123 僅かな綻び
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
黒い軍服は魔人の証、翻る裾は死臭漂わせる死神の翼。
――凱旋する彼らを恐れ敬う視線に、いつしかそのような話が足されていった。
また一つの国との戦いを終わらせ、軍人たちに混じって凱旋する三体の魔人兵。
それを迎える帝国市民が、魔人兵に向ける視線には畏怖と猜疑が綯い交ぜになっていた。
――大帝国、それは覇権である。
特にその意識が強いのは、大帝アウグストが纏めた民族――所謂「純粋な大帝国民」だろう。
何せ、最初の民族らは初めから「奪う側」だったのだ。
後からついてきた、大帝国が征服してきた民族とは違う。奪われる痛みは知らず、奪い大きくなる自分達の国家の偉大さを強く感じていた。
だからこそ、魔人兵を歪に感じていた。
彼ら魔人兵は、大帝国が誇る魔導技術によって造られた「兵器」であるという。
つまり、ヒトではない。ヒトの形をした、兵器なのだ。
軍人と兵器は違う。
どちらも戦争で消耗される側ではあるが、言葉に現れている通り、軍人は「ヒト」なのだ。
同じヒト、同じ大帝国のヒトが戦争で英雄になる――それこそが理想。
だが実際は、得体の知れない人型の兵器が昨今の劇的な戦争の立役者。
……ヒトにしか見えない、でも大帝国の偉い人達は「アレ」がヒトではないと言っている。
そんな未知への恐怖が、戦ってくれたという感謝の中に湧き、必然疑念と圧倒的な力への畏怖を呼んだ。
そして、その得体のしれない「ナニカ」に戦いを任せている軍にも、疑問が湧く。
もしも彼ら魔人兵を英雄として祭り上げれば、違った結果になったかもしれない。
だが大帝国軍部は、得体のしれない兵器を、或いはいつ狂ってもおかしくない「それ」を、英雄として据えるのはリスクだと考えた。
だから大帝国の技術力をアピールすべく、新たなる兵器という触れ込みを出したのだ。
……プロパガンダの失敗。
それは確かに、大帝国の未来に綻びを生み始めた。
◇◇◇
「ふん、魔法局のおもちゃめ」
すれ違った軍人の一人が、侮蔑も露わにそう吐き捨てる。
軍人の方を向きそうになるのを堪え、俺は歩みを止めず移動する。
……いつもの郊外の研究所に戻る回数も減り、帝都の中に用意された邸宅で過ごす事が多くなっていた。
理由は単純で、帝都ロイヴァの帝城で命令を受けたりするからだ。一々郊外の研究所で命令を受けるのは、非効率的故という、単純明快な理由。
だから今回も帝城にて、先の王国首都攻撃戦の報告をし終えた時である。――侮蔑を投げられたのは。
慣れている。そう、不本意ながら慣れてしまった。
彼ら普通の軍人からすれば、俺達「魔人兵」はあまり面白くない存在だろう。
疑念に満ちた目を向けられるのは当然、当て擦られるような事を言われたり、先の様に直接的な侮辱をされるのも日常茶飯事だ。
「あまり気になさらぬように、ルベド君」
「そうっすよ、アンタらのお陰で兵士達が無駄に死なずに済んでるんっすから」
そんな俺の横を歩き慰めるように言うのは、二人の男。前者は報告を行う際に魔法局から来たホーエンハイムだ。イルシアは局長であり多忙らしいので、こうした報告は彼が同行することが多い。
もう一人は――所謂お目付け役だ。
魔法局お墨付きとはいえ、どうも軍部は俺達を信用し切ってはいない。まるでいつ火を吹いても可笑しくない、オンボロの家電を使うが如しである。
そのため、平たく言ってしまえば「監視」の役目を負う人員がいるのだ。
俺はチラリと横目でその「監視」を窺う。
ソイツは如何にも軽薄そうな、糸目が特徴的な女だ。この国ではよくいる明るい茶髪で、軍部からの監視らしく軍人であり、俺のとは違う軍服を着ている。
名をレネシアといい、よく俺達に絡んでくるちょっと鬱陶しい女だ。
「別にどうだっていい」
二人の言葉に適当に返した俺は、帝城を歩いて目的地へ向かう。
そう、どうだっていい。
この世界のニンゲンが俺達をどう思おうが、どうだっていい。俺には二人がいる。
だが――と、僅かに過る。
例えばニグレドは快活で、他人と喋るのが好きだ。
そんな彼女が、他者と思うように交流出来ない現状は、或いはと考える。
……いや、そんなのは俺がどうこう考えてもどうしようもない。
「そう……どうだっていいし、どうしようもない」
何も出来ない俺が、唯一出来るのは敵を殺す事。それ以外の事はお手上げだ。
センチメンタルな気分になりかけていると、目的の場所についた。
「では、ルベド君。私はここで」
「ああ」
そういって帰るホーエンハイムを背に、俺は帝城にある部屋の扉を開いた。
中に入ると、そこには見慣れた二人がいた。
「ルベド、戻ったんだね」
中は執務室で、俺達が使っている。応接用の背の低い机に腰掛けていたニグレドが、立ち上がって微笑みかけてくる。
「ああ、戻ったぞ」
「よっすー、皆さんごきげんよー!」
俺が軽く手を挙げてニグレドに答えた瞬間、後ろのレネシアがデカイ声を上げて遮ってくる。
ウぜぇ。
「レネシアさんも、どうもー」
「よっすよっす、ニグレドちゃんは今日もかわいいっすねぇ」
レネシアは俺の背中から飛び出ると、ひょいっとした所作でニグレドに抱き着いた。
「うわぁ、ちょっとぉ!」
「にゃはは! いい匂いがするっす!」
グリグリと顔をニグレドに押し付けるレネシア。ニグレドは口では嫌がりながらも、微笑んでいる様子だ。
微妙な気分になる光景だが、本気で嫌がっているのではないのなら止めるワケにもいかない。
「ルベド、おかえりなさい」
そんな風に考えていると、本棚の前に立っていたアルベドが本を閉じて、振り返ってくる。
「おう、ただいま」
「どうだった?」
「どうもなにも……ま、いつも通りさ。形だけの労いが終われば、うざったくなるほど早くに次の指令」
つまる所は「相変わらず」である。
軍部は魔法局に多大な時間と資金を払っているらしく、その収支を合わせようと俺達を扱き使ってくる。
実際、俺達が前線に出れば、兵士達はそんなに死なずに済む。
費用対効果――って言うんだっけ、こういうの。
「そうですか……」
暗く呟くアルベドは、閉じた本の表紙を撫でる。革の装丁が艶やかな音を僅かに立て、窓から入る光が反射して黒く煌めく。
「ふーっ……」
気を落ち着けるように、深く息を吐くアルベド。その面持ちは硬く重い。
俺達三人の中で、一番「あの事件」が堪えていたのはアルベドだ。戦うのも、彼には堪えるだろう。
……。
「あまり考えるな。どうせ俺が全員――」
考えて、そう呟くが――
「――殺す、っていうつもりですか?」
――言い終わる前に、アルベドの冷たく震えた声で遮られる。
「……ああ」
一瞬呆気にとられたものの、遅れて肯定する。
「……変わりましたね、ルベドは」
アルベドはそういって、目を儚げに伏せた。
……またこの発言だ。
ニグレドにもよく言われる。俺は変わったと――。
確かに多少の変化はあったが、俺個人の本質は何も変わっていない。
だというのに変わった変わったと、流石にちょっと鬱陶しくなってきた。
「別に変わっていない」
「いえ、変わりましたよ」
否定すると、アルベドは即座に返してくる。語気も強く、思わず俺は息を呑んだ。
「ルベドは……変わりました。そんな簡単に他人を……殺すなんて――」
そこまで言って――アルベドは口を苦々し気に閉じた。
……。
今、俺はどんな顔をしていたのだろう。
簡単に人を殺す。
そうだ、だから俺は――
「そうだな。お前とは違って、俺はやれる」
考えていた事がそのまま、当たり前のように口を飛び出た。酷く冷静な声音で、自分でさえ驚くほど。
目の前にいたアルベドはそれを聞いて息を呑み、目を見開く。
狭くはないが、同じ室内にいる以上、ニグレドとレネシアも事の変化に気づく。じゃれ合うのを止め、コチラをじっと見つめてきた。
……その視線と沈黙に耐え切れず、俺は再び口を開いた。
「……仕事の話をしよう。三日後に、また戦線に送られる事になった。ローヴェニア公国――現在の西側統一の阻みとなっている、対大帝国勢力の中核だ」
アルベドの脇を通り抜け、執務机に置いてある地図を広げて俺は声を上げる。
ブリーフィングの時間だ。
「ローヴェニアはガイア大陸西側でも、中央に近い。国力も軍事力も高く、反抗勢力の中核となっている。潰せば対大帝国戦線は、容易く瓦解する」
集まってきたニグレドとアルベド――そしてついでにヒョコヒョコ来たレネシア――に見せるよう地図を指し、俺は語る。
「ローヴェニア公国は、建国900年以上経ってる大国っす。この大帝国が出来た時のドタバタが冷めやらぬ時に建った、言わばライバル国っすね」
横から茶々を入れてくるのはレネシアだ。正直知らなくてもいい情報なので、ただうるさいだけである。
「今回、俺達が落とすのはローヴェニア公国の要衝――大帝国の侵攻を阻む城塞都市ベルムだ。ここを落とせば、軍勢を一気に東進させられる」
「……ローヴェニア公国が落ちれば、この戦争も終わりますね」
「その通りっす! そしたらこーんな辛気臭い会議ともおさらばっすよ!」
「……ハァ。まあそういう事だ」
頭を抑えつつそういうと、他二人が頷いた。
「じゃあ三日後、頑張ろうね」
ニグレドの言葉を最後に、しめやかにブリーフィングは終了した。




