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142 バースデイ

連続投稿一話目です。

 最初にイルシアがしたのは、死体の回収である。


 大帝国とて首都を派手に焼かれては一溜りもない。

 加えてアルス=マグナ達が暴れたせいで減衰したマンパワーは、どうしたって焼けた帝都の回復、避難などに費やすのが先となる。

 お陰で、彼女一人の韜晦は上手く行った。


 アイツの――オリジナルのルベドの死体は簡単に回収できた。何せ目の前で看取ったのだ。

 狙撃兵の存在を理解していたので、アルベドの回収は使い魔を向かわせた。

 

 問題はニグレドである。大帝国軍相手に単騎で殿を務めた彼女は、正しくその帝国の都のすぐそこで死んでいた。

 回収自体は出来たようだが、その時のイルシアの心情は想像に難くない。


 死体を手に入れ、姿をくらましたイルシア。

 新たに手に入れた粗末な研究所の中、彼女は臨んだ。

 

 世界全てを相手どるのに必要な、究極の錬成。

 賢者の石、その錬金である。

 

 材料は三つ。

 ニグレド、アルベド、そしてルベドの「脳」である。いや、正確には脳に宿る「魂」である。


 魂とは魔力の源泉にして、生命の根幹。

 生命と魔導以外の役割としては、脳と同じく記憶装置という側面がある。

 脳が記憶装置以外に肉体機能を司る臓器であるならば、魂は魔導と記憶に特化している。アストラル体、とも呼称する。

 

 そしてその魂は脳に宿る。脳みそが記憶した事を、魂も記憶する必要があるからだ。いや、「同期」しているというべきか。

 

 生物が死ぬと、宿っていた魂は肉体との結びつきが切れて、中空に漂ってしまう。やがて中空の魂は魔力に分解されて、世界に還元される。

 インサニティル山脈で、魔導師ゼロにも言われた通りである。


 リードを担当しているのが脳みそ、というイメージである。

 

 だからこそイルシアは三人の脳を使った。死後すぐに確保できたオリジナル・ルベドは兎も角、二人は死亡してから少し時間が経過していた。

 魂が宿る精髄である脳を用いたのは、死亡して離れかけた魂のリードを手繰る必要があったからだ。


「――全てを費やしても、必ず成す。だから、君達を使う事を許してほしい」


 薄暗い研究室で、イルシアがそういった。


 魂とは魔力の源泉であり記憶の乗り物。

 そして俺の根幹である「賢者の石」を錬成する際、当然錬金術師であるイルシアは、己の魔力を用いて錬金する。


 そのせいか、俺の中にもイルシアの記憶が混じっている。今までの回想の中にも、いくらかイルシアの記憶が混じっていた。


 ――記憶の中のイルシアが、あまりに簡素な魔法陣の上に乗った三つの「材料」に、手を翳す。


「全部、殺すよ。絶対に、全部だ」

 

 冷徹な決意が魔力を励起させ、魔法陣へ注がれる。――錬金が始まった。

 

 初めは「黒化(ニグレド)」。

 彼女の魂は、触れられぬ非実体であるにもかかわらず、ドロリと腐ったように黒く染まり、液体となって蕩けた。

 

 二つ、「白化(アルベド)

 彼の魂が黒に混じれば、それは眩いばかりの白へと変わり、形を常に変え続ける白の結晶へと変化する。


 そして三つ、「赤化(ルベド)

 魂が注がれた瞬間に、結晶は赤く紅く輝き――光が収まった頃、それは俺もよく見慣れた形、色の石へと変わっていた。

 

 賢者の石、その完成。

 黄金錬成成就の瞬間である。

 

「……」


 理想としていた錬金術の極致――大いなる黄金錬成(アルス=マグナ)をやり遂げたイルシアの感情は、何一つとして動いてはいなかった。

 

 世界最高峰の触媒を手にしたイルシアが次にした事は、その触媒を元とした「怪物」の創造。

 

 当時のイルシアの手元にあったのは、隠れ家から持ち出す事が叶った魔獣の雑多なサンプル――目ぼしい物で言えば、伝説的な毒蛇の魔族、「ヒュドラ」の肉片。

 そして……唯一完全な形で手に入った、オリジナル・ルベドの死体。

 

 イルシアが最初に賢者の石へ与えた機能……それは、莫大な記憶領域を生かした、因子の記憶と再現。

 取り込んだ生物の機能肉体を、無限の魔力で再現する。極めて単純だが、強力な能力。

 

 ルベドの死体を大元の素体に、手元にあった魔獣魔族のサンプルを残らず「賢者の石」に「取り込ませた」


 最大の錬金術師が行う錬成としては酷く雑だった。

 だが、それだけで十分だった。

 

「――全部、殺してくれ」


 彼女は、その時の「俺」に命じた。ありったけの絶望と切望を込めた言葉で。

 俺には俺らしい人格など無かったが、受けた命令を実行する程度の知能は備えていた。


 だから俺は、彼女が命じるままに世界を滅ぼした。






「ギィィィィォォォオォォォヲヲヲヲォ――!!!!」


 咆哮が、世界を割った。

 臨界状態に達し莫大な魔力を常に吐き続ける賢者の石が、同じくして俺の肉体を形造り続ける。


 グズグズに融けた肉体が、取り込んだ因子を無暗矢鱈に再現し続ける。

 全身から巨大な毒蛇が生え、いくつもの狼の頭を備える、五対も六対もある腕と足。

 

 ああ……思い出した。

 そういえば、愉しかったな。

 

「ひぃぃぃぃ!?」


「なんだこの化け物はァァ?!!」


 最初に与えられた彼女の命令。全てを殺せ、壊せ。俺が今に至るまで抱え続ける、戦闘兵器としての破壊衝動。

 源泉は、きっとここだったのだろう。


「そ、総員っ! あの化け物を――あぁ……」


「だ、ダグラス少将っ! む、無理だっ、こんな化け物どうやって――」


 街さえ鎧袖一触に薙ぐほど、巨大な俺の総体はただ歩くだけで全てを蹂躙していく。

 時折魔力を奔らせば、全ての生命を否定する猛毒が毒蛇から放たれ、或いは収束した魔素が熱光線となって何もかもを焼き払う。

 

 最初に神聖グランルシア大帝国の帝都を潰した。

 次に大帝国の街々を、そして占領した国々を。

 

「オォォォォォヲヲヲヲォォォ――ッッ!!」


 七日七晩に渡って俺は世界を焼き続けた。男も女も子供も老人も、富貴も卑賤も隔てなく、村と街と城とを踏み躙る。

 人の営み、そのすべからくを例外なく。


 喜色に満ちた咆哮が全天を貫いた。

 魔力の熱光線が何もかもを忘却させていく。


 あの時の「俺」には、人がましい人格などありはしない。

 だが創造主(イルシア)の絶望によって象られた俺には、その時の俺には――皮肉にも一切の苦難は無く悦びだけが存在していた。


 ……七日に渡って焼かれたガイア大陸西方は、ほとんどが死に絶え燃えていった。


 五百年が過ぎた現代で、現グランバルトがある西方の大地が痩せているのは、あの時の俺が滅し尽くしたせいだろう。

 後に残るほど、「終末の獣」は字句通り何もかもを終わらせたのだ。


「――随分と愉しそうだな」


 やがて東方を焼き尽くそうと、大陸の中央に差し掛かった時である。


 幻想的な光景だったと、覚えている。

 大陸の中央、ヘソに当たる場所には煌めく魔力の湖があり、中央の島には――「巨大な樹」が生えていた。

 

 その樹は正しく生命を感じさせるような、天へと貫かんばかりに生えていた巨木。生え広がった葉からはいっそ神聖ささえ窺える。

 

 その湖の傍、あの島も樹も焼いてしまおうと俺が進んだ時に声は掛かった。


 見れば、足元にヒトがいた。……いいや、それはヒトに似たナニカであった。


 艶めく深淵のような黒髪と、超自然的に輝く人外じみた金の眼。

 上下揃った瀟洒な礼服を着こなす、超然とした態度がよく似合う伊達男。


 ――「今の俺」なら、その男を良く知っている。

 アイン・ソフ・オウル。俺たちが住まう都市セフィロトの長、タウミエルのリーダーである。

 

 記憶の中のアインは、ひどく厭そうに俺を見上げた。


「見て見ろ、君が矢鱈殺しまくるせいで――」


 アインはその白哲の指先を、煌めく魔力の湖――「ケテルの鏡」と呼ばれるそれへと動かす。


「短時間に殺し過ぎだ。人間がいくら死のうが構わないが、このライデルが崩れるのだけは許容できん」


 本当に嫌そうに見えるアインが、やれやれとでも言いたげに首を振った。


「世界に還る魂が多すぎる――魔力が逆流を起こそうとしているのだ。星の深淵、ライデル最大の霊脈が。そうなれば世界の破滅どころではない、星が木っ端微塵になってしまうぞ?」


 滔々と述べるアインの様子は、当時の「俺」にとってみれば珍しいものだったらしい。何せ今まで己の前に現れた命は、皆が一様に泣き叫び怯えていた。

 だのに、コイツにはその様子さえ窺えない。だから一周回って興味が湧いたのだろう。


 その時の「俺」はアインという珍しい小動物を眺めているだけに過ぎなかった。

 だが記憶の回想、今現在見返すと確かにケテルの鏡の水面は、俺が知っている現代のソレより強く輝き、時折粟立っている。今にも吹き零れる寸前、といった様相だ。


「これ以上は止めて貰おう。――そうはいっても君には、余り知性が感じられないな。理解してもらうのも難しいか」


 なんだコイツ、ムカつくな。

 確かにあの「俺」には知性など無いのだろうが――面と向かって言う事じゃないだろ。

 コイツ、この時からこんな調子だったのか。

 

 その時の「俺」もムカついたのか、それともアインという小さな存在に飽きたのか、いくつかある狂気にして凶器じみた腕を振り上げ――


「――それとも、やはりお前に話すべきだったかな」


 下して潰す前に、アインは「俺」の背後に向けて問いを投げた。

 攻撃する前に「俺」は唯一従うべき存在の気配を感じ、慮った故かそのままの姿勢でピタリと止まった。


 果たして現れたのは、イルシアだった。いかなる手段か、イルシアはこの場に忽然と姿を見せた。

 イルシアはアインの事を旧知の仲だと評していたが――成程、五百年も昔から知り合っていたなら、得心の表現だ。


「……君は、何者だい?」


 ふらつく足を進めるイルシアは酷く陰鬱に問う。


「オレの名はアイン。アイン・ソフ・オウル――まあ何というべきか、この……島と湖の管理者、とでも言っておこう」


「……私の記憶が正しければ、大陸中央には“何もない”ハズなんだが」


「ニンゲンはとても欲深だ、不要な視線を引くのは慎むべきだと考えてな。湖の有り余る魔力で隠していたのだが、そこの彼のせいで台無しだ」


「……それはすまないことをしたね。けれど関係無いよ、どうせ――」


「――何もかもを滅ぼすから? ククッ、何がそこまで憎いのやら」


 続く言葉を取られたからか、イルシアは黙り込んだままクツクツと笑うアインを睨みつける。

 緊張の沈黙の後、アインはイルシアと「俺」を交互に視線をやる。幾度かそれを繰り返した後、ふむと頷き再びイルシアを見据えた。


「何もかもを滅ぼすというのであれば、構わんハズだ。憎しみと絶望のありったけ、湧き出づる源を語ってはくれないか? その程度の時はあろう……」


 要は「ここで殺すなら、目的くらいは教えてくれてもいいだろう?」という発言だ。何ともアインらしい大胆な物言いだが、イルシアは暫し考えた後、


「……いいだろう」


 そういって、此処までのあらましを語って聞かせた。

 自分の事、大帝国の事、アルス=マグナの事、憎しみの原動力――。

 それらを黙って聞いていたアインは、語りを聞き終えた後いつになく真摯な目線でイルシアを見つめた。


「……力を恐れ排斥するのはヒトの常。気持ちは分かるぞ、錬金術師」


「同情はいらないよ。それは何を変えもしない」


「変わるさ。オレなら変えられる」


 命乞い紛れの同情と切ったイルシアを、アインは力強く否定し手を差し出した。友誼の証であると言わんばかりに。


「人魔大戦以前、この世界はかつて“魔族”こそが主であった。だが、人に大敗を喫して以降“魔王”は死に絶え、残った魔族も隠れ潜むか、外大陸に追いやられた」


 全て見て来た(・・・・・・)かのように語るアインの様子に、イルシアも違和感を覚えた興味を感じたか、一先ず耳を傾ける。


「薄汚いヒトの裏切りが起こる前、彼らは些少の争いはすれど、今のニンゲン共が造るような屍山血河の惨事など、起こりようもなかったのだがな」


 差し出したままの手を返し、ヒラヒラと弄ぶアイン。


「今は亡き彼らとは、それなりに友誼を結んだ。その末裔が苦しむ今、オレとて思う所がある」


「それが私と何の関係が?」


「クククッ、分かっている癖に。お前はもうコチラ側(・・・・)だろう?」


 人を喰ったような笑いの後、アインは告げる。退廃と破滅が揺らめく夜の中、その瞳は妖しく煌めていた。

 イルシアは何も語らない。ただ黙ってアインを見つめている。

 

「力も時も有る者が、弱きを従え悠久に統治する。かつての世界に回帰させるのだ。そうすれば、お前達を毀つような悲劇は、二度と起こるまい。……お前とて分かっているだろう、もう焼くべきモノは全て死に絶えた。お前の憎しみは、向かうべき場所を失ったのだ」


 宣うアイン。強ち間違ってもないらしく、イルシアは僅かに目を伏せた。

 グランルシアが滅びたのなら、確かにイルシアが復讐を続ける大部分の目的は消える。


 だがあの時、オリジナル・ルベドがイルシアに与えた目的(呪い)は――全てを殺す事。


「……そうかもしれない。だが、私自身の憎しみは関係ないんだ」


 遺志に則る、故に自己は必要ない。あくまでもそう言い切るイルシアにアインは手遊びを止めて不服そうに溜息をついた。


「全く、話は最後まで聞くものだぞ。……オレの目的が成れば、世界は“創り替わる”――お前が如何な願いを抱えていようと、なべて叶える事さえ容易い」


 言って、アインは改めて手を差し出した。容貌も態度も怪訝に思えるこの男だが、差し出す手も尽くす言葉も、やけに真剣でいっそ必死であった。

 ……まるで、イルシアがいなければ困る、かのように。


 ――兎も角として、彼の言葉は呪われた錬金術師の心に、いくらかの波紋を生じさせたらしい。

 イルシアは考えるように目を閉じ、やがてアインの差し出した手を見つめる。


「……いいよ、ああ、それでもいい。やり方が、変わっただけだ」


 納得を口にして、イルシアはアインの手を取った。

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