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124 断章・錬金術師の始まり

 グランルシア大帝国に新たに加わった「魔人兵」は、どれもが優秀極まりない兵器だった。

 大帝国建国より程なくして設立された「魔法局」の、千年に近い歴史上、最大最高と呼ぶべき鬼才天才秀才が、この千年の節目を超えて集ったが故の、結果こそが「魔人兵」だ。


 ――現在の魔法局は下っ端の研究員に至るまでが、他国では天才と持て囃されるような連中で固められている。

 誰かが選定したワケではない。ただ何故か、この時代この瞬間に、その天才らが一同に集ったのだ。

 

 特に――局長のイルシア・ヴァン・パラケルススは、余りにも才覚に優れ過ぎていた。


 ――惑星ライデル・光歴984年――イルシア・ヴァン・パラケルスス、グランルシア大帝国に生を受ける。

 

 ヴァンのミドルネームが意味する様に、彼女は貴族の血を引いていた。

 グランルシア大帝国の属州となり、既に消えた国家の貴族。

 故にそのミドルネームに意味はない。

 名乗り続けていたのは、育てた親がそう名乗る様に教育したからに他ならない。

 

 幼少期のイルシアは、子供らしい好奇心が旺盛だった。錬金術師だった父親の書斎に入り込んでは、勝手に本を読み漁りよく叱られていた。

 錬金術に興味を示したのは、親が術師だったからという理由のみ。

 すべては、戯れに父親に習い始めたのが始まりだった。


 彼女の親は驚いた事だろう。十歳にも満たない自分の娘が、己が二十余年かけて会得してきた錬金術を、数ヶ月余りで全て吸収してしまったのだから。

 イルシアの父は、非凡過ぎる才覚を見せる己が娘を、明確に畏れた。


 同時に考えた。錬金術師という研究者の性が「この怪物がどこまで行くかを知りたい」という、どうしようもない破綻論理を。

 それを父の愛というには、余りにも昏かった。


 父が娘に昏い意志を向けるのと同時に、娘の方も歪んだ真理を見出した。

 錬金術は、どれだけ学んでも飽き足りない程「広い」と。


 そも当然、錬金術は魔法魔力――異能の原理のみならず、世界の原理原則さえ解き明かす学問。

 異なる世界に於いて、「科学」と呼び表す概念の原型なのだ。

 錬金術が捉える研究対象其れ即ち、「世界」である。

 

 砂漠の砂よりも尽きまじき好奇心を抱いて生まれたイルシアにとって、錬金術こそが運命であった。


 これ以上望むべくもないほど明確に、確かに「運命」を手にした少女は、やがて世界さえ変えるモノを生む聖母となる。

 

 齢九にして、グランルシア大帝国中央魔導院に入学し、そして特例中の特例で二年で卒業した。

 たった二年で、学院が教えるあらゆる魔術分野を主席卒業クラスで修めたのだ。

 

「――怪物め」


 彼女の同級生も、教授陣さえも、口をそろえて壇上で証書を受け取るイルシアをそう誹る。

 嫉妬も畏怖も、彼女の背中にさえ届かない。

 今はただ、己の欲を満足させてくれる錬金術に只管のめり込んでいたかった。

 

 学院卒業後は、グランルシア大帝国軍部に拾われた。

 イルシアに軍部が目を付けた理由は、彼女の卒業論文だ。

 題名は――「元素魔法による新型殲滅術式」

 イルシアが錬金術によって学んだ「科学」の部分により生み出された、ヒトならば忌むべき兵器。

 異なる世界では、核兵器と呼ばれていた技術である。


 強力無比な魔法理論だ。しかも他の戦術級大規模魔法に比べると、一から十五まである魔法のランク――位階も、十位階と比較的低位に収まる。

 つまり技術さえ確立できれば、どの国でも運用可能な魔法。


 これより多くの災厄を撒く錬金術師が創めに生み出した、原初の厄である。

 

 その功績を買われ、イルシアは魔法局に入ってすぐに局長の地位にまで上り詰めた。

 局長の座についてからも、彼女が生み出した数々の魔法や魔導具、技術などはグランルシア大帝国に貢献し、時には戦争の行方さえ変えた。


 自らの発明で万余の命が消えようと、戦場に立つ事の無い彼女は、ひたすらに好奇心を満たしていった。

 何が犠牲になろうとも、慮る事さえ思いつかなかった。

 

 そんな彼女が、新たに手掛けた作品。

 膠着した戦況を打破すべく策定された「黄金錬成(アルス=マグナ)計画」――。

 切欠は、イルシアの同僚にして友人、ノストラム・ホーエンハイムとの会話だった。


「――無限の魔力を生み出す物質、ですか」


「ああ。聖遺物の特性から思いついたんだよ」


 ある日、イルシアはホーエンハイムに語っていた。


「聖遺物と呼ばれるアーティファクトは、何故か使用できない。推測だが、何らかの資格がなければ使いこなせない代物なのだろう」


「そうですね。聖遺物が資格――契約が必要なアーティファクトであるという推測は、正しいと思われます。しかし我々は聖遺物を用いて、魔力を錬成する手段を確立しました」


「――アポカリプス・ドライヴ、だね」

 

 魔力とは、生命や物質に宿り、世界を循環するエネルギーだ。

 そして魔法とは、そのエネルギーを用いて法則を改変する異能である。

 あらゆる物質や存在の最小単位――素粒子以下の存在たる万能粒子たる魔力を用いれば、ヒトの領分を超えた場所さえ踏み抜ける。

 

 だから惑星ライデルのニンゲンらは、この魔力や魔法をより高めようと研究している。

 取り分け大量かつ純度の高い魔力を効率よく得る方法は、大半の魔導師が頭を捻らせる問題だ。

 この錬金術師らも、例外ではない。


「魔力錬成は、物質を魔力へ変える錬金術の術式の一つ。だが物質から魔力を生み出すのは、あまり効率的ではない」


「ですから、触媒として強力なアーティファクトを用いる事で、効率よく魔力を生み出す機構を作成したワケですね」


「ああ。けれどアポカリプス・ドライヴは、使い過ぎれば触媒たる聖遺物が疲弊し、錬成精度や速度が下がってしまう。聖遺物は勝手に治るから使い放題とはいえ、使用上限を取っ払えれば凄く良いと思わないかい?」


「それはそうですが、そんな事が可能なのでしょうか?」


「可能さ。要は、壊れない触媒があればいいんだ」


「壊れない物質など、この世にはありませんよ」


「あるさ。いや、物質ではないが――存在はしている。……魂だ」


 魂――。

 霊魂や魂魄とも呼ばれるそれは、生命に宿りその存在の中核を成す命そのもの。

 

「魂……」


「魂というのは、究極の情報媒体にして高密度エネルギーだ。ニンゲンの人格や記憶を刻み、魔力や生命力の源になる」


「魂が、何故壊れない触媒に……?」


 魂が魔力を生み出す原理は、魔力錬成と似ている。

 同じく材料を、魔力に変えているのだ。

 糖分を摂取すれば脳が活発になるように、魂も人体の活動――食事や睡眠から材料を得て魔力を作っている。

 骨髄が血液を造るのと同じである。


「魂というのは、決して壊れない。いや、正確には壊れるが、風化しないのさ。魂が壊れるとすれば、魔法や魔力といった異能の影響に曝露した時のみ」


「……エルフといった種族が長命である理由は、彼らの肉体が妖精――つまり、半霊体に近いからとされています。肉体が老化しにくく、魂の器として長く役目を果たせる為に、他種族より極端に長生きであると。壊れない器さえ出来れば、不老不死というのは存外容易いと、以前仰っていましたね」


「そうだね、ホーエンハイム。だから劣化しない魂そのものを、その性質を変えずに物質として運用できれば――究極の触媒が完成する」


「……」


「もしもそれが叶えば、どんな錬成よりも素晴らしい、正しく究極の錬金術だ。黄金と呼ぶに値する錬成だ……。――軍部から、戦況を変える兵器を造れと言われていたね。私はその、戦況を変え得る革新的兵器開発プロジェクトに、この名を与えるよ」


 ――「黄金錬成(アルス=マグナ)」――大いなる業を意味する古の言葉。

 

 そして二人の錬金術師による、黄金錬成(アルス=マグナ)計画が始動した。

 試行錯誤の後、彼女らは試作品の賢者の石を造る事に成功した。

 当初目的としていたモノには及ばないが、イルシアの理論が成し得る技術である証明となった。

 

 始終剣アゾット――それは、アルス=マグナ計画が成立可能であると示す為の証拠として造られたアーティファクトだ。

 試作品の賢者の石を埋め込んだその剣は、無尽蔵に魔力を吐き出し光の刃として放てる。

 携行可能な兵器としては格別だったが、軍部が要求した「戦局を変える」武器としては不十分である。


 だがそこよりイルシアは着想を得、魔人兵作成へと乗り出す。

 他世界の魂は、コチラの世界の住人とは異なり魔力を使わない為か、得てして強大になりやすい。

 それに目を付け、魔人兵は着々と造られていく。


 イルシアという天才、天恵の如き発想、不完全とはいえ法則を覆すような「石」を作り出せた幸運。

 

 ――ヒトはそのような偶然の賜物に、「奇跡」という名を与える。

 もしもこれが奇跡ではないとすれば――

 ――大いなる「ナニカ」に望まれて起こった「必然」だったのかもしれない。

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