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176 ドッグファイト《後》

 クロード少尉、そしてミア少尉の搭乗するカルネアス・アーマーの出撃を、旗艦ヨハネの中で見たリヴィトは、


「全機、カルネアス・アーマーを援護!」


 すぐさま第一魔導飛空隊の全機に援護を命ずる。

 事前に聞かされている性能の半分でも本当なら、十分フレンと渡り合い、かなりの時間引き付けさせる事も叶うだろう。

 そうして注意が逸れた所で、どうにか有効な射撃を見舞ってやる。無論、カルネアス・アーマーが無ければ話にならないので、彼らへの援護が最優先であるが。


「任せたぞ、お前達……」


 鋼の後背に掛ける期待は、祈りにも似て透明だった。





『死ねっ!』


 クロードの殺意が空に伝播すると同時、カルネアス・アーマーが携えた専用兵装〈略式魔導銃(デスペナルティ)〉が駆動し、熱鉄のブレスを吐き出した。


 カルネアス・アーマーの主力兵装として据えられたこの武器は、弾倉内に直接弾薬を生成し、射撃する。それ故にリロードの必要が無く、軽量化と精度の向上を実現した。


 恐るべき点は、弾薬生成から射撃までのタイムラグ。殆ど人体では認識出来ない速度で生成、射撃されるため、従来の20mm機関砲と同じく毎分6000発での攻撃を可能としている。銃身のオーバーヒート以外では射撃を取りやめる必要のない、火力特化の魔導兵装である。


「ふっ――!」


 だが戦艦数隻に備えられた機関銃の、大量の銃口さえ物ともせず回避する相手には、未だ力不足。再び翼を羽搏かせるフレンが、強烈な飛翔でカルネアス・アーマーの視界から消失――ソニックブームを巻き起こしながら飛翔する!


射撃統制術式(F C S)検知外。当たり前だけれど、自動照準(オートエイム)は機能しないわ」


 事前の戦闘で、フレンの出鱈目な能力を把握していた二人には驚きはない。酷く冷静なミアが、主操作を担うクロードへそう告げた。


手動照準(マニュアルエイム)だっ!」


「了解、手動照準(マニュアルエイム)移行。……当たんの?」


 当然自動捕捉機能を切って、手動での照準へ切り替えを求めるクロード。阿吽の呼吸で自動照準を切ったミアが、ついでのようにそう煽る。

 だがクロードは、牙を剥き出して笑うと同時、


「こういうのはなァッ!」


 ――高原の空を超速で駆けるフレンの背を追うように、機械の翼より炎を噴射して飛翔するカルネアス・アーマー。遅れてフレンの後塵を拝す事で、縦方向に直線となった。――右には控える魔導艦隊。


当てに行く(・・・・・)んじゃなくて――」右の艦隊より援護射撃。フレンの移動方向を遮るように生じた弾幕に、鷲の勇者が僅かに目を見開く。「――当たる状況を作る(・・・・・・・・)モンなんだよッ!」


 狂喜と同時、スカイダイブするフレンの「右方向」へとエイミング。照準が定まると同時、射撃トリガーを引いて掃射!


「――ッ!?」


 両者の位置関係は、フレンが下、カルネアス・アーマーが上。飛翔後、落下するように飛ぶフレンを追う形だった。

 そして、右下には旗艦ヨハネを軸とする第一魔導飛空隊。


 その魔導飛空隊らの射撃により、丁度落下方向が銃弾の壁となり、背後にはカルネアス・アーマー。残る回避方向は左右のどちらか。

 左は艦隊やカルネアス・アーマー等がおらず、一見移動先に適しているように見える。


 が、そうして左に回避すれば、艦隊と同じ高度で距離のみを取る事となり、弾幕次第では被弾の畏れもある。これが艦隊のみを相手取るならばそれでもよかったのだが、今回はカルネアス・アーマーが居る。


 故に、戦艦の上を取れる右方向こそが最適な回避軌道。

 ヨハネを始めとする魔導飛行船は、自機上方向への攻撃手段に欠ける。それを看破しているハズのフレンは、必ず戦艦の「上」を陣取るよう「右」に避ける。


 ならば右へと置いておくよう射撃すれば、自ずと回避の暇なく被弾する羽目になる。

 クロードの読みは全て正しく、鷲の勇者は驚愕の後、鋭い眼を更に細めて、


「成程」


 にべもない流し目の後、中空で踊るように急転換。今度は逆――フレンの上を陣取り射撃を見舞うカルネアス・アーマーへ真っ直ぐ向かうよう飛翔した!


『やはり! やっと詠んだな(・・・・・・・)、防御術式ッ!』


 左に携えた〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉――そして空いた右手で結ぶ「剣の印相」により紡がれる、無属系統の物理防壁。フレンの周囲のみを覆うその無色の壁が、飛来する銃弾を弾いていた。


「……ウソ、アイツ今まで、防御無しで鉛玉の嵐を掻い潜ってたってワケ?」


 クロードは始めから察していたが、ミアはそうでも無かったらしく驚愕し黒猫の軍人を見上げてくる。

 

 ――大口径の銃弾が持つ威力は想像を絶する。

 モロに被弾すれば数発でさえ紙切れのように人体は千切れる。

 それだけの威力だ、ニアミスで肌を掠るだけでも致命傷になりかねない。

 故に最低限の「ニアミス」を防ぐため、当然フレンは常時防御魔法を展開していると、リヴィトもミアも思い込んでいた。

 

 だが実際の所、今の今までフレンは一切の防御術式無しに戦っていたのだ。


 異次元の速度で行う空中戦において、フレン・スレッド・ヴァシュターが身を護る為に詠める防御魔法は、遮断型の物理防壁のみ。

 術式効果中の術者が負うダメージを軽減する「緩和型」では、40mmはおろか20mm機関砲の威力を許容ラインまで下げるのは不可能。

 そして「偏向型」の術式は効率が悪すぎる。

 

 つまりフレンがこの戦闘中に詠むのは「遮断型」の「物理防壁」である。

 ――物理防壁とは、名前の通り物理的干渉を弾く防御魔法である。

 

 字面から勘違いされやすいが、元素魔法では突破できない。

 元素系統の術式は、形而下の事象を操る魔法体系である。その為、どれだけ出鱈目だろうとも起こる現象は全て物理的な働きである。――この辺の話は些か蛇足だろうか。


 物理防壁とは、用は盾を作る魔法である。

 必然、展開している分だけ面積が増える。

 つまりその分だけ空気抵抗が増え、フレンの飛行速度が低下する。

 フレンは、それだけを恐れ、それだけを致命的欠点と捉えた。


 防壁による面積増加。それに伴う飛行速度の低下など、ごくわずかである。

 だがその僅かな差こそが、時に死命を制す。少なくともフレンはそう信じていたし、事実速度は先と比べて少し低下している。――本当に少し、だが。


「帝国にも(つわもの)有り、か」


 上空から射撃するカルネアス・アーマーへ飛翔するフレン。……両者が邂逅し互いに交錯する刹那、白鷲の勇者は呟いた。それをクロードは、確かに聴いた。


『……スカしやがって、クール気取りかよっ!』


 交錯の後、カルネアス・アーマーのさらに上へ飛んだフレンは、そのまま艦隊の頭を陣取る。

 意表をついてやったにも関わらずこの態度。そして呆気なく対処された事への怒りが、クロードの戦意を再び、或いは三度と煽り立てる。


『風穴開けてやらァ!!』


 滾る戦意を通信に乗せて、クロードはカルネアス・アーマーを操作。


「ブーストッ!」


「――了解、〈預言者の翼(エゼキエル・ウィング)〉、オーバーブースト」


 掛け声に応じ、ミアが即座に〈預言者の翼(エゼキエル・ウィング)〉のブーストを起動。スラスターから吹き上げる蒼い炎が紫がかる勢いで噴出。激しい魔力炎の噴射を以て、カルネアス・アーマーは爆発的推進力を以てフレンへ接近。


「っ……」


 パイロットコアを保護する防壁越しにも伝わる、凄まじい慣性に牙を食い縛りながらも、クロードはフレン目掛けて〈略式魔導銃(デスペナルティ)〉をエイミング。


『くたばれっ!』


 吶喊と共に、射撃。

 重々しい銃撃音と共に、幾重にも重なる風切る音色。

 

「技が無い」


 ――だが必然、今更正面切っての射撃でどうにかなる相手ではない。

 魔導戦艦の援護と、策を弄してやっと防御魔法を詠ませる手合いなのだから。

 鷲の勇者は当然のように翼を動かし、文字通り疾風の如く飛翔――!

 ヨハネの上、更に上空へ。……当然追って飛ぶカルネアス・アーマーを物ともせず、銃弾回避にバレルロール。


「いちいち鼻につくッ!」


 もう一度、再度誘導してハメる――その考えが過った刹那、


「っ、来る!」


 ミアの警告が通った頃にはもう遅かった。

 乱射される銃弾。回避のためのバレルロール。

 その最中、弾くように〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉で射撃。


 宙を飛ぶ流星は宛ら隼。

 神速が物理的破滅を帯びて飛翔する。


「――ぐっ!?」


 知覚の後には、衝撃。

 蒼い魔力の爆裂が、カルネアス・アーマーに備えられた自律防壁を舐め尽くし、その衝撃を重く鋭く伝えてくる。


「っ、あんの手羽先、出鱈目な真似しやがって」


 回転飛翔しながらの空中曲射。常人離れした弓の業前に、舌を巻く所か打つより他はない。

 

「サイアク……頭ぶっけた。……それで、どうする? そろそろ逃げる?」


「逃げ場なんて、何処にもない」


 逃げた時点で負けである。軍人として、人として、勝負者として。

 降りる事が許されるなら、クロードとてそうしていた。

 己を取り巻く全ての柵が、死ぬまで戦う事を強いている。


「――無為に果てる事も無いだろう? 行く先など、幾らだってあるハズだ」


 ……魔力の爆炎の奥から、フレンの姿が見え始めた。

 中空で停滞するカルネアス・アーマーの更に上、ご立派な翼を広げて見下ろし、丁寧にも宣う鷲の勇者。


「通信入れてねぇのに聞こえんのかよ……しかもこの距離で。どんな聴力してるんだ」


 皮肉で口を濁しながらも、クロードは心がさざ波立つのを感じた。

 親切ごかしてそう述べる、無遠慮な勇者の高説が、神経を蝕むように苛立ちを育んだ。

 或いは、ごく単純に……挑発に乗った。


『それは強者の論法だ』


 通信を入れるのと同時、再び構えた機関銃が文字通り火を噴いて鉄を飛ばす。

 当然のように回避するフレン――カウンターの如く射る矢が生き物のように飛んで来る。


『選ぶ事っ、逃げる事ッ!』――ホーエンハイムがクロードをテストモデルにした理由でもある、卓越した反射神経と兵器操作によって、カルネアス・アーマーの鋼の巨体が駆動。矢玉を回避した後、即座にエイミング。『大抵の弱者は、何も選べず死んでいく。アンタみたいに、選べた側を恨みながらっ! 救うべき雑魚の事さえ素知らぬ顔とは、お宅の教えも程度が知れるッ!!』

 

 吼えた刹那に射撃。弧を描いてカルネアス・アーマーの背後を穿とうとしていた矢を撃ち落とす。……魔力爆発の衝撃を背景に、上昇するフレンへ飛んでいく。


「救済には得てして選別が同居している。どう足掻いた所で、何もかもを救える者等いない」


 中空でターンの後、再びの交錯。――〈預言者の翼(エゼキエル・ウィング)〉のオーバーブーストを片方のみ噴射。一気に機体を旋回し、フレンの後塵を拝する。


「故に我が正義は、貴公らを救えない」


『今更アンタなんぞに!』


 対手がどんな過去を持ち、どんな信念があり、どのような想いで戦に望んでいるか等、クロードには興味が無い。

 相手が殺すべき存在で、そうしなくてはならぬ以上、ただ戦う。

 

 それに、生まれながらに異能に恵まれた者を、同じ人等とは思えない。


『ご立派な正義の結果が、この殺し合いかっ!? 勇者なら戦争だの政治だのやる前に化け物退治に行けよな!』


「鎮護すべき領を侵す兵は、多くの民草にとって紛れもない怪物だ。貴殿らの貪欲は、言えば怪物のソレだろう」


『バカがっ! ただ死ぬくらいなら奪う! 小綺麗な理想垂れ流して飯食えるなら、誰だってそうしていたッ!!』


 ――あらば征服せよ。それこそがグランバルトの正義。


 ただ死ぬくらいなら奪って生きる。

 嘘だらけの世界で、ただ唯一クロードが信じている真実。

 それは弱肉強食、適者生存という、始まりの原理原則。

 如何に文明が進もうと、人の獣性は変わらないのだ。


「それこそ鸚鵡に返せよう。余人からすれば、戦とは蹂躙でしかない。奪われて死ぬくらいなら、徹底して抗する」――銃撃の乱打を回避回避、最中に反撃しつつ、なお鷲の勇者は語る。「貴殿には欠けている、同じ理由でヒトは戦うという認識が。刃を向けた相手の正義を、慮った事があるのか?」


『正義正義正義ッ! 知るかクソったれ! 端から承知済みなんだよ、んなモンはっ! 分かった上で殺すって言ってんだよォ!』


 迸る激情が、過剰なまでにアドレナリンを分泌する。今や脳と手先は別の生き物のように駆動し、クロード自身でさえ想像し得ない程の神速の応酬を繰り広げていた。

 

 興じるだけの積りだった挑発と皮肉は、もはやクロードの心理を赤裸々に開示している。

 彼には許せなかった。魔法などという異能が、勇者などという超人が。

 そして、この幻想の世界で、それらを手にしながらしたり顔で正義を語れる立場さえも、許せなかった。

 

「……ならば、言うまいっ!」


 滅私の心境か、鉄面の如き表情へ変じた刹那、飛翔した〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉の青白い矢玉が中空で分裂――幾重もの矢となりカルネアス・アーマーに降り注ぐ!


「うっ?!」


「っ……分裂っ。そういうのもあんのかっ!」


 先の直撃と比しても、強い衝撃。

 カルネアス・アーマーの自動防御障壁を貫通し、機体本体へダメージが入ったのだ。幸いにも機体は軽傷だが、パイロットコア内部の機材は明滅を繰り返している。いずれ火を噴くやもしれない。

 

「サイアク……今ので魔導通信がイカれた。送信は出来るけど、受信が不調」


「ならどうでもいいっ。どの道俺ら以外じゃロクに戦えもしねぇ!」


 フレンが現れ、自由を許している以上、帝国側には選択肢が無い。

 撤退も進軍も、フレンをどうにかしない以上は不可能である。

 だから死ぬまで戦うしかない。そしてマトモに抗せるのがカルネアス・アーマーしかない以上、第一魔導飛空隊の連中には、コチラに合わせて貰う。


「気張れミアっ、バードハントだッ!」


「アンタさっきから様子変よ」


 戦場の主役であるのに、何故この女は全然ノってないのだろうか。

 そんな疑問さえ過らず、クロードは操縦桿を握り直した。

 ……魔力爆発の煙が晴れようとしたその時、


『続いての曲は……ナナさんで、恋の……』


 歪んだ魔導通信が、ボソボソと入ってくる。クロードは心底どうでも良かったので一切耳に入らなかったが、ミアは焦った顔をしてスピーカーを叩き出した。


「ねぇ! 通信ぶっ壊れてラジオキャッチしちゃったんだけど!」


「てめぇ集中しろよ!」


『……I love you 届いてこの想い……』


「歌まで流れ出した! しかもメッチャラブソング!!」


「集中しろっつってんだ!」


「こんなん無理! アンタの啖呵だって台無しよ!?」


 今までにない程焦り散らかしたミアがそう叫ぶが、クロードの耳には余り入らない。――というより爆音で流れる件の曲が、丁度イントロの終わりに差し掛かり、聞き入っていたせいで入らなかった。


 存外上がる、素晴らしい曲じゃあないか。

 せり上がる曲調に押され、戦意が天井を突破したクロード。ギラついた笑みと牙を剥き出し、彼は吼えた。


「バカ言えっ! 啖呵切った後に歌流れ出したらアガるだろうがッ!!」


「このクソアホ!」


 唾を飛ばす勢いのミアさえ意識に入らず、クロードはただ狂喜して叫んだ。

 勝ってやる、狩ってやる。自らの正義(エゴ)こそが絶対であると、今此処で押し付けてやる。


『プライドバトルだっ! ノって来いやクソ鳥ィィッ!!』


 操縦桿を倒した刹那、何故か流れる曲の疾走感溢れるイントロが、背を押すようにカルネアス・アーマーを吶喊させる――!

 

「来るかっ!?」


 着弾によって生じた魔力爆発の煙より、凄まじい勢いで飛び出るカルネアス・アーマー。正面より迎えたフレンは当然として距離を取り、後方より追尾するクロード達へ射る。

 

「ブレード!」


「……了解っ、〈術式結界剣(ツヴァイヘンダー)〉抜刀」


 〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉の射撃が飛ぶ瞬間、カルネアス・アーマーの左手首から上腕にかけて固定された、片刃の曲刀――或いは、小大陸群発祥の「刀」にも似たそれが、スライドするように放たれる。

 手首部分に固定されたままの得物は、宛ら暗器。だが奇妙な事に、それには一切の刃が付いていない。機械仕掛けの反った棒である。


「偏向防御術式、詠唱展開――演算開始」


 フレンの矢が放たれた刹那に、展開された〈術式結界剣(ツヴァイヘンダー)〉に魔力と術式が通り、緑がかった刃が薄く展開された。

 

『叩っ斬る!』


 飛翔する〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉の魔力矢を正面よりブレードで斬り落とす――落とす墜とす落す!

 弾かれるよう、逸れるように斬られる己の矢玉を見て、フレンは目を細めた。


「偏向防御障壁を、刃に……!」


 外部からの攻撃に対して、逐一演算での最適防御を行う偏向防御術。

 その特性に目を付けたホーエンハイムは、偏向防御を軸に据えた「武器」を造り上げた。

 それこそが、カルネアス・アーマーの近距離攻撃兵装〈術式結界剣(ツヴァイヘンダー)〉である。

 

 外部事象へ「最適な形」となる結界。逆に言えば、それはあらゆる事象、物質への特効的逆位相(じゃくてん)と成り得る可能性を持っている。


 無論、本質としては防御魔法だ。偏向防御術に触れるだけではヒトも魔物も弾かれるだけで、傷つきはしない。

 ならば「術式そのもの」に「攻撃として判定される」ような仕組みを作ればよい。

 

 刃として運用できるフォーマットで偏向防御を展開し、剣として振るう。

 武器として振るうだけの出力、速度で結界が移動すれば、偏向防御部分に触れる「すべて」が術式の効力内。偏向防御結界は、その役目を果たさんとして触れた事象への最適防御を行う。

 その結果として、万物を切断し得る刃となるのだ。魔力と演算力が許す限り――という但し書きが付くものの、聖遺物を除けば〈術式結界剣(ツヴァイヘンダー)〉こそが、現状のライデルに存在する武器の中で、最も鋭利な魔剣である。


「何とも面妖、だが――」


 フレンでさえ、舌を巻かざるを得ない発想である。

 魔導の真髄、大陸の魔法文明の中でも最大たるアズガルドでさえ思い至らなかった応用力。……この場にいる誰もが知らぬ事ではあるが、かのパラケルススと一時は比肩していた、或いはそれに相応しい錬金術の業前である。


「全て凌げるかっ!?」


 構えた〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉に矢を三つ番え……一気に射撃。それを二射、三射と続け群体を描く勢いで魔力の矢が疾駆する!


『舐めるなァ!!』


 包囲して圧殺する勢いの矢玉を、オーバーブーストで得た推進力で回転斬り――降り注ぐすべての矢を叩き潰し、中空で生じた爆裂の中よりカルネアス・アーマーがフレン目掛けて飛翔。


「……やるなっ」


『上からエラそうに言いやがってッ!!』


 熱のこもった絶叫の後、クロードは操縦桿を操作――〈術式結界剣(ツヴァイヘンダー)〉を解き放ったままの左腕の掌をフレンへ向ける。


『本当の地獄を見せてやる……!』

 

 その刹那、カルネアス・アーマーの左手の掌が開き、中から銃口めいた筒が飛び出した。


「〈代理焦点具ハンズ・オブ・グローリー〉ッ!」


「了解、〈代理焦点具ハンズ・オブ・グローリー〉起動」


 その一言でのみ全てを理解したミアが、手早く機材を操作。カルネアス・アーマーの左腕が駆動し、魔力を奔らせ不気味に軋む。


術式選択(セット)呪詛系統カテゴライズ・カースド第八位階(ティア・エイト)――〈寿ぐ破滅(ルーインズ・ヘクス)詠唱装填(キャスト・イン)


 刹那、カルネアス・アーマーの左腕前腕が駆動。同時に魔力が奔り赤黒い波動が掌より出た銃口に収束――!


『粉々に砕け散れェェ!!』


 クロードの咆哮と共に、掌より伸びる銃口より赤黒い魔力の槍が、凄まじい勢いで連射連射連射!


「呪詛系統の、即死魔法だとッ!?」


 高速で飛翔しフレンを追尾する赤黒い槍を見て、鷲の勇者は目を見開いた。今までの態度からは逸脱した、明確な驚愕を以て。

 呪詛系統第八位階〈寿ぐ破滅(ルーインズ・ヘクス)〉――収束した呪詛を槍の形で解き放ち、着弾した生命を呪殺する術式である。

 

「何故、人類種に……」


 そして生じる、必然の疑問。

 魔族は神聖魔法が詠めず、そして人類種は呪詛魔法が使えない。

 これは絶対普遍の法則。覆る事のない原則であった。

 なのに、同じ人類種たるハズのクロードらが詠んでいる。


「いや……あのカラクリに詠ませているのか」


 だが現実は思ったより単純だった。

 ヒトに詠めないのなら機械に詠ませればよい。魔導科学と錬金術を組み合わせれば、そのくらい訳ないというだけである。


「バチ当たりなっ」


 悪態の後、高速で飛び回り呪いの槍を回避していくフレン。――だが飛翔する〈寿ぐ破滅(ルーインズ・ヘクス)〉は、回避された瞬間に軌道を変えてフレンを追尾していく。


『ちょこまかしやがって! 諦めて死ねッ!』


 左の掌を向けて呪詛を連打するカルネアス・アーマーより、クロードは絶叫する。

 カルネアス・アーマーの左腕に搭載された補助兵装〈代理焦点具ハンズ・オブ・グローリー〉――大口径の弾丸や砲弾めいたシリンダーに、その場で術式を刻み装填……射撃の要領で行使する。

 様々な状況に対応できる、魔法の強みをフルに生かせる兵装だが、〈寿ぐ破滅(ルーインズ・ヘクス)〉の場合はホーミング機能の維持のため、常に腕を対象へ向けていなければならない。


「……っ」


 とはいえ、呪詛の弾幕は厚い。そして如何に〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉の魔力矢が強力だろうと、高位の呪詛魔法と撃ち合えば、そう簡単には競り勝てない。

 呪詛に対して万全に抗せるのは霊力のみ。純粋な魔力は、前者二種の形態とは相性が悪い。

 

 フレンが如何に片っ端から呪詛の槍を撃ち落とそうと、いずれは競り負ける勝負。自覚しているからこその、苦い顔。

 

「……ふーっ」


 だが、今更術の一つで詰むような手合いであるならば、銃撃の釣瓶打ちで鷲の勇者は沈んでいたハズだ。


 追尾してくる〈寿ぐ破滅(ルーインズ・ヘクス)〉の呪槍を回避――そして一気に高度を上げ、携える〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉を手放す。

 手放した〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉が魔力の霧と化して消失した刹那、空中で一気に身を翻し、落下に身体を預けるように天を仰ぐ。

 

 ――鋭い猛禽の瞳を以て、下方の呪詛へにべもない一瞥。

 空いた両の手を祈るように組み、「環の印相」を結んで魔力を巡らせ嘴を開いた。


「――“全地の虚ろ、熾天の監獄”――」


 詠唱と共に立ち上がった術式が高速で構築され、神聖な霊力が無数の槍となって生成されていく。


「――“暗渠の傍に福音を”――」


 詠唱が結ばれた刹那、生じた無数の霊力の槍がフレンの周りに居並び、


「〈術式修正・三重詠唱〉」


 言葉が宙に漏れた瞬間、更に霊力が膨れ上がる。

 数は増し、無数は無尽へと至った。


「〈熾天星翼(セラフ・プレアデス)〉」


 術式名の口上と共に、神聖系統第八位階〈熾天星翼(セラフ・プレアデス)〉が三重で発動。フレンを貫き呪殺せんとする赤黒い槍を、応じるように上空より迎え撃つ――!

 

 ……激突。赤と白の衝突によって聖性と魔性の魔力が炸裂し、冷たい空を激しく彩った。

 撃ち合いの果て、カルネアス・アーマーの〈寿ぐ破滅(ルーインズ・ヘクス)〉発動が終了し、左腕前腕より装填されていたシリンダーが排出される。

 

「クソっ……神聖魔法ッ! 生身で魔法詠みやがって、化け物が!」


 呪詛を正面から相殺できるのは、神聖系統の魔法しかない。

 大抵の帝国人がカルネアス・アーマーのように、大掛かりな魔導兵器を使って漸く使えるような魔法を、あの男は事も無げに詠んで見せた。

 その異様さこそが、クロードの激情をまたぞろ刺激する。


「侮れんな」


 呪詛の嵐を完全に撃ち落としたフレンは、再び得物たる〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉を顕現。


「認めよう、貴公は戦士だ」


 翔る白い翼が、全天の青空の下に雲めいて煌めいた。


「以って魅せよう」


 いっそ嘘のように美しい空。

 止まった風の音。

 ただその中に浮かぶ鷲の、金色が不吉に見下ろす。


「全霊を」


 ――刹那の内に、再びフレンは羽搏いた。

 

「ッ!?」


 今までの速度さえ遥かに置き去る疾さで、未だ遠い全天目掛けて。

 

「くっ……ミアッ!」


「分かってる――!」


 過る不吉が、クロードの心臓を早鐘のように打ち付ける。

 問題なのは、あの速さなどではない。

 

『……ほかのひと わざと見ている そんな強がり 知らないままで』


 傍で大きく流れているハズの、二番の歌詞が耳を通り過ぎていく。

 視界には遠く飛ぶ、フレンの後背。

 

「――“北の先端、陽の翳”――」


 そして鷲の勇者が口ずさむ、妙なる響きを持つ言葉。

 詠唱だ。

 だが、アレは魔法ではない。そして魔法より、ずっと質が悪い。


 一介の軍人以上の事は、魔導を知らぬクロード。それでも尚、「そうだ」と断じたワケは、押し並べて直感だと言わざるを得ない。

 

 カルネアス・アーマーの機械の翼、〈預言者の翼(エゼキエル・ウィング)〉が炎を噴射し凄まじい勢いで高度を上げていく。


「――“飛翔の折には結末を。眠れぬ者には嘴を”――」


 さざ波立つフレンの魔力は、強く清澄だが決して莫大ではない。

 それこそが、恐ろしい。

 海が吠える刹那までは、そこにあって美しいだけの自然であるように。

 恐ろしいモノを恐ろしいと思えぬ事こそが、何よりも異質で異常であると。


「くうぅっ……」


「っ……」


 加速と上昇が生む凄まじい負荷に耐えながら、必死にフレンの背を見上げる。

 止めねば不味い。打たせれば即ち詰み。

 

「――“故に死殺の大鷲(フレースヴェルグ)”――」


 遥かな上空。遠く見える雲さえ足元に広がる程の空。

 フレンは止まった。その手に魔力の煌めきを宿す、一際鋭い矢を携えて。


「止まった!」


「なら、届く……!」


 今だフレンの姿は小さく遠い上空。

 だが動かないのであれば、いつかは届く。

 そしてカルネアス・アーマーの推進力ならば、そう時は掛からない。

 

 そのハズ、だった。

 

『キミは誰を想うの? 教えてふたりはいつまで このまま続いてゆく……』


 曲が二番のサビに入ろうとした刹那、歌声にノイズが奔り唐突に停止する。

 一転して静寂が満ち、それが酷く寒々しい不吉となってクロードを包む。

 抱いていた激情さえ、冷ましてしまうかのように。


「なっ!?」


 そして予感とは、いつだって嫌なモノほど当たる。

 ……パイロットコアの画面に浮かび上がる警告文とアラート。その刹那、〈預言者の翼(エゼキエル・ウィング)〉の推進が停止し、フレンを遥か上空に見上げる位置で機体が滞空する。


「お、オーバーヒート……」


 震える声でミアがそういった。

 ごく単純に、過負荷を掛けるオーバーブーストを多用した事による、〈預言者の翼(エゼキエル・ウィング)〉の一時的冷却。

 その間はバーニアでの滞空と僅かな移動しか出来ない。

 つまり、フレンを追えない。


「クソっ……クソクソクソッ!!」


 銃撃さえ射程外。ただ立ち尽くし、見上げる事しか許されないクロードが唯一出来る悪態も、


「――“忌みの名は”――」


 呟くと同時、持っていた鋭い矢を手折り、魔力の粒子を中空に撒く。

 そして、〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉を番えぬ(・・・)まま構え、下方……遥かに遠いカルネアス・アーマーと、帝国の戦艦共を見下ろす。


 ……フレンの金色の瞳が、蒼い空に揺蕩った。




「……なんだ、アレは?」


 最初に違和感を覚えたのは、レン高原上空約1500メートルに滞空する、旗艦ヨハネ内のリヴィト准将である。

 リヴィトらにしてみれば、もう豆粒のようなカルネアス・アーマーと、それより小さいフレンの姿。


 唐突に背後……天晴な青空に、黒い雲が差した。

 小さな雲さえ無かった空に、雨雲めいた黒雲。

 違和感を覚えて当たり前だ。

 その黒雲はやがて広がり……巨大な鳥の翼めいて、レン高原の遥か遠い空を埋めていく。


 ……必然、それは「雲」等ではない。


 最初にそれに気が付いたのは、フレンに次いで最も高所を取るクロードだった。

 彼は目を見開き、カチカチと牙を震わせ――やがて、


「……意味不明ッ! ふざけんなっふざけんなッふざけんなァッ!!」


 ありったけの罵詈雑言を飛ばし全てを呪った。


「ウソでしょ……?」


 ついで気づいたミアも、絶望に白い顔を蒼く染め、


「アレは……雲などではない!」


 最後、もっとも遠いリヴィトでさえ思い至る。


「アレは、アレはっ……すべて、フレンの、奴の――」


 騒然となるヨハネの中、リヴィトは絶望に身を捩って絶叫する。


「――矢玉だァァッ!!」


 将校の絶叫が、高原を覆った時。

 空の果て、白い息を吐くフレンは〈天破りの大弓(フレースヴェルグ)〉の弦を弾く。


「〈空漠(エア)〉」


 その日、黒い空が落ちて来た。

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