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131 終と始

大変お待たせ致しました。

 死骸となった女は、もう何も答えない。

 横に転がっているのは、魔槍リヴァイアサンなる槍。

 

「……」


 死せる神――騎士アリスの今際、惜別に紡がれた最期の言の葉。

 確かに、時間を操作できるとなれば、過去や未来を視る事くらいならば、可能やもしれない。

 

「アリス・フォン・テーレス……お前は、俺の何を視たんだろうな」


 乾いた声音で女騎士の死体にそう問うても――木霊するのは遠くの戦火と、兵士達の慟哭や怒声のみ。

 痛ましいほど徹底的に破壊され尽くした広場に、血と硝煙の香りが乗った風が通る。

 

 彼女は言った。――滅びの担い手は、いつの時代も虚しく終わると。

 その言葉より、僅かに過る予感。

 或いは、予感と言う名の予知だろう。


「ロクな死に方が出来ないのは、俺にも分かってるよ」


 きっと俺は、そう遠くない内に死ぬのだろう。

 それも、飛び切り惨めな方法で。

 

 滅びが来ると分かっているのなら、全力で抗うだけだが――。

 まだ訪れぬ未来のことなど、慮るだけ無駄。

 未来の事ならば、変えようもあるというもの。

 もしも確定した未来ならば……仕方がない。その時は、まあ、終わるより他は無いだろう。


「お前の、未来が視える不思議な道具……放置すんのは危険だから、俺が貰ってくぞ」


 俺はそう言って、転がっている槍に手を伸ばした――瞬間、


「……は?」


 転がっていた魔槍リヴァイアサンは、俺が拾うべく手を広げた瞬間に、独りでに掌に収まってきた。

 その様子を見て思わず疑問の声が上がる。

 魔力を持っている武器なので、まあ勝手に動くくらいなら何とか納得できるが――。

 

 この手の装備にしては随分おさまりが良い。

 まるで偶々来たバスに乗り込むような気軽さだ。

 

 ……まあ、考えても意味はないか。

 どうせ魔法局に持って帰るだけだ。イルシアに持っていけば喜びそうだし、土産が出来たとでも思っておこう。

 

 そう考え、槍を携え広場を後にする。

 後に残ったのは激烈な闘いの痕。

 蹂躙の轍を刻んだ後には何も残らない。

 起こるべくして起こった結末だけが、無情に吹雪いていた。






 城塞都市ベルム、陥落。

 魔人兵らが公国最強の「三騎士」を破った事が決定的な打撃となり、ベルムは速やかに制圧された。


 ローヴェニア公国の要衝たるベルムの陥落は、対大帝国戦線に無音の衝撃となって奔る。


 ベルムの陥落後、神聖グランルシア大帝国はローヴェニア公国の首都へ進軍。

 もはや戦力が遺されていないローヴェニア公国は降伏――大帝国に対する中心勢力が落ちた事で、対抗諸国も次々に降伏。

 

 光歴1005年――西側諸国の全てが大帝国へ降伏。

 これは、ガイア大陸西側を大帝国が征服したという、事実上の証である。


「――どういう事ですか?」


 戦勝に沸く帝都ロイヴァにある執務室の中、魔法局局長たるイルシア・ヴァン・パラケルススの声が響く。


 普段の様子とは似付かわしくない固い声。彼女の碧眼が眼鏡越しに鋭く目の前の男を見据える。必死にこらえてはいるが、その視線にはいっそ殺意さえ籠っているように見える。


「言った通りだ、イルシア局長」


 厳めしい軍人――ダグラス少将が、葉巻をくゆらせながら冷たく告げる。


「魔人兵は全て廃棄、アルス=マグナ計画はこれを以って終了とする」


 告げるその言葉に、イルシアは拳を握り締めた。

 

 魔人兵の廃棄、そしてアルス=マグナ計画の中止。

 それはイルシアにとって看過できない命令だった。


「理由を……理由を尋ねても?」


 震える声は極めて固く、眼鏡の奥の碧眼には悟られぬよう必死に秘めた無機質な殺意が籠っていた。

 

 やっとたどり着けたのだ。あと少しなのだ。

 至高の錬金術、黄金錬成(アルス=マグナ)。このライデルの歴史上、今まで生まれて死んだあらゆる錬金術師の夢。

 

 あの三人は、ようやくつかんだ可能性なのだ。

 

「魔人兵はやり過ぎた。彼らの力は西側諸国全てに刻まれた。――我らが大帝国にさえ」


 錬金術師が抱く祈るような激情を意に介さず――或いは知らずか――ダグラス少将は葉巻を灰皿へ置き、頬杖をついてイルシアを見る。

 その瞳に、些かの感情さえ窺わせず。


「今回の平定戦争、魔人兵の投入以後、軍が殆ど矢面に立たずに終わった。お陰で軍部からの不満が突き上げてきている」


 等と宣うダグラスに、イルシアの抱く憤懣は更に募り燃え上がる。


(勝手な事をッ……創らせるだけ創らせ、使うだけ使ったのはそちらだろうに)


 燃え上がる怒り――だが、ふと過る己の行い。

 

 創って使い捨てるなど、イルシアの人生ではいくらでもあった。

 武器から装置などの無機物から、意志を持つホムンクルスから合成獣まで。

 

 どうしてここまで、三人(アルス=マグナたち)は嫌なのだろうか。

 

「後にあるだろう東側諸国への侵攻には当然軍部が主体となって行う。それだけではなく、国民への信頼回復が必要だ。今回、軍は殆ど活躍できずにいる。戦後の片づけや、東側での戦いを舞台にしてやらねばならんのだ」


「それは……軍部の都合でしょう。我等魔法局はどうなるのですか?」


「確かにそうだ、何処までも軍部の都合だ。だが大帝国は広大な国土を保護する、強大な軍事力に保障された国家。軍部からの要望を無視するのは、たとえ皇帝陛下の御稜威とてまかり通らぬ」


 ダグラスの言は事実だ。

 大帝国そのものを保証するのは皇帝の威光などではない、その力である。


 如何に魔人兵が強かろうと、たった三人では出来る事にも限界がある。今後本当に必要なのは、軍そのもの。

 

「ですが……何も処分など。西側諸国との戦いでも必要になるやもしれません」


「……魔法局は皇帝陛下肝入りで設立された部門。先の魔人兵を魔法局の手柄とするべく、“軍人”ではなく“兵器”として売り込んだのは、皇帝陛下の御意思だ」


 何を言いたいのだろうか。イルシアは黙ってダグラスの言葉を待つ。

 彼はその重苦しい口を開き、大きく溜息をついた。


「はっきり言おう。この神聖グランルシアは、軍事国家だ。今や権力を握っているのは元老院でも皇帝の玉座でもない、軍部だ」


 全て事実である。

 広大な国土を守り攻めるだけの戦力を用意するには、軍拡が必須。

 結果軍部の規模は年々大きくなり、事実上の権力階級となってしまった。

 口さがないものは、皇帝を元帥の傀儡だと呼ぶほどである。


「ええ……陛下の御意思によって、魔法局を設立する際も一悶着あったと聞きます」


「陛下とて人の子だ。自分が統べるべきものが、他人に飼いならされているのは面白くないだろう。魔法局設立は、陛下のモノを陛下の下へ還す為の一環――だったのだがな」


 要は、成果を出して権力の回復を狙ったのだ。

 

「だが結局魔法局は妨害により軍部傘下の組織となった。先の魔人兵の件は陛下のせめてもの抵抗、と言ったところか。涙ぐましい努力だが、今回に限っては悪手にも程がある」


「……陛下と軍部、軍部と魔法局、帝国と国民。その全ての乖離を招いたと。そしてその責の全てを――魔人兵に背負わせようと?」


 嫌悪感さえある予想を口にしながら、イルシアは思い出す。

 ダグラスの皇帝への敬意に欠け――いっそ侮蔑さえ籠った言の葉。

 そういえばこの男は根っからの軍人であったと。


「それもあるがな……アレは危険すぎる」


 言って、ダグラスはどこか遠くを見つめるような視線を見せた。


「どこの世界に、他国の軍を壊滅させ都市を落とし戦争を決するだけの兵士がいる? たった三匹だ、たった三匹であの戦いを終わらせたのだぞ? そんな化け物がこの国をうろついている。そう考える軍部の気持ちにもなってみろ」


「……彼らの忠誠心は戦果を以って示しました! それに、戦争を揺るがすほどの戦力を希望されたのは、他ならぬ軍部、つまり少将貴方ではないですか!!」


 求めるだけの成果に足りねば失望され、逆に足りていればこうして叱責される。

 理不尽のあまり遂にイルシアは語気を荒くして詰め寄ってしまう。


「……そうだな、我々が魔法局に要求した事だ。……果たせるとは、思っていなかったのだがな」


 ダグラスの口から出た言葉に、イルシアは目を見開いた。あまりに信じがたい言葉に絶句したのだ。


「……出来まいと、そう思って戦略級の新兵器開発を要求したのですか?」


 流石に違うだろう、そんな身勝手が許されるはずがない。

 そんな祈りさえ込めてそう問い質すイルシアに、ダグラスは静かに目を閉じた。


「そうだ、軍部にとって魔法局は飼殺すべき存在だったからな」


 ――祈りは届かなかった。

 軍部からの冷遇は感じていた。

 だがここまでとはさしものイルシアとて想像はしていない。思わず彼女は後退り、ダグラスを見つめる。


「そんなっ……」


 縋る様にダグラスを見るイルシアを、当の軍人は冷たい視線を以って向かい入れる。


「話は以上だ、魔人兵は処分するように」


「再考は……していただけないのですか」


「以上だ、と私はいった。局長、ご自分の席は可愛かろう、失いたくなければ穏便に済む手を取り給え」


 冷たい否定に重ねるような拒絶。

 にべもない言葉に、イルシアは肩を落としてその場を去った。


 研究所に帰る道すがら、戦勝の騒めきを聞きながらイルシアはボンヤリと思考する。


 ようやく掴めそうな命題を前に、背を向けるなんて有り得ない。

 

 最初に過った考えは、やはりそれ。

 徹頭徹尾、イルシアは研究者だった。


 アルス=マグナを捨てれば、次は無い。

 そしてこの国にいる限り、自分は羽ばたけない。

 大帝国(ここ)は狭すぎるのだ。

 果ての無い空を見上げて、イルシアは取り巻く籠を静かに恨んだ。


 なら――どうするべきか。

 通達された処分通知。それが記載された封筒をイルシアは破り丸めて路上に投げ捨てる。


「今からでいい。私は決して、作品を捨てない」


 自らを偽ることは出来ない。

 到底褒められた原動力ではないのは、倫理観の薄いイルシアとて理解できる。

 だからそれでいい。そこから始めればいい。

 

 あの三人が、彼らが必要なのだ。

 答えを彼等から与えられそうなのだから、自分も与えねばならない。

 静かな決意の下、イルシアは愛しい子供が待つ場所まで歩き始めた。


 ――それが、終わりの始まりだと知っていても。

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