125 我等は何処より来たりて
ローヴェニア公国、城塞都市ベルム。
大帝国による大陸西側統一を阻む、最後の壁。
城塞都市ベルムを落とせば、ローヴェニア公国首都への進軍が可能となり、そうなればもはや戦争は終結したも同然だ。
「見えたぞ、アレがベルムだ」
大型の装甲輸送車の中、遠くに見えて来た影。
重厚且つ巨大な城壁に覆われた物々しい影こそ、件の城塞都市ベルムである。
「……」
「……」
車内に響く俺の声は、虚しい沈黙となって帰ってくる。
別に返事が欲しくて言ったワケじゃないが、帰ってくる沈黙が重苦しいせいで思わず黙り込んでしまう。
車内の空気は重い。理由は明白で、数日前の会議が響いているのだろう。
切欠はアルベドの言葉だった。
『……変わりましたね、ルベドは』
他者を容易く殺める事が出来る、それを口にする俺に向けて放たれたアルベドの言葉。
それよりも前から俺は変わったと言われていたが、当惑と僅かな疑念に満ちた目でその言葉を投げられるのは、小さな傷と言い張るには無視できない痛みを与えて来た。
だからだろうか、俺はその時、思った事をそのまま返してしまった。
――そうだな。お前とは違って、俺はやれる。
自分でも驚く程熱を欠いた声は、冷徹な衝撃となったアルベドを打ちのめしたらしい。
それから、俺とアルベドの間には針のように嫌な空気が漂い、その影響で車内の雰囲気は淀んでいる。
「……」
僅かに、過る。
考えるべきではない、黒い思考が。
死ぬほど苦しい思いをして、二人より先んじて得た力。
それは全て、ニグレドとアルベドを――守る為。
俺がやりたくてやっている事なのだから、こんな事は考える権利さえ無いのに。
それでも、思ってしまうのだ――お前達の為なのに、と。
「……」
だからただ、そこでは沈黙のみが守られていて。
――彼方まで続く荒野を駆け抜けるまでは、鋼のような静寂のみが刻まれていた。
城塞都市ベルム。
全長三キロにも及ぶ距離を覆う、巨大城壁に守られたローヴェニア公国最大の城塞都市。
ローヴェニア公国を支える要衝であり、地形も相まって攻めにくい場所であった。
城塞都市ベルムの陥落は、グランルシア大帝国にとって最も優先すべき大目的。
故、都市を包囲しても余りある程の大戦力が既に到達していた。
俺達魔人兵部隊は、そんな大量の帝国兵より先んじて都市を攻撃する役目を負っている。
一番槍――なんて言えば聞こえはいいだろうが、残念ながら此処は異世界。
かつていた世界の中世や近世とは違って、魔法と銃弾が入り乱れる世界においては、俺達が期待されている役目としてはまず弾避けが一番に来るだろう。
本来の意味でのレディ・ファーストならぬ、人外ファーストである。
はは、笑える。……いや、笑えんか。
下らん事を考えている間にも、都市の包囲が完了していた。
ベルムの連中は完全に籠る事を決めたらしい。堅牢な城壁に加え、この世界の都市として標準装備の魔法障壁があるのだから、当然の判断か。
長い時間を凌ぎ、ローヴェニア公国本国や周辺都市から援軍が到着するまで耐える。
籠城戦としてのセオリーをしっかりと守るつもりなのだろう。
「うひゃー、すっごいっすねー。ガッチガチのガチガチっすよ」
相も変わらず俺達にお目付け役として付いてきているレネシアが、お気楽そうな声音でそんな事を言う。
自分は戦わないからと気楽なものだ。
適当女から目を逸らして、着々と進められる都市攻めの準備を眺める。
築かれた大帝国軍の野営地には、攻める為に必要な大量の砲兵、砲台、そして高位の元素魔法が行使できる攻撃魔導兵が用意されている。
この力の入れようを見るに、上層部の連中は本気らしい。
籠城している相手を攻めるというのは、長期戦になりがちである。
拠点で防衛に務めている相手を崩すのは非常に難しい。相手はホーム、対して攻める側はアウェーだからだ。
攻めが長く続き、攻撃目標が自陣から離れている場所であると、補給すら難しい。
包囲して防衛側を隔離している間は、攻めと同じく補給が難しい状況には変わりない。それでも本来の拠点を使えるというのは、圧倒的なアドバンテージを生む。
前にアルベドが言っていた事だが、コウシ……ロウシ? だがなんだかでも、攻城戦は避けるべき下策中の下策とされている。
それでも神聖グランルシアがローヴェニアの要衝を落とすべく攻撃に踏み切ったのは、やはり切迫した戦線状況にあるだろう。
ガイア大陸西側統一を目論む神聖グランルシア大帝国だが、統一戦争に乗り出した切欠は他諸国からの反撃である。
大帝国は規模がデカく、食糧も大喰らいだ。だから食料を他国へは渡さない。
だが他の国は食料が欲しい。更に言えば、大帝国は長年に渡り周辺国家を威圧し、従わなければ併呑のために戦争を仕掛けていた。
凶暴極まりない覇権国家を周辺諸国が座視するハズもなく、故に西側諸国はローヴェニアを旗印に連合を形成。周辺諸国からの一斉攻撃を受ける事となった大帝国は、現在複数の戦線を抱えている状況である。
大帝国はそれ以前、一対一での確実な戦いを心がけていた。
大国足りながらも、謙虚ささえ窺える慎重な立ち回りこそ現在の大規模国家に繋がった故だろうが、それは周辺が許せばこそ。一度団結されれば、従来の各個撃破戦術は通用しない。
故に、なし崩し的に統一戦争を行わざるを得なくなったのだ。
俺達のような兵器も使っている事から、大帝国が厳しい状況にあるのは明白だ。
だからこそ、攻勢。ベルムを破れば一気に雪崩れ込む事が可能。
そう――もうすぐ、この戦争も終わるのだ。
思考の果ての感慨に浸っていると、どうやら布陣が完了したらしい。
「魔人兵部隊、用意は出来ているな?」
天幕に入ってきた伝令の軍人が、硬く威圧的な表情に似合う傲慢な声音でそう告げる。
「ああ」
「よし、では事前に伝えた通り、作戦を開始する」
そうとだけ言うと、軍人は天幕を離れようとして、最後に俺の方へ振り向いた。
「精々、功績を上げる事だ。貴様らが存在を許されているのは、単にその異常な力故なのだから」
侮蔑交じりにそう呟く軍人は、皮肉気に笑うと天幕を捲って外へ消えて行く。
「異常な、力……」
それを聞いたニグレドが、今までの沈黙を破って小さく呟く。
気にするな――と俺が言おうとする前に、外連味たっぷりな溜息を吐いたレネシアが言う。
「やれやれっす……わざわざ言う必要無いのに、ご苦労な事っす」
「……そうだ。あんな連中は、成果で黙らせればいい。それでもダメなら、一つぶん殴って黙らせよう」
「それはそれでどうかと思うっすよ」
レネシアの後に続いて言う事になって、僅かに出遅れたという悔しさを抑えつつ励ます。奇しくも漫才のようになってしまったが、お陰かニグレドはくすっと微笑んだ。
「ふふ、ルベドってば、ちょっとノーキン過ぎかも」
そう言って笑うニグレドは、先ほどまでの緊張が少し解けた様子だった。
それを見て俺は密かに安堵する。
……アルベドとの口論から学んだ。直接的に安心しろと告げると、俺はどうしても余計な事を言ってしまう。
だからこうして、少し遠回りに安心させたワケだが……こういうのを、気を遣うって言うんだろうか。
「そろそろ行くぞ」
俺がそういえば、ニグレドは頷きレネシアは気の抜けた所作で手を振ってくる。
奥の方にいるアルベドに視線を投げると、彼は読んでいた本をパタリと閉じて立ち上がる。
「……」
アルベドは俺とすれ違う時に何かを言いたげにするが、それでも硬く苦い表情を崩さずに天幕の外へ行く。
俺もまた、彼に何も言う事が出来ずに、背中を追うようにして天幕を後にした。




