126 我等は何者であり
未明――ローヴェニア公国、城塞都市ベルムへの都市攻撃戦が開始された。
この世界には戦時国際法なんて進んだ概念は無い。
隠密攻撃の有用性が認められれば、都市への攻撃も当然のように無勧告で行われる。
未だ夜の帳が周囲を包む中、ベルムに向けて無数の砲撃と攻撃魔導師による元素魔法が叩き込まれる。
西側――グランルシア大帝国の本土がある方向。つまり、もっとも攻撃を受けやすい箇所。
都市西側に叩き込まれた無数の攻撃はしかし、城壁や都市内に当たる前に、青い魔力の壁に阻まれる。
「魔法障壁か」
魔法障壁――防御魔法、障壁魔法、結界とも言われる術式。
大抵の場合、障壁は魔力そのものを操作する魔法系統、「無属系統」に属する。
ベルムの障壁は、防御術式の中でも最もポピュラーな干渉遮断型の隔離防壁だろう。
外部からの事象干渉を拒絶する、最も確実に攻撃を防御できる術式系統だ。
言ってしまえば、魔法で壁を造るようなモノだ。
故にまずはこの障壁を破る事から始めねばならない。この世界の都市攻撃戦の常識だ。
障壁が許容できる限界を超える攻撃を叩き込み、防御を消耗させる。
そうしている内に障壁を維持する為の機構や魔力が損耗していき、やがて術式が自壊する。
干渉遮断型の防御魔法は、破れない限り確実な守護を可能とする。
都市防衛によく用いられる、ドーム状のタイプならば全方位からの防御が確約されている。
どれだけ頑丈な城壁でも、防御魔法の確実性には及ばない。
故に城塞都市ベルムの外殻たる防御魔法こそが、最大の守り。見て分かる程重厚な城壁よりも、ずっと厄介だ。
逆に言えば、魔法障壁さえ破壊出来ればコチラが一気に有利になる。
「次弾装填終了。第二射、用意完了!」
「対象の魔法障壁に損耗確認。効力射を行われたし」
「魔導兵軍に通達、障壁を削るため行使魔法の位階を上昇させよ」
初撃、隠密からの奇襲を行った大帝国軍の基地は、次撃への準備を整える為に号令が飛び回っている。
遅れて、都市の方から甲高い警告音が響き渡る。――俺の聴力での察知なので、周囲の兵士達に聞こえているかは知らん。
警告音を聞くに、ベルムの方でも襲撃に気づいて対応しようとしているようだ。
すぐに城塞都市ベルムの常備戦力が迎撃の為に集うだろう。迎撃用の兵器や戦術級魔導師達が居並ぶ前に、さっさと都市内に侵入するのが理想なのだが――。
「魔人兵部隊、貴様らも出撃だ」
思考を断ち切るように、軍人の冷酷な声が聞こえた。
舞う砂塵と戦場に鳴り響く砲撃の音を鬱陶しそうにする男は、先ほど俺達に伝令へ来た軍人と同じ。
自陣から砲撃や元素魔法の雨が降り注ぎ、かつ敵からの迎撃も予想される戦場。
そんな中に突っ込めと言われている時点で、俺達の価値が窺える。
「……」
ムカついたので、軍人を一つ思い切り睨みつける。俺の鋭い視線を受けた軍人は、目を見開いて後ずさった。
「貴様っ……」
そういうが、続く言の葉を紡げず忌々し気にそっぽを向いた軍人。
その情けない姿に俺の溜飲は下がった。――多少だが。
こんなアホをいじめていても仕方ないので、俺は少し離れた所にいたニグレドとアルベドに視線を投げる。
「ニグレド、アルベド。出撃だ」
「うん、分かった」
「……了解です」
集まった二人を前に、改めて作戦を説明する。
単純明快――正面から進み、全ての攻撃をいなし、魔法障壁と城壁を破って都市内に侵入する。
……これが作戦だと聞いて、ガックリとしたモノもいるだろう。
俺もそうだ。作戦もクソもないような出来である。
本当に頭悪すぎる、誰が考えたんだ?
でもこれが一番楽だし、俺達の性能をフルに発揮できる。
「じゃあ行くぞ。さっさと終わらせよう」
そうして、粛々と作戦が開始された。
◇◇◇
光歴1005年・3月13日・午前5時。
――惑星ライデル、中央大陸ガイア、西方内陸部。
ローヴェニア公国の要衝、城塞都市ベルムへの都市攻撃を開始した大帝国軍。
その報せはローヴェニア公国首都、コードウィルに届けられた。
「――何という事だ。ベルムを落とされたら連合に勝ち目はない」
「――だが逆に考えれば、大帝国がそれだけ焦っているという証明ではないか?」
「早急に援軍を向かわせるべきだ」
公都コードウィルの会議にて、大帝国軍への対策を決めた時。
「――都市転移陣を用いて救援に向かいましょう。三騎士を送れば、かの魔人兵にも抗する事が出来るのでは?」
貴族の一人がそう発言する。その提案には、会議に出席していた多くの貴族が目を見張った。
三騎士。ローヴェニア公国が誇る三人の英雄。
大帝国の悪夢の証たる魔人兵にも、抗する余地があるやもしれない。
「大帝国軍主力へは正規軍が防衛に当たり、魔人兵の対処、及び時間稼ぎを三騎士に行わせる。現状ではそれしかあるまい」
「時間稼ぎさえ出来れば、ここから救援を出せる」
「しかし宜しいので……? 三騎士は本来、大公を守護する為の騎士なのでは」
「構わん、儂が許そう。どの道ベルムが落ちれば儂らの運命は決する」
――そうして、ベルムへの三騎士派遣が決定した頃。
「クソ、やはり来るべきではなかった。私は共和国の議員だぞ。ローヴェニアの領地で戦争に巻き込まれる道理はない!」
ベルムへの都市攻撃が開始した時、イーゼル共和国議員のデーブは呻いていた。
「全く、忌々しい! 連合主力の集結場所にここが選ばれるのは分かるが、共和国の議員に下見させる意味など無かろう!」
デーブは室内で苛立たしく動き回り、独り言を呟く。
「万が一……万が一、ベルムが落とされれば……」
苛立ちは不安に変化し、デーブは薄くなってきた髪の毛を搔きむしる。
そんな時――部屋の扉が開き、ベルムに駐留していた兵士の一人が入ってくる。
「お喜びくださいデーブ議員。本国より三騎士が到着しました」
部屋をノックしない兵士に眉を顰めながらも、デーブは驚愕する。
ローヴェニアの三騎士といえば、大公を守護する最強の騎士として他国にまで名が知れている。
その三騎士が来たとなれば――恐らく侵攻軍にいると思われる、あの悪名高い「魔人兵」にも対抗できるではないか――?
そこまで考えた所で気が付く。公都からベルムまではかなり離れている。襲撃の報せが入って、魔導師の手によって通達されて間もないのに、一体どうやって……。
「――三騎士とは心強いが、どうやった此処まで来た。まだ本国に連絡が入って間もないだろう」
「都市転移陣です。ローヴェニア公国の主要地点を繋ぐ、空間転移ネットワークを――」
その言葉を聞いて、デーブは閃く。
「空間転移――! それだ! 私に転移陣を使わせろ!」
「は? いや、しかし――」
「――転移陣なんてものがあるなら、それで無辜の民や重要な人物を逃がすのが当然だろう!」
「承知しております。ですから、ローヴェニア公国の民を優先して転移陣を――」
「私を優先せよ! 私はイーゼル共和国の議員だ! 此度のベルム侵攻についての事実を、本国に至急報せねばならないのだ!!」
デーブは喉を引き裂かんとばかりに叫んだ。自らの進退ばかりではなく、命が懸っているのだから当然だ。
そんなデーブを見て兵士は白い目を向けるが、すぐに気を取り直して咳払いをする。
「自分には判断が出来ないので、すぐに上官にお伝えいたします」
「いいや、私が直接話す。すぐに案内しろ。一刻の猶予もない」
デーブがそういうと、兵士は苦く表情を変えかけるが――
「――わ、かりました。すぐにご案内します」
そういって、デーブを案内する。
踵を返した兵士を見てから、デーブは部屋の中、その隅に座っていた一団へと目を向ける。
「貴様らも来い! 何があるか分からないからな。私の身を守るために高いカネを叩いて雇ったんだ。報酬分は働いてもらうぞ」
吐き捨てるように命令を下したデーブは、そのまま部屋から出て行って兵士の後を追いかけた。
――その無様な背中を見てから、彼女はやれやれとでも言いたげに、億劫気に立ち上がる。
「全く、鼻持ちならない依頼主様だ。お前達もそうは思わないか?」
その美しい顔立ちを皮肉気に歪め、彼女は嗤う。
女は美しかった。
腰まで伸びた赤毛は見事なロングヘアー。瞳は神秘的な琥珀色。
整った目鼻立ちは怜悧で鋭利。気高く美しい。
身体つきはスレンダーで、しなやかに鍛えられている。それこそ貴族か姫かを連想させるほど、何もかもが美しい。
だがそんな印象とは裏腹に、纏っているのは使い古された戦用の衣装だ。
簡素で丈夫な衣服に、軽い鎖帷子と胸当て。腰には使い込んだ、如何にも業物といった剣を佩いている。
そして一番奇妙な事に、剥き出しの左腕に鎖を巻き付けていた。
異様な空気を感じさせる鎖は、或いは魔導具の類だろうか。
いいや――それは、聖遺物と呼ばれる事になる、アーティファクトである。
彼女の名は、グリムロック・アンバーアイズ。超一級の傭兵団、「鎖の旅団」を率いる傭兵団長である。
彼女らは共和国の議員護衛の為、雇われている。護衛の為、団の中でも精鋭四人が部屋に同室していたのだ。
「そうさな姉御、でもミズガルズの連中よりはマシでさあ」
「仮にも共和を謳っている国のお偉いさんなんだ。あの血生臭い北方よりは、話が通じるだけありがたいと思うよ」
「議員とか言うだけあって、金払いはいいのが救いだよね」
その場にいたのはアンバーアイズを含めて四人――。
粗野な言葉遣いが目立つ、鷲の獣人種の男。
そして双子の兄妹。
「まあ、そうだな。それに、あれくらい生き汚いくらいの方がいい。護衛する私達も、恩恵に与ってこの場からオサラバ出来る」
そういって、アンバーアイズは客室から見える外の光景を見つめる。
窓から見える外は未だ暗いが、大帝国軍の攻撃に反応して起動する魔法障壁の輝きが、喧しく街を照らす。
この世界では当たり前の、戦争の光景。幻想的な輝きとは裏腹に、ぞっとしない景色だ。
「噂の魔人兵が、どれくらい強いのか気になったが――まあ、わざわざ見えている地雷を踏み抜く事も無いだろう。あの肥満体型の議員についていって、逃げ果せるとしよう」
皮肉気に述べたアンバーアイズは、三人に肩を竦めて見せた。
「なら、早速トンズラしましょうや」
「言い方どうにかならないのかい、スレッド。野盗みたいじゃないか」
「なんでもいいだろうが、アーチボルトのクソ共がよ。喋り方にケチつけんな」
「アタシは何も言ってないじゃない。兄さんは兎も角アタシまでクソ呼ばわりは――」
三人の間でいつものように喧嘩になり始めたので、アンバーアイズが一つ手を叩く。
パチンと大きく音が響き、時が止まったように言い合いが停止し静寂が満ちた。
「少なくとも、喧嘩するなら転移陣に無事ご同伴できてからだ。あのポッチャリが、私達を見捨てないとも限らない」
「逃げられなかったらそれで、魔人兵なるヤツと戦うチャンスですぜ、姉御」
「ふふ、そうだな。だが――」
アンバーアイズは窓の外、未明の闇の奥にいるであろう魔人兵を見つめるつもりで睨む。
「――ここで交えずとも、アレとはいつか戦う予感がしてならん」
「それ、いつも勘?」
「団長の勘、何故かよく当たるからな」
茶化すような団員の声に答えず、アンバーアイズは視線を更に鋭く変じさせる。
「運命か、宿命か……いいや、此処まで明確な予感は初めてだ。然らば、これはきっと――」
因果、なのだろう。




