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129 死せる神の掌《前》

「此処が貴様の終の地だ――血濡れし狼、紅き魔人よ」


 槍の刃を地面に突き刺し、正面に握る騎士アリスの堂々たる宣告。

 汝に破滅あれと、その意思、闘気、視線、声音に至るまでが克明に告げている。

 故に俺は悟った。

 

 ――此処を凌がなければ、死ぬ。


 確証はない。

 ブラフの可能性だってあるだろう。

 理性はそう告げるが、第六感とでも言うべき本能こそが、残酷なほど「死」の存在を鮮明にする。

 

 匂い立つほどの終滅の予感に、俺は一つ鋭く息を吐き出す。


「――ふぅぅ……」


 ――来る。確実に、俺を否応なく殺す攻撃が。

 二度の生にて何度か感じた死神の冷たい手が、頬を優しく撫でている。

 

「――いいぜ、来な」


 ――だが、俺はあの時とは違う。

 俺には力がある。

 世界が強いるあらゆる理不尽と不条理に抗い、捻じ伏せて嗤うに足る力が。

 

 故にこそ鋭く堂々と、アリスの宣告に受けて立つ。

 何が来ようと、ただ喰い破るのみ。

 獲物の(キバ)意思(ツメ)さえ喰い殺すのが、獣の故だ。


「――ならば……征くぞッ!」


 一瞬の沈黙、瞠目したかのような静けさの後、アリスは叫ぶ。

 勢いよく槍を抜き放ち、強烈な魔力を練り上げた。

 離れていても感じる程に濃く、鋭く、よく練り上げられた純粋な魔力。

 それを槍へと供給すると、まるで巨大な獣が目覚めるが如く大気が震える。


「――ッ」


 明らかな大技の予兆。

 妨害は無意味だろう。何をしようが、恐らくアリスは発動まで漕ぎ着ける。

 そして発動は俺の死に直接的に繋がる要因となる事だろう。

 

 後手に回るのは絶対的に不利だが、この場においては仕方がない。

 下手に妨害に回って、何も出来ずに受ける場合こそ最悪。然らば次善を取るのが必然。

 一巻の終わり(ゲームオーバー)だけは、避けねばならない。


「――〈遅延詠唱(ディレイキャスト)――」


 そして俺は、如何なる攻撃が来ようと対応できるように、〈遅延詠唱〉で術式を仕掛けて置く。

 一通りの術式を詠唱し終えるまでに必要としたのは一瞬。

 されどその一瞬で、アリスの大技は発動した。


「――穿(ほえ)ろ、〈先史者の咆哮(リヴァイアサン)〉ッ! 先史者たるを、此処に示せッ!」


 魔槍を構え、騎士アリスは咆哮する。


「超越せよ――〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉ッ!!」



 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ――その瞬間、世界が停止した。

 

 否、その認識は正しくない。

 時間軸よりアリス・フォン・テーレスただ一人のみが「跳躍」したのだ。

 

先史者の咆哮(リヴァイアサン)〉――それは、時さえも司る権能を持つ、十六番目の聖遺物である。

 

 映画を鑑賞している時、散りばめられた伏線を見逃すまいと、ストリーミング再生を停止して、画面を食い入るように見る行為。

 

先史者の咆哮(リヴァイアサン)〉の権能、〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉は、その行為に似ている。


 異なるとすれば――停止した「画面」そのものに、干渉出来るということ。

 世界に流れる時間が「一人称(ファースト・パーソン)」且つ「一方通行」で運行される中、この能力の発動者は一人だけ「三人称(サード・パーソン)」視点でモノを見れ、かつ干渉さえ可能。

 

 単なる時空系統の時間停止魔法では、決して及びつかない領域。 

 それは正しく「神の奇蹟」と言うが相応しく、その異常能力(オーバーパワー)こそが、聖遺物を「神の証明持物(アトリビュート)」たらしめる所以でもある。


 世界の理の外側へ、半身だけでも至れる権能。

 あらゆる聖遺物の中でも、〈先史者の咆哮(リヴァイアサン)〉は特に強力だった。

 

「……」


 ――すべてが灰色に染まった世界で、ただ独り、アリスは歩む。

 この光景を見るのは久しぶりだった。

 長らく行使しなかった権能。槍が齎す、外側アウトサイドの景色。

 茫漠として、寒々しい光景。


 アリスは、時が止まった灰色の景色が好きではなかった。

 この景色を見ると否応なく、自らが世界の内側の存在であると自覚してしまう。

 そして内側に生きている事を自覚すると、何もかもが小さく、無意味に思えてしまう。

 

 アリスは三騎士として、長い時をローヴェニア公国に尽くしてきた。

 高潔なる騎士の家系として、相応しい人生を歩んできた。

 弱きを助け強気を挫く――とまでは行かないものの、国に奉公する者として、善意ある行為をして生きて来た。


 その人生、歩んできた全てすら――小さく、消えゆくような感覚。

 だから好きではないのだ――この力が。


 ――早く、終わらせよう。


 絶対必勝の権能――発動した以上勝利は確定している。

 抗いようの無い権能なのだから、勝負をさっさと決定してしまった方がよい。

 

 茫洋とした景色から逃れるように、アリスは歩みを早める。

 目の前には止まった魔人兵――ルベドの姿。

 多くの国々を焼き払い、数々の兵士と英傑を屠ってきた怪物と言えど、時間軸の跳躍にはついてこられないようだ。


「終わりだ、紅き魔人……」


 聞こえるハズも無いが、アリスは静かに別れの言の葉を紡いだ。

 相手は国家の仇敵。されど刃を交えた以上、戦う者として敬意を表するのが当然。


 ――自らの意志を持つことが許されず、創造主と国家に操られるだけの傀儡としての彼に、僅かな憐憫を抱いてしまった――なんていうのは、感傷的思考が過ぎるだろうか?


 兎も角、アリスはルベドの正面に立ち、魔槍リヴァイアサンをクルクルと演舞の如く振るう。

 華麗に槍を回転させ切先をルベドの心臓に向け――突き出した。


 ……その瞬間、魔力で縒られた壁が槍を弾く。


「――な、にッ?!」


 カァン、と音もしないハズの世界に聞こえそうな程、見事に槍が弾かれた。

 攻撃を防いだモノの正体は、ルベドが〈遅延詠唱(ディレイキャスト)〉で仕掛けて置いた無属系統第十一位階魔法、〈絶対防御アブソリュート・シールド〉である。


 

 

 ――この時、何が起こったのか。

 オリジナルのルベド・アルス=マグナ、アリス・フォン・テーレス両者共に知る術はない。

 だからお前には語ろう。

 

 ――通常、時が止まった状態では新たな魔法が発動することは無い。

 考えてみれば必然の事象である。新たな時間が綴られる事がない以上、世界には干渉のしようがない。

 

 それは、ルベドが発動した〈遅延詠唱(ディレイキャスト)〉でも変わらない。

 魔法の詠唱を完了させ、術式を待機状態にし、発動自体を遅らせる技法である〈遅延詠唱〉は、カウンターや後手に回る際、非常に優秀である。

 

 しかし発動を遅延させるという性質上、魔法そのものが現出するのは「後」になる。

 故に時間停止下では、〈遅延詠唱〉で変化させた術式は発動出来ない。

 

 だからルベドは〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉の宣言を聞いた瞬間に、〈遅延詠唱〉で仕掛けた術式の一つである〈絶対防御アブソリュート・シールド〉を切ったのだ。


 時間停止と全くの同時に、防御が起動した。

 コンマ一秒の狂いさえ許されぬ完璧な先読み――とルベドを褒めたい所だが、実際は唯の幸運である。


 何せ「今の彼」には、〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉がどのような権能なのか、知る術がないのだから。


 ……彼の生は幸運とは言い難い苦難の連続だったが、故にこそ、死せる神はルベドに「続き」を与えた。


 そして彼の天運はまだ続く。

 アリスの聖遺物、〈先史者の咆哮(リヴァイアサン)〉の権能、〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉による時間跳躍には、誓約ルールが存在する。


 それは――「自分以外への干渉は、一回まで」という制限だ。


 跳躍してから停止した時間軸の中を、自由に動き回るのには制約がない。

 そして時の概念から解放されている以上、能力の発動時間にも制限がない。


 ただし、この権能の発動者以外に干渉しようとすると、途端に「世界からの修正」を受けてしまう。

 理の内側で死ぬしかない生物が、一時でも「外側」に至れる事こそ異常。

 世界を制御する理が、「時間軸の外側」からの干渉を検知した瞬間に、それを異常だと認識して修正しようとする。

 

 結果――〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉による時間跳躍が、解除されるのだ。


 ――既に展開されていた〈絶対防御アブソリュート・シールド〉に攻撃が弾かれた瞬間、時が再び動き出す。



 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 







 

「――ッ!?」


 気がつけば、目の前に騎士アリスがいて、俺に攻撃を加えていた。

 魔槍の切先が、俺の心臓部分目掛けて振り下ろされていた。

 

 あっぶねぇ……。

 あの大技の発動と同時に〈絶対防御アブソリュート・シールド〉を発動しておいて助かった。

 もしも防御魔法が無かったら――確実に死んでいた。

 

「――運に救われたな、魔人ッ!」


 アリスはそう言うが早く、槍を引き戻して連撃を繰り出す。

 展開している〈絶対防御〉が鈍い音と火花を散らして魔槍の鋭い連続攻撃を弾いていく。


〈絶対防御〉はその名の通り、大抵の攻撃を防ぐ術式だ。

 アリスが如何に攻撃を重ねようと、通るまい――と思っていたのだが、障壁に僅かに罅が入る。


「マジかよ」


 じゃあ〈絶対防御〉ってなんだよ。

 ふざけた女だ――そう胸中で毒を吐きつつ、俺は〈遅延詠唱(ディレイキャスト)〉で仕掛けた術式の一つ、〈輻射熱波サーマル・ラディエーション〉を起動――。

 

「ッ!?」


 強烈な輻射熱が投射され、アリスは怯んで後方へ飛ぶ。

 よし、距離が開いた。

 そのまま〈輻射熱波〉を維持して牽制しつつ、俺は更にアリスから離れて距離を取る。

 

「……」


 離れた場所からコチラをジリジリと窺うアリスを見て、俺は思考を回転させる。

 考えるべき事は、当然先ほどのアリスの攻撃の正体だ。

 

 あの大技を発動したかと思えば、次の瞬間には攻撃が終了していた。

 瞬間移動してからの一撃――というには、余りにもタイムラグがなさすぎる。


 では幻惑や認識阻害――でもないだろう。

 認識を阻害しても、タイムラグの無さを説明できない。その程度の権能では、時間の概念を超えられない。

 

 ……時間? 時間……そうか時間か……。いやまさかな――ウソだろ、有り得るのか?

 だが……もしもそうだと仮定するなら……説明がついてしまう。

 こういう時、前世がサブカルチャー全開な世界だったことを感謝する。

 そんなモンから発想するってのは、ちょっと癪だが。


「――時間操作か?」


 コチラを窺うアリスに、ダメ元でそう鎌をかけてみる。

 俺に問われたアリスは、鎧をガタリと震わせる。あからさまな反応――やはり、俺の予想は正しいようだ。

 

「……今の一瞬で、察したというのか」


 一拍の沈黙の後、騎士アリスは僅かに震える声でそう呟いた。

 

「まあ、惚けられたら正直自信無くしてた所だが」


 実際――時間操作なんてあまりにチート過ぎて、存在を疑う所だ。

 恐らく時空魔法による時間停止とは、全く異なる異能だろう。

 時空系統の魔法による時間操作は、特に警戒すべきとして教えられている。

 何せ決まれば確実に勝てる、必勝の魔法に近いからだ。

 

 術式の気配がすれば、それが時間操作だと察せられるくらいには、鍛えている。

 だが騎士アリスから術式の気配がしなかった。

 だというのに「時が止まった」と、言わざるを得ないような現象が起こった。


 以上の要素を以ってアリスの技の正体が時間操作だと仮定したワケだが――


「そうか――だが、見破ったところでどうにかなる代物でもなかろう」


 憂鬱そうに溜息をついてから、アリスはそういった。

 そう――そうだから、俺は今めちゃめちゃ困っている。

 看破した所で対策のしようがない異能――余りに強すぎて、相手にバレたとて「で、だからどうした?」って感じだろう。


 ふざけやがって。このクソチート女が。

 時間操作できる奴が、フィジカルも兼ね備えてたらダメだろうが。

 どちらかは貧弱であれよ。

 

 このふざけた世界ゲームを運営している神様がいるなら、クソバランスブレイカー女の性能を弱体化(ナーフ)してほしい所だが、現実は無常。

 この悍ましく残酷で壊れ切った世界に、公平など望む方が異常か。


「そうだな。できれば手心を加えてくれる方が嬉しいんだが――」


「笑止!」


 当然ながら手加減などしてくれるハズもなく、アリスは一気に跳躍――宙より襲撃するかのように鋭く落下攻撃を見舞ってくる。

輻射熱波サーマル・ラディエーション〉の熱波を掻い潜るような、上空からの攻撃。

 

「――ちっ、容赦なしかよ」


 維持していた〈輻射熱波〉を解除して、後方へ飛んでアリスの攻撃を回避。

 ガキィン――と先ほどまで俺がいた場所が槍で貫かれ、纏った魔力の爆裂によってクレーターを作り出す。

 列車砲よりも酷い威力だ。


「クソゴリラ女!」


「ゴリラが何を意味しているのかは知らないが、バカにされている事だけは伝わるぞ」


 などと俺の罵倒に応じつつも、滑り込むように刺突攻撃の追撃を見舞ってくる。

 着地してから再攻撃に移るまで、余りにも滑らか。一切の無駄がない。

遅延詠唱(ディレイキャスト)〉で仕掛けて置いた〈攻襲障壁(アサルトバリア)〉を展開。


 超高圧の魔力が障壁の形を成し、俺の周囲に膨れ上がるように急速に展開。

 地面の石畳が残らず捲れ上がるほどの衝撃を纏う障壁が、俺の周囲を襲うように守る。


「味な真似をっ!」


 衝撃波さえ伴う障壁にぶつかり、アリスは後方へ吹き飛ばされる。

 距離は取れたものの、これで〈遅延詠唱〉で仕掛けた術式は全て使い切った。

 さてどうしたものか。

 

 あの大技――〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉なる技を使ってこないのが気になるものの、時間操作が出来る相手、というだけでコチラの行動に制限がかかる。

 何をしようにも、常に時間操作がチラついて仕方ないのだ。


 いや、マジでどうしよう。

 勝てる気がしない相手と戦うのは初めてかもしれん。

 

 よしよし、落ち着けルベド。こういう時はロジカルに打開策を考えるんだ。

 相手は時間を操れる。

 さて、時を操れる能力があるなら、どんな時に使う?

 当然、戦いの中でという前提でだ。


 当たり前だが、相手を追い詰め倒す際に用いるだろう。

 では、何故今、俺との交戦で使わなかった?

 

 考え得る原因はいくつかある。

 まず一つ、発動に少なくない負担が掛かる可能性だとか、回数制限がある場合。

 

 あの〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉なる技を発動する前、騎士アリスは莫大な魔力を練り上げていた。

 普通の魔導師とかなら、命に代えても生み出せないくらいの量である。

 アレだけ多い魔力を発動に必要とするならば、無駄には出来ないという思考も頷ける。


 というかアレだけの魔力を使うなら、明確に使える回数が決まっているだろう。

 

 或いはその他にも、命だとか寿命だとか、魔力以外のリソースを消費しているかもしれない。

 ならば一層、行使に慎重となるだろう。

 

 もう一つの可能性……一度発動したら時間をおかないと再度使えないとか。


 ゲームっぽくいうなら、リキャストタイムとかそういうアレ。

 そうだと仮定した場合、寧ろこうして俺が時間を稼いでいるのは悪手となる。

 最大最強の技が冷却状態と仮定するなら、その空白の時間こそ唯一の勝機となる。

 

 と、なれば――攻勢あるのみ、なんて脳筋じみた結論に至ってしまう。

 実際悪くないハズだ。


 猛烈な攻撃によって防戦一方となれば、その状況を打破する為だけにあの〈先史の超越スペリオル・リヴァイア〉を切らせられるかもしれない。

 

 危機回避の為だけに魔力を損耗したとなれば、アリスにとって痛手となるハズだ。

 対してコチラはアポカリプス・ドライヴのお陰で魔力は使い放題。肉体に負荷は掛かるが、滅茶苦茶我慢すればどうにか無視できる。

 

 よし、これしかないな。

 多少無茶な攻め方でも、やるしかない。

 

「――絶対にぶち殺してやるぞ、クソ女」


 戦闘への衝動へと変換すべく、煮えたぎるほどの殺意を漲らせる。

 俺の冷徹な殺意を受けたアリスが、砂煙の中から堂々と現れて槍を構える。


「来い、紅き魔人よ。どちらが上か、この不毛な争いに幕を引くとしよう」


 最終ラウンド――開始。

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