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014 異世界の車窓

『セントラル行、特別急行列車――発車いたします』


 車内に響く、少しくぐもったアナウンス。

 同時に列車が駆動して動き出す。動力炉から各部に供給しているのだろうか、キマイラだからこそ分かる程精緻に魔力が巡る。

 やがて駆動音と振動を響かせ、魔導列車は発車した。

 

「ヘルメス・カレイドスコープ……カレイドスコープ! ああ、確かに覚えがある。なるほど、彼の妹なのか。そういえば妹がいるとかいないとか、言っていたような気がしないでもない……」


 昔の事だからか、所々悩むような仕草と共に、イルシアは少女について思い出したようだ。

 

「そ、兄さんの跡継ぎとして、アタシが選ばれたってワケ。ちょっと特殊だけど、まあ一応、創設者達オリジンを名乗るだけの能力はあるって、自負してるわよ」


 少女――ヘルメス・カレイドスコープは誇らしげに薄い胸を張る。

 なるほど、創設者達オリジンか……つまり、セフィロトを造った偉い奴らってことだろう。そんな重要人物だったとは……こんなガキが。

 まあ、会話の内容から察するに、彼女も見た目通りの年齢ではない――つまり、こちら側の存在なのだろうが。

 俺がジロジロと見ているのが気になったのか、ヘルメスはコチラを見返してくる。


「コイツ、何?」


「……失礼なガキだな」


「ガキですって!? 多分アンタより年上――おっと、違う違う……何でもない」


 年齢について言及しようとした瞬間、ヘルメスは焦ったように話題を逸らす。

 決めた、コイツのあだ名はテンプレロリババアだな。いや、ちょっと長いかな……。


「それで、パラケルスス、コイツ何なのよ。アンタの彼氏?」


「か、かれっ!? ち、違うとも! 私達はそのような不純な関係では――いや、違うぞルベド! 嫌と言っているワケではなくて、私は自分の子供のような――ゴホン、済まない、取り乱した」


 一人で勝手に騒ぐイルシアを冷たい目で見る俺とヘルメス。ちょっと気が合うのがムカつくな。

 兎も角、そんな俺達の視線に気が付いたイルシアは冷静さを取り戻し、咳払いをした。


「彼はルベド・アルス=マグナ。私が全ての技術を結集し、あらゆる手を尽くして創造した最高傑作だ」


 相変わらずむず痒くなるような紹介に、俺は溜息をつく。

 

「へぇ~、ふぅん、そうなんだ~。あのパラケルススが最高傑作と言い張る存在かぁ。ちょ~興味ある」


 甘ったるい声で、興味津々といった様子で俺を覗き込むヘルメス。語尾が伸びる感じが非常にウザい。

 

「ふふん、だろう? 私の最高傑作だ、興味あって当然だな!」


 おっと不味い、講釈垂れる気配がするぞ。

 このロリババアが余計な事を言ったせいで、イルシアのスイッチが入ってしまった。


「彼はキマイラなのだ。しかも驚くべきことに、人類種と魔物のキマイラとして錬成したのだ。これがどれほどの偉業が分かるかね?」


「キマイラ……へぇ~そうなんだ。アンタキマイラなんだ。意外、ちょっと目つきが悪くてガタイ良いだけの獣人だと思ってた。で、それそんな凄いの?」


「当たり前だ! 通常、人類種と魔物を錬成し、人型――つまり人の要素を残そうとして錬成したら失敗する! 意味なき肉塊にしかならないのだ! だが私は、慎重に慎重を重ねた! まず肉体的素養に優れた獣人を用意し、それをベースに手を加える。魔術的錬成を行う前に最上の注意を以って強化を施す。後の錬成に耐える為にだ! その後の魔術錬成を行うに際して、必要な材料をあらかじめ――だから――つまり――」


 ああ、やっぱり。

 最初の方こそ興味津々に聞いていたヘルメスだったが、徐々に相槌が減っていき、雑になり、遂には瞳から光が失われ「うん、うん」しか言わない機械になってしまった。

 流石に、同情するよ。同じ経験があるだけに、痛々しくて見ていられない。

 俺は視線を逸らし、列車の外を眺める。イルシアのクソ長くて意味の分からない講釈をBGMに、高速で過ぎ行く景色を眺める。理解できない講釈よりは、よっぽと面白い光景だった。

 

「君! ちゃんと聞いているのか!」


「うん……うん」


「そうか! では続きだが――」


 ちらりとイルシア達の方を見ると、ヘルメスが救いを求めるような目で俺を見てくる。

 俺は目を逸らした。

 視界の端で、絶望したような少女の顔が見えたが、気にしない。

 

「――車内ケータリングサービスです。メニューは全て無料となっておりますが、いかがしますか?」


 白熱する一歩的な議論の間に、乗務員の女性がワゴンを押してやってきた。


「あ、その――」


「結構! そんなことよりも、賢者の石生成に当たっての障害について――」


 ヘルメスが何かを注文しようとするが、それをピシャリとイルシアが遮る。可哀そうに。


「あ、俺レモネードとカナッペ下さい」


「はい、レモネードは炭酸入りと無しがございますが」


「へぇ、じゃあ炭酸入りで」


「かしこまりました……どうぞ」


「どうもー」


 俺は映画館で買えるようなドリンクカップに入って、ストローの刺さった特大レモネード――俺のサイズ的に、ちょっと小さいくらい――と、皿に乗せられた様々な具材のカナッペを受け取る。

 こういう珍しいモノは、自分じゃ作らないからな。レモネードはそうでもないが、カナッペなんてやらんし。

 

「ちょっとアンタ! アタシが我慢して話に付き合ってるのに、一人だけそんな美味そうなモン注文して――」


「君! やはり聞いていないじゃないか! いいか、もう一度最初からだ! 今度はしっかりと拝聴する様に!」


「え、えぇ……そんな……」


 つーかこの入れ物といい、炭酸入りの飲み物といい、益々現代日本を思い出すような要素だ。

 まあ考えても、どうせ何故なのかってのは分からんし、今はどうでもいいか。


 俺はストローを咥え、レモネードを啜る。

 あ、美味い。甘さ控えめの味に、レモンの風味と苦みがいい感じにアクセントになっている。特有の酸味も、微炭酸に紛れ角の取れた味わいだ。

 あと冷えているのがいいな。冷えた炭酸飲料はそれだけで美味い。

 うるさい相席から目を逸らしつつ、俺はレモネードとカナッペを楽しみ、景色を眺めてゆったりした時間を過ごした。 

 ああ、久しぶりに安らぐ気がする。


『――セントラル行、特別急行列車をご利用の皆様に、お知らせいたします』


 暫くそうしていると、車内にアナウンスが響く。

 

「だからアルカエストという物質は――む?」


 ずーーーっと講釈を垂れていたイルシアも、流石にやめて耳を傾ける。それに付き合っていたヘルメスは、酷く安堵した顔をしていた。心なしかげっそりしている。

 

『ただいまより、ケテルの鏡、魔素乱流地帯に進入いたします。安全のため、座席を立たないよう、お願い申し上げます』


 どうやら問題になっていた「魔素乱流」というのに突入するらしい。確かに、列車に流れている魔力が変化し、結界のように覆い始めたのを感知できる。

 俺は窓の外を覗く。少し先に見えるのは、蒼い色をした湖。湖からは光の粒子が発生しキラキラ輝いている。幻想的な光景だ。夜にでも見たらムードが出そうではある。ま、人が生身で入ったら死ぬらしいけど。

 そこで俺は気が付く。途中までは橋に掛かったレールを走っていた列車。だが湖の境界からピタリと橋も、レールも無くなった。あれじゃ落っこちるぞ。

 

「おいおい……大丈夫なのかアレ」


 俺がそういうと、イルシアが立ち上がってキラキラした目で見てくる。

 クソ、俺も地雷踏んじまった。


「アレはなルベド! 魔力を用いて道を創るのだ! 尋常な物質で出来た橋やレールなどは、すぐに劣化してしまう。故、魔力を用いる。何せ魔素乱流地帯だ、魔力には事欠かない! 創造も保持も、簡単というワケだ!」


「そ、そうか」


 イルシアの講釈は兎も角、ヘルメスがニヤニヤした顔で見てくるのがクソムカつく。他人事だと思って傍観しやがって。

 

「しかもアレに秘密があってだな! 実は――」


 長年の付き合いから、ここからイルシア先生の魔術理論二時間コースになるのは自明であった。

 だから俺は、思いつきを試してここを切り抜けることにした。


「ほ、ほらイルシア、これ飲め! 美味いぞ」


 俺は持っていたレモネードを突き出し、ストローをイルシアの口に突っ込む。


「むぐ!?」


 イルシアは目を白黒させて座り込み、デカいレモネードを抱える。

 あぶねー、セーフだ。

 

「ちょっとアンタ! 何一人だけ助かってんのよ! アタシがあんなに苦しんだのに! 一人だけ逃げるとか、許さないから!」


「うるさい、ロリババア」


「ろ、ロリババア……な、なによそれ……。ろ、ロリとかいうのはよくわからないけど、アタシババアじゃないし! 十七歳のアイドルなのよ!」


「うわ、ロリでもねえのか。ならただの若作りババアだな」


「な、なんですって!」


 クソ、コイツもコイツでめんどくさいな。

 タイプの違ううるささだ。耳がキンキンする。俺の感覚は繊細なんだ、もっと労われ。

 列車は遂に魔素乱流地帯に突入し、僅かに揺れる。予想よりも大したことないな。

 

「もう、何で錬金術師に関わるヤツは問題児ばっかなのよ……」


 などとボヤくヘルメスの横で、イルシアは顔を赤くしてボソボソ呟いていた。


「間接キス、間接キス……これは間接キスなのか? いや、多分そうだ……でも、うう、こんなことならもっとよく見て置けば……る、ルベドと私が、間接キス……」


 そうやってイルシアはボソボソと独り言を言っていた。とても恥ずかしそうに。

 ……。

 俺は頬を掻いて視線を逸らす。

 

「クソ、恥ずいなコレ」


 セントラルへ向かう魔導列車は、一切の問題無く進んでいった。乗客の思惑など、意に介さないように。








 ◇◇◇








 学術都市セフィロトのセントラル、つまり孤島の都市には、二つの区域がある。

 一つは外縁部の一般区域。住民の住居や一般の店、または低危険度、低機密の研究などがある場所だ。ここまでは、一応外部の人間も入ることは出来る。

 もう一つの区域が中央区。高機密研究などを行い、中央の塔は委員会が都市の管理を行う為の政庁でもある。

 故に、必然的に幹部級の存在しか立ち入れず、また厳重に警備されている。一般人など、当然立ち入れない。

 特別急行列車は、その中央区に直接到着する。幹部用の特別な列車は、機密を守る為でもあるのだ。

 

「ついた……ここが学術都市セフィロトか。いや、正確には中央都市セントラル、か」


 列車から出た俺は、中央区に降り立った。

 ファンタジーチックな街並みであったが、時折存在している、周囲の風景にそぐわない研究施設のような建物や、中央に聳え立つ巨大な塔と言い、どこかSF風味を感じる――技術的に進歩した街であることが伺える。

 

「ほー、凄いな」


 イースト・シティもそれなりに発展していた街だったが、こことは比べ物にもならない。

 

「ここは人ならざるモノの安寧の地。だからアンタも、その幻術解いていいのよ? ここにいるモノは、決して機密を漏らすような真似はしないから」


 隣に立ったヘルメスが、落ち着いた口調で語る。

 先ほどまでの取り乱しようが嘘のようだ。

 だが、彼女が語ったことは無視できない。

 

「……らしいな」


 俺は周りを見渡す。街並みの中には、明らかな人外の者――角の生えたモノや、異形の部位がある存在。獣人やエルフ、ドワーフとも違う完全なる怪物共――そんな存在が普通に歩いていた。

 

「魔族や魔人族と呼ばれる存在よ。人界じゃあ魔物扱いだけれど、知恵も意志疎通も出来るから、こうしてここで過ごしているの」

 

 魔族は知性を持ち、意志疎通が出来るだけの能力を備えた人外を指す。魔人族は、古に魔物と交わって生まれた異形とのハーフだ。どちらも魔物扱い――まあ間違っては無いのだろうが――なので、人界からは敵対されている。

 

「そうなのか。だからここを選んだんだな、イルシア」


 俺の前で天を仰いでいたイルシアに、そう語り掛ける。


「ああ、ここならば異形の姿を晒しても問題無い。もういいぞ、ルベド」


 振り返ったイルシアが許可を出す。彼女は懐から〈隠匿の花根(フラグ・ヴルトゥーム)〉を出し、展開している幻覚を解除する。

 それと同時に、俺は抑え込んでいた変異を解放、臀部から尻尾たる二つの蛇が生えてくる。


「うっはー。それがアンタの本当の姿ってヤツ? 中々化け物じみてるわね」


「窮屈ダッタゾー!」


「キュークツ! キュークツ!」


 俺の姿を見て瞠目するヘルメスをよそに、同居人であるオルとトロスは久々の外に興奮し、解放感を味わっている。

 相変わらずのうるささだが、どこか懐かしさすら覚える。


「何コイツら、可愛いじゃない」


「言葉を二回繰り返す方がオルで、そうじゃないほうがトロスだ」


「ふぅん」


 ヘルメスはオル・トロスのコンビを気に入ったようで、俺の後ろに回り込み視線を合わせる。

 見た目は蛇だけど、目はクリクリしてる。可愛いという気持ちは分からなくもない。


「オルとトロスって言うんだ~。よろしくね~」


「ダレ? ダレ?」


「オ前、ニンゲンカ? ニンゲンハ皆殺シナンダゾ!」


「あっははは! 何この子達! ちょ~可愛いんですけど!」


 ヘルメスがオルとトロスを撫でたりしている横で、イルシアはどこか遠い目で高く聳える塔を眺めていた。


「ついに、君が言った通りになったよ」


 その呟きは俺に向けたものではない、単なる独白であった。だが確かに、ここにはいない誰かに向けて発せられた言の葉だった。

 珍しい様子のイルシアに、思わず俺は興味を惹かれて言葉の意味を聞こうとする――その瞬間、


「お待ちしていました、創設者達オリジンたるイルシア・ヴァン・パラケルスス様」


 俺達の前に現れた、奇妙な女。

 黒髪をポニーテールにした、紫の瞳を持つ少女。

 どこか不思議な雰囲気の彼女こそ、この都市の支配者への案内人。

 俺達を誘わんとする、意志の表れであった。

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