171 鮮烈のオストレヴァ
「せぇぇぇぇい!!」
裂帛の雄叫びと共に、砕かれる氷壁。レヴィスとリンクスの間に割り込んできたのは、携える鉄棍に揺らぐ魔力を纏わせた、オーヴァである。
「喰らえクソ野郎――〈灼籠撃〉っ!」
跳躍と共にリンクスへ飛び掛かり、〈巨鉄の魔杖〉に強烈な回転を掛けて振るう――!
「おっ?」
オーヴァとて長らくレヴィスを一人で戦わせはしない。氷壁を破って入場したオーヴァの強襲に、しかしてリンクスは冷静に応じる。
仕込み刃を上げ防御の構え――鉄棍が衝突した瞬間、火薬の炸裂にも似た爆炎が生じ虎人を包む……!
「――けほっ、けほっ、煙っ。……成っ程ね、〈呪文刻印〉。俺と同じく魔法剣士か」
――衝撃で吹き飛ばされたリンクスが、黒煙と冷気の混じった煙の中から現れる。
軽傷、である。軍服が多少焦げ、僅かな火傷を負っているものの、至って平常。先のオーヴァと同じく、魔力を纏っているが故の防御力だろう。
元素系統第四位階〈灼籠撃〉――本来であれば衝撃を伴う炸裂を生じる術式だが、オーヴァはこれを〈呪文刻印〉で〈巨鉄の魔杖〉に刻み攻撃した。
この攻撃はあくまでも、レヴィスを救うための牽制。故にオーヴァとて、先の一撃であの虎人を仕留められるとは思っていない。どころか、深手の一つさえ与えられぬと察していた。
「魔法剣士なんて、随分古臭い言い回しだな」
……とはいえ、己の一撃を受けて余裕綽々のリンクスに、思う所くらいはあるのだが。こうして皮肉のひとつも出る程には。
対して、やはりリンクスは余裕げに肩を竦めた。
「多少の古典主義は、趣の範疇だろ? 寧ろこの手の風雅さは、年と共に得るモンだと思ってたんだがな、オッサン」
「――誰がオッサンだぶっ殺すぞクソガキ!」
精々数歳しか離れていないのにオッサン呼ばわり――あまりに安い挑発に乗り、再び開く戦端。
「ナハハっ! キレんなよオッサンっ!!」
青筋を立てて吶喊するオーヴァを嬉々として迎えるリンクス。
突進と同時にその勢いを運動量に変え、鉄棍を横薙ぎへ――防御。
……分かり切っていた、この男に単純な攻撃が意味をなさぬ事を。
遠距離では銃と魔法の間合いであり、近接では仕込み刃と格闘が待ち受ける。
ではせめて武器も魔法をも意味をなさぬ超近距離――格闘のみで戦う。少なくともレヴィスが負傷を、持っているだろう魔導具で癒し復帰するまでは。
「はぁぁぁ!!」
気合十分の咆哮と共に鍔迫り合う互いの得物を押して、弾き接近――オーヴァは鉄棍を捨て、リンクスは篭手へ刃を仕舞い二人として徒手空拳の構え。
「シッ――!」
鋭く息を吐き、リンクスが掌底――横へと弾き、顎を狙ったかち上げのカウンターを――虎人は潜り込むように回避。
そのままリンクスは、向けた背中と肩から勢いよくぶつかった――!
「っ――!?」
回避からの流麗な体当たり。繋ぎも流れも見えぬ不可避かつ神速の一撃。
アズガルドは当然、帝国領内でも類を見ない奇特な武術である。
……かつてウルスラ・マグナハートが拓き、必然直弟子たるリンクスにも伝授されたその格闘術を“虎噛投げ”と称し、超接近からの回避不能の投げとして、師弟の間で悪名を馳せた。
だが異なる世界、或いは異なる時代の呼び名こそ、この場に於いては最も相応しくまた解り易い。
それ即ち、鉄山靠である。
「ぐおっ――!」
強靭な繊維で織られた法衣と、纏った魔力による防護を込んでも伝わる重圧。
骨身が軋み、臓腑が圧迫される痛みと不快感に呻く間もなく、オーヴァは後方へ弾き飛ばされる。
身長百九十以上、体重は優に百を超えて当然という重さが、そのままぶつかる形である。魔力による肉体強化も加味すれば、その威力の程は計り知れない。
数度地面を転がる形で後方へ飛び、レヴィスと程近い氷壁に衝突し止まるオーヴァ。
「ゲホッ……グッ……ソが……っ!」
激しい咳き込みと共に悪態をつくオーヴァだが、身体に力が入らず立ち上がれない。治癒魔法を詠もうにも、気道に血が詰まっているのか口を開く度に咳が出る。
「モロ入ったからな、暫くはキツいだろう」
俺も鬼婆にやられた時、酷く効いたから気持ちわかるぜ――等と嘯きながら、リンクスはホルスターから魔導拳銃を抜いて、装弾用クリップをボルトに刺し、カチリと小気味よくリロードした。
……チャキンと、クリップが抜かれボルトが閉まる音が響く。
「さて、と」リロードを終えた魔導拳銃を、ショルダーホルスターに戻したリンクスが獰猛な笑みを浮かべて顔を上げる。「もう元気いっぱいとは、流石は聖国の勇者だな」
――リンクスの先に居たのは、やはりドワーフの勇者レヴィスである。黒い法衣には血染みが浮かび所々綻んでいるものの、身体は無傷そのもの。
「交替、ね」
そう呟きながら、彼女は手に持っている水晶のようなモノを投げ捨て、かわりに戦槌を拾い上げてリンクスへ向き直る。
リンクスの視線が僅かに街路に転がった水晶に向く。
「――使い捨ての魔導具、それも神聖系統の治癒魔法を込めたモノか。神聖魔法は聖国の十八番、羨ましいね」
――古くより、宝飾品の類はよく魔導具として加工されてきた。
何故なら、宝飾品に用いられる貴金属や宝石の類は物質的に頑丈で、化学変化の類を受け付けにくく安定しているからだ。
つまり魔導の起点にしても長持ちする――実に単純な理由である。
今し方レヴィスが用いた魔導具は、魔晶石と呼ばれる鉱石で造られている。魔晶石は、魔力を宿した宝石類全般を指す言葉であり、天然の高品質なモノは貴重である。
この鉱石は術式を刻みやすく、また魔力を内包している為、使用に際し術者に負担がかからない。
治癒魔法の扱えぬ機関員の為、聖国が用意した高額な魔導具の一種である。
発動と治癒完了までの時間はそう必要ではないが、それでも間隙が生まれる。オーヴァが競り負けると分かって尚リンクスに格闘戦を挑んだのは、無駄ではなかったワケだ。
「……余裕ね、気に食わない」
「愉しんでるだけだ、別に舐めちゃいない。何事も愉しんでやるには越した事無ェだろ?」
そのオーヴァも自前の魔法で傷を治癒出来る。この粘り強さこそ神聖魔法がある聖国側の真骨頂なのだが――そう分かっているハズのリンクスからは、余裕そうな態度が消えない。
持久戦に持ち込まれれば、先に尽きるのは一人で戦い、休息の暇さえ無いリンクスであるのは自明だというのに。
「……そう」
――そこに得体のしれぬ不吉を見出したレヴィスは、言葉を切ると同時携える〈天地終槌〉に魔力を通す。
その瞬間、蒼く煌めく雷光が戦槌に纏い、雷撃の轟音が周囲の空気を激しく叩く。
「なら……興じる間も無く、屠り去る」
リンクスに見出した不吉が、レヴィスに権能を切らせる決意を与えた。
「――死んで。〈霜穿つ霹靂〉」
雷撃を纏う戦槌を、先のリンクスとの攻防と変わらぬ速度で地に振り下ろす――その刹那、四方八方へとレーザーにも似た光が地面に奔り、一拍遅れて大地を捲れ上げる衝撃とジュール熱が視界を白く染めた。
三者を囲っていた〈瞬間凍結〉の氷壁は形さえ残さず消滅し、オストレヴァ中央大十字路の数多ある家屋をも燃やし弾き破砕する――!
「……ふーっ」
が、しかして、
「――流石は、音に聞こえしアズガルドの“雷帝”だな。受け損じれば詰んでいた」
西方の猛虎は、未だ健在である。
右に付けた仕込み刃、そして腕ごと焼けたような煙を出しているものの、それ以外には対した負傷は見られない。
見れば、リンクスを通るハズだった光線の如き雷霆、その跡が逸れている。彼の後方にある噴水さえ無傷で、リンクスが何らかの方法で雷撃そのものを「逸らした」としか考えられない有様だった。
それでも、漸く与えた負傷らしい負傷である。
そして、彼奴が負傷を負ったという事は――
(直撃……! 当てれば、殺せるっ!)
――〈天地終槌〉の権能が一つ、〈霜穿つ霹靂〉。本来であれば〈終砲万滅〉の状態で射出する雷の砲撃を、戦槌の状態から放つ。
攻撃範囲、威力共々〈終砲万滅〉の砲撃には及ばないものの、戦槌の物理破壊力と雷のジュール熱が重なった直撃部分は、刹那〈終砲万滅〉の攻撃力を凌駕する。
例え竜種さえ一撃の下、消し炭に――或いは高位の魔法障壁さえ容易く瓦解させるだろう。
着弾部分より八方へ奔る雷霆――その一本で良い、当てれば殺せる。
戦槌を直撃させれば言う事無し。
兎に角回避も防御も許さず当てれば、確実にあの猛虎を殺せる。
(――出来るなら、こんな苦労はしていない)
だがそれこそが、余りにも難事。
レヴィスとオーヴァの猛攻を凌ぎ、未だ大したダメージを負わないあの男へ、攻撃を当てる。
万度の難題を超えるよりも、あの男にまともな一撃を喰わせる事の方が遥かなる難関。
先も、〈霜穿つ霹靂〉の雷霆を何らかの方法で凌いだ。だが戦槌の雷は仕込み刃に魔力を纏わせる程度では到底弾けず、かと言って魔法の気配も無かった。
なれば、あの虎に出来そうな方法と言えば――
(恐らくは〈戦技〉――けれど、何も見えなかった)
そう、〈戦技〉――型を演じる事を詠唱の代替とし、魔導めいた異能を振るう戦士の技。それらの技の中には、守備や弾きを旨とするモノも多く、先の攻撃をその手の〈戦技〉で防いだ可能性が高い。
あれほどの剣士なのだ、〈戦技〉の一つや二つは使えて当たり前だろう。
問題はそれが見えなかった事。コチラは聖遺物を切ったというのに、何一つとして情報を得られていない。
(……でも、いい。ここから押し返すだけ)
仕掛け続ければいずれはボロを出し、伏せ続けている手札を開く時が来る。故に、その時まで――攻勢あるのみ!
「ふっ――!!」
鋭く息を吐くと同時、レヴィスが跳ねる。
蒼い雷撃の轍を残しながら、残像めいて移動するドワーフ。
その速度、先とは変わり桁外れに向上している。
雷撃纏う身躯躍らせ、中空より回転を掛け戦槌を振り下ろす!
「……っ!」
目を、見開いた。
翡翠の虎が翡翠の目を、見開いた。
今の今まで、余裕と戦の狂熱のみ宿していた瞳に、この瞬間漸く驚愕を覗かせた。
「堕ちろ――っ!」
切な願いを込めた通り、その一撃は落雷の如く速く重く鋭かった。
「〈獣剣技――牙流し〉」
切な願いを裏切って、その戦槌は柳の如く真横へ逸れた。
「視たわ、確かに――貴方の〈戦技〉をッ!」
だがしかし、渾身の一撃をいなされたハズのレヴィスは、普段の様相を棄て、らしくもなく笑みを浮かべていた。
〈獣剣技〉――それはウルスラ・マグナハートが拓いた〈戦技〉の流派。
その道に通じる武人からすれば、年月こそ浅いものの、聖国の〈聖剣技〉と双璧を為すと呼ばれる、強力無比な武術である。
ウルスラが帝国の近衛騎士団筆頭であった頃、数多くの武人がその技に魅せられ、弟子となるべく跪いたが、結局かの猛女は一つとして首を振らず、ただひとり彼女が見初めた愛弟子にのみ伝授されたという。
その内、〈牙流し〉とは「弾き」の奥義。
自らへ降り掛かる攻撃、その魔力の「流れ」を見切り、また己の得物も同じく動作させ任意の方向へ逸らす業。
他者の魔力の程は兎も角、術式や武装に纏わせた魔力の「流れ」など、普通は接触するまでは知り得はしない。
故に、自らの武装へ魔力を通じる事で、霊的な神経である「魔力回路」を接続。――攻撃接触の刹那、「魔力回路」と接続する事で第二の肌と化した得物より、相手の流れを見切り弾きを動作させる。
言うは易く行うは難し。
余人は無論、武の達人はおろか魔導の達者さえ到底不可能。
一切の偽りなく、神業である。
「抜かせるかよ」
神速の術理を魅せたその虎は、別して狂喜していた。
「俺に、〈戦技〉を」
競り合い殺し合う、戦という語句を余す所なく味わえる対手と、巡り合えた事を。
「此れこそ戦の誉れ。死合いの随に咲き誇る、精華そのもの」
剥き出した白い牙は、故にこそ獰猛。
見開いた瞳は、だからこそ鋭利。
「ならば、ああ、ならば――」
――横に逸れた戦槌をレヴィスが引き戻した刹那、速度の上がったドワーフを追うように、超すように……威力も精度も上がった剣閃が、奔る。
「ッ!」
上体を逸らした刹那、顔の上を通り刃の腹が見える。
逸らした勢いのまま後方へ転じ、正面へ向き直れば、そこに居るのはやはり虎人。
先と同じく壮健。だが先と異なり――その闘気も殺気も魔力の圧も、比べ物にならぬほどに向上している。
「容易く果ててくれるなよ?」
構え直した刃に通る魔力は、主と比しても尚凶暴。
「……ああ、そう」
以って、レヴィス・ダーレイ・レテルネラは理解した。
「貴方、スロースターターなのね」
努めて冷たく呟いたハズの言の葉は、我知らずの内に震えていた。
きっと畏怖に、或いは呆れに。
レヴィスとて、別段この男が手を抜いている等とは思っていない。
隠せる手札は隠し、見せても良いハンドで戦う。相手の札も警戒せねばならない勝負者としては、必然の立ち回りだ。
そして、この男はそれが死ぬほど巧いというだけ。
今更伏せ札を開けようと、舐められていたからとは思わない。
だからこそ、恐怖して呆れたのだ。
まだ上がる。その事実へ、ごく単純に。
「ナハハ、剣闘士時代の悪癖でね――あのクソババアに調教されても、終ぞこれだけは治らなかった」
魅せる闘り方なんぞ、実戦じゃ不要なのにな。
冗談ごかして言うリンクスに、だがレヴィスは流れる冷や汗を止める事が出来なかった。
(……〈天地終槌〉の権能、その補助がある私を超える速度と膂力――正に、驚異)
レヴィスの聖遺物、〈天地終槌〉が何らかの権能を発動した際、自動で起動する能力〈鉄雷の外套〉――発動以後、戦槌に魔力供給し続ける限り、基礎身体能力が大幅に向上する。
先ほどまでの攻防でレヴィスが聖遺物の権能を惜しんでいたのは、発動して向上した身体能力との差異によって、面食らっている間隙に仕留めるつもりだったのだ。
――失敗はしたが、それでも〈戦技〉を切らせるには至った。
為すがままだった先の斬り合いとは違う。そこからも理解できる通り、能力値の向上率は突出している。
(されど大喰らい、持って5分の全霊)
レヴィスの魔力を以てしても、長く続く権能ではない。
無理に続ければ眼前の虎を狩るより前、己の得物に喰い殺されるだろう。
そしてリンクスの調子が上がってきた以上、前衛を張り続けるべく権能を起動しなければならない。
もはや後退れるだけの道は無く、字句通りの袋小路である。
こうなれば“窮鼠猫を嚙む”の喩えを必死になぞるより他はない。
レヴィスにとって惜しんでいた権能の発動とは、先んじていた敵手に追い付くための風であり、同時に己の尻に火をつける行為に他ならない。
後には引けない。だからこそ、極限の集中が芽生えるのだ。
「――ならば、死に様でも魅せなさい」
手癖が付く程の魅せたがりならば、己の死を以て興じさせるが良い。剣闘士ならば、派手な死に様で客を歓ばせるのも役目だろう……。
そのような意趣を以て戦槌を構え直したレヴィスに、リンクスが皮肉気な笑みを浮かべ、改めて相対する。
「乞われるまでもない――存分に、御覧に入れようじゃないか」
皮肉な笑みに相応しい皮肉な返しを紡いだ刹那、リンクスが踏み込んだ――!
「っ――でもっ!」
先ほどまでとは違う。見える――疾く強く重い虎人の一挙手一投足が、全てと言わずとも応じようがある程度には。
暴風雨にも等しき速度と質量の斬撃の嵐――掠るだけでも鳥葬めいて肉を抉り取っていく暴威を弾き防ぎ掻い潜る。
「……ッ、なっほど、そういう感じだ」
幾重にも打ち合った剣戟を大きく弾き距離を取ったリンクスが、その精悍な虎の顔を僅かな苦痛に歪めた。
理由は明白、レヴィスとの剣戟だ。能力強化の権能〈鉄雷の外套〉発動によって、戦槌に常時纏っている雷。……それが鍔迫り合う度、互いの武器を通じてリンクスへ少しずつ感電しダメージを与えているのだ。
「ナハハ、いいねぇ。豪快な得物に、ひとつ小賢しさを利かせてやがる。なかなかどうして、面白い!」
相も変わらずふざけた態度だが、今も目の前の虎の身躯には雷撃が燻っている。
尋常な対手ならば、武器越しの感電と言えど〈天地終槌〉の雷に焼かれれば即死も免れぬ。
それだけリンクスの魔力の強度が高いという証拠なのだが、それでも殺し切れぬダメージが蓄積している。
このまま続ければ、押し切れる。
希望が湧き出て来た刹那、レヴィスの背後で感じ慣れた魔力が蠢いた。
「〈遅延詠唱・起動〉――“エノクよりライデルへ”――〈召喚・盾の堕天使〉ッ!」
決死の思いを感じさせる声が響いた瞬間、燃ゆる街路を背景に空疎にして光輝的な魔力が響き、巨大な術式陣より現れる異形。
輝かしき魔力を纏い、巨大な一対の翼を備え、中空に黒い盾をいくつも浮かべる鎧姿の異形。
「レヴィスを援護しろッ、アルマロス!」
後方より響くオーヴァの声に従い、その異形は翼をはためかせ凄まじい速度で飛翔する。
「オーヴァっ……!」
「――余剰次元の異界者、それもハイレベルな術式……アンタ召喚術師かっ!」
リンクスとレヴィスの間に割り込んできた異形――アルマロスを前に、虎人は嬉しそうに叫んだ。
――堕天使アルマロス。召喚魔法によって呼び出される余剰次元の異界者。術式の位階は第九位――大魔法である。
直接的な攻撃能力は低いものの、特有の権能として「対魔法への概念防御」を保有している。その為、防御能力に極めて優れている異界者だ。
アルマロスの投入によってリンクスの魔法攻撃の殆どを封じ、遠距離戦での優位を掴み数を増やす事で接近戦での不利を消す。傷を癒すのに時間が掛かったが、オーヴァとて黙って見ていたワケではないのだ。
「三対一はちょいとキチぃな」
中空に浮く盾を操作し振り下ろすアルマロスと、能力向上の恩恵をフルに生かし高速かつ超重量の殴打を繰り出すレヴィス。そして今し方戦線に復帰したオーヴァ。さしものリンクスと言えど、この状況は不利と言わざるを得ない。
(だからこそ――ここで押し切る!)
今だ〈戦技〉の全容は見えず、おまけに聖遺物さえ隠している。だからこそ、その伏せ札を開く間もなく葬り去る。一気呵成の速攻――決める為に、オーヴァはついに聖遺物の権能を切る!
「――〈巨鉄の魔杖〉ッ!!」
刹那、携えし鉄棍〈巨鉄の魔杖〉に魔力が通り清澄な波動が滾り出す。
その鉄棍を“レヴィスへ”向けたオーヴァが、極限の集中を以て口を開く。
「――“与えようぞ神通力”――〈帯びよ鉄風雷火〉ッ!!」
権能の起動と共に、レヴィスが纏う魔力の量と質が大幅に上昇し、リンクスへの攻撃の速度と密度が途轍もなく上がる――!
「――ッ!?」
急激に威力が向上した攻撃に、目を見開くリンクス。防御仕損じた一撃が僅かに腕を打ち、その刹那に全身が焼けるような勢いの電流が流れる。
「っく、ナハハ!」
だがすぐに合わせると、今度は守勢で応じ始めた。だが先ほどとは異なり、攻撃へ転ずる間が一切なくレヴィスが攻める――基礎の身体能力がついにリンクスを超えたのだ。
――ご存知の通り、〈巨鉄の魔杖〉の権能は「増幅」である。
そして切札的能力たる〈帯びよ鉄風雷火〉は、その増幅を他者へと一時付与する。
これを他者の魔力量や強度、そして身体能力などに付与する場合、上昇力は桁違いに高い。
基本的に戦士の肉体能力の程は、基礎のフィジカルと魔力強化による加算である。
この際の魔力の量と質が大きく高ければ、上昇幅は上がる。
ここに強化魔法や魔導具――聖遺物使いであれば聖遺物などの能力向上も関わる。それらも大抵は加算である。
だが――〈帯びよ鉄風雷火〉の能力向上は「乗算」である。
より正確には――「加算と乗算の増幅を同時に与え、かつ必ず乗算の計算式を最後に行う」とでもいうべき権能である。
今し方のレヴィスの場合、「フィジカル+魔力+聖遺物+〈鉄雷の外套〉+増幅×増幅」――イコールの最終値は、化け物じみた強さとなるだろう。
それ故に恐ろしく能力が増幅される。レヴィスが全霊を出すべく〈鉄雷の外套〉を切ったのは渡りに船。この状態の彼女は正に無双そのもの。
――行ける、押し切れる。オーヴァの中に希望が芽生え始めた。
それを確固たるものにすべく、オーヴァは鉄棍を構え直し術式を立ち上げた。
「行くぜクソ野郎――〈灼火擁葬〉!」
略式詠唱で解き放たれた元素系統第八位階〈灼火擁葬〉――対象へ着弾した瞬間、囲う形で焼き尽くす獄炎がリンクス目掛け飛翔する!
「っ……」
近接で二対一を強いられている所に飛び道具――リンクスが苦々しい笑みを浮かべるのも無理からぬ事。――いや、それでも笑みを絶やさない事を賞賛すべきか戦闘狂ぶりに呆れるべきか。
……着弾より前、リンクスはレヴィスを切り払い跳び、アルマロスを盾にする形で着地する。丁度迫る炎より身を護るかのように。
(想定済みだっつーの!)
対魔力に優れるアルマロスを逆に使われる――当然術者たるオーヴァが想定していないハズはない。故の〈灼火擁葬〉……この術式は発動中なら軌道の調整が効く。
剣指を立てて「剣の印相」を結び、その手を横に振るオーヴァ。――彼の所作に応じ、炎の軌道が変わり改めてリンクスへ向く。
「――!!」
同時、今度こそリンクスを逃がすまいと、盾を操作し振り上げるアルマロス。
浮遊する盾が一気に振り下ろされリンクスへと向かう。ゴォっと勢いよく飛翔するそれは、十分な質量兵器……余人ならば必然撲殺可能だが、この虎相手には精々が足止めが限界。
だが今はそれで充分。〈灼火擁葬〉でさえ足止めの一種に過ぎない。本命はリンクスの背後に控えるレヴィス、その戦槌である。
「っく、ナハッ!」
陥ったハズの窮地に尚笑うリンクス。虎の男は当然アルマロスの攻撃を――何故か仕込み刃ではなく左腕を上げて防御。
「ぐっ――くく!」
屈強な筋肉と強靭な魔力に阻まれるものの、骨身に染みるような打撃に顔を顰めるリンクスは――そのまま笑みを浮かべながら横へ吹っ飛んだ。
「な――!?」
あの男が防御を仕損じるハズがない。つまり意図して受けた一撃――理由は明白、ノックバックによる回避!
リンクス目掛けて飛んでいた〈灼火擁葬〉は、彼を射線より失った事で、その後ろに居たレヴィスに飛んでいる――!
「クソ!」
悪態が派手に零れる。
最初、アルマロスを利用したのは敢えてだろう。レヴィスと被る射線を作り魔法を誘導する為の下準備。
(ふざけやがって――仕方ない、術式解除……っ)
レヴィスに当てるワケにも行かない。魔力が無駄になる事に歯噛みしながら、オーヴァは術式を解除――ついで吹き飛んだリンクスを見れば、彼は既に体勢を立て直し、左手を剣指の形にして「剣の印相」を結んでいる。
印を結ぶ――魔術的意匠を象る事によって、魔導効果の底上げや術式の起点を為す技法。
(魔法――だが何を?)
攻撃魔法の類はアルマロスが居る以上意味を成さない。となれば防御や補助か。そう考えた所で、
「――“リンクスよりエノクの堕天へ告げる”――」
――詠唱を聞いた事で凍り付いた。
(この詠唱、野郎まさか!?)
何をしようとしているか、そしてその手段を取るに至った思考。理解の果て、あったのは歯噛みするような悔しさと焦り。
「アルマロス――!」
召喚者の命令に従い、リンクスを追撃するべく飛翔する堕天使。
「逃がさないっ」
挟撃する形で刹那の速度でリンクスの背後に現れたレヴィス。
「はぁぁぁ!!」
勢いをそのままに一気呵成の咆哮を上げ、回転を掛けながら戦槌を振るレヴィス、そして同時に仕掛けたアルマロス――今度は応じる事なく跳んで回避。中空に居ながらも、左手は未だ印を維持している。
「――“伏したる両翼、其は偽典なり。在るべきへ還れ、秩序にして悪たる異界者よ”――っ!」
攻撃を回避しながらの移動詠唱――敵ながら見事な集中力と演算精度だが、
(不味い……通るかっ?)
先の味方への誤爆未遂が、オーヴァに攻撃魔法の行使を躊躇わせている。妨害する間もない疾い詠唱に、オーヴァはただ祈る事しかできなかった。今し方結実しようとしている術が、どうか無意味に消えよと。
「――〈強制放逐〉っ!」
翼のあるアルマロスが中空のリンクス目掛け飛び、盾の打撃を喰らわす刹那――術式が発動。
左の剣指を向けた瞬間、アルマロスが攻撃の寸前でピタリと止まり、やがて魔力の霧となって四散し消え失せる。
「――畜生が、やられたっ!」
目線の先には掻き消えるアルマロスを余所に着地するリンクス。オーヴァの懸念は最初から最後まで当たってしまった。――嬉しくない事に。
召喚系統第八位階〈強制放逐〉――召喚された余剰次元の異界者を、元の次元界へと強制送還する術式。
原則として、召喚魔法で呼び出されるあらゆる異界者には、この手の送還魔法が「効くようになっている」のだ。
それ故、攻撃魔法を概念の領域にて無効、または著しく軽減するアルマロスさえ対象内である。
何故なら――使い終わった後に還せないと困るからだ。
故に術式要件に送還魔法が効くと盛り込むのが、現代魔法でのスタンダード。
それほどまでに、余剰次元の異界者へ自由意志を与える行為は危険とされている。
だがそれを差し引いても、アルマロスの対魔力は同位階の召喚魔法で呼び出される異界者の中でも非常に高い。そもそも放逐術式を通すのが難しい。
(だが、完全詠唱に加え、詠唱節に“異界者の正体の言及、及び看破”を盛り込む事で退散の成功判定を底上げして……通した)
本来、〈強制放逐〉の詠唱は――“在るべきへ還れ異界者よ”――の一節のみ。それ以外の節は全てリンクスが盛り込んだモノ。
アルマロスの余剰次元、及び正体への言及、そして信念属性の看破――オーヴァとしては悔しいが完璧な対処だ。
そして、アルマロスを失った以上状況は元の木阿弥。
いや、レヴィスが時限つきの全力を出している以上、言うほど悪くは無いが――彼女を〈帯びよ鉄風雷火〉で援護しているオーヴァが前衛に出るのは愚策。何かの拍子に集中が途切れて解除でもされれば目も当てられない。
もう一度召喚魔法を使うという手もあるが――いや、無意味だ。
オーヴァの手持ちの中ではアルマロスが最強、それ以下では弾避けにさえならず殺されるか還されるかがオチ。
またアルマロスを呼んでも、〈強制放逐〉の餌食になるだけ。
アルマロスの対魔力を〈帯びよ鉄風雷火〉で強化し、送還魔法を耐えるという手もあるが、レヴィスを援護させるだけの駒に、そこまで魔力を割くのも莫迦らしい。
となればやはり放出系の攻撃魔法での援護――先のような誤爆未遂は、アルマロスがおらず戦場が整理された現状では、寧ろ起こりにくい。
高速で思考を纏めたオーヴァは、改めて鉄棍を向け魔導を立ち上げる。
「〈灼火――」
再びの元素魔法を詠み上げる瞬間――刹那の間隙に覗く、リンクスの視線。
コチラを、オーヴァ・リガン・ローウェルを見ている。
左には剣指を以て結ぶ印。同時、立ち上がった術式を編む様に、
「――“聲の階、瞳の嚮後。汝が水天、我が掌中――”」
――紡がれた詠唱はただひたすらに疾い。
オーヴァが術式名の口上を終えるより前、詠唱が完遂し差し込むように魔導が発動。
「――〈術式速壊〉」
――光が奔り、刹那の内にオーヴァの魔導が歪む。
「しまっ――」
何をされたか理解した瞬間には、もう尽くすべき手段など無かった。
オーヴァが感じたのは自らが構築している術式に「異物」が入り込む違和感――理解した刹那、過る危機感に従って詠唱を断つ――
「――ぐっ?!」
――のは、遅きに失した。
まず感じたのは圧を伴う魔力が腕の回路を流れ、通った瞬間に灼け爆ぜる激痛。
「っ、ぐぉぉぉぉ!?」
ついで印を結んだ左手から腕にかけてが内側から爆ぜ、鮮血が飛び散り肉と骨とがグロテスクにオーヴァを彩った。
「クソっ……虎野郎、がっ」
まともな悪態さえ思い浮かばず、裂けた左腕を庇いながら必死に権能を維持するオーヴァ。今解除されれば対リンクスで前衛を張っているレヴィスが不味い事になる。
(畜生――対抗魔法かっ。反応する間もなかった)
対抗魔法――他者の術式を無効、破壊する無属系統の魔法。
中でも無属系統第七位階〈術式速壊〉は、構築途中の術式にしか発動できぬ代わりに、論理防壁の侵入速度が速く、セキュリティ突破強度も強い。
その代償か、難度が高い。構築中の変化し続ける術式に、効果的な相克する詠唱を送り込む――それは流れる濁流を小石一つで堰き止めるが如き行為にも等しい。はっきりいって、使いにくい。
故に戦闘魔導師共は口を揃えて言う。
――玄人向けだな、上手ぶりたいなら詠むといい。
(誘われた……クソったれ!)
アルマロスを排除した以上、オーヴァはレヴィスを援護するべく攻撃魔法を詠む。リンクスはそれを予測して対抗魔法を用意していた。
そして見事に決め、術式のリバウンドによりオーヴァの左腕の魔力回路は破損――魔力操作が乱れ、術で治そうにも先ほどまでより時間が掛かる。
つまりレヴィスは一人で戦わなければならない。それこそがリンクスの意図――時間制限ありとはいえ、自らを超える肉体能力を持つレヴィス相手に、茶々を入れられるのは件の猛虎とて堪らないのだろう。
「くっ――!」
まともに操作できぬ魔力に苛立ちながら、オーヴァは歯噛みした。
世界七大系統の内、呪詛以外の六系統全てを行使できるオーヴァにとって、魔法発動を代行する類の魔導具は携行に値しない。
そもそも己を通さず魔導を為す魔導具は〈巨鉄の魔杖〉の「増幅」と相性が悪い。そのような要因があって、オーヴァは魔導具の携行は最小限にとどめている。
それが裏目に出ていた。レヴィスのように治癒魔導具を持っていれば、このダメージも容易く癒せただろう。
「レヴィス……っ!」
もはや意地だけで権能を保っているオーヴァが、今も尚リンクスと斬り合いを演ずるレヴィスを見つめた。
酷い失血に霞む視線の先、ドワーフの女戦士はオーヴァを振り向く事無くただ真剣に、極限の集中を以て虎の剣士に向き合っていた。
(今の私なら――サシの勝負でもっ!)
平素よりも遥かに強化されたレヴィスの能力ならば、今やリンクス相手にも劣りはしない。
それにリンクスは度重なる打ち合いで受ける戦槌の感電が重なり、ようやく動きに鈍りが見えている。
リンクスにとって、もはや僅かな隙さえ致命的失敗となるだろう。そしてその隙に打ち込むレヴィスの一撃は、間違いなく死命を制す。
「――っ!」
もはや幾千にも繰り返した打ち合いの終わり、弾いて距離を取ろうとしたリンクスの重心が僅かに揺らいだ。
その間隙はあまりに薄く小さい。だが今のレヴィスにとっては充分――!
(ここだ――)
弾かれた体勢を強引に戻し、吶喊して魔力を滾らせる。
西方の猛虎、その狩りの終わり――
「〈霜穿つ――」
蒼い雷が滾り吼えようとしていた時、リンクスが動いた。
そうして、レヴィスは気が付いた。
自らの誤謬、その決定的たるを。
(重心が、ズレたんじゃない!)
ズラしたのだ、反撃の為――大技の為にズレる必要があった。
何を勘違いしたか、レヴィスはそれを「間隙」などと思い込んだ。
格上の大敵への勝利――その予感が齎した余りに重い過ち。
いや、それとも戦の寵児たる件の虎が誘った結果だったろうか?
……今や確かめる術などない。極限まで引き延ばされた時の感覚の中、リンクスは残酷なまでに優美に――刃と共に脚を蹴り上げた。
描き出す曲線は宛ら三日月。だが刃も蹴りもレヴィスへは届いていない。
無意味にしか見えぬ行為。精々が何かの演舞、あるいは型――それを熟達の戦士たるリンクス・マグナハートが行う理由など、ただひとつ。
「――〈獣剣技〉」
〈戦技〉に、他ならない。
「〈饕餮・階〉」
――刹那、ザクリとレヴィスの背中を深く何かが抉った。
「が、はっ――!?」
――その斬撃は、「レヴィスの背後」より現れた。
まるで巨獣がその爪を振り上げたが如く、三つの斬撃が爪痕のように。
間合いと認識、接近戦当然の摂理を無意味と化す獣の爪牙。
正しくかつて西方を魅了した、英傑の御業である。
(いいや――まだっ!!)
だが、浅い。抉れた傷は確かに深いが、レヴィス・ダーレイ・レテルネラの命には届いていない。
撃てる――必殺の一撃を、攻撃を終えて隙を晒している虎へと!
「――〈返し刃〉」
絶望の中わずかに見出したハズの希望を切って捨てる、リンクスの冷徹な声音。
同時、彼が纏う魔力がまたも蠢き、
「〈饕餮・鈎落〉」
今度は前から虎の爪牙が振り下ろされた。
「っ――あ、が」
三つの太刀が同時に、獣の爪痕をなぞらえるように振り下ろされ、傷を負って尚突進を続けるレヴィスの胴体を、正面から抉った。
(あり、えない。型も無く、〈戦技〉を――)
型無し。
リンクスが〈戦技〉の発動に際して演じた型は、最初の一つ。
次の一撃は、一切の動作無しにレヴィスを襲った。
だから有り得ない。明らかに、この世界の摂理を逸脱している。
「〈獣剣技〉」
激痛と虚脱感の中、再び悪夢のような声が響いた。
「――〈濡鴉〉」
着地の刹那、リンクスが刃を横に振り抜く。
瞬間――超速で飛翔する斬撃が間合いを無視して揺らぐレヴィスを正面から穿った……!
「がは――」
もはや耐えられる道理などない。
三連の大技を前に、血濡れとなったレヴィスはその場に頽れる。
(有り得ない――こんな絶技が!)
これでもレヴィス・ダーレイ・レテルネラは、その半生を戦いに費やしている。
その経験値が、今になって理解させた。
……リンクスは、〈戦技〉の発動所作そのものを――次の〈戦技〉の型としている。
型を演じ、〈戦技〉を放つ。この「〈戦技〉を放つ」という部分を新たな型と為す。
……古今東西の武術を会得したウルスラ・マグナハートは、自らが思う最強の流派を築くとなった時、考えたという。
〈戦技〉には型が必要。そして型の演じは致命的な隙。
ならば最小で済むように、その型を前の技の所作で成り立つように造り上げてしまえばよい――と。
理解に苦しむ諸兄も多かろう。
この不可思議な現象を分かりやすく伝えるならば、こうなる。
攻撃モーションを、発動モーションに差し替えている。
とどのつまり――グリッチである。
「ばか、げて……」
すべてを理解し、絶望と共に意識を失う刹那前、
「――〈遅延詠唱・起動〉」
震えるような声が響き、違う事無く攻撃を終えたリンクスを魔力の波動が囲った。
「〈霊縛陣〉」
波動は虎が逃げる間もなく強固な結界を編み、内部に捕えて確かに封じる。
「――ふーっ」
目を見開いて驚くのも一瞬、すぐに周りを見回すリンクスはやがて一つ息を吐く。
結界の外には倒れるレヴィスと、未だ腕が裂けたままのオーヴァ。
「――お互い、急いたな」
そうして口を開いたリンクスはやはり笑みを浮かべ――だがその額には一筋の汗を流している。
「正味、俺も勝ったと思ったが――もしかしなくても、これは……」
やがて仕込み刃についた血を拭ったリンクスが、改めて獰猛に微笑む。
「窮地、かな?」




