160 新世界秩序、旧世界黙示
悪いがいつもの挨拶はナシだ。流石に児戯に興じてる暇がなさそうなモンでな。
カッコつけて啖呵を切ったはいいものの、正味予想していたより遥かにヤバそうなヤツが出て来た。
天使院第九層。その最深部に居たのは、まさに「天使」なのだが……まず見た目がキモい。いや、それはいいんだが――でもキモいし。
容貌は「膨れ上がった白い巨人」である。〈臨界駆動〉を発動し、第二形態になった俺よりもデカい。――三十メートルは超えてるか?
死蝋のように生白い肌を持つ、人型を象っただけの人形のようにも見える巨人。だがその膨れた腹や腕は余りに気色悪く、顔らしき部分は無数の眼――しかも血走っている――で覆われており、口だの鼻だの、人がましい部位は見受けられない。
どうやって喋ってんだアイツ。
吊るされるようにして中央に聳えるその「天使」は、八本ある腕と六枚の燃えるように赤い翼を広げ莫大な魔力を迸らせていた。
「――炎の六枚羽、間違いなく熾天使級だな。……アインの野郎、厄介なモン押し付けやがって」
熾天使――天使と呼ばれるタイプの異界者の中でも最強格。聖性を帯びた異形の中でも、頂点に位置する存在。単純に召喚魔法で呼び出すとなれば、最上の術式を詠まざるを得ないだろう。
お察しの通り、強い。
過去俺が戦ったアルデバランやミゼーアもまた、余剰次元の異界者だ。しかし連中とは異なり、コイツは天使。聖性に生きる存在は、魔性に対して絶対的に強者となる。
悪魔みたいな連中とは異なり、俺のようなキマイラは物質的側面が強く、聖なる力が一発アウトな弱点ってワケでもないが――事実として、他の攻撃手段よりもダメージの比率は大きくなってしまうだろう。
……再生できるし、不老不死なんだから大丈夫だろうとは思うけど。
まあでも、確かにここまでの聖性の存在なら、セフィロトじゃ勝てそうなのは俺かクソトカゲくらいしか居ないだろう。
適任なのは認める。イルシアや俺の力を買ってくれているのも、まあいいだろう。だから一先ずアインへの恨み言は呑み込んで、コイツをぶっ殺さねえとな。
「天使狩りだ、いくぞオル・トロス!」
「ブッ殺スゾー!」
「イクヨ、イクヨ!」
殺意を滾らせる俺たちキマイラの咆哮が、空気を叩く紅い雷光の如き魔力が沸き上がる。迸るエリクシル・ドライヴの駆動が、強靭無比な筋肉を、骨格から神経に到るまでを強化――
「では……始めようか。〈聖浄光撃〉」
――そうして吶喊の刹那前、右の四本腕だけで構成された印を突き出し、熾天使オーレリウスの〈聖浄光撃〉が発動。いっそ暗い程に眩しい霊力が迸り、無数の光線と化し嵐の如く俺へと殺到――!
「はっ!」
回避の場所がない程に密集した高速かつ強力な飛び道具――だが、如何せん単純に過ぎる。
その程度では掠り傷さえ負えない。嘲りと共に跳躍――足元が爆ぜ、勢いよく空中へと躍り出る。
熾天使オーレリウスが中空の俺へと再照準――〈聖浄光撃〉が降り注ぐ中を跳び、円状の壁面へと着地。
どういうセンスのインテリアかは知らないが、壁一面がパイプオルガンになっている。伸びたパイプの切れ目に足をつっかけ、壁に張り付く俺に――再び霊子光の嵐。
「マブシイ、マブシイ!」
「バカの一つ覚えだな」
誰がワントリックポニーなんぞに付き合うか。
幾度目かの嘲りを口にして俺は疾走――壁を蹴って思い切り走り、第九層を円周。
連射されて飛ぶ〈聖浄光撃〉を回避しながら、中央に聳える熾天使オーレリウスへの攻撃に相応しい死角とチャンスを窺う。
しかし……どこから攻撃しても同じだな。相手は余剰次元の異界者。当然だが尋常ならざる存在であり、超自然的な知覚能力を保有していても不思議ではない。第一あの頭部の無数の眼――死角なんてないに等しい。魔眼出しまくった俺みたいになってるし。
「なら――ん?」
どこでもいいからひと当たりしてやろうと思った矢先、壁に張り付く真っ白い繭だか卵だかが蠢き、中から何かが飛び出してくる。
「ちっ、新手か」
卵から産まれたのはやはり「天使」である。人型なのかそうじゃないのか、よく分からん異形共。だがやはりとして聖性を帯び、翼を広げる姿は正しく天使である。
オーレリウスなる熾天使と同じく「受肉」しているが、
「――権天使、能天使、一つ飛ばして主天使か。はっ、数打ちの雑魚共かよ」
――その格は当然、熾天使以下である。故に自我も薄く、恐らくは隷属するだけの存在だ。主天使は兎も角、他は天使の中でも中級が精々の雑魚共。そのようなカス共を引っ張り出した目的は明白――足止めだ。
ならばわざわざ付き合ってやる理由もない。適当に散らして首魁たる熾天使への道を切り拓くのみ。
「――オル、トロス! 雑魚天使共は任せたぞ!」
「任セテ、任セテ!」
「オイラ達ガ背中ヲ守ルゼ!」
頼れる同居人へそう吼えれば、阿吽の如く返事が返ってくる。その頼もしさに満足を覚え、壁を蹴る脚に更なる力を籠め疾走する!
「シャァァァ!!」
「ガァァァ!!」
双子の魔蛇が白銀の鱗を煌めかせて咆哮する。普段の様相をかなぐり捨て、本来に秘めたる魔性を剥き出して。
産まれたと同時、壁を走る俺へと殺到する羽虫共。だが俺が薙ぎ払うまでもなく、オル・トロスがしなって飛ぶ――っ!
「オリャー!」
「ブッ飛バス、ブッ飛バース!」
パァンと空気を破砕する音は、超重量、長射程の鞭撃が音速を超え対象を穿つ轟音。
天使の異形の頭蓋は砕け、翼は捥がれ、その身体は速やかに解体される。
死すると同時、身に宿す魔力と混じって煌めく塩と化す天使共――即席の雪景色を超え、視界に捉えた熾天使に向け、壁を発射台に勢いよく飛ぶ――!
「――〈部分変異・鋭利なる魔爪〉ッ!」
中空で右手の爪に〈部分変異〉を施し異形にして鋭利な武装を顕現。拷問器具か処刑道具を思わせる残酷に反る爪に、魔力が速やかに通り強化。紅い雷光が天使の園に残光を刻んだ。
「白豚手羽先野郎が、くたばれっ!」
キショい天使のぶよぶよの首筋目掛けて振るう爪――強化されたそれらの一つ一つに圧縮した魔力は強大にして無比。如何なる肉だろうと骨だろうと、バターのように切り落とせる。これで育ち過ぎの天使を屠畜してくれるわ。
「――〈霊域招来〉」
――だがその刹那、今度は左の四本腕で結んだ印。熾天使オーレリウスが詠む神聖系統第十位階〈霊域招来〉が起動。白く清浄な防壁が瞬く間に編まれ、俺の爪と魔力とを悉く退ける。
カァンと、鉄の音にも似た擦過。障壁に弾かれ中空で体勢が崩れたその時に、熾天使の右腕らが上がり、俺へと向けられる。
「やばっ」
生じる危機感は確かな予感。迸る魔力が急速に霊力へと変じ、眩いばかりの閃光と化していく。
「――オル・トロスッ!」
その収束は火竜の大口か、はたまた大口径の火砲そのものか。予感する攻撃を喰らうまいと、俺の口が同居人への命を奔らせた。
「「シャァアァ!」」
獰猛な咆哮と共にオル・トロスが壁と飛翔――オルガンのパイプやら壁の突っかかりやらに嚙みつき……刹那の内に伸縮!
「〈五霊神髄〉」
オル・トロスに引っ張られる形で熾天使の前から飛び去った刹那、神聖系統第九位階〈五霊神髄〉が顕現。圧縮されて尚極大な霊力の弾が、瞬間前まで俺が居た場所を通り、後ろの壁へ着弾――触れた瞬間に膨れ上がる眩い霊力の閃光が、加害範囲から大きく逃れているハズの俺の被毛を、僅かばかり焼いた。
「クソが」
罵倒が喉を衝く。これでは戦闘前と変わらない――いや、今も尚鬱陶しく雑魚天使共が湧き上がり、おまけにこの場の主たる熾天使は防御の障壁の中に閉じ籠っている。開始前より始末が悪い。
「しかも霊子防壁かよ、面倒だな」
神聖魔法で編まれた防壁は突破が難しい。俺のような魔性へは、別して高い防御性能を誇る。
突破は困難、雑魚は大量、立ち位置は元の木阿弥。然らば取るべき手段はただひとつ。
「――〈部分変異・アルデバランの腕〉ッ!」
エリクシル・ドライヴより練り上げた魔力が真っ赤な雷光と化し、設計時のソレを除けば、もはや最も古くより付き従う変異が顕現する。背中より隆起する肉片は、かつての大敵アルデバランの腕へと変化し、またぞろ魔導を振るわんと現れた。
「仕置きは後だ、アルデバラン。手っ取り早く勝負をつけるぞ」
直近で俺に中指立てやがったアホをシバいてやろうかと思っていたが、そんな事をしている余裕はない。
呼び出されたアルデバランに即座に命令――俺の指令を受け、即座に魔力を巡らせる。莫大量の魔力に巻かれ、すぐさま術式が立ち上がった。
――代理詠唱終了、術式実行。
「残らず灼き果たせ――〈星火燎原〉っ!」
刹那、何もかもを焼き焦がす星の悪魔の権能が顕現した。
かつて世界を焼き、今や天の使いさえ焦がそうとする異能は、赤い熱光線となり地下深くに迸る。天使を、その繭を、或いは救世の園そのものさえ滅せよと。
――轟熱。灼熱そのものが渦を成して天使共を焼き殺していく。余りに極大の熱光の前には物質は残らず発火現象さえ起らない。ただ速やかに消えてなくなるのみ。
「魔力放出を続けるっ! 一帯全てを薙ぎ払えっ!」
投射と乱反射を続ける熱光線。円形の第九層を一周するように腕を翳し術式を放ち続ける。無数にいる天使を、未だ孵らざる卵さえ溶かしていくが――
「実に――奇妙だな」
霊子防壁の奥から聞こえる熾天使オーレリウスの余裕そうな声。俺の魔力で放つアルデバランの〈星火燎原〉でさえ、霊子の壁は厚く拒絶していた。
魔力とも呪詛とも性質の異なる霊力は、正方向の存在にとっては極めて高い出力効率を持つエネルギー源だ。おまけに魔性の存在を組んで造られた俺の魔力は、どうしたって呪詛を帯びている。
霊力と呪詛は互いに反発しあい、削り合う。そうなれば一度の出力勝負になるワケだが――
「――あの白豚、相当貯め込んでるな」
いつだか話した事だが、一度の出力量は肉体の魔力回路に左右される。それはつまり、単純に物質としての質量が大きい程有利って話になってくる。
つまりはガタイが良い程有利って、身も蓋も無い話になるんだが――見ての通り、あの熾天使は三十メートルは超えているほどに巨大。対して俺は二メートルと四十が精々――十分デカいけどさ――ミゼーアの時と同じく、出力では負けている。
だからこそ魔法、術式を介する事で如何様にも出力と威力を圧縮できるのだが……やはり霊力がネックになる。
魔力はニュートラルな存在なので、霊力や呪詛への干渉効率はどれだけ贔屓目に見ても半分。故に魔力が霊力や呪詛とぶつかる場合、費やした分だけ干渉能率が上がる。
――それでも呪詛と霊力の方が「上位者」なので、防御であれば完全に防ぐ事は出来ないし、攻撃であれば基本九割は減ぜられる上、ノーダメもままある。
対して呪詛と霊力は完全な競り合い。数値が高い者が勝つ単純勝負。相手の呪詛ないし霊力を削り切れば、あとはプールしている余剰分全てを通す事が出来る。
こうなるとやはり熾天使オーレリウスの方が有利である。貯蔵魔力も多いが、問題は量ではない。
そもそも魔力量勝負なら、エリクシル・ドライヴのある俺に勝てる存在は居ない。出力で押し切れないのが面倒なのだ。
〈臨界駆動〉で第二形態になれば解決する課題であるが――恐らく俺の第二形態の暴れっぷりに、天使院そのもや、隠蔽用の結界の方が耐えられない。そもそもの大前提である「秘密裏に天使院を攻略」という目的が破綻してしまう。
故に今回の戦いは残念ながら第二形態の縛りあり。大変面倒だが、少しばかり工夫する必要があろう。
「搦め手から行くか」
ある術式の起動を命じた瞬間に、アルデバランの腕が速やかに動き中空で印を結ぶ。――刹那、代理詠唱が終了し魔導が顕現する。
「閉じろ、〈死胎の柩〉」
術式の発動と共に、紅い雷光の如き俺の魔力が莫大量の呪詛となり、天使院第九層最深部を覆っていく。――真っ赤な呪詛が結界となり内と外を完全に遮断。閉じた瞬間、嘲弄するように結界に大量の眼と口が浮かび、内部に重苦しい呪詛が満たされる。
「これは……逆結界か」
「その通り――魔力炉からの供給なんぞ、小賢しい真似は終わりだ」
呪詛系統第十二位階〈死胎の柩〉――防御や補助の為である「結界」とは異なり、妨害や封印を旨とする逆結界魔法。
中でも〈死胎の柩〉は、内と外を完全に分かち、内部に大量の呪詛をバラまいて全生命を妨害、逆に俺のような魔性の基礎能力をブーストする。
か弱い命なら内部の呪詛怨霊の類に堪えられず、すぐさま苦悶して死ぬ事だろう。
そしてミソなのが、この術式の「逆結界」としての基礎効果。即ち「内と外の完全隔離」である。
魔眼で一目見て分かっていたが、奴は施設の魔力炉の半分以上を自らへの供給に使用している。結界で遮断する事で、魔力炉からの流入を防ぐ事が出来る。
如何せん保有魔力そのものがデカいから、そうすぐに効果が現れるモンでもないが――呪詛のレジスト、魔法の維持。様々な事に費やしている内にジワジワと効いてくるハズだ。
「成程」だが……件の熾天使はその感情に些かの揺らぎさえ見せず、多数ある手を軽く上げた。「確かに必然の一手。故にコチラも当然を返そう」
――その瞬間、展開した〈死胎の柩〉がノイズめいて揺らぎ、アルデバランの腕が苦悶するように、或いは何かを耐えるように震え始める。
「どうしたアルデバラン?」
「オテテ、ブルブル、ブルブル!」
いや……これはまさか――過った疑問はすぐさま結論へ至るが、
「――〈聖浄光撃〉」
――その間隙を見逃すハズも無く再び熾天使オーレリウス放つ霊子光の嵐。飛翔する致死の閃光を縫うように回避回避……僅かに避け切れず腕を掠るように抉る。
「ちっ」
霊子で抉られた腕が煙を上げている。――ダメージ自体はカスだが……自動再生の自己回復が遅い。霊力が俺の魔力と干渉して再生を遅延している。
「クソが」
たっぷり一分以上遅れ、やっと回復を開始した俺の肉体。何もかもうざったくなってまたしても罵倒が零れる。
このように、聖なる力は俺にさえ明確な傷を与える。
回復は可能だが速度がかなり遅い。今のように掠り傷なら兎も角、肉体全てを喪失するような大ダメージは絶対に避けねばならない。
いくら俺とて動かせる身体が無ければ戦えないからな。
「それよりも――不味いな」
不味さの原因は件の逆結界。結界に走ったノイズは今や酷くなり、いつ崩壊しても可笑しくない。
これは間違いなく――対抗魔法だ。
対抗魔法――無属系統に類する術式で、敵の術式そのものに干渉し、妨害および解体を行う。
この世全ての術式には「論理防壁」と呼ばれる対抗魔法用のセキュリティがあり、通すにはこれを突破する必要がある。
論理防壁の強度及び妨害側の対抗魔法の強さは、全て術者の「演算領域」に依存する。つまりまあ、魔導師として優秀であればあるほどこれらは推移するんだが――
「有り得るのか――? アルデバランが、こと魔法で押されるなんて」
逆結界を嫌った熾天使が、その結界を破壊しようと対抗魔法を詠んだ。
必然の成り行きではあるが――アルデバランの演算領域は、奴の因子自身の性能、そして変異用に確保した「エリクシル・ドライヴ」のメモリを貸し出している。
その性能は言わずもがな、コイツ以上に強い魔導師なんていない――と思っていたが、少なくとも対抗魔法で競り合うくらいにはあの「熾天使」も優秀らしい。
「――論理防壁の再構築、及び増設だっ。お前と競り合えるくらいの魔導師に、魔力の自由まで許すワケにはいかない! ちっ、オル・トロス! 雑魚共を払え!」
「ヤッテルヨ! ヤッテルヨ!」
「イクラ殺シテモ、ウジャウジャ出テクルンダゾ!」
〈星火燎原〉で薙ぎ払ったにも関わらず、雑魚の天使共は未だ大量にいる。オル・トロスも先ほどから必死に露払いしてくれているが、如何せん多すぎる。
無限沸きかよ――なんて俗っぽい文句が零れてしまう。こんな状態で魔力炉からの魔力供給までさせるワケにもいかん。
第一、対抗魔法で術式を破壊されるのは非常に不味い。
術式を破壊されると、それを構築していた魔力が“全て”術者に跳ね返るのだ。これは魔導師にとってあまりに致命的なダメージになる。詠もうとしていた魔法の強さにもよるが、即死さえ珍しくない程だ。
これをリバウンドと呼び、故に魔導師は対抗魔法を恐れ、自らもまた修めようと学ぶ。余談だが、論理防壁というシステム自体の研究や技術の研鑽も人気であり、これらの学問も「対抗魔法」の一部に含んでいる。
俺が発動した〈死胎の柩〉は第十二位階――込めた魔力は莫大。それがリバウンドで返ってくるのは不味い。俺に治りの遅いダメージを与える術がある熾天使相手に、それは致命的間隙になるだろう。
「ほう――」
突破されかけたセキュリティの再構築を察したか、感嘆の声を零す熾天使オーレリウス――またしても魔力が走り、逆結界が揺らぎアルデバランが苦しみ出した。
また対抗魔法――しかも今度は侵入が速い! 間違いなく突破される――クソが、させるか。
「――“システム・トリスメギストスより副管理者権限、緊急プロトコル実行! エリクシル・ドライヴ、余剰演算領域解放――因子接続。対象:アルデバラン”――!」
――エリクシル・ドライヴの機能の一つ、余剰演算領域の一時貸与。これは貸与の対象とエリクシル・ドライヴの基幹システムを同調させることにより成り、何処まで行っても外付けの武装である「変異因子」を一時ではあるが、完全に受け入れる事になる。
これにはリスクがあり、故に緊急時以外の使用は制限されている。
アルデバランの場合は、奴が行使する術式のフィードバック――つまり、俺本体の演算領域への負荷。
「――っ!?」
ノイズめいた頭痛が走り、視界が一瞬黒く染まる。直ぐに正常化するが、未だ頭痛のような不可思議な鈍痛が俺の動作を「重く」していた。
確かにエリクシル・ドライヴの演算力は超抜級だ。
とはいえそのオーバースペックは、俺という兵器本体を最大に生かす為。武器に掛けるコストが重くなって、車両自体がガタつき出すのは本末転倒。
だからこそこれは緊急、窮余の手段。
熾天使オーレリウスからの対抗魔法を凌ぐため、俺自身の演算領域を解放する。必然――論理防壁を維持する為に凄まじい勢いで食いつぶされていくメモリの、ウザったいフィードバックを受ける事になる。
「クソっ――アルデバランっ、お前は逆結界の維持に専念しろっ! コッチで勝手にお前の因子から術式を“引き出す”」
もうアルデバランに術式での援護を期待するのは不可能だ。魔導攻撃は俺自身が「詠唱」する必要がある。
しかし――コイツ、どこからこんなアホみたいな演算領域を確保しているんだ。タネさえ分かれば、多少は攻略に役立ちそうなモンだが――
「――今はいい。力押しになるが状況を続けるよりマシだ」
さっさと――少なくともヤツの霊子防壁を破壊しないと。未だ攻撃一つ通せていない。
その焦りが、俺に更なる「因子」の投入を決意させた。
「――〈部分変異・ミゼーアの時針〉っ!」
地を蹴り壁を走り、降り注ぐ霊光を避け続ける中、エリクシル・ドライヴより練り上げた魔力を因子に与えて呼び覚ます。
ブリューデの奥底に潜む余剰次元の異界者――「ティンダロス」の主たるミゼーアの尾が、久方ぶりに顕現した。
「狭イゾー!」
「バカ蛇が、文句言うな! ――ミゼーアっ!」
名を呼ぶ言の葉に込めた意思により、言わずとも理解したのだろう。赤熱する魔力が不浄なる波動へ変じ、時空が静かに歪んでいく。
「――“余剰次元開門、ライデルよりティンダロスへ強制接続”――」
ミゼーアの蠍のような尻尾、その先端にある宝石のような針を囲う円形の「門」がかつて彼の居た世界への扉を開く。
「――っ、成程、脅威だな」
急速に高まる魔力に息を呑む熾天使オーレリウス。――同時、奴も魔力を奔らせる。何かしらの術式の予備動作だろう。
小賢しい、それごと砕いてやる。
「――“魔力供給開始……充填終了”――」
ティンダロスから吸入した「不浄の魔力」が俺のソレと合わさり混合される。何もかもを拒絶するミゼーア最大の権能――かつてヤツ自身が俺と相対した際、振るった業。
「――死ね、〈対物質砲〉」
――刹那、紅く蒼い異常にして不浄の魔力が迸り、全てを焼き解かす。形有る者全てが憎くて堪らぬと、異形の尾が吠える度に滅亡の熱光線が解き放たれる。
――〈対物質砲〉。かつて俺と戦ったミゼーアが使ってきた魔力放出。有り体に言えば単なるビームだが、奴の領域たるティンダロスの魔力は、物質に対しての猛毒となり齎す破壊力は絶大そのもの。
いい加減これで死んでくれ。そのような俺の思いは――
「――“汝を毀つ総ての脅威から遁れ出よ ”――」
――熱光線による攻撃が終了し、晴れた煙の先には無傷の熾天使オーレリウスがいた。その総体を覆う、見慣れぬ文字で象られた円環式の防壁に守られて。
「〈聖霊式・十戒呼号〉――故にこの身には、全てが遠い」
再び翼を広げる熾天使には、ただひとつの曇りさえ見えない。
「クソが――久しぶりに面倒だよ、お前」
鋭く投げた視線と共に、鳴らした指がパキリと獰猛に響いて消える。
今だ始まったばかりの闘争は、早くも混迷を呈し始めていた。




