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157 万華鏡の流儀

 ――僅かに遡り、場所は天使院第二層最下。二層中部や上層とは異なり、第三層へ続く階段や、通路の奥にある昇降機を除けば、完全な円形である。

 見ようによっては円形闘技場にも思えるその場所で――相対する二つの影。

 衛士隊(アークエンジェルズ)の衛士オーレイと、ツインテールの美少女ヘルメス・カレイドスコープである。

 

「〈戦技〉」


 白い鎧姿に、エストックを繰る衛士オーレイが、肉体に巡らせる魔力を収束させ、構える刺剣に力を籠める。


「〈鬼哭閃〉」


 螺旋の如く捻じった刺突が、強烈な勢いと魔力を纏って解き放たれる。

 グォン、と独特な轟音鳴らす攻撃――それをヘルメスは容易く飛んで回避。手すりに着地したヘルメスは、逆手に持った螺旋状の短剣――ツイストダガーを弄び、蠱惑的な顔立ちを高慢な笑みに染めた。


「使えるんだ、〈戦技〉――ちょっとカンシン」


「……」


 嘲るようなヘルメスの口調に、衛士オーレイはただ黙ってエストックを構え直した。

〈戦技〉――肉体の駆動、技の型を通ずる事を詠唱の代替とし、魔力と合わせる事で魔法めいた異能を発現させる技術の総称。

 術式を展開する事も演算詠唱する事も無いが、それらの代わりとして「型」を演じるのだ。“言語外詠唱”――等とも呼称される。


「アタシそれ知ってるよ~。新生前、旧世界の〈戦技〉でしょ? ニンゲンにしては物持ちイイじゃん~」


「……届いていたか、お前のような魔性にさえ――かの公国騎士の業前は」


 新生前の世界にて生まれ、終の時代たる“光歴”終盤に隆盛を極めた、ある〈戦技〉の流派。

 斧を主体とする斬撃と殴打。そして刺突……その二種の技があった。

 取り分け、使い手の極致とされる“ローヴェニア公国の槍騎士”は、今の時代にさえ名を残した英傑だった。


「でもさぁ、アンタみたいな如何にも木っ端って感じのヤツが、公国の猛牛騎士の百分の一にさえ及ぶとは思えないのよねー」


「フン、確かに未だ発展途上とは自覚しているが――」魔力を纏わせ高速化した刺突を、手すりに立つヘルメスへ見舞う……それを軽く回避。避けて尚嘲る態度を崩さぬヘルメスを、僅かに苛立った様子で見据えた。「――驕りが過ぎるぞ魔族めが。過ぎたる油断が身を滅ぼすと、魔性にふやけた脳では理解も叶わぬか」


「アハハ、言うじゃんアンタ。でもバカね、分からないなんて」


 クルクルと器用にツイストダガーを回すヘルメスが、キラリと輝くエメラルドの瞳を獰猛に歪めた。可愛らしい少女の貌、或いはその奥に秘めたる魔性を覗かせるように。


「格の違い、教えたげるわ。力や魔力、才能だけじゃない――技でだって、アンタが及ぶべくもないってコト」


「……ほう、その小さな刃に恃むというワケか。興味深い」


「アハハ、それこそ油断ってヤツじゃんねぇー? まあいいわ、カレイドスコープ式の暗殺剣――見せたげる♪」


 先代情報部総長、ハイレインより継いだ暗殺剣の真髄――目の当たりにした者はいない。

 見た者は――例外なく死んでいるから。


 ちなみに……暗殺剣の正式名称は〈超美麗剣技・カレイドスコープ式・絶殺(ぜっころ)★暗殺剣〉――である。本当に意味不明だし恥ずかしいのでヘルメスは唯の一度も正式名称を口にした事は無い。


「――フン、良かろう。お手並み拝見だな」


 再びエストックを構え直し、冷酷にヘルメスを見据える衛士オーレイ。そしてその鎧女を見下すように酷薄な笑みを浮かべるヘルメス。

 互いに構えた刺突武器の切先が、薄甘い闇の底に危うく揺れた。


「――せぇぇい!!」


 先手を取ったのは再びの衛士オーレイ。鋭い踏み込みの勢いを乗せ、魔力で強化した威力十全の刺突。殺意も速度も十分ではあるが――いくら他の者に劣るとはいえど、ヘルメスとてタウミエルの一員。この程度の相手に後れを取るほど愚劣ではない。


「あははっ!」


 久しぶりに派手に戦い、身体を動かすのも悪くない。その考えがヘルメスを底からの笑いに誘う。

 エストックの切先を短剣で逸らし、逸らし逸らし――弾き飛ばす。弾かれたオーレイは勢いのまま後方へ一転――回転してからエストックを振り下ろす――!


 厚い鎧を貫通させ、両手でも用いる事を想定したエストックは、全長が長く刺剣の印象とは裏腹に頑丈である。そのリーチを生かし、敵を叩きつけるように扱う事も可能。


 ――可能と言うだけで決して打撃に向いているワケではないし、適当に扱えばボキリと折れる事必至なのだが、呆れた事にオーレイは、魔力を通して物質としての質量や強度を強化。凄まじい勢いで振り下ろされたその一撃は、宛ら戦槌の如き暴力を秘めていた。


「雑よ!」


 その意気や良し。だがあまりにも大味に過ぎる。煽りと共に軽く回避――直前までヘルメスが立っていた地面に振るわれるエストックが、ゴォンと派手に抉り爆裂的破砕を引き起こした。

 ……砂埃の中、苛立ったように具足を鳴らすオーレイが現れる。


「見事、見事だがな――」オーレイはその手に携えた両手刺剣をピタリとヘルメスへ向ける。「――守勢守勢、守りばかりではないか。抜かすなら抜かした分だけ、しかと打ち合わんか!」


「……ハァ、鬱陶しい」


 熱気まで漂わんばかりの物言いに、ヘルメスは心の底からの嘆息が零れた。ヘルメス・カレイドスコープは、この手の暑苦しい人物がひどく苦手であった。


「なんていうの、体育会系? 無理無理ムリ~。好きにすればいいけどさぁ、こっちに強制しないで欲しいよね~」


 短剣を回し、柄を指に乗せて弄ぶヘルメスがグチグチと呟いていく。

 別に自由にしたらいいと、ヘルメスも思うが――他人に強制するのは違う。熱血精神論で自分を追い込むのは、そうしたい連中同士でやればいい。


 ――だったら根性論を部下に振りかざすなと、シモンがこの場にいれば言った……かは兎も角、思いはしただろう。無論、ヘルメスは自分の事を完璧で完全な上司だと思っているので、そのような懸念になど至りすらしないが。


「でもまぁ、そろそろ一芸くらいなら見せてもいいわよ。――けれど覚悟なさい。秘伝とは秘するが故にその名を冠する――見て知り得た、然らば末路はただ一つ」


 ツイストダガーを逆手に構え、衛士オーレイを正面から見据えるヘルメス。その瞳は鋭くありながらやはり可憐。


「覚悟を済ませたなら……立ち合いなさい」


「……本気になったというワケか? 望むところだっ!」


 先よりも更に殺意と戦意を剥き出すオーレイがエストックを構え直し、再び魔力を励起――!


「〈戦技――月鳴牙〉ッ!」


 魔力によって膨れ上がったような刺突――コォォっという異音は宛ら月が吠えているかのよう。

 凡人であれば幾重にも葬れただろう。或いはヘルメス以外の魔族になら通用もした。

 だが、遠い。


「ふふっ――」


 笑い声の内、静かに立ち上げた魔力が得物であるツイストダガーを覆い接続――宛ら腕の延長の如く感じられるそれを、確かめながらヘルメスは……確かに呟いた。


〈戦技〉――と。


「〈大風(ダーフェン)〉」


 抜刀術、と呼ばれる戦闘技法がある。納刀した状態の刃、その抜刀からの一撃に懸ける技術である。

 ガイア大陸の傍――ともすれば外大陸に程近い小大陸群を源流とするその技術は、元は不意の襲撃に備える為の技であったが、流派によっては鞘の中での溜めを生かし、神速の領域に到る術もあったという。

 

「――な」


 ――刹那、緑風の斬撃が横に走る。一瞬の遅れを伴って斬撃が「ズレた」ように煌めき、やがて自らの死を知覚したように、衛士オーレイは生首を落とし草笛にも似た音を上げ、鮮血を吹き出した。


 カレイドスコープ式・暗殺剣――〈大風(ダーフェン)〉。これは先ほど申し上げた抜刀術の思想とはまるで逆。


 隠匿しやすい短剣を起点に使い手の魔力回路と接続、抜刀の瞬間に魔力で刃を形成――逆手に構えた暗器の利を生かし、足りないリーチを補う。

 神速かつ「攻撃の瞬間まで存在しない」斬撃を短いタメで放つ〈戦技〉である。


 実存の武装を用い、不意打ちへの対策たる抜刀術とは異なり、暗殺の為に振るい、刃は最小にして魔力で補う。

 如何に相手の間隙を狙い葬るか。それを突き詰めた暗殺の術――或いは殺人剣である。


「だから言ったのに――見たら死ぬって」


 血濡れのひとつさえ無いツイストダガーを弄び、崩れ落ちた衛士オーレイへ冷淡に告げるヘルメス。蠱惑的な少女は、血濡れの酸鼻にあって尚美しかった。

 だが――


「――成程、しかと見て、受け止めたぞ」


 莫大な霊力が転がった死体の血を逆巻き、首を繋げ、瞬く間に蘇生し息を吹き返す衛士オーレイ。彼女はエストックを拾い直すと、ただ冷静に呟く。

 思わぬ事態にヘルメスの眼が細まった。


「此度の試練、いくつ毀たれれば超えられるか――」


「……ふぅん」


 ただ冷静に死を受け止めるオーレイは細剣を構え直しヘルメスへ向き直った。

 対して少女は、


(生き返り方――キモくない?)


 不気味にも思えるオーレイの蘇生に、僅かな嫌悪を抱きながらも武器を構える。

 しめやかに第二ラウンドが始まった――。






「――キモイ! キショイ! 本当にキモ過ぎる!!」


 薄暗い監獄塔で響く少女のキャンキャンとした声。当然ヘルメス放つ苦悶の咆哮である。

 

「どうしたっ! 私はまだ生きているぞ!」


「なーにが生きてるよ!! 死んでんじゃん! 生き返ってるだけ!」


 苛烈に叫ぶオーレイに勢いで反駁するヘルメス。事実、既にヘルメスは衛士オーレイを三度殺している。だが三度とも生き返り、今まさに元気いっぱいに攻撃しているのだ。理不尽――というより意味不明である。


「ねぇなんで生きてるの?! 何で死なないの!? きっっっしょい! アタシに近付かないでくれる!?」


「はっ、随分な言い草だな魔族め! 蟲の如くしぶといのはお前達とて同じだろう?!」


「ハァ?! いまアタシの事ゴキブリ扱いした!?」


 互いの戦闘は罵倒の応酬と共に更に苛烈を極めていた。死を厭わずヘルメスに挑むオーレイのせいで戦場は徐々に移っていき、階層を昇るように移動――いまや第二層中部にまで差し掛かろうとしていた。


「ハッ! その気は無かったが――ならば油虫の如く潰れるがいい! 〈戦技――月鳴牙〉!」


 コチラをゴキブリ扱いしてきて大変失礼なオーレイに青筋を立てる間も無く、当の女衛士による〈戦技〉――飛んで回避。天井に激突し派手な破砕音と砂埃を撒き散らした。


「いい加減――ウザいわよ! 〈大風(ダーフェン)〉ッ!」


 着弾の後隙を狩り取るように幾度目かの〈大風(ダーフェン)〉――振り抜いた逆手の斬撃が、その刹那に魔力の刃を生じオーレイを切り捨てる。――が、またしても再生。逆再生のように傷口が塞がり元に戻る光景は、何度目にしても慣れぬ。

 

「なんなのコイツ! キモ過ぎ! ぜんっぜん死なないんだけど!? 死んでもキショイ再生するヤツなんて、一人で充分だってのに!」


 首を斬り落とされても脳を貫かれても、或いは全身が消滅しても――これは本人から聞いた話だ。流石に本当かヘルメスは疑っている――何事もないように再生する怪物が、丁度知り合いに居る。

 そんな奇天烈な存在は一つで充分、だというのに今二つ目が目の前に生じているのだ。ヘルメスの心情は察するに余り有る。


「そ、総長――!?」


 不死身の衛士との戦いを繰り広げていると、ついに天使院二層中部にまで辿り着いてしまったらしい。聞き覚えのある声に振り向くと、そこには頼れる副長、バフォメットのシモンが立っていた。


 手には得物である仕込み鎌、ゼーレヴァルツァーを――有能だし顔もイイけど、武器に名前つけて彼女とか言って可愛がるのは、正直少しキモいとヘルメスは思う――携えて、戦闘態勢といった所だ。


 何時もパリっと決まったシャツやベスト、スラックスは、少し砂埃に汚れているし、ネクタイ集めが趣味というだけあって瀟洒なリボンタイは、几帳面な彼にしては珍しく乱れていた。

 良く見れば手入れの通った黒髪や、質の良い毛並みも――焼けたように焦げている?


「シモンっ!」


 頼れる副長の登場に、意味不明な再生をする敵の相手で萎えかけていたやる気に火が灯った。

 シモンが此処に居ると言う事は、既に天使院は封鎖され、認識妨害の術式で外部のニンゲンからも平素通り見えるよう、隠匿も終了しているワケだ。


 よし、ならば二人で掛かってあの衛士を殺せば――と言ったところで、


「げっ、ナルホドね」


 どうしてシモンがみっともない姿になっているか、理解の及んだヘルメスは容姿らしからぬ低い声を出した。

 シモンに相対するのはサーベルを携えた衛士――確かレルデンだったか。ヘルメスと合流すべく下っていたシモンは、丁度ここでレルデンと出くわし、戦っていたというワケなのだろう。


 シモンの横に着地したヘルメスは、一瞬で気を取り戻しゼーレヴァルツァーを構える黒山羊と揃って衛士二人を見据える。――件の衛士たちも、ヘルメスらと鏡で合わせたように、肩を並べてコチラを見ていた。


「総長、丁度良かった。あの衛士、殺しても――」


「――生き返るんでしょ?」


「……ええ、もしや察するに――」


 続きは言わず頷きを返したヘルメスに、苦々しい笑みを浮かべたシモンが、改めて不死の衛士共を見据える。

 何となく分かってはいたが、やはりシモンの方も「それ」が原因で手古摺っていたらしい。


(なによ、こんな面倒な現場ばっか任されて。偶にはアインのインキャ野郎だって働きなさいよね)


 ヘルメス、悪いが今月もこの予算で頑張ってくれ。――今になって木霊するアインのセリフが、ヘルメスを酷く苛立たせてならない。


「うっ、それでどうしますか総長。連中不死身ですよ」


 上司が何らかの要因で苛立っているのを察したシモンが、気分を変えさせるように言うが、変換した先とてそう愉快な話題ではない。


「どうもこうも……取り合えずもうひと当たりくらいしないと分かんないわよ」


「です、ね」


 当たり前のように蘇生する能力の正体。掴むためにはもう少し戦って、情報を引き出す必要がある。ヘルメスもシモンも、やはり同じ考えだったようだ。


「――おやおや、珍しく苦戦かなオーレイ」


「はっ、お前とてらしくないじゃないか」


「いやなに、あの伊達男が中々に上手く踊るものだからさ。先ほどから着いて行くのでやっとだよ」


「フン、みっともない。もっと食らい付いていけ! お前にはそういう熱が足りん!」


 合流するなり言い合う衛士二人だが、ある程度やって満足したのかピタリと止め、ヘルメスたちを見据えて得物を構える。


「……まぁ丁度、二対二(Two on Two)――不本意だけれど続けましょうか」


 人差し指と中指を立てて、互いを指すヘルメス。お行儀よく同数で戦うつもりは無かったのだが、こうなっては仕方ない。

 

「ソチラの伊達男もそうだが、どうしてそう塩っぽいんだ?」


「キモイから」


「くくっ、痛烈だな――!」


 割りには嬉しそうに肩を揺らす衛士レルデンが、一息に跳ねた――!

 中空から手すり。滑るように飛び、回転をかけながらサーベルを振るう。


「霊力――ああ、〈呪文刻印〉ね」


 衛士レルデンが武器に纏わせる霊力は、当然ヘルメスにもよく通る。それは魔族、魔性を宿す限りは逃れられぬ宿命。

 無貌者(シェイプシフター)であるヘルメスは、直接悪魔の血を引くシモンに比べて多少は耐性があるが、それでもアレは立派な火力源(ダメージソース)だ。


 ――けれど、余りに見え透いた大振りに過ぎる。殺してくれと言っているようなモノだ。

 中空から飛び掛かってくるレルデンに、ヘルメスは静かにツイストダガーの切先を向け、


「――〈光剣(グァンジェン)〉っ!」


 刺突の間、刹那に揺らく魔力が閃光となって加速――振りかぶったレルデンのサーベルごと(・・・・・・)衛士を貫いた。

 カレイドスコープ式・暗殺剣〈光剣(グァンジェン)〉――刺突と同速で生じる魔力の刃が、二重の突きとなって対象を串刺し殺害する。


 この〈戦技〉の強みは、一度型を通じて放ってしまえば魔力供給し続ける限り、後の刺突攻撃が全て〈光剣(グァンジェン)〉になる点である。


「死ね死ね死ねっ!」


 サーベルごと胴体を貫かれたレルデンへ、稚拙な暴言と共に〈光剣(グァンジェン)〉を連打するヘルメス。

 山吹色の魔力纏う刺突が嵐の如く連打連打連打――宛ら鳥葬めいて肉を抉り、鮮血を撒き散らす。切り取り線を無視して千切ったような惨事だが、


「ねぇ、ねぇシモン! 見た? 見た今の?? ホントきっしょい。キショくない?」


 キャピキャピと騒ぎ立てるヘルメスの目の前で、やはり当たり前に再生し復活を遂げる衛士レルデン。穴だらけにした身体も、何故か鎧さえ治っている。


「見ましたよ。……み、見ましたって。キモいですね、だから……腿をグーで来るのやめて貰えます?」


「おい、酷い言い草じゃないか。なあオーレイ?」


「全くだ、我らが“神”の恩寵を此処まで侮辱されるとは。いくら信仰に服する心が無いとはいえ、あの物言いには呆れさえ覚える」


 めいめい騒ぐ衛士二人を見て、ヘルメスは考える。

 再生の瞬間をキモさに堪えて観察した結果、彼女にも分かったことがった。――理解した結果、信仰などという物言いがあまりにも不適格――いや、マッチポンプが過ぎて失笑が零れかけた。


「ならば、不信心者には罰をくれてやらねばな?」


「然り――行くぞレルデン!」


 とはいえいつまでも嘲笑っているワケにも行かない。再び開いた戦端に、ヘルメスとシモンは身構えた。


「――せぇぇい!」


 相変わらずエストックで突っ込んでくる事しか考えていない、猪じみた衛士オーレイ。迎撃にツイストダガーで抉るような刺突――!

 一つで突進の勢いを相殺し、二つで完全に弾き飛ばす。


「ぐっ――」


 上へ打ち上がるように崩れたエストックの構え。生じた間隙に再びの死を与えるべく飛ぶヘルメスの短剣は――


「――〈霊撃閃(エーテル・レイ)〉!」


 ――横から光槍で邪魔を入れる衛士レルデンのせいで失敗。察した霊力の波動を見るまでもなく飛んで回避。――避けた先に再照準されるレルデンの掌。砕かれた得物までは再生しなかった彼は、術で援護に徹する構えらしい。


「〈霊撃閃(エーテル・レイ)〉!」


 再びの神聖攻撃術式――圧縮された霊力の光線は、


「――〈破却(ディスミサル)〉」


 深く歌うように呟かれた口上を持って、呪詛系統第五位階〈破却(ディスミサル)〉が発動。シモンの突きつけたゼーレヴァルツァーの石突きより、赤黒い呪詛の玉が射出され、〈霊撃閃(エーテル・レイ)〉と衝突――完全に消滅させる。


「どうします総長。連中、殺すだけならワケ無いですが――遅滞戦闘に持ち込まれてますよコレ。私の魔力も無限じゃありません、このままでは撤退も――」


 シモンの懸念は尤もであるが、それに待ったをかけるヘルメス。戦いながらまとめていた考えが、今ようやく一つの光明を指したのだ。


「――あのキッショイ奴ら殺す方法思いついたわ」


「流石総長、してその案とは?」


「シモン、アンタの切り札――例の第十位階ならやれるわよ」


 この状況、シモンの切り札的魔法なら打破できる。――ヘルメスの考えが正しければだが。

 コチラへ飛んでくるオーレイをゼーレヴァルツァーの柄で弾き飛ばすシモンは、ヘルメスへ問いかけるように流し目を送った。


「いいんですか? 正直地味に魔力削られていて、使ったらいよいよ危ういですよ私」


「構わないわ。アンタは充分仕事したし」


「分かりました――でも出来るだけケチりたいんで、詠唱時間の確保は頼みましたよ」


 言って、ゼーレヴァルツァーの呪詛の刃を閉じたシモンは、刃の無い鎌をまるで杖のように携えた。


「いいわよ――」ヘルメスの顔がいつも通り、不敵で高慢に歪められていく。「――光栄に思いなさいシモン、このアタシが盾役(タンク)してやるってんだから」


 詠唱時間の確保といえど、そう掛かりはしない。シモンはゼロ=ヴェクサシオンを除けば、セフィロト内でも有数の呪魄術師(ウォーロック)だ。極大魔法たる第十位階と言えど、シモンの技量なら完成に時は必要ない。


 ヘルメスの言葉に応じる事無く高雅な笑みに歪めたシモンは、魔性の気を纏う魔力を膨大に放出――ゼーレヴァルツァーの柄がガキィンと分裂し、それがシモンの周りを円形に漂い始める。簡易的な増幅陣だ――。


「見ろ、ヤツの得物。鎌にも鎖にも杖にも、或いは節持つ棍にもなり、おまけに増幅器と来た! アレだな、浪漫(ユメ)というヤツだな!」


「言ってる場合かレルデン! ヤツめ、大技に打って出る気だぞ!」


「分かっているさ。止めに行こうじゃないかオーレイ」


 稚気じみたやり取りはあれど、一斉にコチラへ襲い来る二人の衛士。身命を削る勢いの猛攻をいなしつつ、ヘルメスは確かにシモンの声を聞いた。


「――“穢れし聖餐、降りし礼讃”――」


 一節が過ぎ、シモンの周りを踊るゼーレヴァルツァーに随うように、赤黒い円状の魔法陣が描き出された。


「――“六道三叉を砕いて冥道”――」


 二節、オーレイが横から突破しようとするのをヘルメスが〈大風(ダーフェン)〉で斬り殺し防ぐ。――死した瞬間に幾度目かの蘇生。瞬く間に回復したオーレイが、エストックを構え直して吶喊――。


「――“十戒破却、見聞触知を禁ず”――」


 そして三節目、砕けたサーベルの代わりか、霊力をそのまま刃と成して斬りかかってくるレルデン――だがその前に、


「――〈自決勅令レミング・イーディクト〉」


 歌うような口上を以て、呪詛系統第十位階〈自決勅令レミング・イーディクト〉が発動。赤い呪詛が天使院第二層中部に波動の如く響き通った刹那、


「ぐっ──!?」


「これは──!?」


 感じた違和感に呻くオーレイとレルデン。呻きはやがて決定的な破綻となって苦痛を示し、彼らの身体に異常をきたす。

 ……オーレイはエストックを、レルデンは床に転がった砕けたサーベルの欠片を手に取り――それを自らの首元に近付ける。


「ま……さかっ……ちが、わ、我々は――」


「ふっ……ぐっ……」


 必死に抵抗しているのが震える手と声から伝わってくるものの、虚しい抵抗に過ぎない。


「や……めっ――がっ?!」


「ぐっぇ……ぇぇぇごぼぉぉ……」


 必死に抵抗を囀るオーレイは、先ほどまで自信気に振るっていたエストックで自らの喉から脳髄にかけてを一撃で貫通。

 飄々とした態度だったレルデンは、砕けたサーベルの刃で、自らの喉を切れ味の悪い鋸のように、何度も何度もこすりつけて――血を吹き出して死亡。

 

「げへへへっ――がうっ」


「あぁぁぁぁ……ごぁ……」


 そして衛士二人が死亡したのを図ったように、二層中部にいた患者たちもまた、食事用のフォークやベッドのシーツ、或いは自分の手など――好きな方法で自死を遂げる。

 グランギニョルの幕引きに相応しい最期を造り出した張本人、瀟洒な黒山羊のバフォメットは、自らの周囲で回るゼーレヴァルツァーを元の筒へ戻して仕舞った後、軽く埃を払っていた。


 ――呪詛系統第十位階〈自決勅令レミング・イーディクト〉。周囲の正方向の生命に自決を強制する呪詛を解き放つ、広範囲即死魔法。レジスト叶わなければ、このように凄惨な絶命を遂げる羽目になる。

 

「……よし、よぉし、さっすがヘルメスちゃん! 冴えた推理、正しくビンゴねっ♪」


 自決して死亡した衛士二人は、先ほどまでとは異なりもう息を吹き返す事はない。どころか、


「アレ、総長――これ」


 シモンが指差す先にはやはり衛士たちの死体。奇妙な事にその死体は、まるで石化するように白く染まり――やがて真っ白い細かな粒子となって崩れてしまった。


「なにこれ、砂? 砂糖かしら」


「いえ、目が粗いんで塩じゃないですかね?」


「舐めたら分かるんじゃない? シモン、味見」


「え、嫌ですけど……」


 砂――恐らく塩になって消えてしまった死体を前に好き好き言い合う二人。じゃれ合いも程々に、シモンはやがて感心するような顔でヘルメスを見下ろした。


「さて、彼らを蘇生せず撃破する方法が私の〈自決勅令レミング・イーディクト〉だった理由、そろそろ教えてくださいよ」


「……ふふん、まあ単純なハナシよ」


 思い立ったその理由について、ヘルメスは得意な顔で語り出した。

 

「コイツら、身体の中――というより“魂”に“天使”を融合させていたのよ」


「天使を……魂に融合?」


「ええ。天使は秩序に生きる異界者――故に異形であっても魔性を宿さぬ聖性の存在。魔性の存在を融合させるより、人類種への適合率は高いでしょうね。大方、この“天使院”が聖国の研究機関だった頃に、開発した技術じゃない?」


「成程――単純な肉体能力の底上げから魔力量、及び魔力の霊力変換の効率上昇……私のような半悪魔(バフォメット)を、人為的に――聖性寄りで造ったって形でしょうか」


 大方シモンの解釈で合っているだろう。ヘルメスは頷いた。

 しかし魂に天使を宿す技術の真意は、


「――天使ってのはピラミッド型の独特な社会性を持っていてね、上位の者に隷属するの。――多分天使院の下の方に、上位の“天使”がいるんじゃない? 隷属を通じて魔力供給、おまけにフルオートでの蘇生術式の投射――そりゃ死なないワケよ」


「種が割れれば大したことないですが――それと自害に何の関係が?」


「――曰く、天使共のいる余剰次元の教えだかルールだかに“自害を禁ずる”ってのがあってね――」


 ――曰く、その世界において自殺とは魂の殺人であり、他者を殺めた者と同じ罰に苦しみ、死後の安寧は約束されないという。

 そして天使とはその余剰次元の支配者に仕える存在、ルールを律する側の者である。その者が自害をしてしまった結果――


「――自己矛盾を起こして崩壊する。成程、流石は総長……よく思いつきましたね」


「フフン、アタシって頭のデキも違うから、思い付いちゃうのよね~」


 等と調子に乗るヘルメスと、彼女を適当に持ち上げるシモンだが――突如として天使院の底の方で鳴動する魔力に目を見開く。

 

「ちょ、なにこれ」


 慌てて下の方を見て意識を巡らせる――天使院の底、恐らくは最下層たる第九層で莫大な魔力。一方は目を逸らしたくなるほど清澄で、また一方は覚えがあった。


「――これ、アイツの」


「ルベド様……いよいよ始まったんですかね」


 かねてよりの目的たる、天使院に潜む怪物の撃破。ルベドがその怪物と交戦を開始したのだろう。正直関わり合いになりたくない程、バカげた魔力を発して戦っている。


「これ……我々要りました?」


「コラっ! そんなこと言わない! 第一あの脳筋バカに任せてたら、ゼーッタイ失敗してるし! いいから作戦続行! 行くわよ!」


 あまりの魔力量に有らん事を口走るシモンを叱りつけ、ヘルメスは天使院の暗い道を進む。その下に居るであろう知り合いに、僅かな祈りを込めて。


(アンタに限って万が一なんてないでしょうけど……油断しないことね、ルベド)


 傍若無人なヘルメスに、或いはそれだけの思いを抱かせるほどに……救世の底に潜む怪物は、彼女の手には負えぬ化け物なのだろう。

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