133 世話焼き
明けましておめでとうございます、という挨拶さえ賞味期限切れとなったこの頃……。
もっと早くに更新したかったのですが、年始がインフルで終わってしまい、このような形となってしまいました。
皆さまも体調にはお気を付けください。
更に数日が過ぎても、俺たち三人のささやかな平穏は未だ守られたままだった。
戦漬けだった日々を癒し、その代価をせしめるように続く安穏は温い湯のように居心地が良かった。
ただ一つ、変わったことがある。
「ほらイルシア、間食だ。あんま根を詰めすぎるなよ」
そういって、俺はチュロスに似た揚げ菓子と茶を研究部屋にいるイルシアに差し出した。
「ありがとう、ルベド」
こじんまりとした部屋には所狭しと研究道具らしき用途不明の物体や、レポートや書物が並んでいる。
その中、これまた乱雑に道具や書類が積まれた机にイルシアは向かっていた。
数日前からイルシアは俺たちが住んでいるこの隠れ家に同居し始めた。
何でも俺たちの様子を見つつ、ここで研究に打ち込みたかったそうだ。
仕事の方は大丈夫なのかと聞いたが、長期の休暇を取ったらしい。お陰で大手を振ってここに入り浸れると、彼女は笑っていた。
「しっかし、ひでぇ部屋だな」
「部屋の主の前で何てこと言うんだい」
思った事が口から零れてしまったが、実際事実である。
ここに事実上引っ越してきてからまだ数日、イルシアの部屋は余りにも雑然としている。
散らかった書類、意味不明な実験用具、おどろおどろしいサンプル――余人がイメージする正しく「錬金術師」といった様相の部屋は、お世辞にも綺麗とは言い難い有様だ。
イルシアが拗ねたように口をとがらせるが、全くの事実なのでどうしようもない。
「この有り様じゃあなぁ――おい! なんだよこれ、変なの踏んじゃったんだけど!」
実にズボラなイルシアに応じていると、部屋に転がっていた謎の何かを思いきり踏んずけてしまった。
見ればカカトにねちゃっと、妙に粘着質な黒い物体がくっついている。
「キモッ、何だよこれ!」
「あーあー、ごめんよ。零した試薬、全部拭いたつもりだったんだけどねぇ」
のほほんとしたイルシア曰く、彼女が零した錬金術の薬らしい。
コイツ……本当に適当なヤツだな。
錬金術の薬なんて、扱い次第でいくらでも危険物に成り得るだろうに。
イルシアの事だ、本当に危険なモノはしっかり管理しているのだろうが……してるよな、流石に。
「ったく、マジで気を付けろよな」
その辺にあった布巾でカカトを拭いイルシアを一睨みすれば、彼女はタハハとあまり反省してなさそうな笑いで応じた。
ちっとも響いてないなコイツ。
流石にイルシアに用がある度にこの汚部屋と対面しなければならないのは、俺としても苦痛である。
仕方ねぇ、掃除するか。
「えー、やだよ。面倒だし、私はどこに何があるか分かるんだ。寧ろこの状態が崩れたらワケわかんなくなっちゃうよ」
――掃除する、と言った途端にこの反応である。
ゴミ屋敷に住んでるヤツの常套句だな。
「ざけんな、お前一回周り見ろよ。足の踏み場もないんだぞ」
「私は避けて歩ける!」
「シバかれたいのか?」
軽く脅すとイルシアは「うっ」と怯み、重い腰を上げておずおずと俺の傍まで来る。
「ど、どうしたらいいんだい?」
「やる気になった所悪いが、指示出してくれてればいいぜ。捨てちゃいけないモノ、捨てていいモノ」
「な、成程……それなら私にも出来るね!」
などとあっけらかんとした様子のイルシアだが、流石にそれくらいは出来て貰わんとな。
というか「私にも」って、何とも悲しい枕詞である。
「んじゃ、早速始めるぞ」
言葉の端々から普段の生活力の無さを感じつつ、俺はイルシアのきったねぇ部屋の掃除を始めた。
散らかった書類、転がった空き瓶――うわ、床にあった紙取ったら裏がネバって糸引いてんだけど。
「本当にキモ過ぎる、お前サイアクだな」
「き、汚いモノじゃないよ。さっき零した試薬だ、多分」
そんなやり取りに興じつつ、俺はイルシアの散らかしまくった部屋を片付けていく。
それは捨てていい、それはダメ。それはここに纏めてくれ、イルシアの指示を聞きながら部屋を片付ければだいぶマシになってきた。
時折転がっている研究レポートらしきものを読んでみたりするものの、大体理解不能でやはりイルシアに指示を仰ぐ。
その折、気になるタイトルのレポートを見つけた俺は思わず声に出して読み上げた。
「転魂?」
そのレポートの題名は“転魂技術の転用と問題”と題され、イルシアとホーエンハイムの連名で作られたらしい。
「ああ、随分懐かしいね」
俺が出した揚げ菓子と茶を「冷めるともったいない」と言って立ち食いしていたイルシアが、目を細めてコチラを見る。
「錬金術師らしく、不老不死の研究をしていた事があってね。ホーエンハイムと共に進めていたプロジェクトさ」
意味ないからやめろと言われて以来、凍結しちゃったんだけどさ。イルシアはそういってタハハと笑った。
「ふーん、何か凄そうだな」
ふわっとした感想を言えば、イルシアは目を輝かせて喰い付いてきた。
不味いな、地雷踏んだか?
「スゴイさ! 魂を新しい器に入れて命を紡ぐ素晴らしい技術なんだ。その研究のお陰で、君達は生まれたといってもいい」
イルシア曰く、名前の通り魂を別の入れ物に移す技術らしい。
その技術の研究は俺たちを作るのに役立ったそうだが、結局停止したらしい。
そんな専門的な話を聞かされても、ふーんと生返事を返すくらいしか出来ない。
それでも俺の反応に気を良くしたのか、イルシアは立て板に水とばかりにその技術について語る。
掃除してんだけど!
「魂には血液型のようなモノが存在していて、情報と一致する身体じゃないと拒絶反応が出てしまう。Aという身体から、Bに乗り換えてもダメなのさ。AとBはイコールじゃないからね。だからこそ、君達三例の成功は、異界から招いた事による副産物だったんだよ! ほら、コッチでの身体なんて、君達には最初から無かったからね! 元となる型が無いって事なのさ」
早口すぎて何言ってるか全くわからん。
このオタク女め、喋ってないで掃除の指示出せよ! じゃないと大事なモンも捨てるぞ!
「あ、それは捨てちゃダメだよ」
「ああ、ちゃんと指示は出すのな……ならいいや」
何だか調子を狂わされるので、あまり真面目に付き合い過ぎないように俺は掃除を続け――
「お、おおっ! 信じられない、自分の部屋とは思えないくらい片付いている!」
やがてキッパリと片付いた部屋を見てイルシアは、何とも物悲しいセリフを喜色満面に言い放った。
薄々分かってはいたが、コイツ錬金術以外は全くできない社会不適合者だな。
しかもそれを改善しようとさえ思わないロクデナシである。いったい今までどうやって生きて来たのやら。
「いやあ、研究する為の場所とはいえ、ちゃんと片付いているのを見るのは悪くないね」
「こうなる前にちゃんと掃除しろよな」
「分かってはいてもつい忘れちゃうんだよ。それに普段は研究所の職員とかが掃除してくれるしね」
「つまり今まで任せきりだったから、片づけなぞやって来なかったと」
「そういうことになるね!」
どうしようもない返事を元気に返すイルシアに、俺は嘆息を一つ。
生活スペースがクソ汚い以外にも、もっぱら軽食を好んで食事の席に顔を出さなかったり、風呂に入らず洗浄魔法で済ませようとするズボラさだったり、共同で住み始めてから、イルシアへのイメージが変化しつつある。
前はもっとこう……辣腕を振るうクールな研究者って感じの印象を抱いていたんだがな。
実際はかなり抜けた女という事が発覚してから、コイツとの距離感を測りかねている。
別に嫌というワケじゃないが……どうにも世話が焼けて目の離せないヤツではある。
「しっかりしろよ、全く」
「善処するよ、するだけだけどね」
「お前なっ……」
ふざけた返しをするイルシアと俺のやり取りも最近では随分と多くなり、もはや恒例行事のようになっていた。
ヘナヘナと掴み所が無い上に自己中心的。
もっと自己管理を主体的にやれという弁も聞き流され、結局部屋から出てきて疲れを溜息と共に吐き出すというのが一連の流れ。
「アハハ、その様子だとまたあしらわれたみたいですね」
リビングに戻った俺を迎えたのは、アルベドの笑い声。
俺は呑気に笑うアルベドに思わずジト目を向けてしまう。
「笑いごとじゃねえよ。目を離す度に酷い有様だぞ」
「いやあ、僕も分かってはいるのですが、どうもマスター相手だと少し気後れしちゃうんですよね」
「甘やかすなよ、じゃないと何時までもあの調子だぞ」
イルシアは常々「自分がやりたい事しかやりたくない」等とふざけた事を抜かしている。
まあ確かに多少共感できなくも無いが……清濁を呑み込み妥協を強いられるのが生きるという事。
子供じみた主張ではままならぬ事もある。今はいいが、今後困ったことになるやもしれない。
そういってアルベドに聞かせれば、白髪の青年は心底面白そうにクスクス笑ってくる。
「まるで親か恋人みたいな言い草ですね」
「ハァ? お前っ……ふざけんなよ」
親みたいな事、と言われるならまだしも――恋人呼ばわりって。
別にイルシアの事が嫌いなワケじゃない。
世話焼くのだって、まあ、なんというか……小恥ずかしいが、恩返し的なアレみたいな……。
だから恋愛的な感情――って事は、無い。……多分。
「怒らないで下さいよ、ルベド」
キレかけた俺をナアナアと優しい笑みで窘めるアルベド。
これ以上ムキになって言い返すのもコイツの思い通りって感じがする。
仕方がないのでアルベドの小さな謝罪で矛を収めてやる。
それに言い争う――って言うかこんな事で俺がキレかけた所を、ニグレドに見られたらまたぞろ面倒な事になる。
僅かな苛立ちも、しょうもない喧嘩も俺たちの日常の背景。
或いはその時の俺は、それがいつまでも続くと無邪気に信じていた。




