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167 虎と耳長

「ハァ……」


 グランバルト帝国が誇りし四将軍が一人、“蒼玉”のラグナ・レイヴェールにとって、その日は溜息と共に始まった。


 四将軍はグランバルト帝国が保有する「四至宝」――つまり聖遺物に選ばれた特別な戦力。故にその扱いも特殊であり、多くは強力な個人戦力として使われる。


 だがラグナは元貴族の家系であり、聖遺物に選ばれる前は優秀な武官でもあった。至宝の契約者となって武力と権力を備えた彼を、軍や皇帝ベアトリクスは重宝している。

 

 無論、上に頼られるのはラグナとしても歓迎したい事ではある。

 四至宝などというモノを背負っているのだ。今更皇帝や元帥などの期待を一身に受けるに不満も気負いもありはしない。


 だがそれにしたって、四将軍という同じ立場の者があと三人いるというのに、彼らにラグナが処理するような仕事や相談が回らず、それらを全て己が片付けねばならないのは単純に荷が重い。


 しかし、今のラグナを悩ませているのはそのような問題でもなければ、業務常態の改善方法でも無かった。


「どうすべきか、いや、対策なんて講じようがないのだろうけど」


 執務室の中、とある魔導具と書類を手に悩むラグナ。

 暫く唸り、やがてもう一度暗澹とした嘆息を一つ。


(抱えていても仕方ない、こういう時は彼に愚痴ろう)


 思い立ったラグナは、脳裏に思い描く知己に相談する事を決めた。

 同じく四将軍たる男、虎人のリンクス・マグナハート。

 ラグナの親友であり、リンクス自身は政治的な内容や戦略には疎いものの、野生の勘か地頭の良さが成す業か、時に的確なアドバイスを返してくれる。


 ラグナとて、そのアドバイスを当て込んで付き合っているワケではない。気の合う仲だし、あとは単純に抱え込む問題を吐き出すに足る贄が欲しいというのもある。

 四将軍がこなす業務の内、実務以外のモノは大体自分に回るのだから、愚痴程度付き合ってもらわねば困る――というのがラグナの言だ。


「そうと決まれば、早速……」


 思い立ったが吉日、ラグナは手に持つ書類と魔導具を携えながら、同じ政庁にあるリンクスの執務室に向かった。

 暫く歩き、何人か詰めている役員や軍人とすれ違えば、目的のリンクスがいる執務室である。


「リンクス、入るよ」


 ノックとほぼ同時にそう声をかけ、返事を待たずに扉を開く。

 殆どラグナの執務室と同じ造りの室内。中央奥にある執務机と、部屋の中心に置かれた応接用のソファにテーブル。


 部屋の中、応接用のソファに尊大に座るのは当然、虎人。

 強靭で逞しい図体に縞模様の毛並み。

 威圧的な虎の顔に、髪紐で束ねたタテガミ。

 袖を捲った軍服に身を包んだ四将軍が一人――“翡翠”のリンクス・マグナハートは、その二つ名に相応しい新緑色の鋭い目を、ラグナに向けた。


「おうラグナ。どーした、また随分と機嫌が悪そうだが」


 リンクスはラグナに気が付くと、牙を剥き出して――本人的には極めて友好的に微笑んでいるつもりらしい――笑う。

 

 事実、彼の執務室に入室してから悪めだったラグナの機嫌は更に低くなりつつある。


 理由は当然、愚痴吐き目当てに訪ねた、図体と態度ばかりがデカい、このどうしようもない猫のせいである。

 軍服を捲るのはやめろとか、執務室に詰めるのならせめて仕事しているフリくらいはしろだとか、言いたい事は沢山ある。


 だがラグナの視線は専ら応接用のセンターテーブルに置かれた、蓋の開いた箱に注がれている。


 中には――氷菓、つまりアイスが三つ収まっていた。コーンに乗せられ、スタンドで固定された、見事なまでの氷菓である。

 

「なにやってんの?」


 質問が詰問になるくらいには怒気がラグナを支配する。

 自分が煩悶しているのが余りにも馬鹿馬鹿しくなる光景だ。彼にその気はないのだろうが、挑発されたようで苛立ちさえ覚える。


(あの氷菓が入ってる箱、時空系統第一位階〈保存(プリザーブド)〉が掛かっている。氷菓如きにまた……)


 時間を遅滞させ、物の保存を行う魔法〈保存〉――時空系統という、他の系統よりも難度が高い術式を用いた魔導具……当然、買うなら高い。

 

「見てわかんねえのか? アイス――アズガルド風に呼ぶなら、氷菓だぜ」


「見れば分かるよ、それはね。僕はなにやってんのって聞いてんの」


「ったく、まだ分かんねえのか? しゃーねえな」


 リンクスは仕方なさそうに苦笑して、まず一番左の氷菓を指差した。


「これはな、ソルトアイスだ」


「……」


 ついでリンクスは真ん中の氷菓を指差し、


「それでこれは、ソルトアイスだ」


「……で?」


「焦るなよ、そしてそしてこれは――ソルトアイスだ」


 最後、三つ目の氷菓を指差してまたしても同じことを言うリンクスに、ラグナは青筋を立てる。


「だからなんなの?」


「ったく、まだわかんねえのか? 左の奴はガキの小遣いでも買える最安のソルトアイス。真ん中のが一般的なソルトアイス。んで――この右のがロロネア通りの高級菓子店、デザート・パラダイムの――」


 聞いている内にムカついたラグナは、懐のホルスターから愛用の45口径魔導拳銃を引き抜き、マガジンを入れてコッキングする。

 

 カチャリというコッキング音を聞き、現在のラグナの顔を見たリンクスは、耳を痙攣させ反時計回りに尻尾を回した後、緊張した顔付きでゆったり両手を上げた。


「………まず言い訳させて貰えないっすかね」


「聞くだけ聞いてあげるよ」


「スーッ……まあ、その……暇っつーか、その――すんません!」


 少しの間しどろもどろになりつつ上手い言い訳を探している様子だったリンクスだが、すぐに諦めて頭を下げた。


「……ハア、もういい」


 そのどうしようもない態度、そして自分がキレている理由のくだらなさ、全てに嫌気がさしたラグナは溜息をつく。


 銃から弾倉を抜き、スライドをコッキングして給弾された弾をチャリンと排莢、マガシンに手込めした後にラグナは拳銃をホルスターに戻した。


「しゃあねぇくないか? 俺お前みたいに頭良くないし、前線行こうにも止められてるしよぉ、暇なんだわ」


 コッチが折れたら折れたで、一転してこの態度である。

 まともに付き合うのも馬鹿らしいので、ラグナは無視して対面のソファに座り込んだ。


「悪かったって、ほら一個食っていいから機嫌直せよ」


 差し出された氷菓入りの箱。中に入った三つのソルトアイス。

 ラグナはそれを前に一瞬考え、すぐに一番右の高級品との触れ込みのソルトアイスを取った。


「あ、おま……まあいい」


 何か言いたげにしていたリンクスを無視して、一先ずアイスを一口。

 

(うまっ)


 高いと宣うだけあって中々に美味である。一見甘ったるい味わいのバニラを、程よい塩気がよいアクセントを利かせている。

 

「しゃあねえ、一番安いの喰うか」


 言って、リンクスは一番安いと噂のソルトアイスを取り、チビチビと舐めつつラグナを見る。


「んで、何の用だよ。俺のトコ来るってコトは、またなんかデカい報せでもあったか?」


「ああ、そうそう忘れる所だった」


 下らない事に思考を割き過ぎて、ここにきた目的を忘れる所だった。

 ラグナは改めてリンクスを見据えた。


「飛び切り悪いニュースがあるんだよ」


「古臭い言い回し――は置いといて、んだよ悪いニュースって。言っとくが流石の俺でもヴァーロムが堕ちた事なら知ってるぜ」


 茶々を入れるリンクスを一睨みすれば、彼はすぐに本題へ戻る。


 黒鉄城塞の異名を誇る城塞都市ヴァーロム。

 聖国との最前線を担う都市にして、今回の全面戦争では二面攻勢の一端を担うハズだった。


 もう数ヶ月前になるだろうか、そのヴァーロムが落とされた。


 聖国側が勇者――つまり聖遺物を以って、進軍予定だった兵を鏖殺。ついで彼らが抱える魔導師達による、核熱魔法の爆撃によりヴァーロムは跡形もなく消し飛ばされてしまった。


 確かに核熱魔法は古の時代、大帝国が諸国に向けて振るった力だ。

 だが現代ではもっぱら対魔物用の術式とされており、ヒト同士の戦いに用いる事は無かった。


 この報せが届いた時には、ラグナ等はひどく暗澹とした気分を抱いたモノだ。

 戦略が崩れた事、ヴァーロムを喪った事、多くが犠牲になったこと――憂う要素は幾らでもあった。

 だが一番の理由は、これで互いにブレーキが利かなくなるだろうという、奇妙な確信。


「――違うね」


 しかしてラグナはそれさえ否定する。

 そんなもの目じゃない程に切羽詰まった状態が、現在の帝国を取り巻く状況。

 

「あん? じゃあなんだよ。正味俺に言われてもどうしようも――」


「――カルネアス実験区が壊滅した」


 リンクスの軽口を切るようにしてラグナが告げれば、虎の顔からは侮りめいた余裕が消え、一介の軍人としての鋭い表情へ変わる。


「……聖国か? 連中ならやれるだろ」


 残ったコーンまで食べきって、手についた粉を吹き払うリンクスが低く言う。

 

 カルネアス実験区。

 帝国の技術開発の中枢、魔導開発部の本陣。

 ルルハリル・ホーエンハイム主席開発長を中心に、グランバルト帝国の魔導兵器開発の半分以上を担っていた拠点である。


 そのカルネアス実験区が壊滅したとなれば、帝国が受ける打撃は計り知れない。

 無論兵器を製造するだけの場所は他にもある。

 だが、カルネアス実験区ほど大規模な研究開発拠点は他にない。


 今はまだいい。魔導飛行船をはじめ、この大規模侵攻を成す際に用意された兵装を製造し続ければ戦える。

 だが今後戦いが長引けば、やがてこの歪は決定的な破綻として帝国に傷を入れるだろう。


「聖国ならやれると?」


「ああ、連中の抱える“秘蹟機関”――勇者共を使えば、まあ出来るだろ。大体7人――上位の奴らならもっと少なくても、あそこを落せるだろうよ」


「そう、だね。そうだろうね。でも、秘蹟機関じゃない」


 リンクスは長年の大敵である秘蹟機関――もとい、聖国アズガルドを疑うのも無理はない。

 だがこれをやらかした仇敵は、聖国ではない。

 そう告げれば、リンクスは胡散臭そうに眉を顰めた。


「聖国以外にやれそうなトコねぇと思うけどなァ。実験区はあのラーデルフィア海域にある。リビュリシオンよりひでぇ海だ。アレを踏破し実験区を落とすだけの兵力を輸送できる船なんてどこにもない。んなモン、あのマーレスダ王国でさえ持って無かっただろうに」


「いちいちごもっとも、僕だって我が耳を疑ったさ。けれどそもそも、カルネアス実験区の存在は帝国上層部の中でも極一部にしか明かされていない。そりゃ聖国の間諜のせい、ってのもあり得るだろうけど――」


「――その場合は上層部に食い込むほど聖国の策略が進行しているのを意味する。んで、そこまで行ってるなら、連中がこの戦争をもっと楽に済ませる事も出来たから、逆説的にアズガルドの仕業じゃない。現にレン高原での惨状が証拠……ってか?」


 リンクスの推察に、ラグナは頷きつつ持って来た資料と魔導具を差し出した。


「正解。その上でこれに目を通してほしい」


「ん、なんだこれ。……資料は兎も角、これは魔導具か。形状と、込められた術式から察するに、映像記録の魔導具だな」


「流石、その通りだよ」


 リンクスはこう見えて魔導にも心得がある。目ざとく魔導具の機能を見破った彼は、ラグナの賛辞にも反応することなく装置を起動した。

 

 起動された映像記録の魔導具は、嵌まった水晶からホログラムを出し記録した情報を開示し始めた。


「カルネアス実験区を守る警備の一つだった魔導具だよ。現地の調査に赴いた者が回収した、数少ない証拠だね」


「これしか回収できないくらい酷い有様ってワケか、件の場所は」


 実際、カルネアス実験区は酷い有様だった。

 そこが「実験区」であると知っている者が見なければ、荒廃した無人島か何かと思われるのがオチであろうというほどに。


 そんな報告を思い返していると、魔導具がある光景を映し出した。


「コイツは……」


 リンクスが怪訝に顔を顰める。

 そこに映し出されたのは、件の下手人が事を起こす瞬間である。

 

 空からカルネアス実験区に降り立った異形の影。

 一見するとその者は狼の獣人種に見える。だがすぐにそんな生易しい存在でない事が理解できるだろう。

 

 異様な程高い身長に筋骨隆々で精緻に整った身躯。

 漆黒を思わせる毛並みに、黒曜石の如く黒く長いタテガミ。

 鋭く紅い瞳は悪魔のように黒い結膜を持ち、悍ましき魔眼の類。

 冷酷そのものといった狼の姿、あろうことか腰から生える二匹の銀の蛇。

 纏う異邦の戦装束と相まって、異界から呼ばれた召喚獣の類かと思うほどである。


 その怪物は何故か白衣の女性を抱え、恐らく侵入に用いたと思われる翼を何処かへ消し去った。

 そして迎撃の実験区兵士達を鎧袖一触に殺戮した所で――映像は終わった。


「なんだこの化け物」


 リンクスが問うのも無理はない。

 映像越しに伝わるだけでも明らかな怪物である。

 だが――幸か不幸か、この怪物について、今のガイア大陸の者はよく知っている。


「ルベド・アルス=マグナ――1、2年前にアデルニア王国の王都を壊滅させた、パラケルススの災厄さ」


 そういえばリンクスの表情は険しく変じ、浮かぶ映像にガンを飛ばすよう見つめた。


 ルベド・アルス=マグナ。

 突如としてライデルの歴史に姿を現した怪物だが、その源流はかの「イルシア・ヴァン・パラケルスス」である。

 

 今現在ラグナらが生まれ仕えている帝国の源流となった「大帝国」時代の存在であり、当時栄華を誇っていたその国を滅亡まで追いやったとされている。

 当時の資料は大方が消失してしまった故、ラグナ自身どこまで本当なのかと思ってはいるものの、事実としてパラケルススは現代に生きる災厄である。


「コイツがあの有名な……」


「まさか、こんな形で関わるなんてね。出来ればこんなのとは一生関わり合いになりたくないってのが本音だけれど」


 そういったラグナは、今日何度目かになる暗澹とした嘆息を吐き出した。

 そんなラグナをチラリと見たリンクスは、ついで魔導具と共に置かれた資料を手に取った。


「何々……コイツらが入ってきた所の記録魔導具以外は全滅ねぇ。で、これは調査に行った奴等の報告書――おっ、同道した魔導師の転写術式か」


 リンクスが持つ資料には、状況調査に赴いた帝国の調査員たちの記録が載っている。

 だが、正直大した情報は取れていない。というより残っていない。

 

「その資料に乗ってる転写にもある通り――実験区は壊滅。そして破壊の方法も不明。元素魔法での爆発や冷凍は無論、一部は砂漠化している場所もあった。建物も設備も壊滅――間違いなく再起不能だ」


「ひでぇなコレは。まぁ、一夜足らずで一国の首都を滅ぼすような化け物だ、何が出来ても不思議じゃあねぇよなァ」


 そういったリンクスは、言葉とは裏腹にその面に相応しく獰猛に笑う。親友として付き合う中、何度も見た彼の癖。

 友人なのだから、彼の困った性情も知ってはいる。

 だが、このような怪物相手にも心配より先に、戦闘欲求が出るのはどうかと思う。


「さて――」だが今はそれをとやかく言う場面ではない。「――いったい何故、魔王なぞが帝国の主要施設を襲撃するに至ったか」


 そう、今論ずるべきはその一点のみ。

 物事はいつだって因果を内包している。

 パラケルスス、そしてルベド・アルス=マグナという結果には、絶対的な原因が存在しているハズなのだ。


「魔王ねェ、まるで二千年前の御伽噺に逆戻りだ」


「そう皮肉らない、事実としてあの聖国が“魔王認定”のお触れを出している。今や魔王は現実の脅威――古代ならぬ現代に蘇った伝説そのものさ」


 往古、現代では“人魔大戦”と呼ばれる頃――。

 世界には魔王と呼ばれる程の魔族怪物が跳梁跋扈しており、今より遥かに弱かった人類より、それらを討ち果たす英雄もまた現れ出した。

 その時代は間違いなく時の分水嶺。後の学者らがパラダイムシフト等と呼ぶに相応しい足跡である。


「ナハハ、そりゃあイイ。連中も名実共に勇者サマになれるってワケだ。少なくとも、戦争に出張るよりはずっと勇者らしいじゃねぇの。やっぱ、勇者には魔王が必要ってコトなのかもな」


 そう、その時代より「勇者と魔王」の因果は続いている。

 それは運命や宿命の類でもあり、強い力と主義主張を備えた個人に対して、また反対の強者が現れるという世界共通の必然なのだろう。


「ま、コッチに茶々入れられるよりは、立派なお題目通りこのライデルの脅威を祓ってほしいってのは同意見だよ。いや、君はそうでもないかな?」


「流石は親友、よく御分かりで」


 ――だが、そんな事は目の前の虎人には関係ないらしい。

 彼が望むのは何時だって好敵手との死闘そのもの。そのような性情を抱えて生まれた以上、戦地に勇者が出張る現状は寧ろ欲を果たす好機であろう。


「止めてよ薄ら寒い」


「ナハハ、悪りィ悪りィ。でもまァ、そーいうコトだ。俺としてはさっさと前線で勇者共にお目にかかりたいモンだが――今は置いといて……何で錬金術師とキマイラが帝国に構ってくるのかね」


「それが問題だね、正直見当もつかないよ。帝国は連中に因縁なんてないのにさ」


 アデルニアの一件がある聖国は兎も角、そういってラグナは溜息をついた。


 無論、帝国も二年ほど前に起こった「アデルニア王国首都壊滅事件」は把握している。

 以前行った講和会議でもいくらか議題に上がったアデルニア王国関連――その中でも、取り分け影響の強い事象であろう。


 ガイア大陸でも突出した食料生産能力を持つアデルニアの地が、突如として魔王ルベド・アルス=マグナとその造り手パラケルススによって襲撃された。


 以前より魔境「アルデバランの深森」に隠れ潜んでいたパラケルススが、王国と聖国の連合軍の襲撃――或いは示威行為に怒り、ルベド・アルス=マグナを差し向けた。


 その際に聖国の「秘蹟機関」と戦闘があったと、帝国の送った間諜により判明している。曰く結果は無残なモノだったらしいが。

 

 その果てに――アデルニア首都、ルーニアスは壊滅。

 民草は残らず死に、王宮に詰めていた王族直臣全てが死亡――王国の政治運営能力が、完全に壊滅した結果となったのだ。


「スゲェ話だよな」


「まぁ、錬金術師の威を借りて各国の干渉を遮っていたツケ――厳しい見方をすればそうなるね。不発弾振り回して、コッチ来るなって言ってたようなモノだし。虎の威を借りた方がまだマシだね」


「ハッ! そこまで言われちゃ世話ねェな。でもあの一件以降、間違いなく世界は変わったな」


 そういって思慮を巡らせるように、リンクスは鋭い翡翠の瞳を僅かに落とした。

 事実、彼の言う通りだ。

 間違いなく、アデルニアの一件以後世界情勢は大きく動き出した。

 

 マーレスダ王国の崩壊、ブリューデ大森林の魔力爆発に魔物の大侵攻――講和会議、そして世界大戦。

 たった二年だ。たった二年という時間で起こる、あまりにも濃密で過密な事件事故。

 

「そうだね、その通りだ」


 故にこれもまた、あの日より続く大いなる動乱の一部なのだろう。

 少なくともラグナは、そう思えてしまった。


「ったく、大陸中引っ搔き回して、今度は俺らの所かよ」


「ホントにそうだね。なんで僕ら帝国を――理由なんてないだろうに。いや、理由なくともムカついたから、ってのも強ち有り得なくないのが怖いけど」


 少なくともラグナには狂った錬金術師や、それに造られたキマイラの思考回路など想像もつかない。

 もしも問える機会があったとして、「ウザいから殺した」なんて答えが返ってきてもラグナは何ら動じる事もないだろう。


 それほどまでに、余人にとって錬金術師イルシア・ヴァン・パラケルススと、被造物たるルベド・アルス=マグナとは、理解しがたい存在であった。


「流石にそれは無い――とも言い切れないが、ともかくとして、あの動きには正直何らかの意図を感じるがな」


 だがしかし、そんなラグナをリンクスは否定する。言葉には突発的犯行への未練があれど、声音にはある種の確信が宿っていた。


「……続けて」


 この野性の化身がそういうのなら、何かしら考えがあるのだろう。そう思い、ラグナは続きを促した。


「考えても見ろ。そも連中はどうやって“カルネアス実験区”の存在を知った?」


 ――虎人の言葉を聞いて、ラグナの背筋にうそ寒いモノが奔った。

 

「……我ながらバカだ。今し方、言い合ったばかりなのに」


 ラグナの脳裏には、先ほどした会話がフラッシュバックしていた。


『けれどそもそも、カルネアス実験区の存在は帝国上層部の中でも極一部にしか明かされていない――』


 厳重に秘匿された秘密を、何故に錬金術師らは知り得たのか。

 あまり愉快ではない想像が、ラグナの脳裏に過り出した。


「まさか錬金術師の手の者が、帝国内部に? それとも魔法か何かで――」


「――残念だがなラグナ、魔法ってのもそう万能じゃない」


 帝国内部に間者が――しかもよりにもよって稀代の異常者の――いる等と信じたくなかったラグナを、しかしてリンクスは否定する。

 エルフの癖に魔導の素養が無いラグナとは異なり、リンクスは一端の魔導師――魔術に関しては遥かに知識がある。


「一見、何でも出来る奇跡かのように見える魔法だが……その実しっかりと法則に基づいている。グラン・セレニア内部は当然、大抵の直臣の邸宅や拠点は、対占術魔法で守られている」


 ――占術とは、遠い地点の情報を見聞きする魔法である。

 類する系統は無属と時空の二種類があり、一般的に用いられるのは無属系統の術式だ。

 古くから諜報で用いられてきた魔法であり、現代においてもその術式が齎すアドバンテージは計り知れない。

 故に大抵の国家は、重要な地点を対占術の魔法で防備している。


「それを悟られず突破するなんて真似は、正味考えにくい。いやまあ有り得ないワケじゃあねェんだがな、そんな事するよか、やっぱり間諜を送り込む方が手っ取り早いし」


「……いや、仮にそうだったとして、連中の意図が分からない」


 そう、結局はそこに戻る。

 錬金術師とキマイラが帝国の秘匿研究施設を襲撃する理由。

 気に入らない、ストレス解消、有り得なくはないが――間諜の下りを思うに、ラグナも作為を感じ始めていた。


「思ったんだがな――」ここで、再びリンクスが口を開く。「――連中、アデルニア以後はどこで何をやってたんだろうな?」


「……」


 確かに、そう呟く口さえ惜しくラグナは考え込む。

 このライデルの歴史上に初めて姿を現したのが、「アデルニア王国」の一件。表向きには以後、ルベド・アルス=マグナはその姿を見せていない。

 

「錬金術師はな、他の魔導師と比較しても大掛かりな拠点が必要になる。なんつーんだ、所謂工房(アトリエ)ってのが要るんだよ」


「……錬金術師の一派が、アルデバランの深森に潜んでいた理由か」


 ラグナがそういえば、リンクスは重々しく頷いた。


「おうよ。薬品の調合、魔導具の作成、ホムンクルスの鋳造から生体兵器の開発……エトセトラ。思うに、あのキマイラは相当大掛かりな生体兵器だ――メンテするにも、やっぱ拠点持ちたいってのが人情じゃんな?」


「じゃあ、かのパラケルススも大陸の何処かに工房を?」


「そう考えるのが妥当だろうよ。で、となれば問題は――」


「――どこに工房を設けているか、だね」


 この大陸の何処かに、件の錬金術師の工房がある。あまり面白い想像ではないが、それでもこの思索は続けねばならない。


「そーなるな。んでよ、んでよ、俺思ったんだよ!」


 ――テンション高っ。

 少し引きつつも、何か思いついたリンクスの言葉を待つラグナ。

 彼は卓上に置いてある氷菓の残りを取り、旨そうにひと齧りしてから口を開く。


「実験区の存在を嗅ぎ付けた下りと工房の件、両立できるとすれば――どっかの国に匿われてる、ってのもあり得るんじゃないか?」


「……っ、それは――」


 何気ないように呟くリンクスの言葉に、思わず唾を呑みこむラグナ。

 彼は言っているのだ。この大陸の何処かに――魔王に与する裏切り者がいると。

 

「それは……流石に――」


 その実感の悍ましさが、思考より先に口が否定を紡ぎ出す。

 だがそう言いつつも、ラグナの脳裏では既にその可能性を確かめつつあった。

 

 もしも何れかの国家が、かの錬金術師を匿っていたと仮定したなら――そのメリットは?


 まずひとつ、かの錬金術師の圧倒的技術力。

 これは言うまでもないだろう。あのようなキマイラから、今問題になっている核熱魔法の理論開発――枚挙に暇がない。


 そして二つ、ルベド・アルス=マグナという突出した戦闘要員の確保。

 ルベド・アルス=マグナという存在を、表向き関係ないとしつつ扱えるのは、これもまた得難い利点だろう。

 

 国家レベルの存在に匿われているのであれば、所在が判明しないのも頷ける。

 かの錬金術師が満足できるだけの拠点を提供するのも、容易いだろう。

 しかしとなれば、カルネアス実験区を知り得た諜報力も、錬金術師ではなく他国の介入という線も浮かぶ。

 

「錬金術師共を匿う国家があるとすれば……少なくとも帝国や聖国以外だろうな」


「その心は?」


「聖国はまず因縁があり過ぎる。おまけに、露見した際のリスクが他国の比じゃない。連中の“ユグドラス教”なる教えとも反する――ダブスタの代償は高すぎるだろうよ」


「それはまあ、そうだね。第一秘蹟機関が許さないだろうし」


 聖国の暗部、秘蹟機関を構成する所謂「勇者」たち。

 彼らに政治的権力が無い事はラグナとて承知しているが、力というのはそれだけで権力を伴う。


 少なくとも講和会議で見た勇者達は、聖国内部に魔王が巣食うを許すような手合いではない。それくらいは、ラグナにも分かる。

 仮に彼ら以外が策謀を巡らせて錬金術師共を囲ったとすれば、それは秘蹟機関と聖国の反目という、最悪の結果を招くだろう。

 そこまでのリスクをとる程、聖国は戦力に窮しているワケではない。


「となれば帝国もあり得ないか。今まさに帝国は攻撃されているワケだし、属州の叛逆って線も難しい。あんな化け物を囲う体力無いしね。今まさに戦争の矢面に立っているのは、本国から遠い属州なワケだし」


「だな。して考えると、他の中小国家が候補だな。だがアデルニアは今仕掛けられる状態じゃないし、聖国の狗に下って長いイーファル共和国も薄い」


「なら、他の小国かな?」


 そう考えるのが自然だが、しかしラグナの言葉にリンクスはいつになく難しい顔をして俯いていた。


「帝国と聖国、どっちかに傾いた国ってよりかは、やっぱ中道派を疑うべきだろうな」


「……つまり帝国と聖国の反目を喜ぶ国家か。そんなの、どこにでもありそうだけれど」


「まぁそうなんだがな……戦争後、勝利して消耗した片割れを囲っておいた錬金術師の怪物で美味しく頂く――俺でも思いつく筋書きだが、流石に安っぽすぎるかな?」


 そう自嘲を込めて笑い、残ったアイスを食べきるリンクスだが、その言葉を聞いてラグナの中には閃くモノがあった。


「カルネアス実験区の襲撃の意図は――帝国の戦力を削ぐため?」


 二大国家の戦争を長引かせるため、戦力の均等化を図る。

 あまり真剣に考えた結果の発言では無かったが、これまでの前提とは噛み合う理由だ。あくまでも、これまでの仮定があっていたらの話ではあるが。


 そう何気なくラグナが呟いた瞬間、リンクスはいつなく鋭い目で何処か遠くを見つめ――やがて一つ舌打ちをした。


「一つ、ロクでもねェ事を思いついた」


「……聞かせて貰えないかい?」


 このような様子の友人は余り見た事がない。故にラグナは刹那の覚悟を握り、やがて尋ねた。

 果たしてリンクスは、あまり気を揉ませる事も無く直ぐに、そして簡潔に答えた。


「――セフィロト」


「……っ!」


 ごく単純な単語を聞いて、ラグナもまた目を見開く。


「あの環境なら錬金術師共を匿うのに丁度いい。学術都市だっけか、お似合いじゃないか」


「――確かにそうだけれど」


「急くなよ、それだけじゃあない。そもそも不自然の塊みたいなあの都市が、講和会議になって急に門を開いた。あの妙な動きも、帝国と聖国の決定的な反目を狙ったとすれば、得心がいく」


「……あるとすれば、そんな事をする理由はなんだい?」


「セフィロトにはあの“ケテルの鏡”がある。ガイア大陸の中心、魔力の湖。――仮に帝国が勝ったなら、潤沢な魔力のあるセフィロトは侵略対象だ。ご存知の通り、帝国は万年魔力切れだからな」


 戦争の後、二大国が争っていたが故に中立地帯として成立していたセフィロトは、どちらかが負けた時点で勝者側の侵略は免れない。

 取り分け帝国はセフィロトを襲う理由がある。潤沢な魔力のあるセフィロトは、聖国という脅威さえ無ければ真っ先に攻撃対象となるだろうから。


「……戦争の後、勝者が聖国であれば与し易いと、セフィロトが考えていると?」


「少なくとも属州政策を推す帝国よりかはな」


「……確かに納得は行く。面白い考えだと僕も思う。いや、その通りだとしたら何も面白くはないのだけれど」


「だろ、俺にしちゃあ冴えてるぜ」


「自分で言うんだ、それ……。けれど錬金術師の行方と実験区襲撃の関連性として、これ以上に納得のいく推定を出すのも難しい。僕の方でもセフィロトを調べてみるよ」


「だな。少なくとも何かしら証拠がないと、ベアトリスクの姉御に奏上する事もできねぇ」


「……もしもこの考え通りなら、戦争なんてやってる場合じゃないんだけどね。でももう、止まれないか」


 人類共通の大敵たる魔王を囲う国家がある。

 そのような状態はもう、戦争で人類種同士殺し合い消耗している場合ではない。

 だが、講和会議での反目と核熱魔法によるヴァーロム壊滅が互いを決して引かせはしない。

 

 今までの仮定が合っていたとすれば、帝国と聖国はいい笑いモノだ。何もかもセフィロトの思い通りになっている。

 だが今からでも遅くはない。前線への移動命令が出ていない以上、四将軍ラグナ・レイヴェールのやる事は変わらず、情報面での戦いである。

 

 やはり、この友人に愚痴って正解だった。この部屋に入った当初の心持ちが幾らか変わった所で、扉が叩かれる音が聞こえる。


「失礼します、マグナハート将軍」


 入ってきたのはリンクスの秘書の女。彼女は手に書類を持ち、恭しい態度で部屋に入室する。


「レイヴェール将軍も……申し訳ありません、ご歓談を邪魔してしまい――」


「いいや、構わないよ。それより何か用があったんじゃないかい?」


「ええ……マグナハート将軍、コチラを」


 秘書はリンクスに書類を手渡した。リンクスはそれを受け取りしげしげと眺めた後、いつになく嬉しそうに牙を剥き出して笑った。

 ついで彼は立ち上がると、壁に掛けてあった軍用外套を羽織り、執務机に置かれた軍帽を被った。


「祝いだ、ラグナ。俺のおごりでイイ、飯食いにいくぞ」


「それはいいけど、とっても嬉しそうじゃないか。何が書いてあったんだい?」


 ラグナがそう尋ねれば、待っていたと言わんばかりにリンクスは悪戯っぽく微笑んだ。


「待ちに待った前線への移動、ようやっと、勇者共と戦えるってワケだ」

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