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139 帝都は紅く燃えているか《中》

「逃げるなら、先にやるべき事があるんだ」


 帝都ロイヴァ、ある種の中枢と呼べる軍施設区で騒ぎを起こした以上、必ず魔法局に追手が来る。いや、もう迫っていても可笑しくはない。

 

 ホーエンハイムの姦計によって陥った窮地をどうにか凌ぎ、イルシアを救出した俺たちが次にすべきは、帝都からの脱出。

 

 だがイルシアはそれに待ったをかけた。

 少し口ごもり言いにくそうにしながらも、時間がない事を否応にも理解しているイルシアは、すぐにワケを語り出した。


「……君達の身体には、魔人兵として――つまり兵器として、その役目に徹させる為に、制御装置が刻まれている」


 ――苦々しそうに呟くイルシアの言で俺は思い起こす。

 戦略級の兵器として設計されている俺たち魔人兵を、単なる錬金術師のホーエンハイムが、無傷で完全に制圧出来た理由こそ、件の制御装置だ。

 

「ああ、あの水晶の魔導具だな」


「うん。アレは君達三人の首――脊髄辺りに埋め込まれた機構と対になっている」


「でも、その魔導具はルベドが壊したよね」


「いえ、帝都中の兵士に配備されているとホーエンハイムさん――ホーエンハイムが言っていました」


 ニグレドの言葉にアルベドの反駁。正しいのは後者だ。

 あの陰湿な男が、隠れ家で俺たちを押さえる時に垂れていた御高説。

 その中に、既に制御の魔導具を配備しているという発言があった。

 このままでは先ほどと同じように、命令一つで身柄を拘束されてしまう。そうなれば待っているのは死である。

 

「うむ……私なら、君達の身体にある制御装置を破壊出来るだろう」


 とはいっても、そこはやはり製作者。イルシアは俺たちの制御機構を無効化する方法を心得ているらしい。

 ならさっさとやってもらった方がいい。俺はイルシアの前に進み出て、己を指した。


「俺から頼む。こんな状況だ、魔法で対応力のある俺からがいいだろう」


「そう、だね。ワタシ、殴る事しかできないし」


「ですね。異論在りません」


 俺の提案にニグレドとアルベドは神妙な顔をして頷いた――が、イルシアは何か言いたげな顔で俺たちを見渡した。


「……君達は、何とも思わないのかい? 君達を縛るその機構は私が設計したせいで――道具として扱われている。私を、恨まないのかい?」


 イルシアの言葉は、らしくなく俺たちを窺うようであった。

 もしかしたら、怖れや後悔の類が混じっていたのだろうか。


 この身を縛る制御機構だけでなく、或いはこの世界に再誕し、大帝国に魔人兵として戦い続けて来た事も、含んでいたように聞こえる。

 らしくない上に今更だ、俺は皮肉げに口角を上げながら、施術の為に後ろを向いてイルシアに首筋を差し出す。


「しょうがないだろう。セーフティの無い銃なんて、誰も信用しない」


 兵器たれ、道具たれ。そう望まれて生まれた俺たちにとって、避けられない事象。

 しかしその中で僅かな安息を見出せた俺たちが、彼女を責めるハズはない。


「お陰で僕達はこうして共にいられたんです、恨むなんて」


「そうだよ! っていうか、ほら、その――早く逃げないと、ねっ?」


 ――少なくとも俺たち三人は、そうであった。


 イルシアは俺たちの回答に目を見開いた後、彼女は何かを堪えるように俯いて「うん」と消え入りそうに頷いた。

 彼女はすぐに顔を上げる。先ほどまでよりずっと決然とした顔つきになっていた。


「……すまない、取り乱した。ではルベドから、制御機構の切除を行う」


 そういうと、イルシアは近くのテーブルに置いてあったフラスコを吊るすための鉄製の固定具を手に取り、無詠唱で術式を発動。魔力の光が零れ、やがて収まると固定具は注射針のようなモノへ変わっていた。


「首後ろ、脊髄――そこにある制御機構が、君達の肉体を動かす信号のフィルターになっている。それさえ壊してしまえば自由だ。この針を刺した瞬間に、該当箇所を錬成――機構を無効化する」


 正直危険そうに聞こえる手段と内容だ。だがイルシアは一切迷う様子もなく、やり易いよう屈みこんだ俺の首を撫でた瞬間――チクリと違和感を感じ、刹那の内に錬成術式の魔力光が暗い研究室を照らした。


「よし」

 

 ……どうやら終わったらしい。先ほどと何も違いを感じない俺は、自分の手を握ったり開いたりしながら、立ち上がってイルシアを見下ろした。


「終わったのか? 実感ないんだが」


「もう大丈夫のハズだ。私は製作者としてマスターコードを与えられている。試しに――“右手を挙げて”――どうだい?」


 どうやらイルシアは「命令」をしたらしいが俺は何も変化がない。代わりに、


「あっ」


 それを見ていたアルベドとニグレドの右手が挙がっている。

 イルシアはそれを一瞥すると深く頷き、「“自由にしてくれ”」と再び命令。


「ちゃんと出来てるらしいな。流石だ」


「うん――さあ次はどっちからだい」


「アルベド、先いいよ」


「わかりました、では……お願いします」


 ついでアルベド、ニグレドと施術を済ませ、遂に俺たちは大帝国の物理的呪縛から解き放たれた。

 自由を確かめるように、俺たち三人はお互いを見合って頷いた。


「これで――君達は自由だ」


 寿ぐように呟くイルシア。当然嬉しいし不安が消えたワケだ。騒がしく応じてやりたい所だが、


「やる事済んだし、さっさと逃げるか」


「そうだね――ん?」


 俺の発した言葉に同調したニグレドだが、ふいに切って視線を彷徨わせる。なにかの違和感を感じたように。

 俺もアルベドも、イルシアさえ違和感の源に気が付いた。


「うっ……ぐっ」


 研究室の隅、爆発したように荒れ果て兵士の死体が積み重なる中、苦しそうな呻き声が聞こえる。


「成程……」

 

 俺はそちらの方を見やって苦々しく呟く。声の主が誰であるかを察したからだ。


 イルシアの魔法をモロに喰らった兵士共に巻き込まれたソイツ(・・・)。直撃を喰らった兵士共は即死していたが、


「――ホーエンハイム」


 ――件の錬金術師はまだ生きているらしい。上手い具合に兵士共が緩衝材になったか、それとも魔導師の端くれらしく生来の魔力に救われたか。

 

「ううっ……」


 目を覚ましたホーエンハイムは、全身を酷く打った痛みで呻き、這う這うの身体で視線をこちらに向けてくる。

 いい気味だが、やり込められた憤懣を解消している暇はない。


「――殺すか?」


 ――とはいえ、この陰険で陰湿な男を生かしておくのは不安が残る。性格と能力を考えれば、ここで始末しておくのが正しいだろう。

 俺の冷徹な言葉に、


「その方が、いいでしょうね……」


「――うん」


 アルベドも同意し、ニグレドも躊躇いがちにだが頷いた。戦場を駆けて来ただけあって、この辺りには二人も手を抜く事は無い。


「……」


 イルシアは黙り込み、無様に転がるホーエンハイムへと視線が注がれる。投げ遣る色は冷徹さと、悩まし気な疑問が交雑しているように見えた。


「……ホーエンハイム、私はそんなに憎かったか」


 彼女の声は視線の色とは裏腹に単純で、平坦。

 見下されるように問われたホーエンハイムは、全身の痛みを堪えてか、それとも別の何かを耐えるように拳を握り締め、イルシアを見上げる。


「――っ、できれば、目の前で死んで頂きたかった」


 あらんかぎりの呪詛が籠った声音。傍から聞いていただけで思わず鼻白むほどの言葉を聞き届けたイルシアは、


「そうか……」


 呟き、目を閉じ、やがて俺に視線を合わせた。

 もう決別は済んだらしい。

 俺は這いつくばるホーエンハイムに向かって掌を向け――


「――いたぞ! 魔人兵だっ!」


 ――魔法で彼を葬る前に、研究室に突入してきた闖入者の声で気が逸れる。

 

「アレは――!」


 視界を声の方へ向けた瞬間、凄まじい勢いで銃弾の弾幕が俺たちへと注がれる――!


「ちっ」


 舌打ちと共に即座に物理防壁を展開。速やかに起動する防御術式が、死の雨を受け止めていく。

 ガガガガッと防壁に注ぎ削り取っていく銃弾。口径が大きい――それに弾幕も厚い。

 

「ルベド、大丈夫ですかっ?!」


 耳が劈けるほどの銃声の嵐、声を張り上げたアルベドが銃撃で応戦しながらの確認。


 残念だが答える余裕がない――!

 詠唱無しの上、そう高位の術式ではなかった事を埒外にしても、この連中は先ほどまでの兵士共とは違う。少なくとも装備が高級だ。


「……っは、ご挨拶だなっ!」


 射撃が停止し、術式の維持の為に堪えていた集中を解くように飛び出る皮肉。

 硝煙の霧が晴れれば、そこに立っていたのは十数人の兵士。

 だが装備が異様である。こんな連中は俺の記憶にはない。


 全身を隈なく覆う装甲と、携えた大口径のマシンガン。近接戦用にか、おまけと言わんばかりに魔力で象られた片刃の剣をも備えている。

 SFモノのパワードスーツめいた連中だ。


「諜報局の――執行部隊!」


 銃撃のマズルフラッシュから身を庇うように腕を上げていたイルシアが、憎々しく吐き捨てた。

 察するに諜報局の秘蔵っ子か。俺たちみたいな危険分子を排除する為の――


「んなモンいるなら、ローヴェニアとの戦いで出しとけよ!」


 大帝国の脅威を感じ怯みかけた心を薙ぐように、皮肉と共に元素系統第三位階〈火球(ファイアボール)〉を放つ。

 飛翔した火炎の玉が執行部隊に命中――着弾の瞬間に膨れ上がり爆発。炎が研究所の設備をも舐めるように燃やし尽くす!


「はっ、秘蔵っ子の割には――」


「――ルベドッ!」


 皮肉を言い終わる前に、警告を飛ばすニグレド。彼女に衝かれるようにして、俺は反射的に再び防御術式を発動。

 魔力の壁が俺たちを鎧った瞬間、未だ燃え上がる爆発点より銃撃の嵐が飛んでくる。

 

「クソがマジかよ、直撃だぞ」


 どういうワケか、連中は無傷である。

 元素系統の攻撃魔法の直撃にも怯まず、ひたすらに掃射される機関銃を防いでいると、唯一訳知り顔のイルシアが叫んだ。


「アレは〈魔導重鎧(エージス=エーテリア)〉――執行部隊専用の魔導兵装だっ」


「それはっ、どーいうシロモンだっ!?」


「が、外部からの魔力供給ある限り――全自動での万能防壁展開と――肉体能力の強化を――つまり、歩く要塞みたいなモノと、認識してくれたまえ!」


 なんてこった。いよいよ西方戦争で渋ってた意味が分からんくらい強い連中じゃないか。

 

「万能防壁――道理で僕の銃撃も、ルベドの魔法も弾くワケです」


「どうしよう! このままじゃ――」


 ――時間を削られて、後続の連中に嬲り殺しに遭うのがオチだな。

 もっとデカくて威力のある攻撃魔法なら確実に始末出来るだろうが、室内で高位術式を詠むのは憚られる。反動が怖いからだ。

 

 銃撃を凌ぎながら考え――この術式なら突破出来るだろうと思い付く。

 もうアポカリプス・ドライヴが無い以上、俺の魔力も有限だ。少しでも消費魔力をケチる為に、詠唱有りの術も詠む必要があるだろう。

 

「ここだな。――イルシア、防御魔法だ」


「へっ? わ、分かったっ。――“色無き万全、有為に随え”――〈防御壁(プロテクション)〉ッ!」


 再装填の為か、銃撃の勢いが弱まった。

 その瞬間に俺はイルシアに無属系統第五位階〈防御壁〉を行使させ、展開していた自前の障壁を解除。

 勢いが弱まっているとはいえ、非戦闘員であるイルシアの防御魔法が俺のソレより強いハズもなし。勢いよく障壁が削れていくが、詠唱するには十分。


「――“極の蛮地、果ての凍獄。昇る欠片は今凍結(とま)れ”――〈凍牙停止(グレイシア)〉!」


 素早い詠唱と演算により元素系統第七位階〈凍牙停止〉が発動。

 突き出した掌を握り込む瞬間、イルシアの障壁から向こう側、全てに魔力が通り――


 ……凍り付いた。

 

 空気中の水分と大気さえ凍り付く極限の氷雪が、執行部隊十数名を襲撃。俺の〈火球(ファイアボール)〉で燃えていた研究室の全てが凍って止まる。


「っ!」


 防御術式を展開するイルシアの身体が固く跳ねた。

 空気さえ凍り付き、水分の凝固が室内にダイアモンドダストを造り上げ、同時に急激に流れ込む空気が怒涛の如く執行部隊へ押し寄せる。

 イルシアの術式が壁となり俺たちへは一切効果を示さないが、障壁一枚距てた向こうは氷結地獄である。


 だが当然連中の〈魔導重鎧(エージス=エーテリア)〉なる鎧が俺の〈凍牙停止(グレイシア)〉を防ぐワケだが――


「こ、これは――っ!!」


 執行部隊の一人が叫び、やがて苦しそうに呻いて倒れ込む。障壁を展開したまま、外界の魔術的極寒からは身を護れているハズだというのに。

 一人、また一人と倒れていき、やがて凍り付いた世界に生存者はゼロとなる。


「並みの銃弾や魔術では傷もつかなかったのに――」


「――全自動で障壁を展開するって聞いた時に思いついた。氷結魔法で空気も殺人的な寒さに変わる。鎧を着ている者に害をなす冷たさだ。障壁魔法の発動条件は満たしている」


 アルベドの疑問に答えていると、イルシアが静かに障壁を解く。

 途端に凄まじい冷気が流れ込み、イルシアは呻き、ニグレドは俺を風除けにしやがる。

 が、それに頓着せず、俺は静かに気流操作の術式で冷気を除けた。


「――防壁がクソ寒い冷気も空気も、爆発にも似た大気の乱流も防いでくれる。が、障壁内の空気にも限界がある」


「成程、彼らは自分の装備に殺されたようなモノですね」


 事象の遮断を行う以上、酸素の流入も無くなる。

 そして魔導具での防御魔法は融通が利かない。害に反応して自動起動などもってのほかだ。

 極限まで凍り付いた外気を装備者への「害」と判断し、事象遮断の防壁が展開され続ける。

 結果、欠乏した酸素によって呼吸困難になり、全員窒息死したワケだ。


「その、ケッカン……じゃないかな」


「元素魔法の使い手に対しての対策は埒外にしているのだろう。でもまあ、ニグレドの言う通りだね。装備の重大な欠陥だ」


 数を揃えられるのが最大の強みだろうから、その辺はカバーできるのだろう。イルシアはそう結んだ。

 実際、コイツらに囲まれたら結構ヤバいだろう。一直線に相手出来る室内だからこそ、鏖殺出来ただけだ。

 

「そんな事よりさっさと――ホーエンハイムっ」


 ホーエンハイムの始末の途中で入った邪魔を片づけ、件の陰険野郎を改めて殺そうと振り返れば既にいない。

 

「あの野郎、ドサクサに紛れて逃げやがったな」


「……どうします、今なら追って仕留める事も」


 アルベドの提案に、イルシアは力なく首を振る。


「いいや、いい。そんな時間は無いだろう」


「……そうか、ならさっさと逃げよう」


「だね、さっきみたいなのが来たら大変だよ」


 俺たちもホーエンハイムには含むところが多分にある。だがこの場で一番の因縁があり、加えてもっとも無力なイルシアがそういうのだ。決断に否と答えるハズもない。

 凍り付いて死体の転がる研究室を去ろうと歩を進める俺たち――だが、


「――アレを、置いてはいけないか」


 ふいに振り返ったイルシア。彼女の視線の先には、培養槽の中に浮かぶ古書があった。

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