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127 我等は何処へ至らん?

 作戦開始から一時間。

 ベルムを狙う大帝国軍の攻撃。そして帝国軍から街を守るため、公国軍が行う迎撃。

 それらをすべて、防御術式で弾きながら進む。やがて俺達はベルムの魔法障壁の前に辿り着いていた。

 

「予想通り、干渉遮断型だ。それと干渉権限(キー)が無いと、有機生命体とその所有物を受け付けないタイプだろう」


 つまり、通れない。

 魔法障壁はベルムの街を守るため、城壁から10メートル余分に展開されている。

 つまり障壁を突破しなければ、そもそも城壁を辿り着けない。


「どうするの?」


 ニグレドは障壁に触れ、それが確かに手を反発し拒絶するのを見て、俺に問う。


「アルベド、やれるか?」


 ベルムから来る元素魔法を弾いてから、俺はアルベドに尋ねる。

 彼は障壁を見つめ、頷く。


「防壁を解除するには時間が足りないけど、干渉権限プロトゴルへの瞬間的な書き換えなら」


 そういってアルベドは障壁に触れ、魔力を流す。

 アルベドの能力は、ニグレドのような身体能力特化の魔力強化でもなく、俺のような術式適正でもない。

 生まれつき高い知能を生かすように、術式の解析能力、空間把握能力、演算能力に優れている。

 

 対象が魔法にかかわりのある技術ならば、見ただけで即座に干渉する事さえ可能である。


「偏向詠唱開始――終了。はい、出来た。行けますよ」


 アルベドが障壁に触れた瞬間に、干渉が終了したらしい。

 障壁に歪みが生まれ、触れていたアルベドの手が向こう側へ透過する。

 流石、鮮やかな手並みだ。俺にもできなくはないが、アルベドの方がずっと早いし確実である。


「よし、侵入するぞ」


 そういって、俺は先陣を切って内部へ侵入した。蜘蛛の巣でも通ってるような、薄い感覚を超えると――問題無く障壁を通過出来た。

 

「クソ、魔人兵が入ってきたぞ!」


「撃て撃て! 奴らを近づけるな!」


「障壁があるのに、どうやって――」


「なんでもいいだろ! 兎に角撃て!」


 城壁に待機しているローヴェニア公国の兵士が、備え付けられている魔導機関砲を操作しコチラへ照準を向け――掃射。重々しい銃声を上げながら、無数の弾丸が殺到してくる。


「フン、〈円陣防御ラウンドガーター・シールド〉」


 嘲る様に無属系統第六位階〈円陣防御〉を発動。展開された若草色の障壁が、迫りくる鉛の嵐を容易く弾き飛ばす。


「チクショウ、防御魔法だっ!」


「撃ち続けろ! 呪文が壊れるまで!」


 悲鳴にも似た怒号を上げる兵士を無視して、障壁であらゆる攻撃を弾きながら城壁の前に到達した。

 物静かに歴史を語るかのような重く厚い石の城壁は、長年の経験を示すかのように傷ついている。

 この城壁こそが、ベルムを城塞都市と為す証なのだろう。

 

「行くぞ」


「うん」


 軽くニグレドとアルベドに声を掛けてから、俺達は足に力と魔力を込め跳躍。

 ズガン、と足元に衝撃が響き、上へと急速に伸びる感覚。一瞬で空中に躍り出て、城壁の上に着地した。


「なっ!?」


「魔人兵っ!」


 俺達を迎撃していた兵士共がコチラを見て驚愕する。

 まさかジャンプして城壁に昇ってくるとは思わなかったのだろう。数多くいた兵士らは、その殆どが動けないでいた。


「僕は障壁を止めます。ニグレドは城壁周りをお願いしますね」


「うん、分かった。――ルベドは?」


「俺は中央に向かって制圧を進める」


 兵士らが硬直しているのを良い事に、俺達は互いが何処を担当するのかを改めて素早く打ち合わせる。

 ニグレドは城壁の破壊と、その周辺の防衛機能排除。

 アルベドは都市防衛障壁を停止させる役割。

 そして俺が敵主力の撃破と制圧。


 単純かつ明快――この方法で俺達はいくつもの都市を落としてきた。

 正直、障壁と城壁は外の大帝国軍に任せても良いのだが、俺達で片づけてしまった方が早いし確実である。

 だったら正規軍は要らないって? ……まあ、そうだな。


 多分、魔法局に手柄を独占される形になるのを嫌ったのだろう。戦後、軍は幅を利かされる機会がどうしても減る。

 対して魔法局は戦後、平和になった後の時代でも技術面で貢献できる。最近の俺たちの活躍に、戦後の勢力争いがチラついて仕方ないのだろう。全く、どうしようもない連中である。

 

「ま、待て――」

 

 そんな事を考えていると、兵士が引き攣った声で警告してくるのを聞いて現実に引き戻される。

 兵士は警告と共に銃を構えてくるが……遅い。

 俺は焦った表情を浮かべる兵士を蔑如するように一瞥、そのまま都市内へ躍り出た。


 落下によって巻き起こされる風が軍服の裾と俺の長いタテガミをバサバサと煽る。それに鬱陶しさを感じつつ、衝撃もなく着地。

 

「魔人――ッ!」


 西門大通りに待機していた兵士達が、俺を出迎えてくれた。

 驚愕しつつも兵士達は俺に銃を構えてくる。要衝を守る兵士というだけあって、それなりに優秀らしい。

 多数のバリケードが大通りを塞いで、物陰より兵士が俺を睥睨していた。

 街の物見台や家屋の屋根にも兵士が待機しており、俺を四方八方から狙っている。


「魔人兵だっ! 撃ち殺せ!!」


 引き攣るような命令を以って、ローヴェニア公国の兵士は一斉に俺へと銃撃を開始した。

 

「ふぅ――〈射撃反射プロジェクタイル・リフレクト〉」


 瞬間に無属系統第七位階〈射撃反射〉を発動。無色の輝きが魔力を束ねて障壁を縒り成す――。

 

 哀れな事に、障壁が構築される方が、彼らが銃撃を開始するより早かった。

 構えたライフルから、突撃銃から、銃座に固定した重機関銃から、目がチカチカとして眩むほどのマズルフラッシュを放ち、その輝きより凄まじいほどの鉛が飛翔する。


 宛ら、鋼鉄の獣が炎鉄のブレスを放つが如き光景。その光景に相応しく、命中すればそれこそ獣の如く肉と骨とを容易く食い破る事だろう。

 だが――当然俺には届かない。既に張った防御魔法〈射撃反射プロジェクタイル・リフレクト〉が銃撃を容易く受け止める。

 

 弾丸を止めた障壁は、まるでゴムのように衝撃を吸収し形そのものを歪める。宛らトランポリンが跳ねる前に、凹むかのような光景。

 

「なっ!?」


「怯むなッ! 防御魔法だ!」


「クソ、魔導師はどこだっ!」


 大帝国軍の攻勢に対抗する為に、城壁に魔導師を配置していたのが凶と出たのだろう。


 対魔法戦闘は、必然魔導師を頼る事になる。

 魔導科学が浸透して、銃と魔導兵器が主力の時代となっている現代ですら、それは不変の摂理。

 それに魔導師の火力と戦術的優位性は、魔導技術とも異なる恩恵を齎してくれる。

 

 だからこそ、銃と砲弾吹き荒れる戦場とあっても、魔導師の席があり続ける理由なのだ。


 ――まあ、それは兎も角。

 弾丸の嵐を受け止め変形した障壁は、受けた衝撃をそのまま反転させるように反射――銃弾が射撃した本人たちに向かって高速で帰っていく。


「ぐおっ!?」


「ああぁ……う、うでがぁぁぁ!!」


 ――〈射撃反射プロジェクタイル・リフレクト〉は、特殊な弾性を持つ障壁を展開する防御術式である。


 ゴムなどが持つ弾性――つまり変形のし辛さを示す性質――は加えられた力を反発する。

 この防御魔法は特殊な弾性によって、防御した発射物を更に大きな火力で反射する。

 受け止めた際に減衰してしまう威力を魔力で補っているのだ。

 

 当然――鉛玉が発射した兵士達に戻っていく。

 正直反射の命中率は酷いモノだ。だが受け止めた弾丸の数が多かった故に、兵士の半数は反射した銃弾によって負傷していた。


 俺を迎撃していた兵士達は銃弾を反射されて混乱としていた。

 当然、その機を逃す俺ではない。続けて攻撃術式を詠唱し、中央への突破口を開く。


「――〈焦熱線(スコーチング・レイ)二重詠唱(デュオ)〉」


 追撃に放ったのは元素系統第四位階〈焦熱線(スコーチング・レイ)〉――それを二重詠唱を以って起動。

 突き出した両の手より術式が展開され、凝縮された熱光線が解き放たれる。

 

「フッ――!」


 灼熱の熱線が放たれ縦横無尽に俺の眼前を焼き払い、集っていた兵士を正面の家屋ごと溶かし貫いていく。

 

「がぁぁぁ!?」


「ぐえぇ……」


「あつ、あついぃっ!!」


 強力な熱線を放つ〈焦熱線(スコーチング・レイ)〉は、人体などカッターのように容易く切り落としてしまう。

 家屋さえ焼き切る火力なのだから当然だが、それを齎された惨状は悲惨極まっていた。

 

 倒壊する家屋に巻き込まれ圧死するもの、腕や足を焼き切られて絶叫するもの、そしてその惨状に恐れて混乱するもの。

 

「くっ……いったん引け! 戦線を下げて防衛を――」


 指揮官らしきヤツがそう騒ぐので、続けて俺は精神系統第六位階〈精神衝撃(マインドブラスト)〉を発動。強力無比な精神波が俺の正面に解き放たれる。

 

「ぐっ……!? あ、頭がぁ……」


 射程距離は正面に向かっておよそ50メートル。範囲内にいた生き残りの兵士達は、皆が一様に頭を抱えて苦しみ出す。

 凄まじい痛みなのか、持っていた銃を取り落とし、酷い者は苦痛を打ち消すように地面や壁に頭をぶつけだした。

 

 そんな狂気じみた光景が暫く続いたかと思えば、皆が一斉に動きをピタリと止める。

 不気味な静寂の後――ポンと、呆気ない音と共に兵士達の頭蓋が破裂した。


 ポン、ポン――ワインのコルクを開ける音に似た異音が響き、大量の脳漿と肉片を撒き散らし、花のブーケのように吹き上がる鮮血が、武骨な戦場にこそ相応しく香る生々しい彩を添える。

 

「――よし」


 バタリ、と倒れる人体の音のみが響き、遠くで聞こえる戦闘音が引き立つ程静かな戦場を見て、俺は一つ頷く。


 さて、この調子で制圧して進むか。

 そんな感じでいくつかの戦闘を軽く制して中央へ進んでいると、ちょっと大きい公園みたいな所に辿り着いた。

 記念碑らしきものがあったりするので、市民の憩いの場だったようだ。周囲は普通に市街地なので、中庭に近いかもしれない。

 

 攻撃には絶好の立地なので、当然今までのように兵士が待機しているものだと身構えていたが、誰もいない。

 いや、いた形跡はある。

 俺を迎撃しようとしてか、銃座に固定された機関銃や、迫撃砲、バリケードなどが設置されている。

 

 だが、それを使用する肝心の兵士がいない。これはどういうことかと思いながら歩いていると、


「――大いなる力に選ばれておきながら、何故大帝国などに与するか?」


 ――カタリ、と足音を立てた何者かの気配が、頭上より響いた。

 声のした方向を見れば、そこは家屋の屋根。立っていたのは銀色の甲冑に身を包んだ騎士。

 角が横に二本生えた、中々イカツイ意匠の重厚な兜をしており、どんな人物かを窺う事は難しい。

 

 しかし声からして女性だろうか。


「――決まっているだろうが。それしか道がないからだ」


 その騎士の問いに、俺はただそうとだけ答える。

 実際その通りだ。

 確かに俺は強い。だがあくまでそれだけだ。

 確かに大帝国は気に入らないが、彼らに仕える道具として生み出された以上、そう振舞わなければならない。

 さもなくば――ようやく手に入れた居場所も、アイツらも、失うから。


「そうか……」


 騎士は俺の答えにどう思ったのか、ただそう呟いてから飛び降りてくる。

 俺より10メートルほど離れた場所に着地した騎士は、ただ真っ直ぐにコチラを見つめる。


「自らの意志を持たぬ哀れな魔人よ、これ以上の無益な戦いは止せ――と言って止まるハズがないか」


「ふん、分かってるじゃねぇか」


 俺の返答を聞いた騎士は、憂鬱そうに溜息をつく。


「ならばここで止めるしかない。これ以上無辜の民が、兵士達が虐殺されるのは認められん」


「……なるほど、ここで俺を迎え撃つハズだった兵士共がいないのはアンタの命令か。ご苦労な事だ」


 まるで切り取ったかのように、兵器だけが遺されたこの光景。

 その原因はどうやらこの騎士だったらしい。

 察するにコイツは――公国でも位の高い人物か。


「戦場に来る以上覚悟していただろうに、水を差されるような真似をされて、哀れだな」


「貴様に蹂躙されて死ぬよりは幾分かマシなハズだ。覚悟を穢すような真似はすまないとは思っているが、これも強者の務め。ノブレス・オブリージュだ」


 その言葉を聞いて俺は鼻白む。あからさまに鼻で笑い、騎士を睨んだ。


「生まれながらに恵まれたヤツの理論だな」


「……何だと?」


「事実だろ? 苦しい思いもせず、恵まれた階級、環境を持つヤツのセリフだって思ったからさ」


「挑発か? 稚拙な真似はよせ」


「本気で言ってるんだぞ。弱者が強者となったならば、きっと力を保持しようとするし、それを振るいたくて仕方なくなるだろうからな」


「……」


 俺の言葉にどう思ったのか、騎士は黙りこくってコチラを見つめる。


「それは――場合によるだろう。少なくとも私は、ヒトがそのように醜い存在ばかりの生き物ではないと信じている」


「健気だな」


「殺戮しか能がない怪物からはそう見えるか?」


「怪物か、まあ誉め言葉として受け取っておく。――だが、俺達の方が、お前達ニンゲンよりも怪物らしからぬ、純粋な生物だ」


「――貴様らの方が上だと? それとも新たな時代の新人類――なんてありきたりなセリフを吐くつもりか?」


「前者だ――元々の生物としてのスペックの話じゃない。本当に純粋だからな。争ってばかりの愚物よりも、キレイな生き物さ」


 実際――俺は兎も角、あの二人は――ニンゲンなんて生き物よりも、ずっと……。


「ほう……」


「ヒトは原罪だが何だかで、他者に痛みと流血を与えないと生まれる事さえ出来ない生き物だろう。生まれた瞬間から血濡れた生き物の癖に、穢れた怪物とコチラを罵る事が出来るとでも?」


「少なくとも、生まれた時から他者を傷つけるべしと、創造主に言われた存在よりはマシだ。ヒトは確かに最初に母に痛みを与えるが、それからは誰も傷つけずとも生きていくことが出来る」


「だが俺達は試験管で生まれる。初めから誰も傷つけず、そしてその先も傷つけなければ――すべてにおいて、ニンゲンなぞよりも優れた存在ということなる。無論――お前の価値観、他者を傷つける事なかれ、っていう思考に基づけば、な」


「ふん。他者と己を比べることしかできないのか? そのちっぽけな自尊心を満たす為に、ヒトは戦っているワケではない」


 そういうと騎士は一歩下がって魔力を発露――手の中に槍を出現させる。

 その槍は竜のような意匠が施された美しい代物だった。それだけではなく、強力な魔力を感じる。

 恐らくはアーティファクトと言われるような、強大な武装なのだろう。


「ローヴェニア公国、三騎士が一人――アリス・フォン・テーレス。この魔槍リヴァイアサンの名に懸けて、貴様を滅ぼす」


 騎士――アリスは槍――リヴァイアサンの切先をコチラへ向けてそう宣告する。

 その瞬間から放たれる闘気と殺気――ふん、殺意は充分か。


「――行くぞ、紅き魔人よッ!」


 そうしてしめやかに、戦いが始まった。

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