169 更に争う者たち
「インフラ万歳、文明最高っ。おかげさまで、楽して前線へ行ける」
ガタリゴトリと揺れる魔導列車の中、窓際の席に座ってそう宣うのは虎人の男。
凶暴そうな虎の似姿に、被った軍帽から覗く鋭い翡翠色の瞳。
彼は束ねた金糸のタテガミを時折弄り、機嫌良さそうに尻尾を揺らし、右手に嵌める、軍服とは似合わぬ銀色の篭手を確かめるように撫でている。
四将軍筆頭、リンクス・マグナハート。
今や帝国防衛の最前線となったミレイオ州へ、特大戦力として投入された字句通りの虎の子である。
「全くですよ。聖国がヴァーロム側から攻めざるを得ないのは、せめてもの救いですね。南側は、未だ鉄道事情がだらしないですから」
リンクス将軍のしみじみとした言葉に同調するのは、神経質そうな男。
金髪をオールバックにし、ハーフフレームの眼鏡をかけた軍人。男は手に持った書類をペラペラと捲りながら、時折苛立つように眉を顰めている。
階級は中佐――名前は憶えていない。ミレイオ方面の視察のため、丁度前線へ向かうリンクス将軍と同道したらしい。
「ま、南はどうしてもな。属州に入ったのも、長い目で見れば最近だし」
大まかに分けて見れば、ガイア大陸は帝国と聖国に二分されている。中央のセフィロトを境に、丁度真っ二つにするように。
そして帝国側となる大陸西側――今でこそ併呑しているが、帝国全体の歴史で見れば、南西側を下し取り込んだのは最近である。
グランバルト帝国が誇る魔導技術。――中でも魔導仕掛けの列車は、各地を繋ぎ兵員や輜重の輸送に、革命的円滑さを齎した。
そんな革新的技術も、敵国に渡すワケには行かない。属州として帝国へ下すまで当然路線を引く事は出来ないし、工事にも時間と労力が必要となる。
また、高速で移動でき大容量の容積を持つ列車は、敵対勢力に使われれば一気の行軍を許してしまう。故に工事計画の策定は軍部や皇帝の領分である。古い時代――或いは帝国以外の国々で、街道整備が一大事業であったのと同じだ。
以上の理由から、併呑して日の浅い属州には、未だ列車が普及していない地域も存在する。取り分けそれが顕著なのが、二人の間で話題にあがった「南側」なのだ。
「でもまあ、その内に帝国領内には、至る所に列車が通るようになるだろ。なあアンタ?」
――急にリンクス将軍から水を向けられ、縮まるようにして息を潜めていた男は肩をビクっと震わせた。
乗客がほぼ居ない軍用魔導列車――四人用のボックス席に三人だけが座っており、男はリンクスと中佐に向かい合うよう座っていた。
精悍で如何にも戦士といったような容貌のリンクスや、神経質そうながら秀麗な中佐とは異なり、その男は余りに見劣りして平凡だった。
何の面白みもない茶髪に、特に醜くも整っても居ない――記憶に残らぬ顔立ち。
中肉中背の身体を魔導開発部の制服たる白衣に包み、それが唯一男の中で、記憶に残る要素として存在していた。
男の名はレバン。元々は魔導開発部に所属する研究員だった。
多少優秀という程度の彼は、流れるままに主席開発長の座に座らされた。
その座はあまりにも重い。なにせ歴代の主席は皆がホーエンハイム家のモノであり、先代のルルハリムもまた極めて優秀な研究者だった。
だが――そのルルハリル・ホーエンハイムが死亡。管理者不在を焦った皇帝と軍部は早急に次の主席を求め、なし崩し的にレバンが選ばれた。
他の者より少しばかり地位があったからというだけでこれだ。レバンは我が身を嘆いた。
「ええっと……あ、その、はいっ……そうですね、そうなるとぉ……思います……」
生来気弱なレバンでは、あまりに強面なリンクス将軍と会話するのも一苦労である。鉄道の普及が云々という問いに、レバンは酷く曖昧な返事しか返せなかった。
「全く、何ですかそのザマは。レバン主席開発長――そう、貴方はもう魔導開発部の主席なのですよ?」
そのような情けの無いレバンを見て、中佐が眼鏡をカチリと上げながらそう宣う。秀麗な顔には呆れが滲み出ていて、それが酷くレバンを惨めにさせる。
(ぼ、僕だって……なりたくてなったワケじゃないのに)
上層部からは無遠慮な期待を押し付けられ、今や部下となったかつての同僚らからは、出世を妬まれる。重苦しい感情のサンドイッチに、早くもレバンは辟易としていた。
そもそもの話だが、グランバルト帝国の魔導開発部とは、組織として不健全である。
今の今まで、グランバルト帝国の魔導開発部とは、ホーエンハイム家のワンマンで成立していた。
ホーエンハイムという一つの天才を、無数の凡人が補助する。それで回るのだから、今までは良かった。
だが――ホーエンハイムという核を欠いた魔導開発部は、それでは成立しない。
どういうワケか、あの男は未だ結婚さえしておらず、子も居ない。カルネアス実験区襲撃を契機に、天才的な技官の家系が断絶したのだ。
――全てホーエンハイムが優秀過ぎたせいだ。
今更になって故人への恨みが止まらない。
レバンには既に見えてる。優秀過ぎた先代と比較される毎日、ロクにプロジェクトの指針も出せずに呆れられる未来――無能と誹られ首を切られる末路が。
この魔導列車に乗っている理由だってお粗末だ。
先代主席、ルルハリル・ホーエンハイムはカルネアス実験区という、外界から隔離された空間に居ながらも、軍部から要求される兵器等の開発を完璧に行っていた。
だがレバンにはそのような能力はない。新防衛兵器建造に際しても、現地での下見や観察、現場との綿密な打ち合わせ――それらが必要になってくる。
そうしたって上が望むような結果を出せるかは未知数だ。いや、きっと無理だ。目の前の神経質そうな武官は、既に自分へ失望しかけている。きっと皆がそんな目を向けてくるに違いない。
レバンの精神は、際限なく落下していく――。
「おいおい中佐殿、そんな風に言ってやるなよ。急に要職へってなったら、誰だって緊張するモンさ。アンタだって最初はそんな感じだったんじゃねェのかい?」
それを押しとどめたのは、意外にもリンクス将軍だった。彼は苦笑いを浮かべながら中佐を宥める。
そういえばコチラに会話の水を向けて来たのもこの男だった。察するに、気まずそうに硬直しているレバンへの気遣いだったのだろう。
「ふっ、私は責任感あるグランバルト軍人です。業務の妨げになる過度な気負いとは無縁ですよ。――マグナハート将軍こそ、どうだったのですか?」
「はっ、俺こそ無縁ってヤツだったな。それよりも気になる事あったし――ああ、将軍になってから貰ったこの軍服は、前のより着心地よくて気に入ったケド」
「なんですか、その感想は……」
会話は幸いにもレバンを置き去りにして進む。そのことに疎外感を感じながらも、これ以上無様を晒さずに済む事への安堵の方が大きかった。
そんな緩い憂鬱を解くように、車窓から外の景色を見やる。
高速で流れゆく世界、そして近づくミレイオの地。
車窓の外に流れる空気には、硝煙の香りが混じっているような気がしてならない。
◇◇◇
ミレイオ州――その中枢たる州都オストレヴァ。
大陸北のヴァーロムから帝国内陸までを繋ぐ通用口として栄えたグランバルトの属州は、だがしかし今や戦禍の只中にあった。
「化け、ものめっ――ぐっ?!」
足を負傷し、それでもなお手に持つ銃で一矢報いようと腕を振るわせる帝国軍人へ落ちる……鉄塊。
ぐじゃり、と生々しい音が響き軍人は惨たらしい肉塊となって死亡する。……グロテスクな死骸を造り上げた鉄塊が、やがてゆっくりと持ち上げられた。
否、それは鉄塊ではなく――明確に形を持っていた。
ねっとりと滴る血を纏うそれは、槌であった。戦の為に振るい、鎧と壁と敵の骨肉を粉砕する為の、荘厳でありながら禍々しい戦槌。
ブオンと戦槌が振るわれ、纏う死肉が払われる。その怪物的なハンマーを携えていたのは――やはり、ドワーフの女。
「……呆気ないモノね」
秘蹟機関第八席次、レヴィス・ダーレイ・レテルネラ。聖国アズガルドが誇る勇者。
だが今や勇者とは、倒すべき魔王より先に同じヒトを殺す国家の武器である。
その現状を自嘲するだけの憂鬱は疾うに消え失せ、今や如何にして戦いを終わらせるかという、理知的にして冷徹な思考のみが、レヴィスに宿っている。
「まぁ、内部をオレらに攻められちゃあ、守りにも手が回らんだろうよ」
レヴィスの横に立つ男が、そう囁いた。
武骨な鉄棍を携えた、猿を思わせる痩躯の男――秘蹟機関第七席次、オーヴァ・リガン・ローウェル。聖国が誇る勇者二人は、既に州都オストレヴァ内部へ侵入していた。
――事は数刻前。
ヴァーロムを崩した事によって帝国領内へ入り放題となった聖国軍。
先行していたレヴィスとオーヴァ二人、そして戦術魔導兵らに合流した聖国軍後続が、第二の障害たる州都オストレヴァへの攻撃を開始した。
当然抵抗するオストレヴァだが、度重なる攻撃により揺らいだ魔法障壁へ対抗魔法を発動――一瞬だがオストレヴァの防壁が完全に消失。
数秒あるかという僅かな隙に、レヴィスとオーヴァが進入。内部から搔き乱し、再展開した防壁へ外部から聖国軍が攻撃を続ける。
勇者ともなれば大抵の矢玉は受け付けず、魔導の類も余程の達者が詠んだモノでなければ簡単に払える。
正にヒトの形を取る怪物である。そんなモノに内部を乱されては、都市攻めに対しての迎撃もおぼつかない。
何とも単純な戦法だが、アズガルド常勝の戦略である。事実として、この戦い方は嵌まり切り、オストレヴァはあと幾許かも持たずして落ちるだろう。
「そうね――っ、外から連絡」
オーヴァの呟きに同意しかけたレヴィスは、その声を断って懐から魔導具を取り出す。
札にも似たそれは、魔法仕掛けの通信機である。魔導の素養が乏しいレヴィスの為に、聖国が支給している高性能な代物だ。
魔導具に魔力を通せば、通信が起動し札からくぐもった声が聞こえてくる。
『――第八席次殿。こちら戦術魔導大隊、隊長のウォードです』
繋がった先はオストレヴァの外で戦う、聖国軍の魔導兵であった。
「……何かあったの?」
そう問い返すレヴィスの声は冷たく重い。
当然である。この作戦を遂行するにあたって、連絡は最小限にすると事前に決めていた。
念話や連絡の魔法は遠隔との通信を可能とする、極めて便利な術である。だがその分、古くより妨害や傍受の類も発達している。
当たり前だが聖国も敵の魔導通信を妨害、傍受しようと躍起になっている。帝国だって同じ事だ。この通信だって安全とは限らない。
それを押してまで連絡を入れるという事は、重要事項である証。レヴィスの神経が尖るのも無理はない。
『――お許しを、敵の増援の報告をば』
やはり、あまり良い報せではなかった。
レヴィスは眉を顰め、横に立って同じく通信を聞くオーヴァへ視線を投げた。
「……」
オーヴァは肩を竦め、顎で続きを促す。彼の所作に頷いて、レヴィスは再び通信魔導具に意識を向けた。
「……敵の編成は?」
『歩兵に魔導仕掛けの戦車、そして魔導兵――一般的な編成ですが、我々の攻勢を遅滞するには十分かと』
帝国の増援――予想はしていたが随分と速い。近場に前哨基地の類があるのだろう。それも当然か、何せミレイオ州こそが帝国防衛の最前線――オストレヴァを守ろうと必死になるのもむべからぬこと。
『故、オストレヴァの魔法障壁はおろか、他の――も』
続きの言葉を聞こうとした瞬間、通信が乱れ酷いノイズが奔り出す。
「……隊長さん?」
『――ザ、ザーッ。第八――妨――魔導――』
「……ウォード隊長っ」
最初はホワイトノイズじみた乱れは、やがて荒野の砂塵を思わせる異音へ変じ、もう何一つとしてまともな音声は聞えなくなってしまう。
レヴィスが苛立つように手に持つ通信魔導具を振っていると、オーヴァが制止した。
「落ち着けレヴィス、妨害だ。その内に復旧するハズ――」
オーヴァがレヴィスの魔導具の扱いを正そうとした矢先、再び通信が入る。今度は一切のノイズもなく、酷く明瞭に。
『あーあー、テステス。聞こえるかーっ?』
――通信を掛けて来たのは魔導兵ではなく、聞き慣れぬ青年の声。こんな戦地にありながら、不相応に楽し気で……それが酷い倒錯めいた違和感を齎す。
「コイツは……」
その声を聞いたオーヴァが、眉を顰める。各地に飛び回る任務の多いオーヴァならば、或いは覚えがあるのだろうか。レヴィスが心当たりを訪ねようとした時――
『聞こえてそーだな。んじゃ続けるぜー。――話は聞かせてもらったぜ、秘蹟機関第八席次、レヴィス・ダーレイ・レテルネラ』
ドキリと、心の臓が跳ね上がった。
「……ちっ、乗っ取りか。さっきの通信も筒抜けって事かよ」
通信を聞いて、オーヴァが苛立たし気にそう吐き捨てる。
……彼の言が確かならば、聖国の持つ秘匿回線にこの男は乱入してきたというワケだ。帝国の魔導技術か、はたまた男本人の術の業前か。どちらにせよ、油断ならぬ曲者。
気を引き締め、レヴィスは応じる。
『ヴァーロムでは随分派手にやったみてェだな』
「……貴方は?」
『おっと、名乗りが遅れたな。俺の名はリンクス――リンクス・マグナハート。四将軍筆頭なんて大層な肩書貰ってるが、今はどうでもいい』
応対者は、想像をはるかに超えていた。超えて――最悪だった。
リンクス・マグナハート。グランバルト帝国の英傑、皇帝秘蔵の宝剣。
その名は遥か遠方、帝国から見れば極東たるアズガルドまで轟いている。
何を隠そう、彼らが授かる「四至宝」なるアーティファクトは、所謂聖遺物――立場は兎も角、魔導具の向こうに居るこの男もまた、レヴィスらと同じく勇者である。
「ちっ、やっぱか」
ある程度予想がついていたらしく、オーヴァは苦々し気に吐き捨てる。
『横に居るアンタも、察するにお仲間かな? まあいいさ、俺は別に文句言いに来たワケじゃないし。ただひとつ、告げる事がある』
魔導具の向こうのリンクスは、ひとつ息を吐いてから再び口を開いた。
『知恵と度胸を利かせて、既に都市内部に入り込んだらしいじゃん。流石は秘蹟機関だ、手際が良い』
「……何が言いたいの?」
『いやなに、流石にウチも兵士をむざむざ殺らせるワケにも行かないからな。アンタ達との交戦は避けるよう指示して――代わりに俺が来たってコト』
――予想通りではある。
ひとつの領域を超え、英雄と呼ばれるような戦の達者には、時に数の暴力が通用しない事がある。
そのような傑物と相対した時、取るべき手段は二つに分かれる。
一つ、まともに付き合わずに避ける。
もう一つ、コチラも同じく英傑をぶつける。
帝国側が取ったのは後者――レヴィスらに対し、リンクスという札を切ってきたのだ。
(それなら――件の虎さんは無視して、コチラは魔法障壁の解除を、内側から試みればいい)
――だが、それならばレヴィスにも考えがある。
既に都市内部に侵入しているレヴィス達が、リンクスを無視して魔法障壁を解除する。
そうすれば外で競り合っている聖国軍は、高火力の魔導攻撃で都市を攻め、容易く堕とす事が出来る。
勝負に勝って試合に云々という言い回しがあるが、この場合はそもそも勝負さえせず勝利を収める――残念ながらリンクスの遠出は無意味である。
『ナハハ、何考えてっかは分かるぜ。俺とやらずに結界だけ掠めようって腹積りだろう?』
「……」
流石にリンクスもそれは承知しているらしい。笑いながらもレヴィスの考えを言い当て、だがその声は未だ自信気。何を想っているのか、レヴィスは黙って続きを待った。
『まァ、アンタらが作戦曲げるつもりがねェってんなら、別に構わないが――そんならば、俺もじゃれてくれる相手探しに、外のお仲間の所へ行くだけだ』
「……っ」
それは脅迫にも等しく、故にレヴィスは息を呑んだ。いや、これは戦の前の舌戦なのだ、そこでは脅迫も懐柔も大した違いはない。
レヴィス達がリンクスを無視するのなら、逆に外の聖国軍を一掃する。この虎はただ冷酷にそう告げている。
いかに精鋭揃いの聖国軍と言えど、聖遺物の契約者相手となれば成す術はない。鎧袖一触に薙ぎ払われるのがオチだろう。
『そうなりゃ、お互いどっちが速く事を成せるかの競り合い――けどよ、そりゃナンセンスってモンじゃねえか? ただ走り合うだけなら、洟垂れの小僧だって出来る。折角なら、もう少し趣向を凝らそうぜ』
そして彼が匂わせた手段は、リンクス本人にとっても不本意らしい。故に虎の武人は尚も言葉を続ける。
『公平に行こうじゃないか。俺とアンタで勝負をつける。勝った方が、残った戦力率いて相手を轢き殺す――晴れて平和で平素な戦争に戻れるってワケ』
「……乗ってあげるとでも?」
サシでの勝負に興じてやるほど、レヴィスは博打好きではない。
故に断るべく冷たく応じるが、返ってきた答えはクツクツと笑う機嫌良さそうな虎の声。
『何もタイマンやろうってワケじゃない。いや、それでも構わないんだがな――ソッチはお友達連れてきてもいいぜ。何なら騙し討ちや策略だって有りだ。それ含めて戦いだからな。……安心しな、俺は一人さ』
まぁ、聖遺物相手に数が無意味なのは知ってるだろうから、パーティーメンバーの選定は慎重にする事を勧める――そんな助言まで寄こして、リンクスは言葉を切った。
「……」
提案を受けて、レヴィスは考える。
この提案を蹴れば、互いにノーガードで殴り合う戦いが始まる。が、そうなれば不利となるは聖国である。
土地故に援軍が期待できる帝国とは異なり、聖国は本国からは遠く離れている。無論基地や拠点程度、聖国とて持っているが、それにしたって輸送速度、そして量共々帝国とは違い過ぎる。
よしんばレヴィスらが速く障壁を破壊したとて、外の聖国軍もリンクスに削られている。残存の兵力だけでオストレヴァを落せるか――そもそも障壁が壊れたからと言ってリンクスが引くだろうか?
否、有り得ない。
今の状態は寧ろレヴィス達こそが、死に物狂いでリンクスを止めるべきなのだ。
レヴィス達が戦っている間、外で奮戦する聖国軍に外部から障壁を割らせる。――リンクス・マグナハートがこの戦地に現れた時点で、レヴィス達の選択肢はそれしかなかった。
これは悪魔の強制だ。選択肢がないにも関わらず、さも有るよう見せかけ提示する。二者択一を迫っておきながら、片方は致命的な失敗。もう片方とて苦渋の決断――。
「……ちっ、レヴィス。しかたねえよ」
同じ結論に至ったのだろう、オーヴァは仕方なさそうに頷いた。
そんな年下の上司を見やってレヴィスは頷き、魔導具を口元へ近づけた。
「……いいわよ。その勝負、乗ってあげる」
あくまでも冷たく答えるレヴィス。承諾の応答を聞いたハズのリンクスは、暫しの沈黙の後――魔導具の奥よりくぐもった笑いを響かせた。
『っく、ナハハ! いいねぇ、そう来なくっちゃ! 折角なんだから、やっぱり戦り合わないとな!』
獰猛な言の葉を響かせたのち、一転して静謐さを漂わせる虎の声。
『――来い。中央大十字路にて……俺は待つ』
冷厳な声を最後に、魔導通信はプツリと途切れた。
……刹那の間、残された二人に奔る沈黙。
「……」
それを切ったのはオーヴァだった。彼は鉄棍を携え直し、ただ鋭く前を見据えた。
「……行くぞレヴィス。乗せられたようで癪だが――勝てばいい。それだけの話だ」
「……ええ」
向かうべき場所は分かっている。
レヴィスも戦槌を担ぎ直し、一足先に歩き出したオーヴァを追う。
……目指していた大十字路は、そう時を掛けずに見えて来た。
丁度州都オストレヴァの中央に位置する大きな十字路。中央には流麗な噴水が据えられており、それを目視できるくらいから周囲の雰囲気が変わる。
周囲は戦場の塵と埃に塗れているが、ひどく静かで――誰一人としてヒトの気配を感じない。
周囲を警戒しながら歩くレヴィス達は、噴水を見据えて足を止める。
「来たか」
声の主は、中央の広場を飾る美しい噴水の縁に腰掛けていた。
190を超える長身に、見合うだけの強靭無比な肉体。
身を包むは一兵卒とは異なる黒地の軍服。半袖くらいの丈までたくし上げた袖からは、縞模様の毛並みに彩られた屈強な腕が窺える。
式典にでも着ていけるような外套は、戦地の風に時折翻る。目深に被った軍帽からは、鋭い虎の姿が覗いていた。
「――この噴水の銅像は、何でも現皇朝の初代皇帝だそうだ」
虎の軍人は、噴水に腰掛けたままそう語り出す。
手慰みか、ショルダーハーネスに吊るす右脇のホルスターから、大型の拳銃を取り出し手の中でクルクルと弄ぶ。
「属州になる前は、かつての王様か何かの像だったらしいが――当代の総督が、エラく媚び売り上手だったそうで……これもその一環に、挿げ替えられたってさ」
箒の柄のような独特な持ち手の銃は、他の帝国人のそれと比較しても珍しいように見える。虎は手の中でその銃を華麗に回転させると、ホルスターへ収めた。
「狂信と服従。果たして境目なんてあるのかな」
「……」
言って、皮肉気に牙を剥き出す虎――リンクス・マグナハートへ、レヴィスは冷たく視線を投げる。
そんなドワーフをどう思ったか、リンクスは一転して苦笑いを浮かべた。
「別にヴァーロムの意趣返しってワケじゃない。気に障ったなら悪かったな。――折角乗ってくれた客人を、ただ待つってもの芸がない。だから、含蓄深そうな事を言って出迎えようって、無い頭捻って思いついたセリフなんだが――どうだった?」
「……センスないわ」
「ナハハ! 手厳しいねェ、まあ自覚はあるからしゃーねぇが」
にべもないレヴィスの言葉に嬉しそうに笑うリンクス。彼は一頻り笑うと、ゆっくりと立ち上がってコチラへ視線を投げる。
……翡翠色の光が、戦地の乾いた塵に危うく揺れた。
「二人、か。どっちも秘蹟機関だな。折角だ、ここは一つ行儀よく名乗り合いってのはどうだ?」
……これから殺し合う相手に、そしてその戦いに、創作めいた幻想を抱けるほどレヴィスという女はロマンチストではない。
だが――或いはこれが自らを決する激闘となるやもしれない。ならばこそ、捨てたハズの理想の欠片を握り直し、名乗り合うのも悪くなかろう。
――きっと勇者なら、そうするだろうから。
「……秘蹟機関第八席次、レヴィス・ダーレイ・レテルネラ」
ドワーフの女戦士は己が名を告げ、手に携えた荘厳な戦槌を構える。銘を〈天地終槌〉――正真正銘、聖遺物である。
「――秘蹟機関第七席次、“忍耐”のオーヴァ・リガン・ローウェル」
ついでオーヴァが静かに名乗り、得物たる鉄棍――〈巨鉄の魔杖〉を構える。
二者の名の宣告、そして戦いへ高まる殺気を受けて――リンクスは笑った。
「――芳名、拝領した」
……束ねたタテガミが、風に揺れる。
「グランバルト帝国、四将軍筆頭――」
リンクスが右手に嵌める銀の篭手がシャキリと刃音を響かせ、仕込まれた剣が露わになる。
曇りなく、そして危うく煌めく妖刀めいた刃。彼奴の得物は、篭手に仕込んだ刃らしい。
虎の戦士は刃を横に構え、翡翠色の瞳を以て勇者二人を睥睨する。その奥底に、底さえ知れぬ殺意と高揚を覗かせて。
「“翡翠”のリンクス・マグナハートが、仕る」
名は揃い、そして始まる。
聖遺物使い達、その殺し合い。
聖国は二者、対して帝国は虎の剣士ただ独り。
果たして、リンクス・マグナハートの実力とは――
ストック切れ!!!
更新頻度戻ります。




