邪眼、尻尾は二匹の蛇になっている。

 凄まじい身体能力を持ち、言語能力や知能もあるという。そして最も恐ろしいのが、変異。


「アルデバランの力を使った、だと?」


 議場にいた誰かが、思わずといった様子で呟いた声が響く。

 

「その通り、彼奴はアルデバランの深森に潜んでいた、例の悪魔の力を取り込んでいたようだ。悪魔を殺し、その素材を用いて、初めから設計に組み込んでいたのか、それとも後々組み込んだのか――何れにせよ、危険だ。数百年前、世界が再生した時代、あそこで暴れ回っていたのも彼の悪魔だ。破壊魔法〈星火燎原ブラスティング・レイ〉によって、いくつもの国々が焼き払われた伝承が残っている」


 世界が再生した時代、そこでは想像を絶するような魔物達によって蹂躙が行われていた。

 悪魔や錬金術師の作品もあの時代から現れた。各地で戦争も起こり、痛ましい戦乱が広がっていた。

 時代の最後に顕現した悍ましき魔物は、世界を闊歩し破壊を齎し、やがて去ったという。


 あの時代にて、聖国源流の国より十五人の聖者が生まれた。

 彼らは聖遺物――この世を創造しもうた神が、地上に残した力――に選ばれ、勇者となり当時の脅威と戦った。アルデバランと戦い、追い詰めたのも当時の聖人、始まりの十五人である。

 秘蹟機関の座が十五人であり、聖遺物が十五個なのも、それが理由である。

 

「あの悪魔が扱う破壊魔法、アレをルベド・アルス=マグナは行使したという。しかも、アルデバランの腕らしきモノを背中から生やしたという。それが前述した変異だな」


 悪魔が扱う滅びである〈星火燎原ブラスティング・レイ〉は、この世界にある「魔法」には属さない、アルデバランオリジナルの術である。

 故にその術式、詠唱、詳しい効力は分かっていない。

 人類が持つ情報、それは伝承にある通り――あの魔法が圧倒的な滅びを与える事。

 何かを焼き払うような術式である事から、元素系統の攻撃魔法ではないかと目されているが、真相は不明である。

 

「アルデバランを超える、新たなる脅威だ。魔力の保有量、その力も尋常ではないという」


 齎された絶望的な情報。思わず議場の面々も黙りこくる。

 魔力が多いということは、それだけで脅威である。特に強大な魔法を扱う存在がそうであると、非常に危険である。

 

(気持ちは痛いほどわかるぞ、みんな)


 思わずフレンは胸中にてそのような事を考えてしまった。

 帝国、世界が揺らぐ事での魔物増加、そして作品。聖国一つで背負うには重すぎる。取り分け聖国の秘密部隊たる、秘蹟機関に所属する者には負担が圧し掛かっていた。

 休む暇などない。こうして議場に集まれたのも、たった数人である。その数人も忙しい任務の合間を縫い、転移魔法などを用いて緊急的に集まったのだ。

 フレンは溜息を吐きかけ、それを精神力で抑止する。

 セブン・ナンバーズともあろうものが、そんな顔を曝してよいハズが無いという意志を以って。

 キリキリと痛む胃を周囲に悟られぬように抑えつつ、フレンは会議を続ける。


「……今は消息不明、それらしい活動の形跡もない。警戒はすれど、専用に戦力を割く余裕はないだろう」


 加えて、とフレンは口にして続きを語る。


「百二十年前に封印した錬金術師の作品、アレについての問題がある」


 フレンが口にしたのは、またしても錬金術師の遺産。世界に解き放たれた錬金術師の作品が一つ。

 竜型の作品であり、長い事世界を渡り各地を襲撃していた作品。名称不明の為暫定的に、錬成竜アルケム・ワイバーンの名を与えられている。

 

「犠牲を払い、我々は百二十年前に錬成竜の封印に成功した。アレに施した封印術の更新を行わねばならない」


 あの竜はまるで人を憎悪しているかのように、ひたすらに破壊を尽くす。

 それが創造主の意向か、それとも本能故かは定かではない。

 兎も角、封印された竜を解き放たぬ為、施された結界――〈積重結界フィールド・シールズ〉は十年毎に更新しなければ破られてしまう。

 経年により術式が劣化して、内側からの魔力放出でも、結界が傷を負ってしまうのだ。

 

「結界再構築の為、人員を選抜せねばならない。機関員三名が妥当だが――」


 封印魔法、〈積重結界〉はいくつもの第十位階魔法を組み合わせ、発動させる限定的な第十一位階魔法である。〈霊縛陣〉などに代表する拘束系の結界を同時に発動することで、より強く効力を引き出しているのだ。

 だからこそ、一人だけでは結界を張れない。機関員は皆、聖遺物に選ばれるほどに魔力を持っているが、それでも足りないからこそ、数人で行う。この儀式は秘匿性を守るため、機関員のみで行わねばならない。

 フレンは適格な人員を選ぶべく、そのための意見を募る。

 

「……では、第十四席次はどう?」


 第八席次、レヴィス・ダーレイ・レテルネラがそう提案した。

 彼女はドワーフ族で、外見は小柄な少女だ。金髪をショートカットにした、動きやすさを重視した様相である。掛けているモノクルから知的な雰囲気が漂う。

 レヴィスが上げた第十四席次――マルス・デクィ・イドグレスは席次こそ下のランクだが、聖遺物の汎用性や個人の能力的にも妥当である。丁度この任務に赴けそうな余裕があるというのも良い。

 

「ふむ、行けるか?」


 提案を受けたフレンは、会議に出席しているマルスに問いかける。


「はっ!」


 彼は素早く立ち上がると、背中をピシャリと伸ばして鋭く答える。


「このイドグレス、身命に変えても全う致します」


「よろしい、それでは頼むぞ――ではあと二人。そうさな……個人的には、第十三席次を推したい。ここらで経験を積ませねばならぬしな」


 フレンは議場にそう提案する。水を向けられた本人は、驚いたように周りを見渡している。

 出席している面々からは特に反対意見は出ない。妥当であると考えているようだ。


「それでは、第十三席次、行けるか?」


 フレンに問われた第十三席次――アイリス・エウォル・アーレントは目を見開き――張り切り過ぎたのか、少し咳き込んでから立つ。


「い、行けます!」


 彼女は最近第十三席次に就いたばかりの新米だ。前回の聖遺物の使い手が殉教して以降、新たに選定され、諸々の訓練等を終え機関に所属の運びとなった。現在の第十三席次というのも前任のランクであり、彼女の今後の働き次第で上下する可能性もある。

 茶髪をポニーテールにした快活な女性だ。どこか幼さを感じさせるのは、経験が少ない故だろうか。

 兎も角彼女は元気一杯に了承した。少々不安があるが、そこまで危険の無い任務だ、問題無かろう……。


「さて、最後の一人だが――」


 フレンは一度言葉を区切り、やがて続きを口にした。


「第十席次、カーライン・シェジャ・アーチボルトを推したいと思っている」


 その言葉に議場がざわつく。その名は彼の作品との戦いにて、失敗した機関員のモノであったからだ。


「個人的には、彼女には問題はないと考えている。能力、聖遺物、実力、経験――他二人を引いて任務を行うのに相応しいと、な」


 フレンとしては、先の失敗にカーラインの非はない――とまでは行かずとも、少なく、避けようのない過失の領域であると思っている。何せ第六席次の予言によって、滅びか首都崩壊の二種が確定していたという。それをどうにかしろと言うのは、少々酷である。予言は行動によって可変可能だから、カーラインと故第九席次は尽力した――のに、アレだ。

 精一杯頑張った上で、尚世界の滅びを避けたのだから、責める道理はないとフレンは考えている。

 それに情報を持ち帰ることを優先して、自分の命を守ることが出来るモノは、この組織では貴重である。皆、己の命すら投げだす勇士だが、それ故に自らの生を省みないこともある。

 

「驚くべきことに、彼女はこの一年で大きく成長した。『壁』を超え、単独で極大魔法の行使をも可能とした。また熱意もある。積極的に任務をこなさせることが、今後の機関の為にもなると、考えるが――いかにする?」


 またフレン個人の意向として、弟を失っても尚戦わんとする彼女を尊重してやりたいというのもある。勿論、口にもしないし態度にも出さないが。

 彼女が任務を欲しがっているのは機関員であれば誰でも知っている。


「……」


 果たして、機関員達が出した答えは――








 ◇◇◇








 ガイア大陸南方、海と接する最南端。この地域には海洋国家マーレスダ王国が存在する。なぜ帝国にほど近いこの地域で、侵略されず、一つの国家が存在できているか――それは海という、天然の防壁に守られているからだ。

 マーレスダ王国は沿岸に造られた都市国家だ。潮の満ち引きのよって、陸続きに移動できる期間が決まっている。しかも一年に一度必ず大波が襲ってくるため、相まって帝国も攻め込む事が出来ないのだ。

 当のマーレスダ王国は「歌姫」という存在によって、その災厄を退けている――。


「ま、それは兎も角……」


「海ダー!」


「ウミ、ウミ! オッキイ水タマリ! 水タマリ!」


 俺達は、海に訪れていた。

 

「ルベド! スッゲェデカイ湖ダナ! オイラ達ノ街ヨリデッカイ湖ダナ!」


「スゴイスゴイ! 水ガ、ジャ~ッテ、ジャ~ッテシテル! 水ガイッパイコッチクルヨ! コッチクルヨ!」


 大興奮の蛇達。初めて海見るんだし、無理もない。いや、俺だって実は海を初めて見るが、コイツらの興奮のしように押され気味である。

 何故海なんていう場所に訪れているかというと、やはり因子関連である。

 イルシアが新たなる変異の因子として見定めた存在。

 それは――セイレーンである。


 セイレーン、それは魔族の一種。

 美しい女と、鳥を合わせたような容姿をしている。通常の獣人種とは異なり、明らかな異形――顔や体は普通の人間に見えるのに、腕や足、翼が鳥系の魔物である、というような存在。

 彼女らは原初の魔法とも言える「呪歌」の使い手である。彼女らの翼は楽器になり、ハープのような音色を出すことも可能。呪歌の増幅に用いるのだとか。

 その呪歌、普通の人間や魔族には扱えない特別な――固有魔法とも言うべき希少技能であり、その効力も強大で特殊なモノが多い。

 それを因子として取り込めれば、実によいのでは――というのがイルシアの考えである。

 何せ翼あれば飛べるしな。セイレーンの翼は魔の翼。尋常な飛行魔法より素早く、精緻に飛べる。それだけでも価値がある。

 

 そしてそのセイレーンがいるとされているのが、ガイア大陸南方である。ここにセイレーンの探索に訪れているのだが、蛇達は宛ら観光気分みたいだな。

 まあ、せっかくだし海を見てからでもいいかな……俺もちょっと、気になるし、海。

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