122 魔人兵
光歴1005年、惑星ライデル、中央大陸ガイア、西方。
西方の覇権を死守すべく諸国と争う「神聖グランルシア大帝国」は、満を持して新兵器を投入した。
その名は、「魔人兵」――後の世に血濡れた名を残す事になる、錬金術師が手掛けた最初の災厄である。
実戦投入からわずか一年で、新兵器は目覚ましい功績を連ねて行った。
膠着していた周辺国家との戦線に投入されてから数日で、魔人兵は敵首都の攻略に成功。
初めに魔人兵の標的となった国の国旗と、流れた血の多さから、その日を「緋の滅日」と呼び、対大帝国を掲げていた国家群は、恐れを抱いた。
「――魔導師隊、防御魔法用意! 敵銃撃を防げ!」
号令に従って、前線を張る防御魔導師が一斉に詠唱し、術式を展開する。
幻想的な魔力の色が武骨な戦場を照らし、殺し合いの場に不釣り合いな彩りを添え始めた。
「「「――〈防御壁〉」」」
防御魔導師らが一斉に展開した無属系統第五位階魔法〈防御壁〉が、ガラスにも似た無色の障壁を展開――その瞬間に、嵐めいた銃撃の雨が、宛ら豪雨の如く魔力の壁を打ち据えた。
カカカ、と甲高い金属音に似た音を立てて銃弾の嵐が魔力で編まれた壁を削り取っていく。
ヤスリ掛けされる木材のように、魔力の欠片を散らしていく光景は、傍から見れば美しかろうが、当の本人らからしてみれば、文字通り命が削れる思いだろう。
「クソがぁ! 大帝国のクソ共め!!」
術式を必死に維持しながら、魔導師の一人は憎しみも露わに叫んだ。
魔法は精神力を――心を酷使する技能だ。イメージを想起させ、詠唱演算――頭脳を酷使すれば、必然精神も疲弊する。
ただでさえ、銃撃を防ぐ為に魔法を行使し続けている魔導師は、疲弊してきた心を奮い立たせる為に、闘争心に火をつけるが如く、敵国たる大帝国への憎しみを発露させた。
つまる所、ただの強がりだ。だが、その強がりこそが、精神を保っていた。
「――?」
そうしていると、突然銃弾の嵐が止んだ。生じるのは当然疑問。
見れば、敵軍の群がまるで海を割るように引いていく。
王の道の如く空いた空間から、悠然とした足取りでそれは現れた。
「あ、アレは……」
魔導師は「それ」を知っていた。
纏っているのは大帝国の軍服。されど普通のモノとは違い、黒く染め上げられていた。
右腕には腕章――それも大帝国の官吏のモノではなく、魔法局を示す腕章をしている。
姿は普通の獣人種に思えた。
「それ」が何であるかを知っているから、実際に多くの血を啜ってきたのだろうと思わせる、紅く鮮烈な毛並み。
獣人種として必然、高い身長に精緻で逞しい身体つき。狼の姿を持つそれは、血のように紅く鋭い視線でコチラを睥睨する。
「それ」は軍帽を深く被り直し、軽く頭を振った。荒野に流れる乾いた風が、紅く長いタテガミを巻き上げ、宛ら血濡れた翼の如く広げる。
「……ま、魔人、魔人兵っ……!」
魔人兵――現在の神聖グランルシア大帝国を象徴する、恐ろしき存在。
錬金術によって造られた人造英雄などと、まことしやかに囁かれる彼らは、圧倒的な戦闘能力で戦争の常識である数の有利を容易く覆してきた。
そしてそこまでを思い出し、魔導師は悟る。自分達が、あの狼の牙にかかる番が来てしまったのだと。
「い、嫌だ――」
感じた恐怖を抑えきれず、口から零してしまった瞬間、狼の魔人兵が強烈な魔力を発露する。
バリバリと雷霆の如く波打つ紅い魔力が、彼の右腕に収束、瞬時に術式を展開させた。
魔導師であるからこそ、理解してしまった。アレが、あの魔法が、自分達の想像さえ超える高位魔法であると。
「――〈火葬撃〉」
囁くような魔法名の口上が、聞こえた。
あの魔人とかなり離れているのに、聞こえたのは或いは幻聴だったのだろうか。
下らぬ思考が、魔導師生涯最期の思索だった。
視界すらすべて塗りつぶす、青く赤い炎の爆裂に呑まれ、痛みさえ感じる間も無く全身が灰と化す。
5000℃を超える火炎が人体を全てを燃やし尽くしたのは、慈悲だったのかもしれない。
余分な痛みも恐怖も、死には必要ない。ただ速やかに、終着すべし。
この時代最大の屠殺者たる魔人は、無意識の裡にそう思っていたのだろうか。
◇◇◇
あれから一年が過ぎた。
実験の結果、俺はイルシアらの眼鏡に適うだけの力を得、それを以て実戦に投入された。
ホムンクルスである俺は、装置で再調整を施す事で強化できる。肉体的な強化――つまり、成長という強化を。
実戦投入から数日後、俺は再調整を施され、この世界に産まれてから過ごしてきた子供の姿を捨て去った。
「――〈火葬撃〉」
神聖グランルシア大帝国の敵国が一つ、フェルード王国首都攻撃戦――。
首都の城門に向かって、俺は元素魔法を撃ち込んだ。
摂氏五千度を超える強烈な大爆発が、堅牢な城門を周囲の城壁を抉りながら消し飛ばす。
崩れ落ちる城壁は地面に落ちるより先に、強烈な熱によって溶けて灰になる。
城壁が崩れれば、その先が見える。中の街並み……籠城戦を決め込み待機している兵達が露わになった。
「ひっ!?」
「来たぞ!! 魔人兵だッ!!」
「く、来るならこい!」
兵士達が銃を構え、武器を抜刀し、魔法を突きつけてくる。皆一様に、恐怖を張り付けた顔で、化け物でも見るように俺を睨む。
ふふ、まあそうだ。化け物だもんな、俺。それでいい――それがいい。怪物とされるほどじゃなきゃ、足りないのだから。
「〈空間切断〉」
感じた愉悦すら魔力に込めて、時空系統第十位階魔法、〈空間切断〉を発動した。
右腕に魔力を収束――そのまま横薙ぎに振り切る。瞬間、紅い魔力の波動が正面に奔る――。
「なん――」
俺と相対する兵士の一人が疑問を呈した瞬間――ポン、という小気味よい音と共に首が飛んだ。
俺に攻撃せんとしていた兵士らが、その後ろに控えた戦闘員も、全て一様に首に赤い線が入り、夥しい血の噴水を断面より吹き上げ、頭を飛ばす。
一拍遅れて、俺の正面に見えていた家屋や建物すらも、ずり落ちて崩れた。宛ら大地震の後のような有様だ。
……数百人の兵士が首が刎ね飛び、一拍遅れて一斉に崩れ落ちる。血の海ということさえ馬鹿らしい程、鮮血を大量に吹き上げ、上がった血が雨となりその場を穢した。
錆びた鉄と人体の匂いが綯い交ぜになった、血液特有の金属臭が、むせ返りそうなほどの血煙から漂ってくる。
「ふん」
肉塊が積み上がり、血の海を今にも広げ続ける惨殺の場に足を踏み入れ、俺は鼻で笑った。
その後、後ろへ控える大帝国軍に視線を飛ばす。
「道は開けた。各員、速やかに制圧に入れ。残存敵戦力は極小と判断されるが、市街戦を念頭に置いて制圧せよ」
俺の視線を見た指揮官が、大帝国軍にそう命令したのを確認してから進む。真っ直ぐに……大通りを進んで、目に付いた敵を滅ぼす為に。
「……」
その後ろ、味方であるハズの大帝国軍から向けられる懐疑と恐怖を混ぜた視線には、気づかないふりをして。
「だ、大帝国の悪魔共――」
顔中を涙と鼻水に濡らした敵国の兵士が何かを言い終わる前に、俺は〈閃雷〉を放つ。
赤い電撃が迸り、男の眉間を寸分違わず貫いた。バリバリ、という感電音と共に男は痙攣し、糸が切れた人形のように力なく倒れる。
倒れた瞬間、沸騰した脳漿と血液が小さく空いた穴から、焦げ臭い煙と共に吹き出る。その様子から無感動に目を逸らすと、横には見知った顔が立っていた。
「終わったんだ、ルベド」
身の丈ほどもある戦槌を担いだ、長い黒髪を持つ女。少女と女の間くらいの容姿は流麗で美しく、髪と同じく黒い瞳は、コチラを見上げて揺れ動く。
身長は170にいかないくらいで、身に纏う軍服と軍帽は俺と同じく黒い色で、右腕に魔法局の腕章がある。
ニグレド・アルス=マグナ――俺より遅れて「再調整」を受け、戦に駆り出されている。
「ああ、まあな」
兵器として造られた以上、戦いに参加するのは避けられない。
だが俺はまだ覚えている。あの日、歌劇場の花壇で三人で語らい、その時に吐露したニグレドとアルベドの恐怖と悲しみを。
それを避ける為に、俺は先に戦えるだけの力を得た。そして先に戦った。だが……
物思いに耽っていると、ニグレドが軍服の端についた血の跡を払う所作で、現実に引き戻される。その際に見えたニグレドのも物憂げな表情が、俺の胸を小さく噛む。
……ニグレド達が人殺しで傷つかぬように、俺が全てやり切るつもりだったのに。
「結局ほとんどルベドに任せちゃったね。ごめん」
ニグレドの謝罪はこの一年、共に戦場に出る度に聞いている。
理由は単純で、俺が彼女らに出番が回らぬよう殺しまくっているからだ。
故に謝られても困る。望んでやっている事だ。
「まあ別に大した仕事でもないし、いいさ」
そういって俺は手をプラプラと振って見せるが、ニグレドの表情は晴れない。
「……変わったよね、ルベド」
そして、続けて発されるニグレドの言葉は最近ではお馴染みの発言だった。
「そうか?」
「うん、かわった」
「そうか」
「うん」
短く味気の無い問答を終えると、あまり心地の良くない沈黙が流れる。
殆ど制圧したとはいえ、戦場だ。寧ろ先ほどまで雑談をしていた方が可笑しい。
そう、なのだが……俺は一抹の寂しさを感じた。
ニグレドとも、アルベドとも、最近は会話が少なくなってきている。
理由は想像できるだろう。戦争に戦闘、殺し合い……俺が出来るだけ済ませるようにしているとはいえ、彼らにとっては気分の良い事じゃない。
俺……? 俺はまあ、普通だ。どうとも思わない。
「ん、どうやら終わったみたいだ」
首都の王城より、大帝国軍が要人らしき人物を拘束して出てくるのを見て、俺はまた一つの国との戦線の終了を悟った。
普通の国同士の戦争ならば、これで晴れて平和――なのだろうが、大帝国は複数の戦線を抱えている。
この一年間で俺達「魔人兵」は戦いに関わり、そして多くの国々を堕としてきた。
そしてまだ終わらない事も、知っていた。
「あ、アルベド」
物思いに耽っていると、王城の方からアルベドが歩いてくる。
彼もまた遅れて「再調整」を受け、以前のような子供の姿ではなくなっている。
俺達と同じく黒い軍帽と軍服に、魔法局の腕章。身長はニグレドより一回り高いくらいだ。
尖った耳、白銀の髪と、同じ色の瞳を持ち、視線がコチラを向くと、アルベドは中性的で整った顔を儚く歪めた。
「ニグレド、ルベド、無事みたいですね」
彼は手に持った二丁の拳銃をホルスターに押し込めて、俺達を気遣うように囁いた。
「ああ」
「うん、アルベドも大丈夫そうだね」
互いの無事を確認し終えると、俺達は示し合わせたワケでもないのに王城の方を向いた。
俺達の働きによって、また一つ堕ちた国の中心。
俺にとっては仕事をした証であり、大した感慨もないのだが――ニグレドとアルベドはどう思っているのだろうか。
二人は俺と違う。この薄汚い世界で戦い、生き抜くには優し過ぎる。
「……帰るか」
「うん」
「そうですね」
しばらく眺めた後、俺達は城に背を向けて歩き出した。
この世界においての帰る場所――大帝国へと。




