128 先史なる怪物、紅たる魔人
「先手は頂くッ!」
そう叫ぶが疾く、騎士アリスは魔槍リヴァイアサンを構えて地面を強烈な勢いで蹴った。
殆ど水平に飛翔しているかの如き速度。彼女が地面を蹴った衝撃がソニックブームめいて広がり、異様な音と共に俺の正面に躍り出た。
「――ちっ」
普段俺がやっているように、魔法名のみを口上する行使方法――略式詠唱では、防御が間に合わない。
だから完全詠唱破棄――すべてを脳内で完結させる方法で術式を構築。
結果、即座に展開された無属系統第八位階〈超硬防壁〉が、騎士アリスの槍の切先を受け止めた。
ガキィン――と異様な音を立てて障壁が攻撃を受け止めるが、ギチギチ、ガリガリと槍が魔力を削っていく。
「クソが――〈爆裂〉」
このままでは串刺しにされる――距離を取るべく元素系統第四位階〈爆裂〉で騎士アリスを爆破。
「ほう……」
障壁を貫こうとしていたアリスは、回避できずに〈爆裂〉を喰らう。舐めた態度を取りつつも、軽く手を挙げ防御――纏っている鎧が重厚極まりないので、魔力と合わせれば殆どダメージは無いだろう。
だが騎士アリスは衝撃で吹き飛び、後方へ転じる事となった。何度か転がりながら、すぐに体勢を立て直し勢いを殺すように槍を地面に突き立てる。
距離は取れた。一呼吸にも満たない程の時間しか稼げていないだろうが充分だ。
「備えるべきは近接戦闘か。なら――〈限絶行使――強化・五重詠唱〉!」
魔力を過剰に注ぎ込む事で、術式の限界を超えて魔法を行使する〈限絶行使〉を以って、元素系統第三位階〈強化〉を更に五重詠唱で発動。
赤く輝く魔力が俺の全身を覆い、速やかに染み渡る。視神経から脳的処理能力、神経回路の一つ、筋繊維の一本に至るまでが「強化」されていく。
「フッ――!」
強化した脚を以って強烈な踏み込み――バァン! と足元が破裂する感覚。
急激に強化された魔人兵としての身体能力は、騎士アリスの目前まで容易く距離を詰める。
「来るかっ!」
典型的魔導師としての立ち回りしかしていなかった俺が、直接的近接戦闘を行う。
ある種のブラフだが、流石に油断していないようで、騎士アリスはすぐに迎撃の姿勢を見せる。
槍という武器は、助走によって運動量を増加させるほど威力が上昇する。
ランスという武器が騎兵に好まれるのもそれが理由である。
故に先手を取らせるのは愚策。距離を空けて戦闘を行うのも同じく愚策。
近接の間合いに持ち込んで、取り回しをし辛くさせるのが次善。
無論――最善は超遠距離からの一方的な魔法戦だが。
「シッ!」
鋭く息を吐いて、滑り込むように掌打。顎を砕くのを狙っての一撃。
アリスはそれを当然のように回避――音速にさえ迫る程の攻撃だが、彼女には遅すぎたか。
回避の勢いのまま踊る様に回転し、そのまま槍の薙ぎ払いへ繋げてくる。
「バカが――」
姿勢を低くしてその攻撃を回避、そのままアリスの軸足目掛けて強烈な蹴りを放つ。
喰らえば確実に骨を木っ端微塵にする一撃はしかし、足一つで強烈に跳んで回避。
アリスは槍を振り回し、残酷なまでに華麗な姿勢制御を以って空中で体勢を変更――即座に俺へと宙より刺突を見舞う。
「ちっ」
舌打ちしつつ、後方へ飛んで槍を回避。一瞬の後、俺がいた場所が槍で貫かれているのを見ながら、低い姿勢のまま獣の如く地面を蹴って前方へ疾駆――。
「おらァ!」
正面のアリスを、地面に刺さった槍ごと蹴りで貫いた。
「――ッ!」
ガァン、という金属音。防御の為突き出した槍から、衝撃が轟音さえ伴って彼女を貫く。
脚に纏った魔力が雷光と衝撃を伴って、アリスを後方へ吹っ飛ばす――!
砂埃と衝撃を派手に撒き散らし、後方へすっ飛ぶアリスは、建物を何枚も貫通していく。
魔力を纏った魔人兵の一撃である。致命傷にはならずとも、かすり傷とは言い難いダメージは負わせられただろう。
「そのままくたばりやがれ――〈魔力分解・四重詠唱〉ッ!」
そしてアリスが吹っ飛んだ辺りへ追撃の魔法をぶち込む。
選択したのは無属系統第九位階〈魔力分解〉の四重詠唱。掠っただけで全身を魔力へ還される強力無比な攻撃魔法――。
展開した術式より極太の緑色のレーザーが四本放たれ、アリスが吹っ飛んだ辺り、俺の正面を隈なく滅却する。
砂埃を貫く緑色の光線が、触れる全てを最小単位たる魔力へ分解していく。瓦礫も家屋も全てが煌びやかな魔力へ消える。
やったか? いいや、こんなザ・フラグみたいな思考が過っている内は勝っていない。
その予想は正しかったようで、砂煙を切り裂くように剣呑な槍の切先が、銀の閃光さえ伴って飛び出てくる。
「ハァァァ!」
戦場の血煙を引き裂くような咆哮と共に、騎士アリスは銀閃煌めく猛烈な刺突を見舞ってくる。
その速度、威力、共に異常異質。榴弾砲さえ軽く凌駕しかねない威力の攻撃――喰らえば確実に死ぬ。
「なら避けりゃいいだけだろうが――ッ!」
兵器の如き槍の一撃を時空系統第四位階〈空間疾駆〉で無理矢理に回避。空間を歪めて短距離を駆ける術式で飛び、騎士アリスの背中、後方20メートルへ移動。
「時間を稼ぐか」
着地した俺はそのまま指を噛み切って血を出す。即座に指先を突きつけ、滴った血液を地面に落とした。
「――シュド=メルの名に於いて、我に近付かざるべし――〈赤印呪刻〉ッ!」
詠唱と共に滴った俺の血液が地面に落ちた瞬間、それが湖に投げ込んだ小石の如く赤い波紋を巻き起こす。
波紋は奇異なる刻印へと変貌し、強烈な呪詛を撒き散らした。
召喚系統第七位階〈赤印呪刻〉――悪魔の力に由来する刻印を施し、一種の領域を作り出す。
領域の中心、即ち術者へ近づけば近づく程、呪詛が強烈になり敵の接近を拒む。こういった術式では珍しい、防御の性質を持つ魔法である。
近づけば強烈な呪詛によって、肉体が炎で炙られたように焼かれ、硫酸で溶かされたように激痛が走るだろう。
「小賢しいッ!」
常人相手なら呪詛領域の最外層に触れただけでも半死半生だろうが、当然のように騎士アリスは突っ込んでくる。
一切躊躇する事さえなく〈赤印呪刻〉の効力下へ入ってくるアリス。爛れたようにジューっという音が聞こえ、鎧の隙間より白い煙が上がるが一切痛痒を感じる様子さえない。
あっという間に彼女は〈赤印呪刻〉の致死圏を超える。俺との距離はもう十メートルも無い。
「時間稼ぎにすらならないなんてな。化け物はどっちだ」
そう俺がぼやきたくなるのも無理は無いだろう。
全くもって出鱈目な女だ。
「鬱陶しい呪文だ、此処で潰させてもらうッ!」
そう宣言するが速く、騎士アリスは槍を棒のように振り回し右手で横に携え、左手を地面に着く。
宛らクラウチングスタートにも似た構えから、アリスは秩序だった魔力を膨大に槍に収束――
「――〈戦技〉ッ!」
その宣告と共に魔力量が一気に上昇――同時に感じる凄まじい危機感。
「このゴリラ女がっ……〈守護方陣〉!」
神経を貫くような死の予感に、罵倒と共に即時行使可能な防御術式の中で最も強力な、無属系統第十位階〈守護方陣〉を起動。
煌めく方陣型の障壁が俺の身を守ったのと同時――
「――〈刺葬月鳴牙〉ッツ!」
――騎士アリスの〈戦技〉が、暴威となって吹き荒れた。
携えた槍に収束した膨大量の魔力。それを纏ったまま、槍がコチラへと切先を変え、途轍もない速度で一閃――いや、刹那というのすら生温い瞬間の間に、四撃――刺突が奔った。
……その一撃は、宛ら土石流にも似ていた。
月が吠えたかと、錯覚さえ感じる程の一撃。
刺突は超速と呼ぶ事さえ憚られる次元へと昇華し、音速など容易く嘲笑う加速を以って翔ぶ。
纏った膨大量の魔力が、アーティファクトたる魔槍リヴァイアサンの潜在能力を極限まで引き出した。
結果――。
「――ッ!」
〈刺葬月鳴牙〉なる〈戦技〉は、一瞬の間に四つの突きを重ねる技らしい。
その全てが俺へと向けられ、解き放たれる。
爆発――感じた衝撃をそうとしか思えなかった。
障壁は木っ端微塵に破砕され、車に轢かれるよりも強烈な衝撃が俺に奔る。
「――ハッ!? クソがっ!」
飛び掛けた意識が、空中で戻った。
同時に感じる鈍い痛み。身体中傷だらけだが、どうにか凌げたらしい。
あの〈戦技〉で吹き飛ばされた俺は、落下を阻止すべく〈空間疾駆〉で地上へ戻る。
「フン、派手にやったな」
槍を突き出した姿勢から戻り、手に持つ魔槍リヴァイアサンをクルクルと回転させ、地面に突く騎士アリス。それを見て俺は皮肉気に笑った。
周りは酷い状態だ。四方に壁のように建っていた住宅のほとんどは消し飛んでおり、中央にあった記念碑は微塵となって砕けている。
先ほどの〈戦技〉が放たれた方向は特にひどい。地面にくっきりと、四つ痕が刻まれている。ドでかい怪獣の爪痕みたいな有り様だ。
「ほう――我が奥義、〈刺葬月鳴牙〉を凌ぐとは見事だ」
「ハッ! よく言う……こっちはもうボロボロだってのに」
実際、俺のダメージはかなり酷い。
正直立っているのがやっとってくらいだ。
「貴様こそ、偽言は止せ。もうすでに回復しつつあるだろう」
俺がおちょくると、返すようにこの対応である。
まあ実際、密かに〈再生〉の術式を発動しているから、間違ってはいない。
というかバレてたか。まあそりゃバレるか。決闘だもんな。
「音に聞こえし魔人兵の力、予想以上。然らば、全霊を出すのが必然」
肩を竦めてアリスの言葉に返すと、彼女は溜息を吐いてからそう言い始める。
これ以上隠し玉あるのかよ、メンドイからやめてくれ。
「――我が魔槍、真なる力を解放する」
その一言と共に、第二ラウンドの幕が上がった。




