140 帝都は紅く燃えているか《後》
現代ライデルの歴史上、枢要となるは神聖グランルシア大帝国だ。
人魔大戦終戦を契機とし策定された当時の暦「光歴」の始まりより存在し、時のガイア大陸覇権を握っていた専制国家。
多くの国々を侵略、平定し、西方の覇となった絶対の皇国。
ライデルの史上に残る国家群の中で、未だ誰も成し得ていない「統一国家」に最も近づいた存在――神聖グランルシア大帝国。
現代においては疾うに滅びた国であるが、かつての威光を偲ばせる欠片が、今も根付いている。
かつての栄光を求めるかの如く躍進する「グランバルト帝国」
その帝国と接していながら、確固たる国家を築く「マーレスダ王国」
或いは、此処に記す程でもない歴史の露と消えた国々。
どれも、滅びし神聖グランルシア大帝国より分かれた落とし子である。
それほどまでの国が何故に滅び、国家の名を継ぐ事さえ出来ぬ程に砕かれ灼け切ってしまったのか。
……神聖グランルシア大帝国の興亡を語る上で、運命の結実たる「その日」は欠かせないだろう。
当時の歴史を物語る資料は、多くない。
現代ライデルの暦である「新生歴」策定以前、五百年は優に昔という点もさることながら――
……やはり、当時の神聖グランルシアの首都、「帝都ロイヴァ」を中心として起こったという「事変」こそが、最も苛烈な要因であろう。
光歴1005年、凡そ四月頃。
切欠が何であったか、子細な資料は残っていない。
だが兎も角として、当時の技術開発を担っていた組織、魔法局が他ならぬ局長の手によって襲撃された。
「――ダグラス少将っ、既に市内に魔人兵がっ!」
「制御機構にも反応がありません! 恐らく元局長が――」
「あの売女め、いよいよ気が狂ったか! ――早急に市内へ兵力を集中させよ! 駐屯している者は残らず、諜報局の部隊もだ!」
当然、当時の大帝国軍は鎮圧しようと兵力を集中させた。
何故か兵士が大勢帝都に駐屯していた事も相まって、対処自体は素早く行われたという。
「――“別離の痛み、自我の荊棘。還れ闇の子宮”――〈生否呪〉!」
「これは呪詛っあああああああっ!?」
「貴様――ひぎいいいい?!」
だが――現代を生きる諸兄らならば知っているように、
「センセイ下がってて! ――はああああっ!!」
「か、片手で街灯をっ」
「化け物――ぐあっ!?」
絶対の専制、栄華と威光の極致であった神聖グランルシアは、
「ルベド、カバーします。――そこっ!」
「ぐげぇ!?」
「ちょ、跳弾っ!? 狙って――がぁ!?」
――その日を以って、終焉する。
新生史以前、大帝国の統一戦争時代より猛威を振るい、今日にまで名が残る怪物的存在。
さる天才的な錬金術師の手によって造られた生体兵器。
――たった三体の「魔人兵」によって、栄華を誇ったグランルシアの帝都は、焼かれ燃え消えていったという。
自らの毒に蝕まれる毒蛇の如く――因果応報と呼ぶには余りに熾烈な裁きを受けて。
「大丈夫、センセイ?」
「ああ、大丈夫だ、君達が守ってくれたおかげだよ。さあ、早く逃げようか」
――そしてそれを造り上げた錬金術師は、その日を以てして功名を不動の悪名と成した。
彼女の名はイルシア・ヴァン・パラケルスス。
現代ライデルにさえ生き、世界に仇を成し続ける偉大にして狂気の錬金術師である。
――フェイリス・アーデルハイト著、偉大なる錬金術師の悪行、第一巻より。
◇◇◇
走る、走る、走る――。
見知った帝都の景観を、今や全て敵と化した戦場を、俺たち四人は唯ひたすらに走り続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、ハァ――」
息一つ切らさず走る俺たちとは異なり、イルシアは今にも倒れそうなほど酷い顔をして走っている。
そろそろイルシアの体力が限界だ。だが一息つかせるにしても、どこかで視界を遮り少しでも隠れられる場所を探さねば。
「いたぞっ、あそこだ!」
突っ切った十字路の左右から兵士が徒党を組んで追いかけてくる。
背後、一直線の間には遮蔽物がない。潰さねば。
「〈火葬撃〉っ!」
振り返りざまに抜き打ちの如く元素系統第九位階〈火葬撃〉を発動。
目も眩むような赤い爆裂の光が稲光の如く、俺たちの背後の十字路を建物ごと一閃。
「ぐぬっ――あああっ」
瞬間に、爆発。
颶風を纏う大爆発が連続、連続、連続。
追手の兵士共を当然の如く火葬し、家屋や建物を微塵に砕き焼き尽くす。
巻き上がる爆風が街路の畳を捲り上げ、砕けた建築物が倒れて十字路は塞がった。
ドスン、という地響き。舞う砂埃から身を庇ったイルシアを連れ、俺たちは裏路地に転がり込む。
「はぁ、はぁ、はぁ、すまない……息が」
「謝んな、呼吸整えろ。まだ先は長いんだろ?」
「帝都を抜けて郊外に……ですよね。その後は?」
「ぶ、物資が隠れ家に……あそこまで……ぜぇ……戻れれば……」
肩を激しく上下に動かすイルシアが、息も絶え絶えに語る。
隠れ家――俺たちが一か月ほど過ごした、あの小さな安息の場。
このような状況になるとまでは思わずとも、大帝国脱出の為に備えていた物資がその隠れ家にあるという。
「じゃあ早く行かないと。センセイ走れる?」
「ぜぇ……なん、と、か……ぜぇ」
彼女の背を擦るニグレドの言う事は尤もだが、 多少の息継ぎでどうにかなるほどイルシアの疲労は易くない。
大帝国の目を分散させる為の攪乱が必要だ。このままでは帝都脱出もおぼつかない。
「二手に分かれよう。俺が連中を少し蹴散らしてくる」
「ぜぇ……るべっ……でも……」
「センセイの言う通り、危険だよ!」
「だがこのままじゃあジリ貧にすらならねえ。……そんな心配するな、数発術を詠んでくるだけだ」
反対するニグレドとイルシアにそういって聞かせていると、拳銃を再装填していたアルベドが顔を上げて頷いた。
「……いえ、ルベドの言う通りですね。誰かがやらなくてはならない事です。そしてこの場においての適任は――」
「――俺、だろ?」
言葉を先取りするように己を指すと、アルベドは重々しく頷いた。
「アルベド……」
「そう悪い考えじゃないですよニグレド。僕ら三人なら兎も角――」
不満げなニグレドを窘めるアルベドは、目線をイルシアへと移した。
……当然だが、俺たちはイルシアを見捨てるつもりはない。
だがこの中で非戦闘員であるイルシアの移動に合わせると、どうしても行動速度が遅くなってしまう。
それを補うためには、誰かが時間を稼ぐ必要があるのだ。
「す、すま、ない……ぜぇ……私の、せいで……」
「気にすんな。それじゃ行ってくるぜ、落ちあうのは――」
「隠れ家に近いのは南門でしょう。正確な場所は――」
「俺から見つける。目立たない所にいろ」
素早く問答を終え、俺は路地から飛び出した。
今だ燃え盛る家屋は酷く延焼し、やがて帝都中に広がるだろう。
思う所は、無くもない。だが俺たちとイルシアが助かる為なら、焼き焦がす物に例外は無い。
「撃てっ」
煙たい通りを十秒も走らぬ内に、道を封鎖する兵士達がバリケード越しに構えた多数の銃を発砲。ドドドッと響く銃撃の豪雨めいた轟音が耳を劈く前に防御術式を起動。
「舐めるなよ」
嘲りと共に〈爆炎〉を発動。
交錯する銃弾と魔術。俺に殺到する銃弾は当然の如く障壁に弾かれる。
そして俺が放った炎は大帝国の兵士が身を護るバリケードに放り込まれ――
「まずっ――」
逃げる間も無く爆砕。ドォンと派手に巻き起こる爆発が、またしても建物ごと砕いて燃やす。
一瞬で消し炭になった兵士共。人体が燃え尽きて衣服と肉片が灰に還り、異臭と共に大気へ霧散する。その匂いに顔を顰めながら、次の標的を探すべく再び走り出す。
「もう少し派手にやっておかねえとな」
呟きながら〈蛇雷撃〉――高台に集う多数の狙撃兵をうねる紫電で一閃。
「ほら、かかってこいよ。お前達が殺したくて溜まらない化け物が、ここにいるぞ」
飛ばした挑発が届いたかは知らないが、大帝国の兵士が尚も俺に向かってやってくる。
今度はご丁寧に魔導仕掛けの装甲車で、街路を封鎖。帯同してきた兵士が一気に降りると、
「「「――〈詠唱妨害〉」」」
――頭痛を伴うような高音の波動が、俺へと投射させる。
「ちっ、クソ……」
ノイズめいた頭痛が脳裏に奔り、思わず牙を剥き出す。
対抗術式だな。詠唱している限り、範囲内の術式発動を妨害するタイプ――。
魔力で強引に破れん事も無いが、出来ればケチりたい。
それにしても連中、魔導兵まで動員し始めたか。いよいよ本気だな。
頭痛を振り払うように頭を振れば、更に追加の魔導兵が居並ぶ。
そしてそいつらの壁となるように、近未来チックな鎧姿の連中が多数。
諜報局の執行部隊だ。
「対象を確認!」
「一体、他二体と一名は所在不明」
「エンゲージ!」
俺の術式を妨害する魔導師に、魔法攻撃を行う術師。
おまけに諜報局の執行部隊まで――。
「大盤振る舞いだな、涎でも垂らした方がいいか?」
我ながらつまらない冗談だ。予想通り誰も反応することなく、まず動いたのは執行部隊の連中。数人がこちらに詰め、残りが銃を構えて睥睨。
「ちっ」
詰めて来た連中の一人が、右手の魔力剣を振り上げ――一閃。
速い――が、以前戦ったアリスと比べれば到底似つかぬ速度。
横へと軽く回避――そこを狙うように他の連中の剣が付き出される。
「っぶねえな!」
鎧野郎一人を足場に中空へ飛んで回避。先ほどまで俺がいた位置が、四方から突き出された魔力剣で彩られているのを視界の端で捕らえた瞬間、
「〈火炎槍〉」
「〈滅消光〉」
宙へ飛ぶ俺目掛けて後衛の魔導兵共が放つ攻撃魔法が飛んでくる。中空に逃げた相手に対しての飛び道具――如何にも定石通り。故にこそコチラも読み易い。
蛇行する様に飛翔する炎の短槍、その連弾を中空で身体を捻って回避。遅れて飛んでくる分解魔法を強固に纏った魔力で強引にレジスト。
「おらっ!」
粗雑な掛け声と共に空中で踊る俺はそのままの勢いで、兵士共の攻撃で跳ね上がった小石をキャッチ。
そして即投擲――魔力で強化された魔人兵の身体能力で放たれたそれは、凄まじい速度威力を込め、致命的な精度で後衛――妨害魔法を唱える連中に射出――!
「がっ!?」
「ぐえぇ?!」
「しまっ――あ」
〈詠唱妨害〉を詠む三人の眉間を撃ち抜き殺害。連中が崩れ落ちたと同時、鬱陶しい頭痛が消え失せ、魔導を遮る対抗魔法の気持ち悪いノイズが消失した。
「くっ、魔導兵――妨害を引き継いで――」
「させるかよ」
残りの魔導兵が指示を受けて再び対抗魔法を唱える前に、時空系統第六位階〈領域重化〉を発動。
俺の着地と同時に起動した術式が、黒い超重力を生じ凄まじい過重となって魔導兵共を押しつぶす。呪文はおろか、二の句を継ぐことも無く挽肉になって即死――。
「くっ、これ以上やらせるな!」
執行部隊のリーダーらしき男が必死に叫び、指示を受けた連中が決死に近接戦を挑んでくる。
まあわざわざ付き合ってやる理由もない。後方に跳んだ後、元素系統第七位階〈真空化〉を解き放つ。
「――っ!?」
維持している限り完全真空の領域を造り出す術式に囚われた執行部隊総員――当然魔力の障壁が自動で起動し守るが、すぐさま内部の空気が尽き、藻掻いて残らず死亡した。
「片付いたか」
ボソリと呟いた独り言が証明する様に、既に全員死んでいる。諜報局の虎の子も、貴重な魔導兵も全員。
だが思ったより時間を喰わされた。その割には余り搔き乱せていない。建物数個爆破しただけでは意味が無い。
仕方ない、かなり魔力喰うがゴリ押しするしかねぇな。
「――〈自炎蛍〉」
術式を起動すれば、手の中から無数のナニカが現れ帝都の空へ飛び立っていく。その正体は火で象った蛍である。
元素系統第八位階〈自炎蛍〉。魔力を注ぎ続ける限り、蛍の使い魔を生じる術式。
これらは素早く、小さい。そして命じたモノに体当たりすると同時に、小さな爆炎を生じる。
俺は生まれ続ける蛍たちに対して、一つの命令を下した。
この帝都に、火を放て――と。
「さあ、いけ」
何十匹、何百匹と膨れ上がる蛍が俺の命令を受けて続々と飛び上がり、帝都中に散らばっていく。
――やがてバァン、パンと発砲音にも似た爆音が聞こえ、そこら中から黒煙が上がり燃え盛っていく。もう無事な家屋を見つける方が難しいくらいだ。
その様を見届けていると、途端に感じる倦怠感。
「ちっ、流石に魔力を使い過ぎたな……」
常人よりは遥かに魔力が優れているとはいえ、有限。これだけ使いまくれば減る。
まだ魔力はあるとはいえ、余り悠長にしてはいられない。
首を振って倦怠感を掻き消すと、周囲の状況が目に入ってきた。
「――火が! ここにも!」
「魔人兵は――」
「馬鹿言え! 避難誘導と火消しが先だっ!」
流石にこんな状況になっては、俺たちにかまけている暇は無いらしい。
我ながら酷いとは思う。だが知っての通り、俺はこういうヤツだ。いつだって天秤が傾かなかった方を殺してきた。
そして俺の天秤は、きっともう傾く事は無い。
「十分だな」
――黒煙に巻かれぬ内に、俺は二人とイルシアの下へと向かった。
「ルベドっ!」
予め大まかな合流場所を決めていたのと、探知魔法でニグレドの魔力波長を察知したお陰ですぐに見つける事が出来た。
南門近くの家屋の影にいた三人。周囲には俺の方ほどじゃないにしても、かなりの数の兵士が死体となって連なっている。
「そっちにも行ってたか。悪い」
「ううん、それは大丈夫……」
「それよりも、無事でよかったです。この火は――」
「少しな。――大丈夫かイルシア」
「うん、私は平気だ」
無事を確認し終えた俺たちは、自然と後ろを振り返った。
そこにはやはり、燃え盛る帝都がある。チリチリと火花を立て、黒煙と人々の絶叫が彩る地獄。
この世界に産み落とされて何度も造り上げて来た、もうとっくに馴染んだ光景。
「……行こうか」
沈黙の中、四人の内誰かが言った。
これ以上ここで語る理由もない。一足先に南門に向け足を踏み出した瞬間――
「――!」
南門から見える遥かな丘。遠方、僅かに感じる魔力。その圧は遠くにあっても尚圧倒的。
かつての強敵、アリスに匹敵しようかと言う強さ。
俺の本能が、危機感が全霊で刺激された刹那、その方向より光が発せられる。
魔力の波長からして、狙いは――
「退けイルシアっ!」
「うぐっ、ルベド?!」
切先であろうイルシアを突き飛ばし、遮った瞬間光が槍となって放たれた――!
不味い――即座に〈絶対防御〉を展開。展開された紫のハニカムシールドが光の槍を受け止め――
「――がぁっ……はっ!?」
――切る事は出来ず、容易く瓦解し槍が俺の胸部を貫いていた。
「――ルベドっ!」
三人の内、誰かが俺の名を呼ぶ。
痛み――灼熱。胸部に刺さった槍はいつの間に消えていて、圧迫を喪った穴から夥しい流血が落ちていく。
「く、そっ――」
意識が、遠のいていく。
報いを受けるにはやや速いんじゃないだろうか。
恨み言めいた感想、或いは皮肉が過った瞬間、俺の意識は――。




