130 死せる神の掌《後》
「死ねっ! 〈火葬撃〉ッ!」
稚拙すぎる暴言と共に、俺の十八番である元素系統第九位階〈火葬撃〉を放つ。
赤い稲妻にも似た閃光が解き放たれ、アリスへと迸る。
アリスは無言で横に跳躍し回避――回避した先へ追うように閃光が追撃する。
赤い稲妻が着弾した箇所から、超熱によって僅かに青みがかった火炎の爆裂が、猛烈な衝撃を伴って咲き誇っていく。
残酷極まりない花畑が次々と開花していくのを横目に、回避したアリスへ更に追撃を見舞う。
「避けんなよクソがッ! 〈氷滅刃風〉ッ!」
回避した先へ元素系統第九位階〈氷滅刃風〉を放つ。極低温の海水と氷柱の如き氷の刃が竜巻のように渦巻き、触れるモノ全てを凍結させ、引き裂いていく。
「クッ――」
炎と氷、二つの元素魔法に挟まれたアリスは、苦々しい声を発する。
どうにか回避しているものの、既に避けるのに必要なスペースが削られている。
次だ。次の術式で確実に〈先史の超越〉を切らせる。
「いい加減、くたばれっ! 〈空間切断〉ァ!」
血を吐くように切実な叫びと共に、時空系統第十位階〈空間切断〉を解き放った。
赤い魔力が雷光となって俺の腕に迸る。そのまま思い切り腕を振り抜くと赤い斬撃が空間にさえ罅を――
「致し方……無いッ! ――〈先史の超越〉!」
そして、再び世界が灰色に染まる。
左右から〈火葬撃〉と〈氷滅刃風〉が迫り、正面から〈空間切断〉の横薙ぎが襲い来る中、それら全てさえ凍結し停止する。
「……ふぅぅーっ」
時間跳躍によって、時の概念より解放された騎士アリスは、灰色に染まった景色を眺めて、僅かに血の香りが混じった熱い息を吐き出す。
「……そうだな。この権能の正体が知れた以上、貴様が攻勢に出るのは分かっていた」
聞いているワケでも無かろうに、アリスは牙を剥き出して殺意を張り付けた表情のまま停止する、ルベドに向かってそう語り出した。
「貴様が望んだ通りの展開だ、魔人よ。ものの見事に、私は思惑通りに動いたワケだ」
――ルベドの予想は正しかった。
時間跳躍の権能、〈先史の超越〉は、聖遺物の契約者たるアリスを以てして、並々ならぬ魔力の消耗を強いる大技である。
精々、発動出来て三度まで。
既に一度発動している上で、二度目の行使である。それも、自らに襲い来る危機を回避する為だけの行使。
タクティカルアドバンテージの薄い、回避行動の為だけに割くリソースとしては余りに重い。
自らの立ち回りの悪さが恨めしい。
猶予を与えず確実に削り取っていれば――このような事には。
いいや、過ぎた事を悔やんでも意味はない。
大事なのは、此処からどう勝利へ繋げるか。
一先ずこの大魔法に次ぐ極大魔法の連続攻撃は、この時間跳躍で回避するとして……。
「この跳躍を解除したならば、即座に彼奴へと〈刺葬月鳴牙〉を見舞っての速攻――これしかあるまい」
アリスが修める〈戦技〉、その奥義たる〈刺葬月鳴牙〉に必要な魔力もそれなりに多い。
とはいえ、もう一度使うくらいならば三度目の〈先史の超越〉に必要な魔力分にまで食い込む事は無い。
保険もある。
この案で往くしかあるまい――と、アリスは結論を出した。
「では――この術式を砕かせて貰う」
時間跳躍中に可能な、自分以外の存在、事象への干渉――ただ一度のみのそれを、迫りくる魔人の攻撃魔法を砕くためだけに使う。
これこそがアリスに取れる唯一の選択。窮余の手段には違いないが、それでも見えた手では最善。
然らば、その最善手を打つ事こそ戦場を舞台とする遊戯のプレイヤーとして当然の選択。
いいや、この場合では応手か、と自嘲の後――
「砕けろッ!」
〈先史者の咆哮〉の持つ時空間への干渉能力を以って、疑似的な空間切断を巻き起こし、ルベドの放った〈空間切断〉と二つの元素魔法を正面から破壊。
その瞬間、世界からの修正を以って時間跳躍は強制的に解除される――
――入れることも無く、バリン、という異音と共に俺の〈空間切断〉と、〈火葬撃〉、〈氷滅刃風〉の術式が完全に砕かれていた。
「時間操作ッ! 切りやがったな!」
先ほどまで展開していた攻撃術式が、次の瞬間には全て消えている。
時間操作を発動した何よりの証左!
「そうだっ! 望み通り使ってやったぞ!」
騎士アリスは烈火の如くそう吐き捨てると、姿勢を低くして踏み込み――急激な加速を以って俺へと突進してくる。
「ちっ、させっかよ――〈氷槍結群〉ッ!」
速攻を掛けて勝負を決める気だと察した俺は、元素系統第七位階〈氷槍結群〉で迎撃する。
略式詠唱で術式を解き放った瞬間、氷の槍が地面から幾重にも突き出てくる。
氷の柱とでも言うべき大きさから、細長いモノまで様々な氷槍がアリスの行く手を阻み、彼女を処刑しようと屹立するが――
「下らん真似を!」
ふざけた事に、あのゴリラ女は飛び出る氷の槍を切り払い、折り飛ばし、握り潰して突進してきやがる。
やべぇ、この女ガチだ。
「捉えたぞ!」
氷槍の密林を容易く突破したアリスは、そう言い放って俺の前に躍り出る。
不味い――この女の射程圏内に侵入させちまった。
ということは――
「――〈戦技〉ッ!」
クソがッ! やっぱそうなるのかよ!
あのクソゴリラ女騎士、近距離からの〈戦技〉で一気にケリをつける気だ。
ざけんなイノシシゴリラ女……んな簡単に殺れると思うなよ。
「舐めるなよクソがっ! 〈攻襲――」
「遅いッ! 〈刺葬――」
〈攻襲障壁〉を発動して妨害しようとしたが間に合わないっ……。
発動自体は出来ても、出した時には既に〈刺葬月鳴牙〉が同時に放たれている状態。
この至近距離では手持ちのあらゆる防御術式でも満足に防げない。
だからこそ吹き飛ばしてリセットしようと考えたというのに――
待て、いいや、まだ間に合うッ!
「――障壁〉ッ!」
「――月鳴牙〉ッ!」
――同時に互いの攻撃が繰り出された。
濃密な死の予感が、極限まで俺の生存本能を刺激し、エンドルフィンを以って急速に時間間隔を緩やかにしていく。
一種のゾーン状態――思考速度が極限まで加速され、刹那さえ久遠に感じる程のスローモーションの中、俺は見た。
――どうやっているのか、全くもって見当もつかないが、全くの同時に繰り出される四つの突き。
その全てが破城槌を、列車砲を、土石流さえも凌駕する破壊力。
音さえも嘲笑う神速の速攻。
――そしてそれと同時に、発動する俺の〈攻襲障壁〉。
強烈な魔力を物理的干渉力を持つ衝撃波に変じて、それと共に障壁を展開する、攻防一体の術式。
下手な爆弾よりも強烈な破壊力を持つその障壁が、俺の「真横」に展開された。
「……ッ!?」
必然、相対するアリスはそれを目撃し、驚愕の表情へと顔つきを変える。
当然――真横に展開されたとあれば、それに巻き込まれ俺は――巨人に弾き飛ばされたかのように、横っ面からぶっ飛ばされる。
――思考速度の加速が終了し、引き戻されるように時間間隔が戻っていく。
馬鹿げた衝撃に弾かれる激痛と、吹き飛ばされて全身を強打する鈍い痛みが俺を襲う。
視界が回転し、地面と天と真横の景色とが高速で入れ替わる中、咄嗟に防御魔法〈継続守護〉を発動。
干渉遮断型の防御魔法ではなく、継続して事象干渉を和らげる術式が俺を覆い、度重なる衝撃を弱めていく。
衝撃が弱まった瞬間、俺は魔人兵としての身体能力をフルに発揮して空中で体勢を立て直し、爪を立てて床を突き刺す。
「ッッ……!」
ガリガリと地面を削る爪の摩擦と抵抗が、俺を吹き飛ばす衝撃を止めるブレーキとなり、4×2の鋭い爪痕を地面に刻んだ後、ようやく停止する。
「ハァ……ハァ……言っただろうが、舐めるなって」
口の端から血を流し、ブレーキにしたせいで剥げた爪から真紅の雫が垂れる光景から顔を上げ、睨みつけるようにアリスを見据える。
アリスは槍をゆっくりと引き戻し、俺の方を見つめてくる。
「……私を迎撃する為の攻撃魔法を、咄嗟に回避する為に使用したのか。一歩間違えれば手の込んだ自殺になり兼ねんだろうに」
「ハッ、そうならねぇ自信があったからやったんだよ」
アリスの言う通り、俺は〈攻襲障壁〉を回避の為に使用した。
〈攻襲障壁〉は優秀な攻防一体の魔法ではあるが、両立している以上はどちらも中途半端になる。守りに使用するには、アリスの攻撃力が高すぎた。
故に咄嗟に回避に転用した。どんな攻撃だって、当たらないなら意味がない。
滅茶苦茶俗っぽく言うならば、ダメージブーストだろう。
当然攻撃魔法としても非常に優秀な術式故、俺の魔力で撃てばかなりの威力になる。
それを自分に撃つのだから、当たり前だが痛い。
全身酷い痛みが襲っているし、多分骨も何本か折れてる。
まあこの程度の怪我、魔法でいくらでも治せる。
「奇手だったが、見事に私の攻撃を躱したワケか。だが――」
アリスは俺を貫くように睨みつけて、槍を突きつける。
「私の切り札――忘れたワケではあるまい」
――アリスが言うように〈戦技〉を凌いでも、例の時間操作がある。
普段片手間に敵をぶち殺してる俺が、一転どうにか頑張って小手先の技とかで凌いでも、結局クソチート能力で決着である。
自分が今までやって来た事でもあるので、文句は言えん――が、言う資格が無いと分かっていても口が出るのが性というもの。
「クソがよ、ズルすぎるだろうが」
「不公平こそ戦地での原理原則。貴様も血風を駆けて来た者ならば分かっているだろうに」
俺の愚痴めいた言葉に、わざわざ御尤もな返しをしてくれる騎士アリス。
全く有難くて涙が出るね、クソがよ。
「では往くぞ、魔人――」
そういってアリスは槍を構え、強烈な魔力を練り上げる。
来る――あの法外な権能たる〈先史の超越〉が。
……あー、どうしよ。
本当に不味い。
最初の時は運よく防御出来たが、次はそうもいかないだろう。
どうにかして、どうにかしてあのチート時止めに対抗できないだろうか。
――その時に突如去来した、神的な打開策。
これなら……或いは、行けるか?
いや、行ける行けないじゃない。これしか思いつかない以上、やるしかない。
「これで終わりだ。――〈先史の超越〉!」
「――まだだゴリラ女ッ! 〈時流停滞〉!」
二つの異能が交錯した瞬間――
――世界が灰色に染まった。
「なん――だと?」
「――どーした? 随分と顔色悪そうじゃねぇか」
騎士アリスが驚愕する姿が見える。
何故かって?
それは無論――俺が、この停止した世界で動けるからだろう。
……騎士アリスの時間停止能力、〈先史の超越〉に対抗すべく俺が思い付いたのが「時間軸の同期」である。
時間停止魔法で己を巻き込んでしまう場合、範囲外の正常な時間と自分を同期させて、巻き込み事故を回避するテクニック――というか時間魔法を使うなら必須の技能がある。
それを利用して、俺はアリスの〈先史の超越〉に対抗したのだ。
アリスも時間操作をしている以上、停止した世界で正常に動く為の「正しい時間」が己に発動している。
彼女の「時間」を後追いしているワケだ。
……時間魔法の必須技能なら、最初から出来るだろって?
そうだな、返す言葉もない。
だが時間操作してくる相手なんてあまりにレア。そもそも相対する事さえない。
故に対策なんて思いつく段階まで行かないのだ。
それに、俺が使えるのは単一対象の〈時流停滞〉が限界。
時間操作魔法には縁遠いし、俺の性質上、多数の雑魚を相手にすることが殆ど。時間停止なんて使わない。
だからアリスの対策を咄嗟に思いついて実行に移せただけ上出来である。
多少は自己肯定感を高めてもバチは当たらんだろう。――もうバチ当たりな存在なので。
「……どうやったかは知らないが、未だ勝負は決まっていない」
気持ち速く動いているような気がする騎士アリスが、槍を構えてそういった。
恐らく時間を後追いしているが故の現象だろう。
正直近接戦がクソ強いアリス相手に、このハンデは重い。
――だが行動不能からの絶対即死より、スロー在りとはいえ行動可能にまで漕ぎ着けた。
この差は余りにも大きい。
故に勝利する。
ここまで来たのならば、必ず殺せる。
「そうだな。勝敗は未だ決まってはいない。だから――」
殺意と共に魔力を漲らせてアリスを鋭く貫くように睨む。
「――殺してやるよ」
俺の殺意を受けたアリスは、応じるように槍を向ける。
「……」
彼女は何も言わない。
少し時間をおいて、何故かアリスは俺を見つめる――酷く、憐れむように。
「……そう、だな」
僅かな沈黙が、灰色の世界に一層静寂の帳を掛けた。
一拍置いた後――互いに示し合わせたが如く踏み込んだ。
「――ッ!」
――至近距離に混じり、互いに交錯する視線。
魔力で極限まで強化を施した手刀を、彼女の胸目掛けて突き出す。
アリスもまた、鋭い一閃を俺へと突き出した。
――刹那が終わった。
唐突に時が止まった世界が終わり、視界に色彩が戻ってくる。
「…………何が勝負はまだ決まってないだ、ゴリラ女」
――右腕を覆う、温かいモノ。
幾度と見た赤い血潮。
俺の手刀は見事にアリスの胸を貫いていた。
「……ふ、ふふ」
俺に寄り掛かる様に脱力したアリスは、血泡が混じった声で静かに笑う。
「お前、もう魔力使い切ってたんだな」
――騎士アリスは、三度目の〈先史の超越〉を行使した時点で、既にすべての魔力を使い切っていた。
魔力の無い以上、彼女は「優秀な戦士」程度で止まってしまう。
如何に時間の後追いというハンデが俺にあれど、その程度の相手であれば殺すのに苦は無い。
長く続いた戦いの癖に、実に呆気ない幕引きである。
「……ふふ、不満、か?」
「……いや、殺し易くて有難かったよ」
アリスの皮肉気な言葉に淡泊な返事をして、俺は彼女から腕を引き抜いた。
バシャリと、胸に空いた大穴より夥しい出血をして、アリスは後方へとゆらりと倒れた。
仰向けに伏す彼女の死に際を彩ろうと、温かな血液がカーテンのように死に化粧を施していく。
「……私では、無理だったか。流石、死せる神に、愛されているだけ、ある……」
もはや死を待つだけのアリスは、惜別の言葉の代わりにそう呟き始めた。
「……神に愛された覚えなぞ、一度だってない」
アリスの妙な言葉に、俺はシンプルに返した。
死人に付きやってやる道理など無いハズだが、何故かどうしてもトドメを刺して終わらせる、という気にならなかった。
「いいや……貴様は……貴様の『先』こそが……彼女に、死せる神の、寵児……」
「……何をワケの分からないことを」
「……視えたんだ。ふふ、時の跳躍に……未来の、過去の欠片が」
……まさか、時間操作をしたときに未来が見えたとでも言うつもりなのか。
有り得ない……だが――
「滅びの担い手……彼女の意志を遂行する……お前とおまえの先こそが……」
「滅び……だと?」
――有り得ないと思っても、死に逝く女の戯言だと理解していて尚、俺はそれを聞き入った。
「五百年の、揺り返し……。全てが、死せる神の、掌――お前を産んだ、母でさえ、死せる神の……因果の潮流」
「死せる神……? おい、お前、何が視えたんだ。俺の未来か何かでも視たというつもりか!?」
俺が怒鳴る様に問い質しても、アリスは遠くを見つめるように滔々と語るのみ。
「……運命の始まりは、興亡と萌芽を産む……ふふ、彼女の、使徒たるが故に、崩壊の足音を、鳴らすのは、凶兆の紅――」
予言めいた口調で、彼女は語るのを続ける。
此処まで来ると、俺もお手上げだ。どう聞いたとて俺に答えてはくれない。
だからただ黙って、アリスの言の葉が紡がれるのを待った。
「……本物も、偽物も……哀れな事だ。死せる神に、愛された……滅びの担い手は……いつの時代も……虚しく、終わる……」
アリスは俺を見つめた。いや――俺の向こう側の誰かを、見つめるように見据えて来た。
「見て――いるのだろう? 終末の、獣よ――」
その誰かへと、手を伸ばすように虚空を掴むアリスの腕は、酷く弱々しかった。
「――では……な。地の底の底で――また、会おう」
――誰かへの、或いは俺への別れの言の葉を最期に、アリスは腕を力なく投げ出した。
同時にカランと虚しい音を立てて転がる魔槍リヴァイアサン。
アリスが時の跳躍とやらに身を委ねていた時、一体「何」を見たのか。
――「その時」の俺には、分かるハズも無かったのだ。




